061 訓練は映画を見ること
待機所でいつもの連中と世間話をしている。
コーヒーが直ぐに酒に変わるのは何時もの事。タバコを楽しみながら、グラスで酒を飲んでいると……。
「リオ兄様!」
元気な声で挨拶してきたのはローザだった。
「リオ兄様?」
途端に全員が俺を睨む。まるで俺が犯罪者でもあるような目だぞ。
「兄様、姉様は何処なのじゃ?」
「フレイヤと一緒に艦内を回ってる筈だから、此処にも来るんじゃないかな」
教えてあげると、ローザが俺の隣に座り込んだ。
「リオ。一応聞いておくが、やましい事は無いんだよな?」
「何を言ってるんですか。言ったでしょう。ローザの姉が俺に降嫁したんで俺を兄と呼んでるんですよ」
「そうよね。私は信じてたわよ」
そう言って俺に頷いたシレインを、皆が疑いの眼差しで見ている。
「世の中は分からん事が多いのう。この騎士団に兄様が出来るとは我も思わなかったのじゃ」
「でも、嬉しかったんじゃない。お姉さんが来てくれたんだもの」
「じゃが、姉様の目は……」
「ちゃんと見えるようになったよ。昨日、カテリナさんが最終検査をしてくれた。視力は1.5まで何とかなったけど」
「けどって、他に何かあるの?」
「昔、カテリナさんが治療のために脳内に入れた電脳が活性化しちゃって、それをリプログラムしたら。ムサシを動かせるようになった!」
「「「ええぇ!!」」」
全員が声を上げた。アレクは酒が気管に入ったのか、ゴホンゴホンと咳き込んでるぞ。
「じゃあ、帰りに遠隔起動実験をしたのは、王女様がちゃんと制御できるか試験したということか?」
「そうなります。ですが、ずっと目が見えなかったんですから、直ぐに実戦には投入できません」
「そうよねぇ。それにローザ様じゃないんだから、戦闘訓練なんてやった事もないでしょうし……」
「そこが、あのムサシのおもしろいところで、こんな感じに動けと指示すれば曖昧でも何とかなるんです。俺だって長剣を使った訓練なんてしていませんよ。それでもあんな感じに動かせるんです」
「要するに、動きを見せて大雑把な感じを掴めば何とかなるってことか?」
「ですね。ドミニクが時代劇の映画を沢山見せると言ってましたよ。20本ぐらい取り寄せて、艦内の娯楽にも使うんだとか」
俺の話に、皆の目が輝きだした。
「あの、どう見ても特撮だと分ってるような動きも出来るという事か! ならば、見せる映画は決まったようなものだ」
それより、あっちの方が良いと思いますよ。両手に剣を持てます」
要するに、自分の気に入った映画を見せたいって事だな。だけど、選ぶのはエミーだから、2人の目論みは外れると思うんだけどね。
「あら、此処にいたのね。こちらがリオの新しいお相手よ。エメルダさんだけど、皆はエミーって呼んでるわ。え~と、こっちから私の実の兄のアレクにお相手のサンドラとシレインよ。こちらがガレオンさんとその一味。最後に貴方の妹よ」
「ローザなんですね」
「姉様。目が見えるのじゃな!」
「ええ、見えるようになりました。思ったとおりの娘なんですね」
そんな姉にローザが飛びついて抱きついている。やはり嬉しいに違いない。
おれが席を1つずらして、エミーを座らせる。いくら戦姫を動かせても、やはり小さな子供には違いない。
歳相応の姿に、俺達は誰もが微笑んでいた。
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「すると、あの噂は本当なんだな。新しいラウンドクルーザーの話で持ちきりだ」
「ええ、かなりの大型ですよ。標準型巡洋艦を2つ並べた双胴船の形にするそうです。速度は何と時速500kmってカテリナさんが言ってました」
「それは眉唾だぞ。精々時速50km程度だろうが」
「その為に、核融合炉を4つ持つそうです。反重力装置と水素タービンエンジンで地上100mをその速度で飛ぶ事が前提らしいんです」
「とんでもない船だな。高速艇並みってことか?」
「そんな感じの船ですから、ヴィオラ艦隊の再編が必要です。現在のヴィオラの乗員をフラグシップに移して、ヴィオラはガリナム騎士団が運用することになるでしょう。そうなると……」
「ガリナムは砲艦に特化するわけだな。自動化しても50は乗員が必要だぞ」
「ドミニクが人員を紹介しろと言っていたのはそういう分けか。本腰で集めなくてはな」
そう言って、ガレオンさんはソファーから腰を上げる。
どうやら、巡視の途中で寄ったみたいだな。部下と一緒に俺達に手を振って待機所を出て行った。
フレイヤ達はカードゲームを始めたようだ。
何でも、負けたものがパフェを奢るとかで、真剣な目になっている。エミーもこの種のゲームはやった事があるらしくちゃんと参加している。
目で見なくても触感で分るから、ほとんどカードを見ていない。
俺とアレクは少し離れて、タバコを楽しむ。
もう少しで昼食だから、部屋に帰るのは食事の後で良いだろう。ローザもエミーと一緒だから楽しそうに見える。
「新しい騎士がやってくるそうだ。今度は女性だが、お前には十分だろう?」
「配属先としてはベラドンナになりますね。あそこにはベラスコがいますから、彼に任せますよ。指導は、カリオンに頑張って貰いましょう」
「ベラスコは俺が鍛えてやりたかった。将来は戦鬼を任せるんだからな」
「新しい戦機が見付かればこっちに戻ってきます。まだまだ鍛えられますよ」
とは言うものの、こればっかりは何時になるかは分らないな。
それでも、1隻で探すよりは広い範囲で探せるんだから、その内見つかる事は間違い無いだろう。出来れば2、3年の内に見つけたいけどね。
「えぇ~、私!」
そんな声を出したのはフレイヤだった。
負けたみたいだな。
全部で6人分だから、それ程の出費じゃないと思うけど負けて奢るのが嫌なのかな?
