083 レストラン『リゲル』
「先行トンネルと途中のホールのおかげで工事はかなり楽になりました。既存のトンネル加工が1日とは恐れ入りました」
「少なくとも工期が一月以上短くなります。これに伴う経済効果は2千万L以上ですよ」
「当然、それは株の代金とします。我等各商会が5千万L、王族が1億L。そしてビオラ騎士団から1億L。中小商会から1億Lの合計6.5億Lが株の売買価格です。これを中継点の拡張工事に使い。不足分は更に株を発行します。ですが、リオ殿の強力が得られれば、株の2次発行は必要ないでしょう。後一月工事に付き合って頂きたい」
確かにアリスとムサシが工事をすれば捗るだろう。
だけど、俺達は騎士団員であって、土建屋ではないんだよな。
「可能な範囲で手伝いますが、それは俺達が鉱石採掘を終えて此処に戻ってきたときですよ。5日位は休息するでしょうから、その時に協力するという事で……」
「結構です。次ぎは西にトンネルを作ってください。図面は中継点の電脳に転送して置きます」
まあ、小遣い稼ぎと考えるか。
とは言え、俺達に現金が入るわけではなく、ヴィオラ騎士団の株の購入費に計上されてしまうんだろうけどね。
「お手伝いの条件を出して申し訳ないんですが、騎士団の休憩所として何かレクリェーション設備を作りませんか?」
「ほほう、それはおもしろい。何かありますかな?」
早速食指を伸ばしてきたぞ。彼らなりに考えてるのかも知れないな。
「実はヴィオラ専用桟橋にプールを作ろうと思っていたんですが、頓挫しています。これだけ気象条件が厳しい場所ですがホールの中は安全です。大型プールを作れば騎士団の英気を養うに丁度良いと思っていたんです」
「巨大プールですか……。ふむ、おもしろい施設ですな。当然雇用も生まれるでしょうし、ホテルを作れば王都からの観光客も当て込めます」
さすが商売人だな。
此処は任せてしまおう。
「此処に作るか、それとも南のバージ中継点も建設が始まりそうですから、彼らも考えるかも知れませんね」
「バージの中継点作りをテンペル騎士団が了承したのですか?」
商会の数人が驚いたという表情で俺に顔を向けた。
それを見て静かに頷く。
「この中継点と同じです。商会と協力して株を発行する筈です。それによって大型の中継点が出来るでしょう。高速輸送船だけではなく中小規模の運輸会社も参入出来ますよ」
「高速船の輸送は、新しい中継点との往復になりますな。輸送頻度が上がる事になります。これは中継点の改修を本腰を入れて進めねばなりませんぞ」
工事を行なう獣機の数を増やすのかな?
此処に停泊している騎士団の獣機をレンタルしても良さそうだな。まあ、その辺は商会とマリアンに任せれば良い。
「明日から頑張ってください」と励まされて俺とエミーは打ち合わせの場を後にした。
まあ、俺達の所領でもあるし、少しは頑張らねばなるまい。
せっかく来たんだからと、エミーを連れて商会の事務所に行ってみる。事務所と言いながらも、店構えはデパートのようだ。
桟に向かった大きなショーウインドウには、王都で流行しているドレスやスポーツウエアが動くマネキンに着せられて展示されている。
そんな事務所の1つに入る。
狙いは、この事務所のレストランだ。「この店のパスタはいけるぞ」というアレクの話を確かめてみるつもりだ。
「此処みたいですね」
洒落た文字で伊勢の名前が書いてある。
扉があるだけで、店の中は良く見えないな。
「入ってみようか?」
2人で扉の中に入っていくと、通路の奥にテーブルが並んでいる。
「お二人様ですか?」
「ああ、そうだ。予約はしていないが食事は出来るかい?」
「大丈夫です。5人以上でご利用の際はご予約をお願いしております。……どうぞ、こちらです」
ネコ族の青年が俺達を案内してくれた。
白いシャツに紐タイ、そして黒のスラックスにエナメルの革靴だ。俺達が少しみすぼらしく見えてきたな。
窓際の椅子が2つのテーブルに案内されたところで、お薦めの昼食をお願いする。
テーブルの上には小さな花瓶に切花が1つ。中々感じの良い店だな。
スモークガラス越しに下を歩く人達が見える。
その奥には、停泊しているラウンドクルーザーの姿だ。港の雰囲気があるな。
そんな俺達の前にワイングラスが置かれる。
エミーと乾杯して口を付けると、さっぱりとした感じのワインだ。これなら悪酔いしないんじゃないか。昼に飲むならこれ位が良いな。
やがて、俺達の前にパスタが置かれる。
縁にレモンに似た果物が載っているのはこれを絞れという事だろうか?
