063 救助に行こう
中継点開店前の航行では6台のバージに鉱石を採掘してきたが、戦機は見付からなかった。アデルは残念そうだったが、こればっかりはね。
中継点の外に置いたバージは、専用のタグボートに曳かれて屋外用の鉱石品位測定装置の門を潜る。
その品位と量を確認して中継点の商会が入札するのだそうだ。
7つの商会のビルもその全部のフロアを専有せずに、1フロアを共用として使うことにしているようだ。マンガン団塊に含まれる鉱石品位の測定や、バージの艀の管理、入札会場等を分担している。
それでも、広い空間が余るようで、レストランや喫茶店として入札すると言っていた。
明日はいよいよ中継点の開店だ。
特にイベントは考えていないらしいけど、最初に中継点に入ってくる騎士団にはエミーとローザが騎士団長に花束を贈呈するらしく、その花束がちゃんと届いてるとマリアンから連絡が入ってる。
そんな俺達は部屋のソファーに座って、ワインを飲んでいた。
「で、結局のところ中継点利用のパスを受取った騎士団はどれ位になったの?」
「凄いことになったそうよ。各国の商会に100以上の騎士団が殺到したらしいわ。騒ぎを心配して軍隊が会場を警備したらしいわ。抽選は、国王自らが行なって不正が無い事をアピールしたと聞いたわよ」
それは、ご苦労な事だけど、意外と国王本人達が楽しんだかも知れないな。
パスを手に入れた騎士団のリストは中継点の管理事務所に届いているらしい。更に、準パスを10枚発行しているから、これは何らかの理由でパスを持つ騎士団が中継点を長期に利用出来ない場合や、中継点の利用に余裕があると判断した場合に優先的にパスを発行して貰えることになっている。
「今のところ、ドロメ騎士団が一番近いわ。明日の0400時に到着予定よ。次はラドネス騎士団で0430時ね」
「日中じゃないの?」
「1日の滞在みたい。様子を見て出掛けるんでしょうね。たぶん本格的な中継点の仕事は10日前後後になるわ」
「そうなると、水が心配だな」
「専用の高速運搬船を2隻使って輸送するらしいわ。商会が担当してくれるらしいわよ。外に大型の浄水場があるから、パイプラインでホールの西の桟橋にある上水場に給水出来るようにしたらしいわ」
水さえあれば燃料は精製出来るからね。
たぶん200tバージで運んでるんだろう。高速運搬船なら3台曳いても時速50kmは出せるから巨獣と遭遇しても余裕でかわせるに違いない。
「俺達は何時出発するんだ?」
「一応、中継点が動き出してからを考えてるわ。15日は休むことにするから、騎士団員も10日間の休暇を出すわ。でも、皆は今回は休めないわよ」
ドミニクの言葉に残念そうな顔をしているぞ。でも、前回は十分に遊んだから文句は言えないな。
「そう言えば、王族の人達がやってくるのよね」
「来るのは、御后様達ね。3カ国からやってくるわ。各国とも侍女を含めて10名としてくれたわ。王族としても、後見人としての地位を保ちたいみたい。ウエリントンから現在20人来てるけど、他の王国も同じ人数を出してくれるそうよ」
たぶん、俺達が必要とする人材の下見を兼ねてるのかな?
そうなると、優秀な人材がやってきそうだ。期限付きで受け容れられれば人材不足が解決出来るかも知れない。
「その対応はリオとエミーに任せたわ。ちゃんと礼服を着るのよ。仮にも公爵様なんだから」
そうなるか……。
まあ、出迎え位はそうしよう。
着信音が鳴ると、慌ててドミニクが携帯を取った。
「何ですって! 分ったわ。直ぐに救出に向かわないとね。クリスに繋いでくれる?」
レイドラが円盤機の偵察データを端末を使って表示する。
こちらに向かって全速力で走る2つの騎士団に前方を突っ切るような形で巨獣の群れが向かっているようだ。
距離は約500km。巨獣はトリケラだな。
接触予定時刻は5時間後で中継点からは200kmは離れている。これに間に合うのは、戦姫だけだ。
「クリスが回収に向かうわ。アリスとデイジーで先行してくれない?」
「直ぐに出掛ける。ローザにも連絡してくれ。俺達なら2時間で行ける!」
それだけ告げると、部屋を飛び出した。通路を走ってエレベーターに乗る。
カーゴ区域に行くとアリスに掛けられた、タラップを駆け上がる。ポッドが閉じ始めた端の方でローザが走ってくるのが見えた。
「アリス、緊急出動だ。デイジーと東に向かう。中継点を目指してくる騎士団にトリケラが接触しそうだ」
『了解しました。ブリッジに情報を確認中……。データ受信終了です。デイジーとの通信回線開きました。相互通信が可能です』
「こちらは準備完了じゃ。アリスを追い掛ける。最速でも構わぬぞ」
「では、一旦外に出ますよ。ホール内はゆっくり進みます。外に出てから速度をあげますから」
そう言って、アリスを昇降装置に歩かせる。ゆっくり上昇する足元にはデイジーがグランボードを持って待機していた。
デイジーが装甲甲板に上がってきたところで、ローザに通信を入れる。
「ちゃんと付いて来てくれよ」
「我の方が速度が上じゃ!」
そんな事を言ってるぞ。
ヒョイっと装甲甲板からホールに飛び降りると、自転車より速い位の速度でホールを横切って通路に入る。
通路の隔壁を抜けて外に出たところで、一気に速度を上げる。後ろでは余裕でデイジーがグランボードで滑空している。
