067 サーペント騎士団
のんびりヴィオラの船室で時を過ごす。
朝早くドミニク達がブリッジに出掛けたから、フレイヤとエミーが俺の左右にピタリとくっ付いて紅茶を飲んでいる。おかげで一服できないのが悲しくなるな。
「いよいよね。私も火器管制室で待機よ」
88mm砲を撃とうなんて考えてはいないよな。
「まあ、何にも無いと思うよ。俺とエミーは待機所で皆と一緒だ」
「絶対何かあるはずよ。帰るまで交替で監視するつもりよ」
フレイヤがそう断言して、立ち上がるとベッドルームに向かう。まあ、ご苦労な話だ。
直ぐ後をエミーが続いて行ったから、お化粧直しということなんだろう。
まだ、メイクの仕方が分らないからフレイヤに教えて貰ってるらしい。素顔でも十分美人なんだけどね。
2人が席を離れたところで、タバコを取り出して火を点けた。一応、12騎士団には違いないから、俺も礼服に着替えといた方がいいだろう。とはいえ、俺の場合は直ぐに終わるからね。
一服を終えたところで、寝室のクローゼットから礼服を取り出した。
ガンベルトと付けて長剣をマントで包んでおく。この、マントは不便だと思うのは俺だけなんだろうか?
準備ができたところで、コーヒーを入れると、端末でニュースを見ることにした。
いつものネコ族の少女が解説をしてくれる。
「……という事で、いよいよサーペント騎士団がやって来るにゃ。カテリナ博士からの注意点として、全ての電脳を本日1000時を持って停止することになったにゃ。再起動は別途連絡するにゃ……」
ハッキングを恐れての事か?
となれば、俺にも別途指示が来そうだぞ。逆ハッキングでもやろうと考えてるかも知れない。
『リオ君、起きてる?』
突然、ニュース映像に入ってきた姿に驚いた。もちろん俺のところだけだろうけど、何も朝から下着姿のどアップじゃなくても良さそうな気がする。
「はい、起きてますけど」
『たぶん、表面上の攻撃はしてこないと思うわ。考えられるのはハッキングね。それで、ものは相談なんだけど……』
小声でごにょごにょと伝えてきたのは、アリスでヴィオラとガリナム、それにベラドンナへのハッキングを監視して欲しいという内容だった。
カテリナさんとしてはあまりにも大人しい話だ。
『それで、もしも攻撃してきたならカウンターを掛けて欲しいのよ。カウンターウイルスはこのファイルにあるから後で取りに来てくれない?』
「内容的にはどんなものなんですか? リアクターの暴走はいくららなんでも」
『その辺に抜かりは無いわ。証拠を残す事もないし』
答えになってないところが、恐ろしい。
だが、仮に変なウイルスで騎士団の船が汚染されたら、かなり危険なことになるのは間違いない。
やられたらやり返す。基本的には納得できるが、内容が問題だぞ。
『それじゃあ、お願い!』って元気な声で画像が消えて元のニュース番組に切り替わった。
これも一種のハッキングだよな。
「アリス、聞いていたか?」
『聞きました。私ならば可能です。ハッキングされる事は基本的にありえません。そして、カテリナさんのファイルを取り込みました。おもしろいウイルスですよ』
何か喜んでるな。オモチャを貰ったような感じなのかな?
「カウンターでそれを使った場合に相手の損害はどうなるんだ?」
『技量に寄ると思います。このウイルスは直接的な危害を相手に与えません。巨獣が30km以内に接近するとプログラムが動きます。そして機関の出力を半減して、火器を上空に放ちます』
此処にいるぞって感じになるのか?
「それじゃあ、巨獣が集まってくるぞ!」
『巨獣接近1kmでシステムが復旧します。その後、1時間は休止状態になりますから、逃走は可能でしょう。戦機に対しては全く影響はありません』
ちゃんと逃げられるかな?
