081 テンペル騎士団への依頼
中継点に戻ってくると、ヒルダさんからの連絡が入っていた。
やはり、テンペル騎士団を推薦すると通信文を結んでいる。
「テンペル騎士団はこの中継点に向かってるんだよな」
「明日には着くでしょう。現在500km程離れています」
レイドラは常に即答だ。副官はこういう人が一番なんだろうな。
「滞在予定は?」
「事前申請では、3日になっています。鉱石を売って、食料と燃料を補給するそうです」
「ならば、入港した次の日に会見をセット出来ないかな。ヒルダさん達から打診は受けてると思うけど、正式に依頼したいと思うんだ」
「マリアンに連絡を入れておきます」
レイドラが引き受けてくれた。俺とエミーで会えば良いだろう。
しかし、折角中継点に帰ってきたんだから、やはり何らかのレクリエーション設備は必要だな。これはマリアン達の中継点の改修事業に入れておこう。
ここでしか出来ないイベントでもあれば、来客も見込めるんじゃないかな。
各人の中継点での仕事をこなしながら、次ぎの出航を待つ事になる。どうやら5日後になるらしい。
カンザスに曳航設備を新設するのは少し時間が掛かるようだ。
昼食を終えてソファーでくつろいでいると、ベルッド爺さんから携帯に連絡が入った。早速、出掛けてみる。
しかし、ブリッジから戦機のカーゴ区域は少し距離があるな。非常時じゃないから、あの変なカプセルで向かうのは止めたけど、歩くのは結構時間が掛かる。
「おう、来たか。頼まれておった品が出来たぞ」
カーゴの待機室の扉を俺が開けると同時に、ベルッド爺さんがそう言った。
一瞬、何かと思ったが、直ぐに合点がいった。自衛用の拳銃だ。
「すみません。ところでお幾らでしょうか?」
「ちゃんと、リオの個人的出費として要求してあるから心配無用じゃ。リオの二月分の給与だとレイドラが言っておったぞ」
それは、凄いな。無駄遣いが出来なくなったぞ。
ベルッド爺さんが箱から1丁取り出して俺に見せてくれた。
RTDの文字がグリップに刻まれている。リオからドミニクか……。
他の拳銃もこんな感じなんだろうな。形は、ワルサーPPに極めて似ている。操作も似たような物なんだろう。
グリップにはヴィオラ騎士団のロゴが象嵌されている。高い訳だな。
1つだけ象嵌のロゴが違っているのがあった。グリップの文字はRTRだ。ローザにはこれで良い。
「32口径でマガジンは5発じゃ。バレルは10cmじゃから10mも離れたら命中せんぞ。そしてこれがホルスターになる。予備マガジンが1個入って半密閉式じゃから常に携帯しても問題はないじゃろう」
「すみません。ご無理をお掛けしまして……」
ベレッドじいさんに頭を下げて待機室を出る。早速配らないとな。
これで、エミーの騎士としての装備は出来た事になる。射撃訓練はローザが連れ出してくれるだろう。
部屋に戻るとソファーに腰を下ろして、箱をたくさん抱えてきた俺に視線が集まった。ソファーに腰を下ろしたところで、エミーとローザに拳銃を渡す。
「貰えるのか? RTRは我への贈り物と言う意味じゃな。ん? 姉様とグリップの絵柄が異なっておるぞ」
「エミーはヴィオラ騎士団の一員だ。グリップにはヴィオラ騎士団のロゴが相応しい。でも、ローザは王国軍からの派遣だから同じロゴを使う分けにはいかないだろう。それでローザと同じ名前の花の図案を象嵌したんだ。薔薇という花だよ」
ローザがグリップの象嵌をマジマジと見ている。顔に笑みが浮かんでいるから喜んでくれているのは確かなんだろう。
「我の名前は変わっておるとは思っていたのじゃ。母様に聞いても笑っておいでだった。これが我の名の由来なのじゃな。綺麗じゃのう……」
そんな妹をエミーが微笑んで見詰めていた。
そうなると、気になるのが姉さんの意匠だな。早速拳銃を交換している。
「この花の中心の宝石が気になるのう。ヴィオラのロゴには無かった筈じゃ」
「それがエミーの名前の由来だよ。エメラルドという宝石だ」
「私の何も由来があったんですか! 知りませんでした。綺麗な緑色なんですね」
緑は豊饒を意味する。荒地を豊饒の地にしたいと言う親心なんだろうな。
「他の者達は?」
「ダイヤを使ってる。ダイヤの光は綺麗に輝くからね。フレイヤはそんな神の使いの名前だ。レイドラとドミニクにもそれぞれあるんだろうけど、お揃いにしておいた」
「既に持ってはおるが、やはりこちらが良いのう。母様にあったらこのグリップを見せてやるのじゃ」
嬉しそうにホルスターに入れるとガンベルトを外してホルスターごと交換している。自分の分が終るとエミーを手伝ってる。
それが終わると、フレイヤを連れて部屋を出て行った。
射撃場って、あったのかな?
