060 見えすぎる?
見えるという事は、かなりの負荷を脳に与えるのだろう。此処しばらくはぐっすりとエミーは眠るようになった。
それまでは浅い眠りだったのだが、それだけ疲れるという事なんだろう。
それでも始めて見るものは、全てが珍しいという事なんだろうな。俺と一緒に端末のスクリーンが映し出す光景を飽きもせずに見入っている。
覚えたての手付きで、コーヒーを入れてくれるのもありがたいことだ。
いつも、最初にスクリーンに映すのは、プライベートアイランドでの映像だった。俺達の仲間と共に、妹のローザやお母さんのヒルダさんが映っているからなんだろうな。
教えなくとも、声で分ったらしい。
自分の姿と比べて似ているところもあるんだろう。
「こんな場所だったんですね。また今度皆で行きたいです」
「エミーから、お母さんに頼めば直ぐに手配してくれると思うよ。でも、少し待ってくれないかな。中継点をある程度軌道に乗せたいんだ」
「チャンスは何時でもあります。私も何度か出掛けましたが、こんなに綺麗な場所だとは思いませんでした」
そんな話をしているところに、扉を叩く音がする。急いで扉を開けると、カテリナさんが立っていた。
部屋に招きいれソファーを勧めると、エミーがコーヒーを運んで来た。
「あら? そこまで出来るようになったの? 早速、ヒルダに報告を入れとかなくちゃ」
褒めてくれたところで、銀色のブレスレットをエミーの前に置いた。
「これが、ブースターよ。エミーの脳内の送受信信号を増幅する働きがあるの。電波強度は勝手に可変するから問題はないわ。5つある宝石の内、この3つを隠すことで起動するし、停止はこの反対にこっちの3つになるわ」
「早速、始めるんですか?」
「そうね。試験はこの2つで始めるわ。ホールの天井カメラの映像、ヴォイラの艦首カメラ映像よ」
『映像カメラの伝送信号とリンクしました。エミー様の言葉でリンクが完成します』
「では、始めて頂戴!」
エミーがブレスレットを左手にセットすると、指先で宝石を塞いだ。
残りの宝石が小さく光を放つ。
「ホール天井カメラ接続!」
一緒エミーがふらりとして、ソファーに倒れる。
「済みません。高いところはちょっと苦手です」
どうやら、その場にいるような錯覚に陥ったらしい。
「だいぶ慣れました。おもしろいですよ。ホールの全体を見る事が出来ます」
カテリナさんのタブレットにもその画像が映っている。確かに、高い場所だから無理はないな。
「次にヴィオラの艦首カメラに切り替えてみて」
「ヴィオラ艦首カメラ接続!」
「これが、荒野を進むという事なんですね。あのずっと奥に見えるのがこの中継点なんでしょうか?」
「そうだよ。かなり時間が掛かりそうだな。今夜遅くには帰って来る筈だ」
『ムサシとのリンクを確認したいのですが……』
「そうね。いずれはやらないといけない話しだし……。リオ君良いわね」
「あまり、エミーには動いて貰いたくないんですが」
「あら、体を動かす必要はまるで無いわよ。遠隔操縦で動かすんですからね。アリスは準備をお願い。私はドミニクに連絡を入れるわ」
携帯を取り出して早速ドミニクと相談を始めたようだ。
「1時間後に起動試験が出来るように準備するそうよ。巡航速度で中継点に向かってるから今夜遅くに入港出来ると言ってたわ」
「その小さなブレスレットでそんなに遠くのムサシが操縦できるんですか?」
「あくまで、ブースターよ。中継所の無線機を使って信号を送るの。このブースターは半径1km以内に中継用無線機が無ければ機能しないわ。このホールには中継用無線機が数台設置されてるでしょう。脳内の電脳からブレスレット、ブレスレットから中継用無線機、中継用無線機から中継所の無線機……、と言う具合にヴィオレの艦内中継用無線機に繋がる分け。リンケージが上手く行けば通信速度は光速だから、変換遅れが若干あったとしても1マイクロ秒以内にムサシに指示が飛んで行くわ」
となると、エミーに武道を教えないといけないんじゃないかな?
