006 鉱石採掘に出かけよう
平屋建ての建物の内部は案内カウンターと数台のエレベーターを設置したホールになっている。大型の荷役エレベーターがあるけど、ローディング・ブリッジの耐荷重を越える品物は運べないんじゃないかな?
アレクの後に続いてエレベーターに乗ると、サンドラ達の香水が少し気なるところだ。嫌いと言うわけじゃないんだけど、妙に意識してしまうんだよな。
下階に2つ降りてエレベーターを出ると、いくつかの店がある。たまにやってくる騎士団目当てのお店なんだろうが、それほど多くの騎士団がやってくるとは思えない。商売として成立するんだろうか?
小さな仮想スクリーンを使った看板がある店の前で、アレクが立ち止まると俺に振り返った。
「ここが、このヤードの行き付けだ。入るぞ!」
言われるままに、アレクの後に続いて店に入る。
店の名は『ガーデニア』とあるから、庭に関係してるんだろう。騎士団の名がヴィオラだからこの店に決めたのかもしれないな。
薄暗い店内には、いくつかのテーブルセットがある。ちょうど陸上艦の展望室のようにも思えるが、あそこは明るいところだ。
テーブルの上に小さなランプがチロチロと周囲を照らしている。近くのテーブルにいる男女達もヴィオラ騎士団の連中なんだろう。
「いらっしゃい。あら、今日は1人多いわね」
化粧の濃いお姉さんが俺の隣に座るとアレクに話かけた。
「家の新人だ。あまりからかわないでくれよ」
「初めての客ならサービスしなくちゃね」
俺に微笑みながら、細い腕を上げると指をパチンと鳴らしている。直ぐに、トレイを持ったサンドラとよく似た娘さんがやってくる。
俺達の前にグラスを置いて、最後にボトルをポンと置いた。
「新人さんに!」
お姉さんの声に、俺達はグラスを掲げた。
「ゆっくりしていってちょうだい。数時間もすると、他の騎士団がやってくるわ。戦機が2機の小規模騎士団よ」
「騎士なら問題はないんだが……」
アレクの言葉にお姉さんが頷いてるところをみると、騎士団の連中はトラブルメーカーでもあるようだ。
ケンカは好きではないけど、売ってくれるなら値引きなしで買うぞ。
俺の頬にちょっとキスをして席を離れて行ったけど、シレイン達の香水どころじゃないぞ。しっかりと体に染みてる感じでまだ香りが残っている。
「さて、いろいろと話しておくことがある。俺が騎士の筆頭だが、リオに付いての命令権はあまりない。ドミニクが直接指示すると言っていた。それで、次の鉱石採掘ではリオを単独で先行偵察に出すと言っていたが、可能なのか?」
「動力が特殊らしく、数日なら単独行動がとれます。俺を戦車が数台追ってきましたが何とか逃げ切りました」
「あの戦車か……。それで進路を変えたんだな。だが、戦車の時速は50kmを越えるぞ。あの小さな奴は、それ以上の速度を出せるということだな」
「私達の戦機は滑走モードでどうにか時速50kmを出せるわ。小さいけれど凄いのね」
俺の話に、シレインが驚きながらグラスを傾けている。
俺を見て笑っているのが不思議だったけど、グラスに映った俺の頬に真っ赤なルージュの跡が付いていた。
慌ててゴシゴシと擦ってると、前の3人が笑い出した。
「そのまま乗艦すればよかったのに。でも、ここのマダムでは、リオにどうこうすることもできないでしょうけど」
「分からんぞ。意外と年下好みということもあり得る話だ。だが、騎士なら早めに相手を見つけるということも考えておくんだな」
アレクの言葉にサンドラ達が微笑んでるけど、アレクの本命はどっちなんだろう?