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テンペル騎士団が中継点にその姿を現した。
重巡洋艦を改造したと思われる装甲甲板には88mm2連装砲塔が4式設けられている。しかも、1隻ではなく同型艦が2隻だ。
騎士団を分散する事無く、2隻で鉱石採取を行なっているようだ。
そのあくる日。
俺とエミーは騎士団の礼服を着て、テンペル騎士団との会見に臨んだ。
こちらから呼び出した手前、会見15分前に会議室に向かって彼らを待つ事にする。
会見5分前に会議室の扉が開き、中継点の事務員に案内された4人の男女が現れた。
「初めまして、ヴィオラ騎士団のリオと言います。隣はエメラルダです。先ずはお掛け下さい」
「テンペル騎士団の騎士団長を務めるユーリーと言います。副団長のケネスと副官2名でやってきました」
驚いた。ドミニクと同年代に見えるぞ。しかも同じ女性だ。副団長は男で副官も男だが、ユーリーの副官は女性だ。
彼女達が椅子に掛けたのを確認して、俺達も椅子に腰を下ろす。
そうしたところで事務員がコーヒーを運んで来た。
「中々良い場所に中継点を作りましたね。これで西への探索に沢山の騎士団が参加する事でしょう」
「色々と問題もあります。何とか時間を掛けて使いやすくする考えでいます」
世間話をしながらコーヒーを飲む。相手に断わって、タバコに火を点けた。
それを見て副団長がタバコを取り出す。
「ヴィオラ騎士団といえば戦姫まで持つ騎士団と聞いています。私達に会談を申し込んだ理由は何でしょうか?」
「中継点を作っていただきたい。もっとマシな言い方や、頼み方もあるんでしょうが、生憎と無骨なもので」
俺の言葉を聞いて3人が厳しい顔付に代わる。
それでも、ユーリーはにこにこと俺を見て微笑んでいた。
「やはり……。ヒルダ様から『リオ殿の依頼を聞いて欲しい』との連絡を受けました。どんな巨獣を退治するのかと我等一同話し合っていたのです。ですが、中継点は既にここにあります。更に西に作るのですか?」
「いや、この位置から南に作る。見ての通り、西の鉱石は豊富だ。騎士団が次々とバージを運んでくる。しかし、この中継点から3つの王都までには距離がありすぎる。巨獣の心配がさほど無い赤道から南に、バージの荷役中継が出来れば騎士団がもっと活躍出来るだろう」
そう言って、相手を見る。相変わらずにこにこしているが、俺の話を聞いた副団長は副官となにやら相談を始めた。
「おもしろそうなお話ですね。ですが、それなら他の騎士団でも良いのではありませんか?」
「2つの問題があります。1つは信義に厚い騎士団であること。そして中継点を作る資金を集めるにはある程度名の知れた騎士団である必要があります」
相変わらずにこにこ顔だ。これも一種のポーカーフェイスって奴なのかな?