「俺が奢るよ。何故か懐は暖かだからね」
「例の礼金ね。小切手以外にも受取ったの?」
それなりに、金貨を何枚か貰ったぞ。
小切手は全て渡したけど、金貨ならお土産を買うのにも使えると思って持っていた。
「我も賭けようとしたのじゃが、止められてしもうた。賭けていれば、皆に食堂で一番高いものを食べさせられたものを」
俺達は思わず噴出してしまった。
食堂で一番高いものは即ち、チョコレートパフェそのものだからだ。ある意味、食事は格安で提供している。その反面、嗜好品が高いのだ。
たぶん、騎士団によってその辺りの違いはあるのだろうが、ガリナムみたいにメニューが1つと言うのも味気ないものがあると思うのは俺だけなんだろうか?
「賭けなんて、止めた方が良いですよ。それでも、楽しみたいと思うなら、20歳を超えてからにしなさい」
エミーが優しく諭してる。
まあ、それ位なら分別が着く歳だろうな。
皆で食堂に向かい、昼食を注文する。
女性が多いからワッフルなんかを頼んでる。あれって昼食なのか?
それとも、その後で食べるパフェの入る分を調整しているのだろうか?
そんな彼女達を眺めながら俺とアレクでフィッシュアンドチップを食べる。コーラと一緒に食べるのがこれには合ってるな。
デザートはリンゴに似た果物だ。4つ切りが2個ずつ出て来たぞ。
彼女達にパフェが出て来たところで、携帯からお姉さんのタブレットに支払いのコードを送り込んだ。
「先に戻ってるよ!」
フライヤにそう言ってアレクと食堂を出た。
「ドミニクもアリスがいないと冒険はしないな。今度は同行するようにしろよ。でないと退屈だ」
「次ぎは何時出発するかですね」
「3日は休むそうだ。じゃあな!」
エレベーターを出て俺達は別れた。
部屋でのんびりとフレイヤ達が帰ってくるのを待っていよう。
部屋に入ると、早速コーヒーを入れる。
ソファーに腰を下ろして、タバコに火を点けた。
端末を操作して、ニュース画面を開いた。
あまり、興味のある話題はないな。大きな嵐が近く出発生しているようだが、尾根に近いこの場所ではそんな砂嵐も大きくはならない。
とんとんと扉が叩かれたかと思うと、扉を開けてカテリナさんが入ってきた。
俺がコーヒーを入れに席を離れた間に、ソファーに腰を下ろしている。
「どうぞ」と言ってカップをカテリナさんの前に置いた。
「ありがとう。どう、上手くいってる?」
「それなりですね。皆とも仲良くいっているようです」
「それを聞いて安心したわ。それで、早速なんだけど明日からムサシの操縦をエミーに練習させようと思うんだけど」
「少し、早すぎませんか? 出来れば、長剣を扱った映画を何度か見せてからが良いと思うんですが」
俺の言葉に、にんまりと笑いを浮かべて、小さなクリスタルを取り出した。
「私の大好きな時代劇よ。この動きを良く見るように言ってくれない?」
どうやら、アレク達の先を行ってたな。まあ、どんな映画でもそんなに変わらないだろう。
そのクリスタルを受取ると、一緒にカテリナさんも付いて来た。
「ドミニク達は仕事だし、フレイヤとエミーはローザ達と一緒でしょ。さあ、始めましょう」
話をしながら俺の服を脱がせるのはどうかと思うな。
そんな俺も、カテリナさんの少ない服を脱がせていく。
ヴィオラのこの部屋もかなり改修したんだが、新たな船はどうなるんだろう。
「知りたい? 一応、全員の意見を纏めてみるつもりだけど」
たぶん俺の意見は無視するんだろうな。でも1つだけ注文したい。部屋でタバコが楽しめること。それがダメなら、小さなベランダかデッキが欲しい。