076 カンザスの制御は簡単らしい
ソファーの4点式シートベルトで体を固定する。
右にローザがライムさんと挟まれて座っている。俺は一番左端だ。
地上を第一巡航速度の時速30kmで、西に向かっているのだが。さぁ、どうなるかだ!
『機動試験開始30秒前。急速上昇の後、10秒後に急速降下を行います! 高度を30m、60m、100mの3通りで実施します。後10秒……、3、2、1、上昇!』
グンっと艦体全体が上昇する。艦首から上がると思っていたけど、全体が一気に上昇するんだ。高速のエレベーターに乗った感じだな。
今度は、今度は一気に下がる。ちょっと無重力を感じたぞ。
そんな動きが試験を重ねるごとに大きくなった。
それに合わせて、ローザ達が楽しげに『キャ~!!』って叫んでる。なるほど、ちょっと楽しいかも知れないな。
続いて急速回頭が連続する。速度を早くしながらS字カーブを描いて飛行する。
艦首方向にジェットの炎が見えるから、バウスラスターまで使ってるようだな。
後部の噴射口も両端は可変出来ると言っていたから、それを組み合わせて回頭をするようだ。
半重力制御は俺達にも影響を与えているらしく、急加速や急減速を行なっても俺達をベルトで引き千切るような事にはならない。まあ、それなりに加速感はあるんだけどね。
最後に90度ずつ艦が軸方向に回転していく。10秒ずつその場を固定するから、ちょっと冷や汗ものだ。逆立ち状態の10秒は嫌に長く感じたほどだ。
あちこちの固定していない器具が落下したんじゃないかな。
ライム達はミニバーのグラスを心配していたけど、あれは木枠で2箇所固定されていた。値段が高いからかなと思っていたが、こんな機動でも棚から落下するのを防いでいたようだ。
最後は、キチンと水平を取って時速500kmで拠点を目指している。
このまま行けば、夕方近くには着くんじゃないか。
昼過ぎに、皆が集まってきた。
期待以上の性能に満足気な表情が見て取れる。
「操艦は思った以上に容易です。機動試験は私が操艦したのですが、コクピット状の椅子に座り、ジョイスティっクでの操作です。通常は、ブリッジ中央の舵輪を使います」
ちょっと嬉しそうな声でレイドラが教えてくれた。
戦闘機動はレイドラが担当するようだ。航路の確認はドロシーに任せるのだろう。全体指揮もその近くでドミニクが行なうんだろうな。
「火器管制室も凄いですよ。個別シートで担当する砲塔を制御するようですけど、私はフレイヤさんの隣で全体をスクリーンで見ていました。あそこなら、ムサシを動かすには最適ですわ」
「後は、我等の出撃を試験せねばのう。どれ位の高度と速度が、我等の着地に適しているかはこれからの課題じゃ」
「計算では、この速度でこの高さから出撃しても問題なかったわ。デイジーのグランボードを使えば滑空出来るでしょう。ゆっくり落ちながら減速する事になるわね。でも、出撃は100km位に、速度を落とした方が間違いは起こらないでしょうね」
カテリナさんの話だと、何とかなるって事なのかな?
まあ、時速100kmでの出撃から少しずつ速度を上げていけば問題は無いだろう。アリスの場合は全く問題がない。ムサシもデイジーと似たようなもんだろうな。最大速度は時速100kmまでには達しないらしいから、あまり無理はさせられないだろう。
「でも思ったように加速度が感じられませんでしたけど?」
「反重力装置のおかげね。でないと、ちょっとした惨劇が起きてたわ」
実際には、あんな急反転なんてしないだろうから、一応、ソファーに座ってシートベルトをしていれば十分って事だな。
単なる航行なら、椅子に座る必要も無いんじゃないか?
