096 テロの可能性?
皆はジャングルクルーズに出掛けたけれど、俺とエミーはホテルに向かっている。
一応、お揃いのテニスウエアにガンベルト、今日はサンダルではなくてスニーカーだ。
「困ったお母様です。こっちのスケジュールは無視なんですから」
「スケジュールと言っても遊びのスケジュールだからね。ヒルダさんの方は色々と急がしそうだから、仕方ないんじゃないかな」
ホテルのカウンターに俺達の到着を告げると、お姉さんがホテルのスイートルームに案内してくれた。
とんとんと扉を叩くと、カチリと鍵が外れる音がする。
開けてくれたのはネコ族のお嬢さんだ。
お妃様達の侍女の1人ってことかな?
「リオ様ですね。こちらです」
ん? このお嬢さん、ネコ族に見えるけど『にゃ』が語尾に付かないぞ。
そんな素朴な疑問を持ちながらも、後に付いていくと、大きなリビングに通された。
プライベートアイランドのホテルだけあって王都のスイートルームより立派だ。
渚の見える窓辺のテーブルで3人のお妃様がお茶を飲んでいる。
「ようこそいらっしゃいました。折角のお休みに申し訳ありません。どうぞ、お座りくださいな」
ヒルダさんの勧めで俺達は用意された席に座ると、さっきのお嬢さんが俺達にお茶を入れてくれる。
「確か、リオ殿はコーヒー党でしたね。マイヤ、コーヒーをマグカップでお願い」
ちょっと恐縮してしまうな。
直ぐに、マグカップのコーヒーが運ばれてきた。砂糖を2杯入れて、早速ご馳走になる。……やはり、いつものものとは一味違うな。俺にも分るぞ。
「ここなら、タバコも良いですよ。私達の1人もタバコを楽しみますから」
そう言って、俺達を3人が改めて見ている。
そもそも何のようなのだろう?
3人のお妃様の質問に、エミーが顔をを赤くしながら答えている。
ちょっと夜の生活に関したものが混ざっていたようだ。誘導尋問みたいだぞ。
この3人、意外とクセモノなのかも知れないな。
「まあ、そうだったの? でも、分け隔てなく愛して貰えるなら何も問題はありませんよ」
「5人を相手にとは、中々ですね」
そんな事を言ってるから、こっちまで赤くなるぞ。
タバコを咥えると、直ぐに先程のお嬢さんが灰皿を用意してくれた。
「ところで、中継点のお話は聞かせて貰いました。私達も有効な投資先を見つけて嬉しい限りです。早速テンペル騎士団が行動を開始しましたよ。3つの王国から王子達が向かって共同管理を行なうようです。残念ながら王子達では荷が重いですからね。テンペル騎士団が後ろにいるならば安心です」
「これで、小規模騎士団も安心して西を目指せるでしょうね」
「ですが、新しい国が出来る可能性も出てきます。3つの王国はそれを許容出来ますか?」
俺の言葉に3人が顔を見合わせる。
これが本題か……。
「リオ殿については3カ国の了承の元に万が一の救援部隊としての役割を負って貰うために公爵として領地を与えています。ですが、いくらテンペル騎士団でも3カ国への救援は不可能でしょう。戦鬼では不足です」
俺達と同じような待遇を与えたいが、それに見合うものを持っていないという事になるのだろうか?
だが、大きな中継点を作るとなれば、商会と王子それに騎士団が協力しない限り難しいんじゃないか。
「たぶん中継点を中心に、工場が立つでしょう。その従業員のために街づくりが始まり、物流が促進されます。将来的には、かなり大きな都市になるでしょう……」
俺の話に、ヒルダ様達が身を乗り出してきた。
新たな中継点はバージターミナルと呼ぶべきだろう。中継点でバージに積んだコン族団塊を受け取り、分類して精製工場に運ぶのが基本になる。
バージターミナルを俺達の中継点のように地下空間ではなく、開放空間に作ることに意味がある。最初は小さな中継点であっても、利便性が高ければ大きく発展することができるだろう。何と言っても、工事の容易性は俺達の中継点より遥かに高い。
さらに、3つの王国に近いことも考えるべきだ。王国内で規制されるような製品の製造すら可能であり、その流通が容易に行える。
早期に工業都市が出来上がるだろう。
「その都市ですが……。都市国家を認めて、自治を与えたらどうですか? 50km四方にのみ、それを適用すれば十分に都市が育つでしょう。同様に、西に向かって更にバージ中継点を伸ばせば、大陸の南岸に都市が次々と生まれます」
「やはりそうなりますか……。やはり将来的には王国の没落の始まりになるのでしょうね」
女性の1人が、溜息混じりで呟いた。
ちょっと、考え方が後ろ向きだな。だけど、その解決は簡単なんだよね。
「王国が独自に開発を行なう事も考えられませんか?」
その場合には、バージターミナルをある程度に抑えて、それ以外の土地開発を王国が行なえば良いだろう。ある程度大きくなったところで、3つの国のいずれかに権利を売却して、その利益を元に次のバージターミナルに繋げれば良い筈だ。
「王国の飛地とするんですね」
「そうです。同じ場所を何時までも3つの王国が治めるには問題があります。ある程度目途が付いた段階で次に移れば良いでしょう」
そうやって開発を進めていけば連邦国家になるんだろうな。
最終的な姿は分らないけど、各王国共に2つ以上の飛地を持つことになりそうだ。
それは資産の分散にもなるだろうから、大規模な巨獣の襲来で王国の経営が危機的になることは無いだろう。
人工的にでも緑地が広がればそこに人は住み着くだろう。人口増加が起こり、それによって更に開発は進んでいく。
「大変有意義なお話を聞かせて頂きました。我が国王に是非ともお聞かせしましょう」
「それはわらわも同じ事。ウエリントン王国には良い公爵をお持ちですね」
ちょっと待て。
という事は、この3人。3つの王国のお妃様ってことなのか?
