064 中継点の開業
ガリナムのブリッジ近くにアリスとデイジーが砲塔を掴んで着座している俺達は、クリスに案内された士官室でのんびりとコーヒーを飲んでいた。ローザはジュースを頂いて満足そうな顔をしている。
「あの騎士団のバージは満載じゃったぞ。100tパージじゃから、途中で集めたやも知れんのう」
「たぶんそれで、突っ走ってたんだろうな。あれでは、方向を変えるのは難しいかもね」
「中継点だからと言って、何時でも守ってくれると思ってるのかしら? そうだとしたら問題よ」
確かに、問題だな。中継点に戦姫がいても精々300km圏内が守る範囲になるだろう。それ以外は自力で何とかして貰わねばなるまい。それに俺達がいない場合は防衛範囲が中継点の内部だけになりかねない。
ガリナムのような船が2隻はほしいところだな。
フラグシップの出来にもよるが自動化が出来れば、拠点防衛と言う事で極力省力化が図れそうだ。
「フラグシップが入手出来たら、ガリナムはどうするのかしら?」
「全員がヴィオラに移動ってことになるんじゃないかな。ガリナムは王都の工場に移動して改修するみたいだ」
「その話は聞いてるわ。獣機のカーゴに核融合炉を入れて反重力装置を増設、最大速度を時速60kmに上げたいって言ってたわ。そして武装は全て88mmに換装するんですって!」
そう俺達に話してくれるクリスは誇らしげだな。
確かにラウンドクルーザーの大きさが3倍近くなるんだから、嬉しいのは分るけどね。
「カーゴ区画の我等のハンガーはそのままにしておいて欲しいのじゃ」
「もちろんよ。フラグシップにはそれ程大きなハンガー区域を取れないみたいだしね。戦機の大部分はヴィオラに搭載する外にないわ」
そういえば、フラグシップの収容戦機数と獣機の収容機数を聞いたけど、何機だったっけかな?
窓の外は真っ暗だ。灯台を作ったらどうだろうか?
荒野で明かりが見えたら嬉しくなるに違いない。
そんな事を考えながら時間を潰す。なんとか日付が変わる時間に俺達は中継点に帰る事が出来た。
ヴィオラの自室に戻ると、全員が俺の帰宅を待っていてくれた。
どうやら、科学衛星の画像で様子を見ていたようだ。
「お帰り!」
「ただいま。色々と問題があるのが分かったよ」
ソファーに腰を下ろした俺にグラスが渡される。
注いでくれたのはワインだな。あおるように一口で飲むとグラスには再びワインが注がれる。
「問題と言うのは、他の騎士団の護衛を何処まで行なうかという事でしょう?」
「それは、リオが出撃してから皆で話し合ってたのよ。……基本は私達の領地内という事で良いわ。それ以上の距離がある場合は、有償救援と言う形を取ることになるわ。それはフラグシップを手に入れてからで良い筈よ」
ドミニクの話は一見薄情にも思えるが、荒野の暗黙の了解でもある。
救援に駆けつけて巻き込まれないとも限らないのだ。
キチンと契約を交わしてその後の破損部位や、救援によって得られなかった鉱石採掘費用を足して請求するらしい。
その前例は12騎士団が行なっているとのことだ。
俺達は前例を踏襲する訳だし、ましてや3カ国の要請にも応えねばならない。
「ヴィオラ騎士団の公式HPへ登録しておいたから、中継点を開店する、後数分以降はこの規定が適用になるわ」
「何時作ったんだ?」
「生活部の連中が作ってくれたわ。各部でダメ出ししたから、大きな問題はない筈よ」
「そうそう、けっこうおもしろいわよ」
フレイヤまで見てるって事か? 俺も一度は見とかなくちゃな。
「さて、全員でグラスを持って頂戴! ……リオ、お願い」
いきなり、俺に振るのか?
そう思いながらも、立ち上げってグラスを掲げる。
全員が立ち上がると、俺を向いてグラスを上げた。
「ヴィオラ騎士団領に!そして、中継点完成に!」
「「「リオ公爵に!」」」
「「「「乾杯!!」」」」
グラスをカチンっと鳴らして、中身を飲み干す。
中身は何時の間にか、シャンペンに変わっていた。
たぶん、中継点のあちこちでグラスが鳴っているんだろうな。
大きな音がして、窓が振動する。
誰かが75mm砲の空砲を撃ったようだ。
ちょっとした花火代わりなんだろうが、2重の防弾ガラス越しでも聞こえたぞ。
「楽しいお祭りの始まりってことね」
フレイヤがそんな事を言ってる。
まあ、今日1日はそんな感じなんだろうな。
『……ヴィオラ騎士団領の中継点の機能が本日を持って始まります。ヴィオラ艦内食堂全てにおいて、本日の食事にはワインもしくはビールが提供されます。皆さんがやきもきしながら待っている記念すべき中継点一番乗りは、現在ドロメ騎士団が先行しています。ラドネス騎士団がその差を22分まで縮めています。そしてその後ろにルビーナ騎士団が32分遅れで続いています。このまま、ドロメ騎士団が一番乗りをした時の配当は……」
呆れた、一番乗りの騎士団で賭けをしてるのか。
配当は、1.45とのことだが、胴元は誰なんだ?
「ルビーナがこの速度を続けられれば、22.35の高配当だわ!」
フレイヤが嬉しそうな声を出してる。一発勝負に出たな。一体いくら掛けたんだろう?
