080 サーペント騎士団の壊滅
やはり朝の目覚めは金色の世界だった。
慣れた仕草でフレイヤを抱くとジャグジーに向かう。お湯の入ったところでフレイヤが目を覚ました。
「おはよう」と2人で挨拶を交わす。
汗を流したところでフレイヤはナイトウエアを羽織って自室に向かった。
さて、今日は何もなければ良いんだけどな。
衣服を整えリビングのソファーに座ったところで、カンザスが停止している事に気が付いた。
俺達が寝ている間に鉱石を見つけたようだ。
やはり、北は鉱石の宝庫だな。
タバコを取り出して火を点けると、マグカップのコーヒーをレイムさんが運んで来てくれた。
「おはようにゃ」
「おはよう。早いですね」
「どうにか皆の行動が分ってきたにゃ。これからはちゃんとサービスできるにゃ」
そういうところに気を回すのがメイドなんだろうな。
となると、俺達の関係を知ってるって事になるな。まあ、務める家の事情は口外しないのが原則だって聞いた事があるけど……。
まあ、長い付き合いになりそうだからいずれは知る事になるんだろうけどね
コーヒーの味は……、最高だ。甘さも俺好みに成っている。
荒地に朝日が当って少し靄が掛かったように見える。夜は冷え込むからな。
俺が好きな2つの時間、それの1つが今の時間だ。
もう1つは荒地の星空なんだよな。満天の星空はまるで俺を飲み込むように迫ってくるんだ。
前はアリスで先行探査を良くやっていたから、星空を眺める事もしばしばだったが、この頃はそんな時間も無いのが寂しく思える。
エミーとローザを連れて、火器管制室の外部露天回廊辺りで一度眺めてみようか……。
「おはよう」と俺に声を掛けながら皆がジャグジーに向かっていく。
そんな中、フレイヤが衣服を整えて俺の隣に腰を下ろした。
「航行3日目で300tバージ3台が満載よ。後2日もあれば、曳いてきたバージ全てが満載になるわ」
「もっと早いかも知れ無いよ。現在進行形で採掘しているみたいだ」
フレイヤにカンザスが停止していることを教えてあげた。
思った以上にマンガン団塊の鉱床が多い。更に北に向かえば小さな鉱床ではなくて巨大な鉱床があるのかも知れない。
現に、中継点は巨大な鉱床を採掘した跡のようだ。
いつの時代に、誰があの鉱床を採掘していたかは、カテリナさんにも分らないみたいだが、あの発見にはレイドラの種族の記憶があることは間違いない。
今では他の種族の中に埋没しつつある種族は、遥か遠い昔にこの地で文明を築いていたはずだ。
「おはよう。何を考えてるの?」
カテリナさんが部屋に訪れた。言外に貴方らしくないと言っているような気がするんだけどね。
「……北には鉱床が多いなと。その原因は何かと考えてました」
「行き着いた先はレイドラでしょう。私も昔はそう考えたものよ。でも、今は少し違うわ」
ライムさんが運んで来たコーヒーを飲みながら教えてくれたのは、この惑星の造山運動だった。
一度地殻が安定した状態で大規模な地殻変動が起きたらしい。
この惑星に大陸が1つで、北にのみ大山脈があるのもそのせいらしい。
「原因は良く分かっていないのよ。だけど、私達の先祖がこの地に入植したのは、その後のことよ。最初に入植した人間の数は50万人。この地で文明を築いたらしいけど、風土病で数を減らしたらしいわ。次に入植者が訪れたのが10万年後になるの。最初の入植者の助けを借りて、現在に続いているの」
「種族の違いは、最初の入植者と次の入植者の違いってことでしょうか?」
「そうなるんでしょうね。2つの入植者の違いは身体を強化されているかどうかの違い。ちょっとした遺伝子構造を変えただけなのよ。私達は遺伝子変異を受けないように強化されているし、先の入植者達は遺伝子変異を受け容れるようになっていたの」
新たな入植地の環境条件に合わせて変異する体と、かたくなにその体を守る種族はどちらが優位に立つんだろう。
現在は人口の主流を占める人族だが、将来的には他の種族に圧倒されるのかも知れないな。
皆が揃ったところで、朝食を取る。全員が揃うと賑やかだな。
「2時間程で鉱石採掘が終るわ。100kmも進まずに鉱石が見付かるから、獣機の連中は大変よ」
「嬉しい状態でしょうけど、確かに文句は言いたくなりますね。ボーナスを弾む事ですね」
俺の言葉にレイドラが頷いている。ちゃんと考えてはいるようだ。
「しかし、レジオンさえも跳ね除けたのじゃ。獣機の連中も安心して採掘が出来るじゃろう」
「やはり、88mmの一斉砲撃は圧巻だったわ。」ベラドンナも75mmから88mmに更新するような話をしていたわよ」
火器管制は3隻がリンクした状態で行なっていたんだろうな。
そんなプログラム開発と、今回の砲撃で照準の補正までもこなしていたんだろう。
「我は母様に映像を送ろうと思っておる」
「トリスタンさんが喜びそうですね」
「でも、あの映像を見たらこっちに来るかも知れないわよ?」
俺の言葉にカテリナさんが笑って応えた。
それも、ちょっとな。確かに心強いけど、試合をしたら次ぎも勝てるとは限らないぞ。
鈍い振動が伝わってきた。どうやら、採掘が終ったようだ。
朝食が終った彼女達もそれぞれの部署に向かって仕事を始める。
残ったのは、俺とエミーにローザ達だ。
「まあ、我等には騎士団を守る勤めがあるからのう。敵が来なければ役目は無しじゃ」
「でも、何もなければお荷物なんだよな」