副官達がタブレットを取り出してなにやら計算を始めた。
「私達の騎士団は、それなりの歴史もあります。それを中継点のお飾りにするつもりですか?」
「その通りです。貴方達が管理する中継点なら誰もが安心して、命懸けで採掘した鉱石を託す事が出来ます」
「我等ならそれが可能だと?」
「荒野で一番信義に厚い騎士団を紹介して欲しいと、ヒルダさんにお願いしました」
俺の言葉に副団長がユーリーに顔を向けた。にこにこ顔のユーリーの顔が突然厳しいものに変わる。
「私達は代々の騎士団。私の代で騎士団を廃業する事は、例え王族からの命でも断わります」
「何か思い違いをしてませんか? 俺は管理をお願いしているのです。どちらかと言うと管理責任ですけどね。テンペル騎士団の現役を退いた人達を使うことが出来るでしょう。運営を商会に任せれば、物流を上手く管理してくれます」
「この中継点もそうなのですか?」
「3カ国から7つの商会を出して貰いました。テンペル騎士団であれば当然取引を行なっている商会があるはずです。その商会と他国から1つの商会を加えて3つの商会を使えば遥かに効率が上がります」
俺の言葉を聞いて、じっと考えている。副官達は、タブレットを2つ取り出してリスト作りを始めたようだ。
「分りました。要は私達の名前を持った中継点、その運営責任を我等が負う。と言う事になりますね。確かにリオ殿の言われる通り、騎士団を退役した者達がいる事も事実です。彼らの仕事を作る上でも一考の価値があるでしょう。10日程返事を待ってください。商会の者達とも相談をしたいと思います」
「お願いします」
俺とエミーが頭を下げた。
慌てて、彼らも頭を下げる。なるほど、尊大な態度を持たないんだな。信義に厚いと言われるのもこの辺にありそうだ。
会議室の扉が開き、新しいコーヒーが運ばれてきた。
テーブルのコーヒーカップが下げられて、新しいコーヒーカップに熱いコーヒーが注がれる。
俺がスプーン2杯の砂糖を入れるのを、おもしろそうな目で見ているぞ。
「前に、ニュースで戦姫の活躍を見ました。極めて短い時間でしたが、あの記録はお持ちなんですか?出来ればフルで見たいものです」
「ちょっとお待ち下さい。ドロシー、画像ファイルに泥濘からの脱出画像があるか? あればここで再現して欲しいんだが」
『分りました。会議室の端末を遠隔起動します。この前の画像も続けて映します』
「今のは?」
誰もいない空間に話しかける俺に少し驚いているようだ。
「ヴィオラ騎士団のフラグシップであるカンザスの電脳です」
「意識を持つ電脳ですか……」
テンペル騎士団の連中が感心した様子で頷いていると、壁際にスクリーンが展開され、泥濘を脱出する俺達が映し出された。
「戦姫の動きは優雅ですね。それにしても2機ですか。戦鬼は我等の戦鬼と姿が同じですね。そうそう、あの戦機です。皆が我が目を疑いました」
続いて、まだそれほど時が経っていない、この間の戦いが映し出される。
戦機が小さなライフルを構えて弾丸を発射しているが、打ち出される弾丸はまるで光の糸のように見える。
次の映像では、カンザスの直ぐ真近でムサシが宙を舞いながらイグナッソスの首を刎ねていた。
画像が終ると、ほうっと皆が息を吐いている。
そんな彼らを見てタバコに火を点ける。
「正に鬼人の働きですね。いったい誰が?」
「隣のエミーがあの戦機の騎士になります。三月程前までは何も見る事は出来なかったのですが……」
「まさか? 確か降嫁したと話には聞きましたが」
「ヴィオラは奇跡を呼びました」
そう言って微笑むエミーをユーリーはジッと見ていた。