「あまり飲まないでね。後数時間でセレモニーがあるんだから」
そんなドミニクの言葉に俺達はコーヒーに切り替える。
タバコに火を点けて、端末を立ち上げ小さなスクリーンを展開した。
例のHPは見ておかねばなるまい。
ヴィオラ騎士団のHPを開くと、表紙はヴィオラ騎士団の大きなロゴマークだ。スミレをイメージしているらしいのだが、初代騎士団長はどんな気持ちでこのロゴを作ったのだろう。
ロゴをクリックすると、ヴィオラ騎士団領の位置と周辺の地図、中継点の概略構造が描かれている。
中継点の東はプライベートと表示されて詳細は掲示されていない。
中央桟橋と西の桟橋、南北の2つのモノレールについてはキチンと描かれていた。
騎士団領の紹介では、俺の姿と名前があるぞ。
何時の間にか、公爵による領内統治の基本方針まで書かれている。
こんなの決めた覚えは無いのだが……。これか!
基本的法律はウエリントン王国を踏襲する。また、王国内に類似の法令が内場合は既存の騎士団間の類似事例及び前例に倣う。
となると、過去の騎士団間の紛争事例を調べないといけないんじゃないか?
まあ、この辺りは中継基地の連中にやらせればいいか。
「しかし、中継点が出来てもフラグシップが無いと不便だな。それに30km圏内の防衛と言っても、俺達が全員出払ったら問題が起きないか?」
「貴族の私兵は最大105mm砲が使えるのは知ってるわね。小型駆逐艦を1隻購入するわ。105mm長砲身砲塔が2門付いているから、しばらくはそれで対応することになりそうね」
それでも、心許ないな。やはり将来的には王都のような弾力性のある防壁でグルリと囲むことになりそうだ。
その話が出ないという事は、既に解決済みなんだろうか?
それなら、小型駆逐艦を中継点の入口に集中配備出来るから何とかなるだろう。
艦内放送が騎士団との距離が100kmを切ったと報告している。
後2時間程で到着だ。
トントンっと扉が叩かれ、ローザがリンダと共に入ってきた。
席を詰めて2人をソファーに座らせる。
ローザの服装は戦闘服にフレイヤと同じようなワンピースを着てベルトを付けベルトには小さな短剣が下げてあった。
一応騎士の格好になるのかな。純白のマントにはウエリントン王国のシンボルであるトリケラの3本角のデフォルメされたロゴが金糸で刺繍がされている。リンダの場合は銀糸なのだが、王族と王族以外の差なのだろうか?
「エミーも同じ服装にして頂戴。ムサシを駆動出来るんだから資格は十分よ」
ドミニクの言葉に、レイドラが衣装ケースをエミーに手渡している。フレイヤがエミーを連れて部屋の奥へと連れて行った。
着替えとメイクって感じかな。
「私とレイドラそれにフレイヤはいつもの艦内服で良いわ。世間体があるから、レイドラもワンピースを付けるのよ」
「まあ、確かに戦闘服だけでは問題がありそうじゃ。商会の連中がビデオで王都に送ると言っておったぞ」
俺も礼服になるんだろうが、一番後でも問題無さそうだ。
30分程して、フレイヤ達が出て来た。
「次ぎは私達よ」
そう言って3人が奥に向かう。
「エミーは何を着ても似合うな」
俺の言葉にエミーが顔を赤らめ、ローザが頷いている。
「エミー姉様にも短剣を下さるよう、母様が来たら頼んでみるのじゃ」
「でも、私は既に降嫁してますよ」
「儀礼用じゃ、高価なものではあるまい。それ位は強請り取るのが親孝行じゃ」
とんでもない言い分だが、強請れば確かに貰えそうだな。
強請るなんて事をエミーは一度もした事が無いんじゃないか? それなら、確かに親孝行になるのかもしれない。
3人が奥から出て来たところで、俺の仕度を始める。
黒の上下に黒の靴。赤のネクタイには騎士団のロゴが入る、背中にマントを付けるんだけど、この趣味がねぇ……。ホルスターの付いたベルトを付けて、長剣は手で持つことにした。ベルッド爺さんの手作りだからな。大切にしないと。
俺が現れると、ドミニクが入念に服装をチェックしてくれる。
「ちゃんと、公爵のリングは付けてるわね。ブレスレットは両手だけど、騎士だから仕方がないわ」
そんな事を言ってネクタイを少し直してくれた。
時間は0300時だ。どの騎士団が勝利を手にしたかは分らないが、西の桟橋に出かけるには良い時間だろう。
もう一度全員が互いの服装を確認して部屋を後にした。
南のモノレールで西に移動している時、見覚えのあるラウンドクルーザーがトンネルから姿を現した。円盤機が水先案内を行なっている。
時速10km程の速度で北の広場を目指して進んでいる。バージは外で切り離してきたようだ。
北の広場で左に旋回して西の桟橋に接岸する手筈だが、今の所は問題が無いみたいだな。
「さっきのドロメ騎士団のようじゃな」
ローザの呟きに、フレイヤがガックリと頭を下げている。
直ぐ後ろから2隻目のラウンドクルーザーが現れた。
殆ど僅差だったってことかな。やはり、円盤機が先導している。
モノレールの終着点である中継点の居住区に付いた時には、ゆっくりとドロメ騎士団のラウンドクルーザーが桟橋に接岸しようとしている時だった。
さて、ちょっとしたセレモニーになるのかな。