バッグからタバコを取り出したアレクを見て、1本強請ってみた。
「ほらよ。帰りに雑貨屋で仕入れておくんだな。陸上艦では酒は調達できてもタバコは種類が限られてる」
アレクのタバコは極上のものだ。俺はヤードで覚えたから高級品は手にしたことが無いんだが……。
2時間ほど、店でアレクに騎士団の事をいろいろと聞くことができた。
このヤードで長時間の滞在は行わないらしい。二か月に一度、長期の休みが貰えるそうで、その時には王都の港にバージを曳いたまま向かうそうだ。
「この間、休暇があったばかりだから、次は二か月ほど先になるんじゃないか。ベルッド爺さんが、多脚式走行装置の交換時期だと言ってたからな」
しばらく稼いで、その費用を作るということになるらしい。
バージ1台で数十万Dになるとしても、騎士団の維持管理には金が掛かるということになるんだろうな。
陸上艦に戻る途中で雑貨屋により、ウイスキーのボトルを2本とタバコを仕入れる。20個で銀貨5枚は高いと見るべきだ。しゃれたライターをおまけしてくれたけど、禁煙を考えるべきかもしれない。
昔は、タバコの害についていろいろとあったらしいけど、この世界の医療技術は人間の寿命を延ばすことまで可能にした。
ほとんどの人間は200歳前後の寿命だし、老化を止めることさえ可能だ。自分にあった容姿で体を固定することになるから、見かけで年齢は判断できなくなっている。
とはいえ、アレク達は実年齢なんじゃないかな? ドミニク達は良くわからないし、ドワーフ族は18歳を過ぎると髭を剃らないらしくまったく年齢を判断できない。
自室に戻って窓から外を眺めると遠くに砂塵が立っている。騎士団の陸上艦がこのヤードに向かってくるのだろう。この陸上艦もそろそろ出発するのかもしれない。
換気扇のスイッチを入れてタバコに火を点ける。
個室でも換気扇を使えばタバコを楽しめる規則はありがたい。
『ヴィオラ騎士団の陸上艦は10分後に桟橋を離れます。繰り返します……』
若い女性の声で、出発の事前放送が入った。
たっぷりと補給を済ませて、空になったバージを曳いて再び荒野に向かうことになるのだ。
そうなると、展望台で景色を眺めるのもおもしろいかもしれないな。変化の乏しい荒野だけど、展望室の高さは地上から15mはあるようだから、かなり遠くまで眺められる。
タバコを消して、テーブルの上に置いておいたボトルを持って展望室に向かう。
すでに、アレク達は移動してきたようだ。俺に片手を上げて座るように合図してくれる。
「先ほどはご馳走様でした。これはみんなで飲みましょう」
ボトルをテーブルに乗せると、早速封を切ってグラスに注いでいる。
「気が利くな。その内に奢ってくれれば貸し借り無しだ。俺達は巨獣が来なければ特に仕事は無い。ある意味、保険みたいなものだからここでのんびりしてればいいんだ」
「でも、あまりお酒を飲んでは駄目よ。酔っぱらって戦機を動かすのは問題だわ」
アレクの言葉を補足するようにサンドラが教えてくれた。ということは、アレクは酒に強いということになるんだろう。俺は適当にコーヒーでも飲んでればいいか。
出発の時刻になったのだろう。陸上艦がゆっくりと動き出したのが分かる。
遠くに見えていた砂塵が今では陸上艦に姿を変えた。騎士団はこんな風に鉱石を定期的にヤードに運んでるんだな。
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「ここにいたのね。はい、貴方の弾丸よ。12発の小箱が5つにスピードローダーが2つ。騎士団員の標準は9mm弾だけど、ベルッド爺さんが44口径マグナムと聞いて喜んで作ってくれたわ」
展望室でアレク達と暇をつぶしていた俺の前に、つかつかと娘さんがやってきて小袋をドサリとテーブルの上に置いた。
そのまま少し離れたソファーに座ると、アレクをジロリと眺めてる。
「兄さん、今度の休みにはちゃんと家に帰ってよ。母さんから散々小言を言われてしまったわ」
「お前が帰ったんなら問題ないさ。あの農園は弟に譲るから、俺はこのまま騎士団で暮らすことにする」