とはいっても、相手の技量が試されるようなウイルスだ。まあ、俺達を探ろうとする輩なら、その逆をされても文句は言えまい。それに痕跡は残らないってカテリナさんが言ってたからね。
「それじゃあ、頼んだよ」
『了解です。楽しみに待ってます』
「あら。誰と話してたの?」
フレイヤがやって来て俺の隣のソファーに座る。
「アリスにカテリナさんからの依頼を頼んでたんだ。ハッキングの可能性があるからそれに備えてくれって言ってた。そして、もしもの時はカウンターを仕掛けるって」
「やり返すのね。当然だわ」
フレイヤは肯定的だな。
準備が出来たエミーとフレイヤを連れて食堂に出掛けた。
食堂は何時に無く混んでいる。遠くで手を振っているローザを見つけて相席となった。
「マントは汚さぬように窓の棚に置くと良いぞ。それにしても、禁足措置を取るとはのう。おかげでこの賑わいじゃ」
「そんなのが出てたんだ?」
まあ、無用な争いを起こさぬようにという事なんだろうけどね。
ネコ族の少女が俺達に朝食を持ってきた。頼んでいないのに持ってきたという事は、今朝の朝食に選択の余地が無いって事だな。
少女が差し出した請求書にサインをする。
去っていく少女を見送りながら席に着いた。
「食堂のシステムも停止したみたいだ。ちょっとやりすぎじゃないかな?」
「たぶんハッキングを恐れてのことじゃ。ハッキングには電脳を停止するのが一番。艦内のネットワークを通じて感染するウイルスを送ってこないとも限らぬからの」
やはり、ある程度そんなことが過去にあったという事だろうな。
その危険性をローザまでが知っている。
サンドイッチと野菜ジュースという簡単な朝食を終えると、フレイヤは火器管制室に向かった。
俺達は待機所に集まって、改めてコーヒーを飲む。
野菜ジュースはどうもね。
「あれがそうらしいわ。大きいわね」
窓の遥か彼方を、円盤機に先導された大型艦がゆっくりと姿を現してきた。
『マスター、よろしいですか?』
端末が自動起動して声だけが俺達に届く。
「何かあったのか?」
『ハッキングが開始されています。現在、事務系の電脳に介入を試みています』
「早速か? 次ぎは何をするつもりだ」
「まあ、アリスがいますし、カテリナさんもいます。カテリナさんの電脳にハッキングなどしたら……、ゾッとしますね」
俺の言葉に、一同が笑い声を上げる。
さて、次ぎはどう出るかな。そんな思いで、サーペント騎士団のラウンドクルーッザーを見送った。
西の桟橋に向かうからこれが見納めになるかも知れないな。
「だけど、88mm3連装砲塔が前に3つ、後ろに1つよ。ヴィオラよりも大きいって事は戦艦を元にしてるのかしら?」
「いや、あれは重巡だ。戦艦はもう少し平べったく見えるし、300mm砲を積むから民間に払い下げられる事は無い」
「さすがに12騎士団よのう。戦機は6機以上持っておるはずじゃ。戦鬼も持つやも知れんのう」
そんな話で盛り上がってる。
だが、それだけだろうって感じだな。大型艦が有利だとは限らない。それだけ速度が低下するから、戦機達の出番が多くなるのだ。
『運航管理電脳へのハッキングを確認。直ちに電脳が停止しています』
「俺達の中継点の機能をダメにするつもりか?」
『意図は不明です。まだウイルスは送信していません。規模を正確に把握しようとしているようです』
「ところでサーペントへのハッキングは終了したのか?』
『カテリナ博士のラボにある補助電脳にサーペントのブリッジからの指令を逐次記録しています』
電脳への指令をコピーしてたのか?