「当店自慢の海鮮パスタです。レコの実を絞ってお召し上がり下さい」
早速、レコの実を絞ってパスタを頂く。
久し振りの海の幸が沢山入ったパスタは何の苦労も無く俺達のお腹に落着いた。
食後は、小さなカップで飲む濃いコーヒーだ。普段は薄味なんだが、たまには濃いコーヒーも良い物だな。
左腕を上げて指を弾く。
やってきた青年にカードを預け、請求書にサインを入れる。
「ありがとう、美味しかったよ。今度は皆で来たいが、連絡は?」
「此処にお願いします」
胸ポケットから小さなカードを取り出し、俺に手渡してくれた。
『リゲル』と名が書かれたカードの下に携帯の番号が書かれている。
青年が帰ったところで、俺達も席を立った。
コーヒーカップの底に25L銅貨を入れて置く。王都並みのレストランなら王都並みのチップが正解だろう。
商館の事務所を出て、目の前のラウンドクルーザーを見上げた。
ダモス級だろうな。中級騎士団の船のようだ。
「どうだ、大きいだろう!」
「ええ、今見上げてたところです」
「俺達、サベナ騎士団の船だ。明日には出発だ。いままで東にいたんだが、これからは西の時代だからな。お前達は何時出掛けるんだ?」
「もう少し先になりますね。明日からは中継点の工事を手伝う事になります」
「そうか、頑張れよ!」
俺達より少し年上に見えた男は、ラウンドクルーザーに乗り込んで行った。
エミーが手を振ると扉のところから手を振っている。純朴な感じだな。俺達が此処の支配者だとは思ってもいないだろう。
明日は工事の手伝いだと言ったら、可哀相な目で俺達を見てたし……。
騎士が皆彼のような連中なら問題は無いんだけどね。
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「ふ~ん。すると、『リゲル』で食事を取って来たのね。美味しかった?」
「ああ、アレクに教えて貰ったんだけど、確かに美味かったよ。今度は皆で出掛けよう。あそこは5人以上で行く時は予約がいるようだ。出航する前が良いかな」
「私が予約しておくわ」
「なら、これを渡しとくよ。俺は明日からエミーと穴掘りだ」
カードをフレイヤに渡した。フレイヤに任せておけば安心出来る。
いつものソファーに座って、コーヒーを飲む。
のんびり出来るのも今日までかな。
「あら? お久しぶりね」
そう言いながらカテリナさんが帰ってきた。
ちょっと、疲れた感じだな。
カテリナさんが席に着くと、ライムさんがコーヒーを運んで来た。
「やはりベルトラン鉱石ですか?」
「そうなのよ。中継点にも何故かベルトラン鉱石だけは入荷していないわ。あれは東だけなのかしら?」
そんなことは無いだろうけど、その内ザクザク出て来るんじゃないかな。存在比からすればバージ13台分の輝ルデナム鉱石が入荷すればベルトラン鉱石もバージ1台分が入る筈だからね。
「他の合金で代用は出来ないんですか?」
「筋肉組織と親和性があって、他の合金と電解腐食が起こらない金属はあまり無いのよ。そんな金属があればとっくに使ってるわ」
「重ゲルナマル鋼はどうですか? 巨獣の牙になるくらいですから、筋肉組織との親和性も良いでしょうし、ムサシの外骨格は重ゲルナマル鋼ですよ」
「っ! ……盲点だったわ。でも、重ゲルナマル鋼は単体での採掘は純度が低くて……。そういう事ね!」
どうやら、理解したらしい。
巨獣の牙を集めて融かせば良いのだ。
もっとも融点はかなり高く、整形するのも骨が折れるらしいのだが、それだけ強靭な骨格を作ることが出来る。更に強靭な重ガルナマル鋼もあるのだが、如何せん、採掘される事はあまり無いようだ。
前に採掘した重ガルナマル鋼はベレッドじいさんが大切に保管してるんだろうな。売ってもさほどの値が付かないって聞いたぞ。使い道は刃物らしいけど、この時代に剣を下げてるのは騎士位のものだ。それであまり高く売れないのかもしれないな。
「巨獣はそのまま捨てられているけど、骨を利用しようなんて考えるものはいないはずよね。たぶん沢山転がってる筈だわ」
カテリナさんの機嫌が段々良くなって来てる。
「でも加工は難しいと聞きましたが?」
「イオン電着の手法でやればそれ程困難でない筈よ。電極を銅で整形して全周に30mm程電着させた後で、中の銅を加熱して取り出せば良いのよ。骨髄のように空洞部分を利用する事も出来るわね。こうしてはいられないわ!」
コーヒーを一気飲みして、慌しくカテリナさんが出て行った。
俺達は思わず顔を見合わせる。
「ドミニクの母親だからね。暖かく見守ろう」
俺の言葉にフレイヤとエミーが頷いた。思いは同じって事のようだ。
次の日から再び穴掘りを始める。
新しく作ったトンネルの途中の広場を更に拡張するのだ。此処に小さなシェルターを作れば獣機やタグボートの作業員が桟橋に戻らなくとも休憩が出来る。
3日で体育館の5倍ほどの空間を作ったところで作業を終える。1日休んで、明後日には俺達も鉱石探索に向かうのだ。
ドミニクやレイドラはコース取りの会議に出掛けたから、俺とエミーそれにローザとリンダでボードゲームで遊んでいる。
スクリーンにスゴロク盤が映し出されて、各自のイニシャルが表示された駒が、そのボード上のマス目を進んでいる。
サイコロは、金属製のものだ。正確な面取りをして、星の出現率も正確らしいのだが、俺にはそうは思えないぞ。何故か4以下が出るんだよな。
出た目の数だけドロシーが読み取って駒を進めてくれる。まあ、エミーとローザが楽しんでくれれば良いかな。
マグカップのコーヒーを飲みながらサイコロを振った。
『2と4ですね。駒を6個進めます!』
「中々追いついて来ぬのう」
そんな事を言いながら俺に笑い掛けてくる。
まあ、そんなもんだろう。慌てる事はない。何せこのスゴロク盤、実際の寸法に直すとこの部屋に入りきれないほどの大きさになるらしい。
十分挽回するチャンスがあるはずだからね。