086 遥か北東の異変
「そういう訳じゃったか……」
「彼らなりに思うところがあったんだろうね。そういう意味ではカンザスの製作は無駄にはならない」
朝食を終えて後で、ソファーでコーヒーを飲みながら、ローザ達に昨日の顛末を話してあげた。
一服を楽しんだ後は、今日も穴掘りだ。拡張を急ぐなら俺だけ残っても良いんじゃないかな?
そんな事を考えながらアリスで工事現場に向かう。24時間工事が行なわれているから、来るたびに穴が大きくなっていく。
工事の進行状態は説明を聞くよりも、この場で現場を見たほうが確実だ。
エアロックを潜って工事用獣機の機士達の溜まり場に向かうと、気の良い奴等と一緒にタバコを楽しむ。
「今日は、此処をお願いします」
現場監督が指示してくれた場所は……ん? 何か硬い鉱石が行く手を阻んでいるようだな。ひょっとして金目の物かな。
早速、現場に向かってアリスを走らせる。
場所は新たな西桟橋を作るトンネルの拡張部分だ。休憩所を作るためにトンネルを広げようとしたところ硬くて工事が進まないらしい。
現場に着いたところで、早速アリスに地中探査を頼んだ。
『重ゲルナマル鉱石です。品位は40%ですから、カテリナ博士の目論みに叶うのではないでしょうか?』
「そうだな。何となく籠を担いで船団の周囲を飛び回るのも格好が悪いからな。ところで、イオンビームサーベルで切り取れるのか?」
『大丈夫です。通常使用でのビームエナジーは20%にも達していません。60%で岩盤と同じように切り取れると思います』
ビーム出力を上げるとビームで形成される刀身が赤から白に変化する。それだけ熱量が増したという事だろう。
行く手を阻む鉱石にズンっとイオンビームサーベルを差し込んで抉るように円を描くと円錐のような形状で鉱石が転がった。
「何とか採掘出来そうだな。この鉱石の事をカテリナさんに連絡してくれ。必要ならドミニクを動かすだろう」
『了解です。デイジー経由でカテリナ博士に連絡します』
その内返事が来るだろうから、どんどん作業を継続する。
思ったより奥まで続いているし、段々と分布が広がってきている。これは大きな鉱床じゃないかな。
2時間程過ぎると円錐状の塊が山になってきた。
一旦近くの休憩所に向かって、お茶を頂きながら、タバコを咥える。この休憩所はあまり利用者がいないようだ。先客が2人でのんびりとお茶を飲んでいた。
「がんばるねぇ。若い内は働かんとな」
「今日から来たのか? 此処は金払いは良いから、ちゃんと稼いで親元に帰るんだな。飯も良いし、寝る場所もホテル並みだからな。嫁や子供も呼びたいが、生憎と学校が無え」
学校か……。確かに長期的に此処で働く人達も出て来るだろう。これは何とか考えないといけないだろうな。
そんな時に携帯の呼び出し音が鳴った。
先客2人が笑いながら俺を見ている。彼女からだと思ってるのかな?
「リオですが……」
「ドミニクに依頼したわ。小型の自走バージ3台が出掛けたわ。いくらでも採掘して頂戴。場所も確保してあるから」
そう言って携帯が切れた。かなり興奮してたけど?
タバコを取り出して火を点ける。
「兄ちゃん、たまには帰ってやらんと逃げられるぞ!」
「2週間に1度は王都に帰れるんだ。数席は何時も開いてるから乗せて貰うと良いぞ」
「ありがとうございます。ですが、この中継所にいますから大丈夫ですよ」
ありがた迷惑な感じだが、悪い人達では無いな。それなりに俺を思ってくれてるみたいだ。
タバコを終えると、2人に頭を下げてアリスで先程の現場に向かう。
そろそろやってくるだろうからね。。
更にどんどん削り出す。
自走バージってどれ位の大きさか分らないけど、多い分には問題が無いだろう。この鉱石を掘りつくさないと桟橋だって作れないからな。
「兄様、此処じゃったか!」
「手伝いに来ました」
突然、デイジーから連絡が入ってきた。
エミーも乗ってるのか? あのコクピットに2人乗りは窮屈なんじゃないかな。
アリスから20m程離れた場所でムサシが2本のイオンビームサーベルを振るう。
近接戦闘特化型だから見る間に壁が崩れていくぞ。
それから、10分ほどして自走バージがトンネルから現れた。
ダンプカー2台分位の積載量みたいだ。精々20tというところだろう。
大型のダブルタイヤが左右に4個並んでいる8輪車って事になるのかな。
一緒にやって来た獣機が、荷台に鉱石を積み込み始めた。通路の大きさも少し大きくした方が良いんだろうな。
この場所を広げて休憩所を作ったらそんな工事も始まるに違いない。
2時間程作業したところで食事を取りに西の桟橋にある居住区に向かう。居住区の前に3機の見慣れない戦機が停めてあるから、他の騎士団の連中が早速見物にやってきた。
今度からカンザスに戻ろうかな。でないと、注目の的になりそうだ。
「まあ、しょうがあるまい。中継点にくれば、あわよくば見られると思っていた3機が並んでおるのじゃ。悪戯するとは思えんが、一応警備兵に連絡しておくのじゃ」
そんな事を呟いて携帯でどっかに連絡している。王都からやってきた兵士に警備を頼んでるのかな?