思った通りに動くんだから、それを思う事が出来るようにならなければなるまい。
世間話をしていると、カテリナさんの携帯が鳴った。
丁度、1時間ぐらいだから相手はドミニクだろう。
携帯で話をしながら端末を操作すると、ヴィオラのカーゴ区域の画像が表示された。
10人程がムサシから少し離れて見ているぞ。
「簡単な動作を試験するわ。先ずはムサシの視覚を自分のものにして」
「ムサシ視覚接続! ……左手に10人程の人が私を見ています」
「右手を上げて!」
「ムサシコントロールシステムにリンク!」
スイっとムサシの右手が前に上がる。
その状態で指先を閉じたり開いたりしているのが分る。
「今度は、左手!」
右手が下りて左手が上がった。指を一本ずつ折り曲げている。
「試験終了! リンクを解除して頂戴」
エミーにそう告げると、ヴィオラに終了の連絡を入れている。
「……ちゃんと、遠隔でも動くでしょう。そして、今動かしていたのはリオ君じゃなくて、エミーよ」
そんな事を言うもんだから、カーゴ区域にいた連中が驚いてるぞ。
帰ったら、一騒動起こりそうだな。
通常の視覚に戻ったエミーが、冷たくなったコーヒーを新しい物に交換してくれた。
実験が上手く行ってカテリナさんは笑顔を見せている。
「でも、重大な問題がありますよ。エミーは武道を知りません。思った通りの動きをするのですから、その動きを視覚情報として伝えないと使い物にはなりませんよ」
「そうでもないわ。要するにこんな動きと指示すればそれに近い動きをする筈よ。かんぜんな制御信号ではなくても、曖昧さがあっても良いのよ。それに近い動きを即座にライブラリーから引き出して動く筈だわ。だから、エミーには映画を見て貰いましょう。王国の時代劇に色んな剣豪が出て来るわ。その動きで十分よ」
そんなもので良いなら、俺の苦労は何だったんだ?
「アリス、そうなのか?」
『基本的には間違いではありません』
思い通りに動くという事はそういう事なんだ。
キチンと思考を伝えなくとも、それに近い動きを自動的に補正してくれるんだろうな。
「後は貴方達が頑張りなさい。私も色々とやる事があるから」
そう言って、帰って行ったけど……、嬉しそうにスキップしてたぞ。
カテリナさんを見送った後は、2人でのんびりと端末の映像を楽しむことにした。
それにしても、映画ねぇ……。そんなライブラリがあるんだろうか?
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夜半過ぎに帰ってきたヴィオラに、エミーを連れて乗り込んだ。早速俺達の部屋に向かう。
部屋に入ると、3人が揃ってソファーに腰を下ろしている。
俺達を待っていてくれたのかな?