「後は、火器の調整だけど……、中継点についてから仕上げるわ。移動攻撃や空からの砲撃のプログラムにある変数を砲塔個別に調整しないとね」
「今のままでは使い物にならないってこと?」
「たぶん調整はしてあるんだろうけど、照準誤差はあるでしょうね。出来るなら300mで5cm以下にしたいわ」
使う砲弾が徹甲弾かAPDS弾だからな。榴弾も少しは積んでるんだろうけどね。
「長砲身だけどライフルは無いわ。滑腔砲なのよ。初めて使う砲だから、ちょっと途惑ってるの」
「1mでは不足なのかい?」
「ダメね。巨獣相手で接近戦になれば狙撃に近い照準を要求されるわ。ヴィオラの88mmライフル砲も誤差10cm以内で調整していたのよ」
軍ならば200mmや300mmの大型カノン砲で撃つ事も出来るが、あれは次発装填に時間が掛かるからな。発射速度は1分間に数発だし、継続射撃となれば砲身冷却装置を使って20秒おき位に低下するだろう。
それに、軍には1つ大きな問題がある。軍の持つ軍艦の数が制限されている事だ。戦艦2、重巡洋艦2、巡洋艦が5隻。それに駆逐艦が10隻……。
この惑星には3つの王国があるだけだから、相互に戦を行う事が無いようにしたんだろうが、この惑星の巨獣の中には凶暴な奴もいる。
その時には、王国同士が助け合うことにはなっているとカテリナさんが言ってたな。
「巨獣を距離をおいて叩くのは軍に任せれば良いわ。私達は私達のやり方で巨獣を倒すの。でないと、単なる軍閥よ。それは騎士団ではないわ」
そう呟いたカテリナさんは騎士団員ではないけれど、その考えに俺達は賛成できる。
艦砲で巨獣を翻弄しながら戦機でとどめを刺す。俺達は戦機ではなく戦姫や戦鬼、戦騎になるんだけどね。
さらに、新型獣機がこれに加わるんだろうな。40mm長砲身滑腔砲で爆轟でAPDS弾を撃つんだから、かなり期待出来そうだ。
こんな俺達に、ライムさんがコーヒーを運んで来た。
ライムさん達にもソファーを勧めて、皆で荒地を空から眺めながらコーヒータイムだ。
俺は一番端に座ってタバコを楽しむ。
「で、カンザスを中に入れるのか?」
「桟橋に停泊させて調整がいるわ。操艦プログラムと機関プログラムを手直しして、その調整はハード込みで行なう必要があるの」
桟橋間の距離があるからラウンドクルーザーが接触する事は無いだろうけど、かなりの邪魔者だぞ。
中継点の管理部門が文句を言ってくるかも知れないな。やはり、早くに中継点の拡大は必要に思える。
「前に、商会の人達が中継点の拡張の話をしていたよね。それに、御后様達が同調している。このカンザスを中に入れるとなると、やはり中継点の拡張は急務だと思うんだ。
御后様達が言ってたよ。株を発行しろってね。その資金で、西の桟橋の壁の向うにもう1つ桟橋を作らないか?」
「それに、もう1つのトンネルと谷間のバージ桟橋の拡充もあるわね。そうなると、騎士団を更に受け容れられるわ」
「それなら、マリアン達と商会で話し合えば良いわ。3者で出せる金額を元に株式発行数を調整出来るし、不便な場所から工事が開始出来るわよ」
中継点にいる連中に任せるのか?
それも良いかもしれないな。彼らに任せて、俺達は本来業務に戻れば良いか。
「となると、ヴィオラで鉱石採取?」
「カテリナさん次第って事になる。どれ位かかりそうですか?」
「そうねぇ……、3日は欲しいわ」
「なら、次の鉱石探索はカンザスを使えるわ」
カテリナさんの答えを聞いて、ドミニクが俺達に告げる。それ程、のんびり出来ないってことだな。
手早く、先の話をマリアン達に話を付ける必要がある。
『中継点との交信が可能です。到着予定時刻を連絡しましょうか?』
「そうしてくれ。そして、到着予定時刻の2時間後にマリアン達と商会の連中を交えて会談をしたい。その段取りをマリアン達に頼みたい」
『了解しました。早速連絡します。中継点の到着は1620時の予定です』
後1時間も無いじゃないか。
やはり空を飛べばそれだけ早いってことだな。
のんびりと進行方向を眺めていると、見覚えのある尾根が見えてきた。
カンザスがゆっくりと速度と高度を落とし始める。
地上走行モードで谷に入るつもりのようだ。
多脚駆動装置の作動する振動が伝わってくると、カンザスはターボジェットの推進を停止して更に速度を落とす。
クッションに腰を下ろすような衝撃が伝わるとカンザスの地上走行が始まる。
高度が低くなった分だけ、速度が落ちても速度感はあまり変わらないな。
バージが数十台も並んでいる。
高速輸送船が200tバージを数台曳いて俺達の横をを通り過ぎていく。
中継点は賑わっているようだな。
これなら、それなりの収入が見込めるんじゃないか?