「アリス、地上1mで重力ドライブが出来るか?」
『可能です。重力勾配を前方に修正します。重力加速度は1Gに設定します。速度の上限設定値はデイジーのグランボードの最大値に設定します』
「ローザ、少し裏技を使う。付いて来れない時は連絡してくれ!」
「地上滑走で進むのではないのか? ……アリスが浮かんでおるぞ!」
「道具を使わずにグランボードと同じような機能を持ってる。速度を上げるぞ!」
そう告げると、速度を上げ始めた。
前方に落下する感じなんだが、重力勾配を全ての向きに設定出来るから自由度は極めて高い。デイジーの場合は1方向だから、どうしてもアンバッグのような体重移動が必要になるのだ。
『現在時速130km。後続のデイジーの能力を考えると、この状態で進むべきでしょう』
「了解。……ローザ。この速度で向かうぞ。大丈夫か?」
「大丈夫じゃ。だが、気を抜くとひっくり返りそうな感じがするぞ」
長時間は持たないという事だな。
時速100kmに速度を緩めて、巡航速度を維持する。巨獣の群れが確認できたところで休憩を少し取れば大丈夫だろう。
2時間程進むと俺の目の前に小さなスクリーンが開く。2つの騎士団の位置と巨獣の位置、それに俺達の位置が表示されてる。
「後、30分って所か?」
『35分後に騎士団の前方に巨獣が横切ります。最接近時は100mを切ると推定します』
騎士団は中規模のようだ。円盤機は持っていないだろうし、ブリッジの地上レーダーでは30km程に近付いてからだろう。バージを曳いた状態での急速回頭は出来無いだろうから、かなりの確立で接触することになりそうだ。
「ローザ、後30分を切ってる。少し休憩するぞ」
「このまま突っ込まないのか?」
「疲れてひっくり返っても困る。ムサシはいないからね」
そう言って、ゆっくりと速度を落とす。
この周囲30kmには巨獣はいない。アリスが停止すると直ぐ近くにデイジーがやって来て、グランボードから飛び降りた。
互いに胸部装甲版を開いて外気を吸う。
俺はアリスの手に移動するとタバコに火を点けて、バッグからコーヒー缶を2本取り出した。1本をローザに投げると、両手で受取ってプルタブを空けて美味しそうに飲んでいる。
そんな光景を見ながら俺も缶コーヒーを飲んだ。
「ふう……、生き返るのう。今度は我もジュースを用意しておくのじゃ」
「ゆっくり飲んで。これから巨獣の方向を変える。ダメな時は、デイジーで騎士団を守ってくれ。俺は巨獣に55mm砲弾を撃ち込んでみる。デイジーは真直ぐに騎士団に向かって欲しい」
「了解じゃ。デイジーのレーダーではまだ見えぬが、それ程近いのか?」
「後で騎士団の方向を教えるよ。科学衛星の画像出確認している。10分前のデータだが、50km程先だから、見当を付けて向かえば見つけられるはずだ。盛大に土煙を上げて進んでいるだろうからね」
そう言って、缶を投げ捨てるとコクピットに戻る。
胸部装甲版が閉じる間にローザへ方向を伝えてあげると、一目散に向かって行ったぞ。
俺達も少し方向を変えながら、巨獣の群れに向かって滑空する。
「55mm砲準備。全弾撃ち尽くす!」
『了解です。トリケラの左翼に打ち込みます』
地上滑走モードで速度を上げてトリケラの群れに近付く。
15分も過ぎると、左手に黒い点が見えてきた。
そのまま方向を変えずに更に速度を上げる。砲撃方向が逆だから、一旦トリケラの前を通り過ぎる必要がある。
トリケラの200m程手前を通り過ぎて、1km程過ぎたところで急旋回をしてトリケラに迫った。
照準を付けると、連続して砲弾を発射する。
砲弾はトリケラの直前左側に着弾して盛大に炸裂した。
「派手だな。だが、あまり効果はないみたいだ」
『先頭のトリケラを射撃しましょうか?』
それも、手か?
アリスにレールガンへの換装を指示して、スクリーンに映るターゲットマークを先頭のトリケラに合わせてトリガーを引いた。
2頭のトリケラを貫通したようだ。その場で昏倒した2頭に後続が躓いて群れの速度が緩まった。
だが、それも一瞬のこと、直ぐに南に向けて走り始める。
「ローザに連絡。トリケラの針路変更に失敗。そちらに受かって暴走中!」
『連絡しました。着信確認受領!』
さて、後ろから群れを削るか……。
トリケラを追って1頭ずつ片付け始めた。
遠くにラウンドクルーザーが見えているから、狙いを慎重にしないととんでもないことになりそうだ。
一旦、方向を変えて、ラウンドクルーザーの左側から接近すると、装甲甲板に先端に飛び乗りレールガンを発射する。
デイジーの頭越しの射撃だから、デイジーに当たる事は無い。
狩りは唐突に終わる。ラウンドクルーザーの進路から巨獣が大きく外れたのだ。危険が無いなら無闇な殺生をする必要は無い。
彼らにだって荒野での役割があるのだから。
『ドロメ騎士団が交信を願っています』
「繋いでくれ」
『接続完了。相互通信が可能です』
「……こちらはドロメ騎士団、助かった。礼を言う」
「近くでしたから何とかなりましたが、結構巨獣が多いところです。この先は危険が無い筈です。それでは失礼!」
ドロメ騎士団との通話を終えると、今度はローザに引き上げる事を連絡した。
途中まで、俺達を迎えにガリナムが向かっているはずだ。ガリナムでコーヒーを頂こう。