俺が驚いているのを、にこにことヒルダさんが見ている。てっきり、ウエリントン王国の妃達だと思っていたぞ。
「新しい公爵が戦姫を駆る騎士だと聞いて、今回同行させて頂いたのです。我が国にも王女はいるのですがエミー様を見ると、もう1人とは言い出せませんわ」
しっかり言ってるような気がするぞ。俺もこれ以上は増やしたくない。
「でも、騎士団に王国の騎士を預けるのはおもしろそうですね。一度も巨獣に会う事無く戦機から降りる騎士も多いのです」
ローザ達のことかな?
確かに、巨獣と面と向かって戦った経験を持つ王国軍の騎士は少ないだろうな。
そういう意味ではリンダやグレイは王国軍にとって貴重な存在と言えるだろう。
「ですが、急に世の中が動いてきましたね。騎士団の動きが活発になってきました。それに伴って、商会の動きもです」
「変化があまりありませんでしたからね。大きな商会でも先読みを失敗すると、その地位を失うことになるでしょう」
「私達もしっかりと目を見張る必要がありますね」
俺をコンサルタントと勘違いしてないか? だが、海岸地帯のバージターミナルには王族の資金が必要である事も確かだ。
王族の関与という事で商会の資金が流れてくるのだ。
あまり責任の無い範囲で、俺達の状況と俺の考え位は伝えても良いのかも知れないな。
3カ国王族にはカンザスの借りもあるしね。
「サーペント騎士団の話はお聞きになりましたか?」
「いえ……」
「壊滅しました。拠点共々です」
最後にサーペント騎士団を見たときは、巨獣の群れに襲われそうになってはいたが、拠点から救援が出ていた筈だ。
仮にも12騎士団なんだから壊滅ってのはないんじゃないか?
「北に向かった騎士団の後を追って出掛けたようですが、今度はチラノでしたわ。さすがにチラノ相手では荷が重過ぎます」
「そうですか。俺達の中継点に入るや否やハッキングを初めて出入管理システムの電脳を停止させましたからね。カテリナさんのラボの電脳に接触して自分達の電脳を破壊される始末でした……」
起死回生の一手を打とうとしたんだろうが、結果は己を過信しすぎたようだ。
だが、それなら拠点は残ったんじゃないか?
「拠点は暴走したトリケラを防げなかったようです」
あの群れか……。他の被害は無かったんだろうか?
「他の中継点はそれなりに守る事が出来たようです。ですが、サーペントの場合は、全ての機材を持ち出して北に向かいました。数門の75mm砲では対応は不可能です」
「全滅ですか?」
「半数は助かったようですが、重傷者多数です。エルトニア王国はサーペントの資金を凍結。一月後にサーペント騎士団より連絡が無い場合は救助者に分配されます」
長い歴史を持つ騎士団だからそれなりに資金はあるのだろう。
半数とはどれ位の人数になるか分らないが、長い人生を配布された金額で過ごせるのだろうか?
12騎士団の1つが壊滅。レイドラル騎士団も昔の面影はない。実質10個に減ったわけだが、あれ依頼接触はしてこないな。
ちゃんとした信念を持って騎士団を経営しているんだろう。俺達も見習わなくてはならないな。
「商会はある意味騎士団と共に発展しています。サーペント騎士団壊滅によって成績の下降修正を余儀なくすることになった商会も出て来ました」
「ですが、あの騎士団と共にあった商会では、他からの援助も無いんではありませんか?」
たぶん腐ってると思うぞ。
あれだけの事をしでかして、未だに縁を切らないということは同じような連中なんだろう。
「そうですね。その通りです。たぶんかなりの人員整理をすることになるでしょう。平社員は他の商会に転職も可能ですが、管理組織は無理でしょう。そんな商会の人間を誰も欲しがりません。いいですか、彼らは全ての元凶を貴方達の騎士団だと思い込んでいます。どんな行動に出るか分りませんが、十分に注意が必要です」
テロの可能性があるという事か?
それは願い下げだぞ。
「エルトニアの治安部隊が動き出しています。出来ればエルトニア王国内で対処したいと思いますが、一応リオ殿の耳にも入れておきます」
可能性は少ないが、ありえるという事になるか。
「ありがとうございます。ある意味、陸の孤島ですから何があるか分りません。十分気を付けるつもりです」
3人のお妃様が俺に微笑む。
言葉の意味に気が付いたという事かな。
ヴィオラ騎士団領でテロなどあってたまるか。絶対に阻止してやる。
「ところで、中継点の改修資金を得るために株を購入していただきありがとうございます」
「でも、おもしろい考え方ね。そんな方法もあるんでしょうけど、あまり使われていなかったわ。バージの中継点……、バージターミナルと言うそうね。それもその方法を使うらしいから、今度は貴族達も参加するみたいですよ」
自己資金にこだわるのは良し悪しだけど、それが社会の停滞を招いているような気もするな。
その後は、中継点の話や巨獣との戦いの話などをして、お妃様達にお暇することにした。
実際の王国はお妃様達が動かしているんじゃないかな。
国王はそんな彼女達の適正な活躍場所を上手く調整しているんだろう。そうだとすれば、中々に出来た国王だと思うな。