そこまで心配しなくとも、硬貨で戦機を引っ掻いても傷なんて出来ないし、アリス達はそれ以上の強度を持っている。
居住区にある食堂に入り、軽く昼食を取る。
焼肉を挟んだパンにポテトの空揚げだ。それにコーラだから、毎日食べるとちょっと問題がありそうな感じだ。
それでも、ローザやエミーは美味しそうに食べている。早々と食べ終えた俺はちょっと一服だ。
「カテリナ博士が慌てて飛び込んできたのじゃ」
「直ぐに出撃してって頼まれました。カンザスの装甲甲板に出てからですよ、目的地が分ったのは」
それだけ喜んでいたんだな。
「まあ、色々と世話になってるし、出来る事はしてあげたいと思ってるけどね」
「それは、我も同じじゃが、目的地も教えんで出撃させるのはどうかと思うぞ」
俺達の笑みが零れる。
かなりハイソな人なんだけど、ちょっとした事が俺達と変わらない人だと感じさせてくれる。
そんな感じだから俺達と一緒にいても違和感がないんだよな。ドミニクの母親というより、ちょっと年上の姉さんって感じだからね。
「でも、これでカテリナさんの危惧が解決した感じだな。あの鉱脈も大きい気がするからしばらくは新たに探す必要も無いんじゃないかな」
「分らぬぞ。今度は装甲用の鉱石が欲しいと言うに決まっておる」
確かにね。獣機と同じものではない事をアピールするには既存の獣機の使用している外骨格と言うべき装甲板が欲しくなるだろうな。
食事が終ると、エミー達はアイスクリームを食べ出した。それを隣でコーヒーを飲みながら眺めている。
食事代は、ヴィオラ騎士団員と中継所の居住区の住人であれば、端末で決済できるから便利だ。もっとも、この食堂には関係者しか来ないみたいだけどね。
16時過ぎまでせっせと壁を作っている鉱石を削り出す。ムサシと一緒だから、3台の自走バージで桟橋にある倉庫に運んでも、たちまち山が作られて行く。
明日は俺1人で十分じゃないかな。そんな事を考えながらカンザスに帰ってきた。
部屋に入ると、エミーはローザを連れてジャグジーに向かった。
俺はのんびりとソファーでタバコを楽しむ。
食事は18時過ぎだから、まだ1時間以上先の話だ。
俺の注文でビールを運んで来たライムさんがリンダはヴィオラに出掛けている事を教えてくれた。
「夕食には戻るって言ってたにゃ」
「ありがとう。外に変わった事は無かった?」
ライムさんが首を振った。
カテリナさんが慌てて飛び込んできたのは、いつもの事だと思っているらしい。
カンザスが停泊中だから、夕食時には全員が揃う。
汚れた姿でカテリナさんが現れたので、ライムさんが急いでジャグジーに連れて行った。鉱石まみれだったからラボの連中総動員で重ゲルナマル鋼を精製していたんだろう。
まあ、ごくろうさまって感じだ。
ライムさんが、カテリナさんの部屋に向かって行くと衣服を持って戻って来た。
余程汚れてたのか?