アレクの妹なんだろうか? まだ言い争っている2人を見ると仲の良い兄妹に見える。
最後に、フン! と言って席を離れて行ったぞ。中々気の強そうな娘さんだな。
「今のがフレイアだ。口は悪いが良い娘だぞ。今度ゆっくりと紹介してやるからな」
「はぁ……。ところで、これは貰って良いんでしょうか?」
「9mm徹甲弾を使う拳銃が私達の標準なの。貰っておきなさい」
俺の持ってるリボルバーの弾丸は44口径の強装弾だからね。弾倉に6発は入ってるけど、残りの弾は20発もない。ありがたく貰っとこう。
「44口径とは珍しいな。見せてくれないか?」
アレクの依頼に、腰のホルスターから銃を抜いてテーブルに置いた。
その大きさにシレイン達が目を見開いている。
「なるほど……。ゴツイ銃だな。荒野に一人で野宿するにはこれぐらいがちょうど良いんだろう。個人装備は騎士ならば当然だが、これは初めて見るな」
「騎士団の騎士以外にも個人装備を持っている者は多いのよ。でも、王都に入る時には騎士以外の騎士団員の銃の携行は許されないわ。騎士団長達は別だけどね」
騎士の特権ということになるんだろうな。
だけど、これを使う機会が訪れることはないんじゃないか? 大型の陸上艦を襲うような獣などは聞いたこともないし、巨獣相手で拳銃が役に立つことはないだろう。
「海賊の脅威はヤードにさえ及ぶらしい。ヤードから離れればその脅威に単独で当たらねばならん。あの赤い扉が見えるな。あの中には自動小銃が12丁入っている。イザとなれば俺達でその脅威に立ち向かうんだ」
封印が張ってあるけど、簡単に開けることが出来ると教えてくれた。
12丁の自動小銃とマガジンが36個らしいけど、それで海賊に当るってのも問題がありそうな気もする。
アリスを狙った海賊は戦車やイオンクラフトまで動員していたぐらいだ。騎士団よりも武装を強化してる可能性は極めて高そうだ。
翌日、ドミニクからの依頼で先行偵察を開始することになった。
陸上艦の100kmほど先を左右30kmほどの範囲を滑走しながらアリスに内蔵された金属探知機で鉱石の分布を調査する。
この速度で調査しても地下10m程まで探知が可能らしい。俺の目の前に展開された仮想スクリーンには地下の様子が映し出されるのだが、あまり理解できないな。
たまに赤く表示されるのが金属団塊らしいけど、鉱床と言えるまでには至っていないようだ。
「中々見つからないね」
『簡単に見つかるなら、騎士団等作らないはずです。それほど北に移動していませんから、この辺りの鉱床はあらかた掘りつくされてるのではないでしょうか?』
「それなら、俺達を先行させても意味がなさそうだけど?」
『別の探査に期待しているのでは? 海賊の早期発見も大事ですよ』
海賊が狙うのは誰でも良いということではないらしい。襲撃を行えば王国軍が動くことになる。そうなると、その近辺ではしばらくおとなしくしている外に手はないだろう。
ある意味、ハイリスク・ハイリターンの賭けを行っているようなものだ。
おかげで零細騎士団が被害に合うということはほとんどないと、アレクが教えてくれた。
となると、ヴィオラ騎士団は格好の獲物ということになるんだろうか。
「地上の探査も含まれてるってことか?」
『そうなりますね。既に周囲100kmの探査を行っていますが、今のところは平穏です』
どんな探知方法なのかを聞いてみたけど、重力変異の検出と教えてくれたが余計に分からなくなった。単純にアクティブレーダーということではないらしい。
夕刻になり、ヴィオラから帰還命令が伝えられた。
速度を落としながら、近付いてくるヴィオラの上部装甲版に降り立ち、昇降台に乗ってカーゴ区画に戻る。
「どうじゃ? 何かわかったか」
「特に何も。この辺りは掘りつくされてるようですね。それに良い天気でしたよ」
アリスから降り立った俺に近づいてきたのはベルッド爺さんだった。最後の言葉を聞くとニヤリと顔をほころばせて俺の腰を叩いた。意味するところが分かったらしい。
古参のベルッド爺さんが確認するぐらいだから、やはりアリスの言う通りなんだろう。