「さて……。レイドラ、ブリッジに向かうわよ」
ドミニクがレイドラと共に部屋を出て行く。やはり、入港時に意思団長がブリッジにいないとね。
10分もすると、カンザスはトンネルの中へと入っていく。
2km程のトンネルは少し蛇行しているから、操艦は気を使うだろうな。
途中のエアロックを通過して、ホールに入る。ゆっくりと俺達の桟橋を右に見ながら直進して、ホールの最深部で停止した後に回頭する。
ヴィオラ専用桟橋に停泊しているベラドンアの後部に進んで機関を停止した。
ようやく帰って来たって感じだ。
桟橋から巨大なカンザスを眺めている連中が沢山いるぞ。
ブリッジの横にヴィオラのロゴが描いてあるから、俺達のフラグシップであることは直ぐに分かる筈だ。
造船場では出来なかったが、明日にはロゴの下に艦名が描かれるだろう。
カチャっと食器が触れ合う音がする。振り返るとライムさん達が夕食の準備を始めていた。
と言っても、専用エレベーターで運ばれた料理を並べるだけなんだけど、今夜は何だろう?
フラグシップのヴィオラ騎士団領への初入港なんだから、豪華な料理なんじゃないかな。
ブリッジから、ドミニク達が戻ってきたところで俺達の夕食が始まった。
でも、これってあまり贅沢には見えないんだよな。ポトフにパンと手の平半分程のステーキに根菜が付いていた。
ワインは赤だけど……、いつものワインだよな。
それでも、お代わりをして食べたぞ。
食後のコーヒーもいつもの通りだ。女の子だけにアイスクリームのデザートは差別じゃないか。
「質素が一番よ。清貧の騎士団なら他の騎士団からとやかく言われないわ」
カテリナさんもやはり質素だと思ったようだな。
まあ、色々と入用だし、無駄遣いは出来ないか……。
「私達はリオを連れて、中継点の事務所に向かうわ」
「私はラボの様子が気になるから、帰ってくるのは明後日よ。デイジーのプログラム調整は明後日になるわね。リオ君、アリスを助手にして良いでしょう。始める前に頼んで頂戴な」
「我は、一度リンダ達と相談じゃ。リンダをカンザスに乗せたいのじゃが……」
「リンダはローザ様の護衛ですから、ローザ様にお任せします。使うのは客室で良いですね」
「済まぬのう。何時までも姉様と一緒では兄様が可哀相じゃ。前と一緒にリンダと同室で暮すことにする。もちろん何時もはここに来るぞ」
そう言って、部屋を出て行った。俺に気を使ってくれてるのかな?
チラリとエミーを見ると赤くなって下を見ている。
「私は兄貴達の様子を見てくるわ」
「それじゃあ、あの土産を持って行ってくれないかな。手土産に2本置いてくれば十分だろう」
部屋に向かうとクローゼットから酒ビンを2本持ってきた。フレイヤに渡すと、早速席を立って出掛けて行く。
「私は、読書をして待ってますわ。折角本が読めるんですもの」
エミーが小さな声で俺に言った。
確かに、目が見えると好きな本が読めるだろう。
王都で沢山本のデータを集めてきたに違いない。俺もおもしろそうな本を紹介してもらおう。
「じゃあ、行ってくるよ。2時間位だと思うけどね
エミーにそう告げると、ドミニク達と一緒に部屋を出る。
予定時刻30分前だ。
きっと、もう全員が揃ってるんじゃないかな。