全員がライムさんの後姿を目で追い掛けていた。
しばらくすると、カテリナさんが機嫌よくジャグジールームから帰ってきた。
そんな姿を見てライムさん達が夕食の準備を始める。
「やはり、ジャグジーは良いわね。シャワーよりリラックス出来るわ」
「がんばってますね。でもそれ程急ぐ必要は無いんじゃないかと思うんですが」
「そうなんだけど、作った精製装置が処理量が大きいのよ。破砕装置で砕いた鉱石をどんどん投入するから、ラボの連中が総出でやってるのよ」
そういうことか。走置間の移送手段を作らなかったようだ。
「ベルトコンベアを作れば良いじゃないですか。ベレッドじいさんに頼めば作ってくれるんじゃないですか? それが出来る間は、ベラスコやアレク達に手伝って貰うのも手ですよ」
「そうね。小型のコンベアはあったんだけど、距離が足りなかったのよ。後2台もあれば十分ね。ベラスコ達は考えなかったわ。お小遣いとお酒で誘ってみようかしら?」
アレクは酒で釣られるだろうし、ベラスコはお小遣いで釣れるだろうな。一緒にカリオンも釣れるかも知れない。
ここはカテリナさんの交渉しだいだろうな。
食事が終ると、エミーは部屋に向かう。
ローザはリンダと客室に帰り、カテリナさんは早速部屋を出て行った。さて何人確保出来るかな?
残ったドミニク達とのんびりジャグジーで楽しむ。
冷えたワインを飲みながら、満天の星空を眺めるのはそれだけで気分が和らぐ。
左右に美女を侍らせて、更に1人の美女を抱けるのは男として最高じゃないか?
そんな思いを抱くのは、少し酔いが回ったんだろうか。
満足した表情のフレイヤをレイドラに預けると、ドミニクが俺に抱き付いて来た。
ふと、目が覚めた。フレイヤ達3人が俺を包むようにして寝入っている。
起こさないように、ゆっくりと身を起こして、バスローブを引っ掛けてリビングに向かった。
ミニバーに寄って缶ビールを取り出すと、ソファーに腰を下ろしてタバコに火を点けた。
ちょっとした違和感だ。直ぐに端末を使ってスクリーンを展開すると、違和感の原因を探す。
中継点の中は……問題ないな。
領内にも問題が無い。此処は、アリスとドロシーに頼んでみるか。
「アリス。俺の持つ違和感の原因が分るか?」
『注意報に近いレベルの警戒警報と推測します。ドロシーと原因の調査を開始します』
タバコの火を灰皿で消していると、スクリーンの画像が切り替わる。
『この動きを察知したものと推測しました。その他に異常と判断出来るものはありません』
アングリと口を開けて、そのスクリーンを眺める。千頭を超える巨獣が北から南に向かって駆けている。
種類はまちまちだから、何かに脅えたように逃げ出したんだろう。
その原因を逆に辿って探す。それがようやく見えてきた。
山腹崩壊だな。まだ、崩れた山肌が茶色に見えている。待てよ、これが現在の画像なら位置的には北東方向の彼方って事になるぞ。
後で、カテリナさんの解説が欲しい所だ。
「あら? 起きてたの」
そう言って俺の隣に腰を下ろしたのは、カテリナさん本人だった。
俺の思考を読めるのだろうか?
「ちょっと気になりまして……。北東の地で大規模な山腹崩壊が起きたようです」
「へぇ~、凄いわね。これ程大きいと山腹崩壊と言うよりは、山脈の崩壊に近いわ。でも、この地は平穏だわ。地震すら起きないのよ」
そんな事を言いながらも食入るように画像を見ている。
「問題は、こっちです。……ざっと千頭は群れていますよ」
そう言って、巨獣の群れを画像に映す。
画像を見たカテリナさんが直ぐに端末を操作し始める。
と同時に、ドロシーへの指示を矢継ぎ早に出し始めた。
「ドロシー、群れの速度と移動方向の推定をお願い。東の中継地の場所と騎士団の位置も画像に投影して」
「問題ですか?」
「問題よ。でも、王都に達するかは微妙なところね。後2時間もすれば王都にも情報が届くでしょうけど、どうやら私達は最初に捉えたようね」
そんな事を言いながらバスローブを脱いだ。
俺のバスローブの帯を解くと体を重ねる。
「でも、まだ私達が動く事は無いわ。ドロシーの推察画像を見て、警報を与える騎士団がいるのであればそれをするだけで十分よ」
そんな事を言いながら、俺に体を押し付ける。画像が見えないから後ろから抱くようにカテリナさんを支えてるんだけど、画像に興奮してるのか結構動くんだよな。じっとしてくれると助かるんだけど……。