068 とんでもない連中だ
「そろそろ立ち去ったらどうだ? 商会の電脳にハッキングとは大それた事をしたな。信頼関係を損ねた以上何も手に入れる事は出来ない。それに、俺の方からも立ち退きを命じる」
チャラチャラした飾りが沢山ついた制服を着ている男に向かって怒鳴るように伝えた。
他人から怒鳴れたことが無いんだろうか? 俺の顔を驚いたような表情で見ながら一歩後ろに退いたぞ。
仲間からの視線を受けて、自分の矜持を保とうというのだろう、咳払いをしたところで仲間に頷くと俺に顔を向ける。
「俺達は12騎士団の1つだぞ。その騎士団長たるこの俺に一介の騎士が命令するのか?」
「3時間の猶予を与える。それ以上滞在するようであれば、ラウンドクルーザーを接収する。以上だ!」
相手にせずに、再度指示を伝えたところで踵を返した。
「「野郎!」」
怒鳴り声を上げて何人かが俺を囲もうとした時、警備兵が一斉に銃撃を与えた。
中々の腕だな。
床に足を押さえて転がっている。
「まさか、……俺達を撃ったのか。12騎士団を敵に回したことになるぞ」
呆然とその場に立ち尽くした男達を残して、俺達はとっとと引き上げることにした。
ちゃんと3時間という時間は残してやったのだ。彼らがやった事から比べれば些細な事だろう。
いったい此処を何処だと思っていたんだろうな? 自分達が都合よく使える場所位の認識だったのかも知れない。
だが、サーペント騎士団はこれで歴史から潰えるだろう。商会を敵に回して生き残る事は騎士団には出来ないことも分からないのではね。
ヴィオラに戻ると、直ぐに待機所に向かう。俺の到着を皆が待っていたようだ。
「ごくろうだったな。全く話にならん連中だ」
「これでサーペントは終わりじゃな。あれでは何処の商会も相手にせぬ」
「闇取引をすることになるんでしょうね。利益があまり出ないでしょうに……」
「自分たちの撒いた種によるものだからどうしようもないさ。此処には出入禁止で良い」
そう言ってエミーの入れてくれたコーヒー飲む。
スクリーンには、慌しく出航に取り掛かるサーペントの巨船が映っていた。
「さて、王都に戻るんだろうが、どんな報告を他の騎士団にするんだろうな」
「その前に、サーペントのブリッジと電脳への指令を3つの王国の司法機関に送ります。どう言い訳をしても証拠がある以上王国が取り合ってくれるとは思えません。それに、ウェリントンでさえ無事に着くか疑わしいですよ」
面白そうにアレクがグラスを掲げた。
「逆にウイルスを仕込んだんだな。どんな奴だ?」
「巨獣を呼び寄せて、近付いたら解除すると言う感じですね。12騎士団であれば対応は容易でしょう。噂の通りであればですが……」
1時間もしない内にゆっくりとサーペントが桟橋を離れていく。2時間あれば領土を離れていくだろう。
ちょっとホッとした気分だな。
「すんなり出て行くから?」
「それも気にはなるな。だが、外には12門の88mm砲がある。下手な攻撃は命取りになることぐらいは分るだろう」
入って来た時と同じように、ゆっくりとホールを出て行く。
やはり、通路が1つというのは問題だな。早めに、もう1つ通路を作るべきだろう。
通路を抜けて速度を上げると南に進んでいく。
しばらくすると、俺達の領土を出た事を円盤機が知らせてきた。
ほっと全員が溜息を付いた。全くとんでもない客だったな。
「後は、拠点の連中が必要な手続きをしてくれるだろう」
確かに、後はお任せって感じかな。商会の方とも調整が必要だろう。
とは言え、この服装でいるのもなぁ……。
誰からとも無く互いに頷いて自室へと引き上げる。
エミーと一緒にベッドに服を脱ぎ捨ててシャワーを浴びる。やはり、礼服は窮屈だ。俺には艦内作業服ともいえる黒の上下が一番だな。
2人だけでシャワーを楽しむと、いつもの服装に着替える。
ソファーに座って、もうすぐ帰ってくるだろう3人を待つことにした。
タバコを1本吸い終わった頃に、3人が帰ってくる。
俺達の傍を通り過ぎ、ベッドに衣服を脱ぎ捨ててシャワーに向かって行った。
「ちょっと疲れたような感じですね」
「精神的に疲れてるさ。中継点の全員を預かってるようなもんだからね」
問題がありそうな騎士団を、断わる事は出来ないものだろうか?