俺の言葉にリンダが笑っている。
まあ、極論はそうなるんじゃないかな。騎士団の保険が騎士って事になるのは、ある意味、滑稽な話だからね。
デイジーに頼んでおもしろそうな映像を探して貰う。
スクリーンに表示されたのは何処かの騎士団が苦戦している姿だった。
これをおもしろいと考えるデイジーの感性を疑いたくなったが、デイジーの告げる言葉で3人とも納得した。
サーペント騎士団の現在の状況らしい。
『サーペント騎士団の拠点に、120km程の距離で巨獣が囲んでいます。付近に他の騎士団はおりません。救援信号を発していますが、向かった騎士団は同盟関係にある騎士団のみです。救援到着は20時間後になります』
ある意味、終ったな。
しばらくは、拠点を使った活動も可能だと思ったが、イグナッソスらしい巨獣の群れは50頭を超えている。
果たして何人の騎士団員が生き残れるんだろう。
救援の騎士団もイグナッソスの蹂躙が終った後でなければ近寄る事も無いだろう。
騎士団員の保証金で拠点は解体される事になるから、サーペント騎士団は歴史に幕を下ろした事になるわけだ。
「救援には行かないんですか?」
「行く義理さえ無いよ。高慢の付けが回ってきたんだろうな」
「さもあらん。我等で引導を渡しても良かったのじゃが……、巨獣がその役目を果たしたようじゃな」
冷たいと思われようとも、俺達のスタンスはこれで良いだろう。
救援にはそれなりの代価が必要だ。単なる救援要請に応える義理はない。
キチンと俺達を名指しで要求しないなら助けに行ける距離であっても応える必要はない。
まして、俺達の中継点であれだけの事をして行ったんだからね。そんな考えでドミニクも応えなかったんだろうな。
「非情なんですね……」
「非情ではないんだ。もし、同盟関係にある騎士団であれば救援要請が無くとも駆けつける事になる。荒野には王都には無い掟があると考えれば良いよ。大事なのは信義だね。相手を重んじ、約束はキチンと守る。これが出来ない騎士団は荒野からいずれ消える事になるんだ」
リンダは難しい顔をしているな。
人情的な感性が働くんだろう。1つの騎士団が壊滅するとなると100人以上の団員が命を落とす事になる。
だが、そんな騎士団に所属していたということが、生き残った連中をもっと悲惨な目に合わせることはまだ分かっていないようだ。
「で、生存確率をどう見る?」
『90%と推測します。拠点のラウンドクルーザーが先程出航しました』
なるほど、自分達の船を動員する前に他の騎士団に救援を依頼したのか……。
同盟関係にもひびが入りそうだぞ。
「嫌な連中じゃ。自前のラウンドクルーザーを出す前に他の騎士団に救援を依頼したのか」
「商会から見放されても、同盟の騎士団を使う手はあったが、これでその見込みも無くなったよ。サーペントの機材を何処が手に入れるかで12騎士団の力関係が変わるだろうな」
「リンダ、そう言うことじゃ。荒野では信義が優先する。それはこのような事態になって初めて真価を発揮するのじゃ。信義無き騎士団はいずれ滅びる。母様はこう言ってくれた。『ローザ、決して裏切ってはいけません。そして信頼に応えなさい』今でも昨日のように思い出すぞ」
ヒルダさんも何処かの騎士団の関係者だったんだろうか。
ローザはちゃんとその言葉を実践してきたんだな。
『サーペント騎士団、拠点まで残り80km。救援のラウンドクルーザーとの合流まで残り2時間20分』
「分った、これでサーペント騎士団が荒野を動く事は無いだろう。その他におもしろい事は無いのか?」
『おもしろいかは判断に苦しみますが、12騎士団の1つが山麓方向に移動しています』
デイジーの言葉が終ると同時に北緯55度を越えようとしている騎士団の姿が映し出された。
ラウンドクルーザーを3隻使って移動している。
慎重派だな。少なくとも戦機は10機を超えるだろうし、戦鬼すら同行しているのだろう。
危険地で大型鉱床を探すんだろうな。俺達が北を目指せるのは先の話だ。しばらくはこの緯度近辺を採掘しよう。
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今回の航行は5日も使わずに300tバージを満載する事が出来た。
あれから巨獣の襲来も無く平穏な鉱石採掘の旅だったな。
ドミニク達も探索が上手くいって満足顔だ。
出来ればもう数台程バージを曳きたい気がするけどね。カンザスにも曳航用の設備を設けた方が良いんじゃないかな。
周辺の警戒はガリナムが帰ってくれば十分対応出来るだろう。
カンザスが救援に向かう時はガリナムに代わって貰えるだろうし。
「近場でこれだけ取れるんだから、北の山麓はさぞかし宝の山なんでしょうね」
「騎士団が北に向かったよ。3隻で船団を組んでいた」
「考える事は同じなんでしょうね。でも、鉱石はあっても戦機が見付からないわ」
フレイヤが残念そうに呟いている。きっとアデル達もそう思っているに違いない。
だけど、最初の入植者がどの辺りに住んでいたかが分かればある程度見つかる場所が分かるかもしれないな。
戦機で大型巨獣と戦ったんだろうから、その時代の巨獣の生息範囲と入植地の関係が分かれば、その地域に入った時に入念に調査すればいい様にも思えるんだけどな。
とはいえ、そんな情報もない現状では戦機の発見だけは運任せだからね。