「お帰り、商会の方は上手く行ったよ」
「ありがとう。ところで、少し質問があるんだけど……」
俺とエミーが腰を下ろすと、フレイヤがワインを皆に配ってくれた。
「本当に、エミーがムサシを動かしたの?」
「本当だ。エミーが小さい頃にカテリナさんが脳内に電脳を入れたらしい。だけどそれだけでは上手く行かなかったらしいんだけど、この所、少しずつ視覚を取り戻してきたから、その電脳が機能するようになったらしい。そんな事をカテリナさんが言ってたよ」
カテリナさんが絡むと納得するんだよな。やはりマッドとして認識されてるみたいだ。
「という事は、もう、見えるの!」
「ええ、はっきり見る事が出来るようになりました。そして、映像信号も見ることが出来ます。ムサシを動かした時は、ムサシの目で皆さんを見てました」
「問題は、ムサシの武器なんだ。剣を使えないとダメかと思ってたけど、カテリナさんは時代劇の映画を見せるようにと言っていた」
「それで、動きを掴もうってこと?」
フレイヤが目を見開いて聞き返してきた。そうだよな。俺だって信じられない。
「だとしたら、王都からDVDを送って貰わないとね。団員への娯楽にもなるでしょう。20本位、送ってもらうわ」
確かに、艦内での娯楽は少ないからな。
そんな話が終ると、皆でジャグジーに向かう。
後は1つのベッドで雑魚寝になってしまった。
そして翌日。
視界が金色だから、俺の上にいるのはフレイヤだな。
「あら、起きちゃった? 皆まだ寝てるわよ」
二度寝したら、いつまで寝てるか分からない。衣服を整えてフレイヤとコーヒーを楽しむことにした。
1杯のコーヒーを飲み終えるころになると、次々と皆が起きだしてくる。
「朝食が終ったら、フレイヤはエミーを連れて艦内を案内してあげて。私とレイドラはマリアンと商会との打合せを再確認してくるわ」
「それなら、増員を要求されるぞ。最低でも20人、出来れば100人は欲しい所だ」
「フラグシップの乗員ね。出来ればヴィオラの乗員をそのまま移行して、ガリナム用の人員を揃えたいわ。一応、ガレオンさんに相談してるんだけど……」
「それは、ガリナム要員だろう。事務屋が足りないらしい」
「王都の学府を卒業する者達を雇うのはどうでしょうか? 騎士団ではありませんから、ある程度は雇えると思いますし、生活部の部長にも相談すべきでしょう」
民生部門でのネコ族の浸透は著しいものがある。
このヴィオラのネコ族の人達も全員親戚だって言ってたからな。それだけに安心できるらしい。
そんな話を通路でも行いながら食堂に向かうと、早速朝食のハンバーグを食べ始めた。
ジャンクフードに見えるけど、ちゃんと栄養バランスは考えられているらしい。ということで、野菜ジュースが付いていた。
ここは、待機所に行ってコーヒーでも飲むしか無さそうだな。朝食を終えると、俺達はそこで3方に別れる。
俺は直ぐに待機所に向かった。
やはり、アレク達も野菜ジュースでは満足出来なかったようだ。いつもの席に座ってコーヒーを飲んでいる。
「あら、しばらくね。ちょっと待ってね」
サンドラが俺に大きなマグカップでコーヒーを出してくれた。スプーンに3杯砂糖を入れて掻き混ぜると、少し冷めるのを待つ。
「どうだ。御姫様は?」
「目が見えなかったんですが、カテリナさんのおかげで普通に見えるようになりました。ローザの実の姉ですよ」
「そうなんですってね。出発した時にローザちゃんが、嬉しそうに教えてくれたわ」
「まだまだ子供だからな。やはり、身内が近くにいれば嬉しいに違いない」
そろそろ冷めたかな? とマグカップを取り上げた時に数人の男が入ってきた。
「まだ、此処にいたのか? 全くしょうがない奴だ。ところでこっちは?」
「ここの領主ですよ。リオ公爵……、で良かったんだよな?」
「そうか。俺がガレオンだ。リオ殿が預かった1個小隊は俺が管轄している。5年はいてくれるそうだから、数年後から少しずつ私兵と入れ替えれば良かろう」
「お願いします。そして、早急に周辺の砲台の連中を入れ替えないといけないと思うのですが……」
「あれは半自動だから、遠隔操作が出来る。今の人員で大丈夫だ」
そう言って、サンドラが入れてくれたコーヒーを美味そうに飲んでいる。
「俺も、もう少し騎士団にいた方が良かったかも知れんな。そしたら美味いコーヒーが飲めたものを」
「戦機を下りてさっさと3人を連れて行ったじゃないですか。あの3人はどうしてるんですか?」
「ここで働いてるぞ。バージのタグボートを操縦している。共稼ぎだから老後には何処かに農園でも買おうと思っている」
やはり、戦機を下りた後の仕事があるというのは、大事なようだな。
だが、昔の仲間と一緒なら安心かもしれない。アレクもどうやら、この御仁には逆らえないようだしね。