ある意味、威圧的なものを作るしか無さそうな気もするな。
それにホールの内外の安全を、どうやって守るかについて再検討する必要がありそうだ。俺達を危険に晒すのは決して巨獣だけでは無さそうだからね。
端末を開くと、何事も無くスクリーンが展開する。
特にハッキングの影響は無さそうだ。
新しくホールに騎士団のラウンドクルーザーが入ってきた。
この大きさはタナトス級だな。中規模騎士団と言うことになるだろう。戦機を2機は持ってるんじゃないかな。
「あら、新しい船ね。結構西を目指してきた騎士団が多いわね」
「平均の滞在日数は2.8日だそうだ。ちょっとした骨休みと水の補給だな」
「ちょっと短いわね。もう少し長いかと思ったけど……」
「これから、稼ぎに向かうからよ。鉱石を積んでいない船ばかりらしいわよ」
とりあえず見ておこうという事だろう。これから長期間世話になる場所だから、やはり気にはなるみたいだ。
エミーが入れてくれたコーヒーを飲みながら、話題は中継点の開業からの騒ぎを話し合うことになった。
あと5日で俺達も鉱石採掘に出かけることになる。
ちゃんと中継点を維持出来るかが心配だけれど、何時までもここにいるわけにはいかないからな。
5人で食堂に出掛けると、今度はあまり人がいないぞ。
何時の間にか禁足令を解除していたみたいだ。
「やはり、ストレスが溜まるとレストランを利用するのかな?」
「此処は食事の時の飲酒はグラス1杯だけだけど、レストランなら3杯までは飲めるらしいわ。それでそっちに向かうのかしらね」
ちょっとした違いなんだけどね。確かに皆飲むからなぁ……。
だけど、足りない分は待機所で飲んでるから、わざわざあっちまで行く気がしないんだよな。
「この分だと、待機所には誰もいないわね」
フレイヤの言葉で、食事を終えると部屋へと戻ることになった。
そして、全員でワインを飲む。
こうして、とんでもない来客のあった1日が過ぎていった。
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そんなある日。カテリナさんからラボに来るようにと、騎士団長と俺達に連絡があった。
カテリナさんのラボは俺達の桟橋の地下にある。
むき出しの鉄骨や石の壁が、マッドサイエンティストのねぐらって感じがするな。
エミーとローザは互いに手を繋いでる。不気味な雰囲気だから、しきりに周囲を見ているんだよね。ここで肝試しをするのもおもしろそうだな。
長い鉄の階段を降りたところに、木の看板が下がっていた。
「『カティの研究室』?」
それを読んだフレイヤが首を傾げた。
カテリナさんの愛称らしいけど、それを看板に書くところが凄いな。それに微妙に曲って下がってるのも……。
「開けて大丈夫なの?」
「リオ、お前が開けろ。仮にも公爵なんだから中で何をしてるのか、確認するのはお前の仕事だ!」
アレクがそんな事を言い出して、皆も納得したように頷いてる。ちょっと違うんじゃないかと思ってるのは俺だけか?