痕跡を残さずカテリナさんのラボの電脳に侵入出来るんだからそれ位は当然か。
「中継点の運用に介入しようとしたら、ただでは済まんぞ。騎士団の資格を剥奪されかねん」
「さて、どこまで危険を冒しますかね」
『商会の電脳をハッキング使用として逆探知されたようです』
これで、商会との取引は出来なくなるぞ。どんな言い訳をするんだろうか。
『サーペント、西の桟橋に停泊完了』
端末のスクリーンには、サーペントから数人が商会へ駆け出していくのが見て取れる。
次に、鷹揚な感じで別の男女が船を降りてきた。真直ぐに管理事務所に向かって行く。
『サーペントからのハッキングがレベルを上げています。現在ヴィオラ騎士団との接点を探しています』
「電脳を全て停止してるんでしょう? 出来ないんじゃないかしら」
「全てではない。アリスは動いているし、戦機や獣機はスタンバイ状態だ。通信設備にも小型の電脳が入っている」
『カテリナ博士の電脳に侵入しました。カウンターハッキング開始されました。サーペントのメイン電脳、破壊されました』
俺達は思わず顔を見合わせた。
待っていたかのように、一瞬で破壊したようだ。
これが、カテリナさんの防壁を展開しない理由だな。
確かに、知られたら不味い情報の宝庫だろう。とは言え、容赦なしって感じだぞ。
『サーペント補助電脳を使って迂回路を探しています。第3電脳を使ってウイルスを事務局の電脳に放ちました』
「記録は取ってあるな?」
『記録してあります』
「事務局は耐えられそうか?」
『電脳を廃棄せざる得ないでしょうね。……通信回線を経由して私に接触しました。カウンターウイルスを放ちました……どうやら、接触を断念したようです』
俺の携帯が呼び出し音を鳴らしている。
急いで取り上げると、ドミニクからのようだ。
「管理事務所でサーペント騎士団が騒いでいるみたいなの。やはり、リオが行かないと収拾が付かなくなりそうよ」
「分った。直ぐに出掛ける」
マントを羽織って長剣を持つ。
「1人で大丈夫なのか?」
「1人の方が安心です。画像でも見ながら楽しんでください」
そう言って待機所を出て、モノレールの駅を目指す。
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モノレールの西駅を降りると、そこは管理事務所の一角になる。エレベーターでもめているであろう事務所のカウンターへと向かった。
カウンターは利便性を考えて、桟橋と同一フロアにある。扉を開けば直ぐにカウンターと言う感じだが、念のために2重のエアロックを設けてある。
鋭い男の声がする。
やってるな。って感じだが、武器は振り上げていないようだ。
「どうしました?」
それなりの声を出して男達に呼び掛けた。
「どうしたもこうしたも無い。俺達の電脳を破壊しておいて知らぬ存ぜぬを通してる」
そう言いながら俺を振り返った男は俺のネクタイのロゴマークを見詰めていた。
「確か、ヴィオラ騎士団とかいったな。変わった戦機を手に入れたそうじゃないか。俺達サーペントがそれを見極めてやるぞ」
薄ら笑いを浮かべながら俺に近付いてくる。
「それには及びません。自分達で十分使いこなせますからね。それで電脳がどうしたんですか?」
「そうだ!主電脳を破壊された。こんな事が中継点であってはならんは筈だ。戦機1機程度では済まん問題だぞ。ここの責任者を出して我等に頭を下げさせるが良い。俺達も12騎士団をただ名乗っているわけではない。それだけの影響力が3王国にあるのだ。中継点を明け渡すことにもなりかねんぞ!」
おもしろい事を言い始めたな。
「それで、何故電脳が破壊されたのですか?」
「それは……突然にだ」
ちょっと間が開いたな。後ろめたい事をしていた自覚はあるようだ。
「そういえば、停船と同時に商会に使いを出したようですね。何か緊急な要件でも?」
「それは下級の騎士が知る必要は無い。それより早く責任者を出せ。この全責任を負わせねばなるまい」
段々といら付いて来たようだ。
警備兵も集まってきた事だし、そろそろ名乗っても良さそうだな。
「目の前の人物が此処の責任者だ。此処は俺の領土。全ての権限が俺にある。もちろん裁判権と執行権を含めてね。あれだけ派手にハッキングをして、なおかつウイルスを放ったんだ。電脳の破壊ぐらいは自業自得じゃないのか?」
「なんだと……。そんな事はまるで見に覚えは無いが?」
「なら、何故に俺達が犯人だと決め付けるんだ? 大方粗悪品の電脳でも使ってたんだろう。接岸のショックで壊れたんじゃないのか?」
そう言って目の前の男に背を向けた。
「俺達を甘く見るなよ。サーペントには12機の戦機がいるのだ。この中継点位簡単に破壊出来るのだぞ」
「サーペント騎士団が昔あったと数年後には言われるだろうな。仮にも俺の領土でそれを行なえば単なる盗賊と同じ事。他の12騎士団としてもそんな騎士団と同列に見られることは嫌がるだろう。もし我が領土内で戦機に銃を持たせて装甲甲板に上げたならば容赦なく戦機を破壊する。当然、ラウンドクルーザーも同様だ。現時点の88mm砲を中継点内の建築物及びラウンドクルーザーに指向しただけでも破壊するぞ」
「それは脅しか? 出来もしない事を言うもんじゃない」
仲間が増えたかな。
薄ら笑いを浮かべた男が何時の間にか俺を取り囲んでいた。