「……良いですか? 開けますよ」
ドアノブを掴んで、後ろの連中に振り返って確認を取る。
1歩下がったところで皆が頷いてる。爆発しても犠牲者は俺だけってことらしい。まぁ、死ぬことはないだろう。意を決して唾をのみ込み、ドアを開いた。
そこは、無数にダクトやケーブルが蜘蛛の巣のように張り巡らされた薄暗い空間だった。
床の上には人の背丈ほどのラックが無造作に建ち並び、ダクトやケーブルが接続されている。
学校の教室2個分位の部屋なんだから、上手くラックを配置すれば良いのにと思いながら、中へと足を踏み入れる。
「カテリナさ~ん!」
何度か呼んでいると、反対側の方から扉の開く音がした。
天井灯が点いて部屋を明るく照らし出す。そんな部屋の奥からカテリナさんの姿が現れた。
「あら? こっちから来たの。てっきり、大型実験区域から来ると思って待ってたのよ。左の壁伝いにこっちに来なさい。ケーブルを踏まないようにね」
怪しくケーブルがぶら下がる空間を、壁に背中を押し付けるようにして、俺達はぞろぞろと移動する。
やっとの思いで辿り着いた扉の先は、ちょっとしたリビングのような場所だった。
「掃除をしたことあるのかしら?」
「まぁ、特殊な技術集団じゃからのう。そんな暇は無いのじゃろうが、一度掃除をさせねばなるまい」
あちこちに紙が散らかってるし、ホワイトボードにはなにやら意味不明の計算式が書き殴ってある。
テーブルの上のコーヒーカップは、いったい何時飲んだか分らないような有様だ。
「あまり他の人達は入れないんだけど、私達の秘密基地よ。今日、貴方達に見せたかったものが隣にあるわ。さあ、行きましょう」
確かに長居はしたくない。
カテリナさんの後に付いて、ぞろぞろと隣の部屋に移動する。
今度は、体育館ほどの空間だ。
扉を出て直ぐの場所にテーブルと椅子を置いて、大型の端末を設置している。
そこに表示された10枚以上のスクリーンを見ながら、ヘッドセットで指示を出しているのは、確かガネーシャさんだったな。
「此処に見せたいものがあるの。……ガネーシャ、やってきたわ。照明を点けて!」
「了解です」
奥のコンソールの前に立っていた女性が、スクリーンの1つを右手で触ると、天井から数個のスポットライトが体育館の片隅を照らし出した。
「獣機? いや、獣機はあれ程大きくないぞ。だが、どう見ても……」
アレクが呟くのを俺達は聞いているだけだ。
カテリナさんが、そんな俺達に得意そうに胸を張る。
「獣機でいいわ。将来のアレクはこれに載ることになるのよ」
「アリスに近い大きさだぞ!」
「ようやく形になったの。新型よ」
カテリナさんが、俺達を一回り以上大きくなった獣機の傍に連れて行く。
新型を作るに当って、最初に考えたのはアクチエータとなる筋肉組織らしい。
そういえば、新鮮な巨獣の足を要求されたっけ。
既存のバイオ技術で作られた筋肉組織は、かなり昔の物をそのまま使っていたようだ。
「筋肉には2つの種類があるのは知ってるわね。既存の獣機は持続力を重視した筋肉で作られていたわ。トリケラの足に似た組織を使っていたわ。だけど、この獣機はイグナッソスの筋肉組織を使っているの。持続力ではなく瞬発力を重視してるのよ」
ひょっとして、カテリナさんは獣機に戦機の機能を考えたのか?
短時間可動で瞬発力に優れた機体となると、そんなことしか考えられない。
「背中の水素タービンエンジンも新型よ。一回り小型にしたけど、出力は2割増し。これを2基積んでいるわ。通常の採掘任務には筋力はさほど使わないのが確認されているから、これなら中型までの巨獣に対応できると思うんだけど」
「だが、武装が30mmではどうしようも無いぞ」
「アリスの使っていた40mm長砲身砲が使えるわ。電力が余ってるから、マガジンからの給弾を重力から、電磁方式に変更出来るわ。あれが新型の40mm長砲身砲よ」
もう1つ、スポットライトが点いて、部屋の端に立て掛けられた10m程の武器を照らした。マガジンが異様に長い。1mはあるんじゃないか。
「マガジンは20発よ。弾幕が張れるわ」
とりあえず、言葉が出ない。
そんな俺達を満足そうにカテリナさんが見ていた。