056 カテリナさんからのお誘い
次の日。エミーを連れてホテルの会議室へと向かって歩いて行く。
カテリナさんがプライベートアイランドへ出掛ける前に、フレイヤ達がそろえた服と同じ物を揃えてくれたので助かった。
お揃いの胸にヴィオラのロゴが入ったテニスウエアという出で立ちだ。
エレベーターでホテルの下階にある会議室に向かうと、扉を開いてエミーの手を引いて中に入る。
中には既に商会の者達が席に座っていた。
全部で14人。各商会とも2人ずつ出して来たようだな。
上座の位置に歩くと、エミーを席に着ける。そして隣にゆっくりと座って商会の連中の顔を眺めた。
「お越し頂き、先ずは礼を言います。ヴィオラ騎士団領のリオと言います。隣は俺に降嫁してくれたエメラルダ王女です。どうぞ、お見知りおきを……」
挨拶を終えると、背中の壁にスクリーンを展開して中継点の平面図を映し出した。
「この度、王都より西北約5千kmに国王より領地を頂きました。その領地自体は小さなものですが、安全な地下の大ホールを見つけました。現在、そのホールを中継点として整備しています。
規模は桟橋が3つ。2つは長さ1.2km。1つはバージ用の300mですが、桟橋の両サイドを使うことが可能です。この中継点に代理店を出して頂きたいと言うのが私の依頼なのですが」
たちまち連中の顔色が変わった。隣の者と小声で話を始める。
そんな時、会議室の扉が開いて、コーヒーを入れたワゴンを押して2人のネコ族のお姉さんがやってきた。
丁度良いタイミングだ。
俺達の前に置かれたコーヒーの位置をエミーに教えてから、コーヒーを一口飲む。
まだ、ガヤガヤしているな。
タバコに火を点けると、ゆっくりと彼らを眺めて様子を見る。
「1つ宜しいですかな? その依頼を我等が飲んだ場合の我等の供出金はどの程度をお考えなのでしょうか?」
「供出金というより、事務所と倉庫の賃貸料それにユーティリティの使用量を払ってもらえば十分だ。一応、1商会当り、間口40m奥行き30m、5階建ての居住区画と間口40m奥行き30m高さ20mの倉庫として使える空間を提供できる。
場所は、この西側の桟橋のこの位置だ。商会が10個入る区画は作ってあるが、運用開始までには5店舗は欲しいと思っている。基本的な料金は王都の第2種商業区画を基本に考えている」
俺の言葉に今度は隣の商会の連中を交えて小声で話し合っているぞ。
「問題は、顧客の数です。基本的に中継点となりますと、それなりの数の騎士団が利用する事が前提となるでしょう。最初のお話では北西部に作ると聞きましたが、現在大陸の北西部で活躍する騎士団の数は少ないのではないでしょうか?」
「だいぶ、ニュースで騒いでいたようだが、もう少し長めの映像を見て貰いたい」
今度は、ムサシの活躍した例の映像を披露した。
10分程度の映像を、瞬きするのも忘れたように全員がそれを眺めていた。
「少なくとも領地の安全は確保できる。そして、見ての通り戦姫の機動は戦機を遥かに凌ぐ、ローザ王女の乗るデイジーは時速150km以上の速度で移動できるのだ。
さっきの画像で見た戦鬼と戦騎はつい最近、この地で発掘したものだ。今年我がヴィオラ騎士団の発掘した戦機は3機になる」
「1年で3機ですと! そんな話を聞いたら騎士団が西に動きますぞ!!」
1人の男が立ち上がって大声を上げた。
直ぐに恥じ入って椅子に座ったが、相当驚いたようだな。
「問題は中継点からの鉱石の運搬です。船団を組んでも護衛は必要になるでしょう」
「その辺りは、円盤機を利用して早期警戒に務めるしかないでしょう。別に鉱石を探査しながら運送する訳ではありませんからウエリントンまでは1週間も掛からないと思いますが?」
「場合によっては一旦南に下がって、我々でバージのターミナルを作ると言うのも考えられますな」
「それは、中規模の運送に特化した商会にも出来ることです。我々の場合は、やはり……」
「大使がおもしろい話があると言っていましたが、これは確かにおもしろい話ではありますね。もし、我々が全員協力をお断りしたらどうするおつもりだったのですか?」
「一般に開放しようと思っていました。事務所を小さくすれば中規模の商会でも手が出るでしょう」
「なるほど、あえて私共に先にお話を持って来てくれたのですな」
「我等の騎士団に2つの騎士団が同盟を結んでいます。少なくとも、この3つの騎士団と取引のあった商会は外せません。そして、ウエリントンだけでは他の王国の商会から不平が出るでしょう。先ずはそんな理由で貴方達をお呼びしたのです」
「1つ確認させてください。先程我々に提供して頂ける区画の大きさに驚いたのですが、その区画は我等で自由に使っても宜しいので?」
「1つの商会に1つの区画。その区画の中をいくつかに区切って小規模の商会に任せる事も自由で良いですよ。ただし、区画の責任は取って頂きます」
「ふむ……。騎士団領の中継点で区画内での自由裁量権。但し責任は我等にのという事ですか。魅力的ですな」
「私の商会は参加しますぞ!」
「待て待て! だれも参加しない等とは言ってはおらん。あまりの好条件に驚いているだけだ。通常であれば億単位の協賛金を要求してくる筈だと思っていたのだが……」
なるほどね。
だが、それでは俺達が紐付きになりそうだ。気にしない輩もいるのだろうけど、俺達はいたって健全な騎士団だからな。
「王都に新たな経済区を作るならともかく、先は不透明です。戦姫目当てにやって来る者もいるでしょうが、飾りではありませんからね」
「高速輸送船が定期的に就航することになれば、それだけで半径2千kmの騎士団のバージを受取る事が出来るでしょう。
中継点を利用出来る騎士団は、収入も上がるでしょう。それは騎士団員に還元されますから、お店もそれなりにそろえる必要があります。その出店も……、これは、揉めますな」
その割には、その騒ぎを想像しておもしろそうな顔をしているぞ。
「出来れば、一度見せていただきたい。少し傘下の者も連れて行きたいのですがよろしいですかな?」
「可能ではありますが、生憎と店が一軒もありません。皆さんをお泊めするのは困難です」
「問題はありませんぞ。私の高速艇を使います。30人を乗せて宿泊も可能です。1泊2日であれば皆さん方も時間を作れるでしょう」
「では、そうですね……10日後という事で、皆さんをお待ちします」
俺達には分らないが、商人の目で見れば不足している物が見えるだろう。そういう意味での先行視察は必要だろうな。
俺は席を立って、一同に頭を下げると、エミーと共に会議室を後にした。
ちょっと疲れたかな。昼食は、部屋で済まそう。
そんな事を考えながら、最上階にエレベーターで上がっていく。
部屋に戻ると、早速ルームサービスで昼食を頼む。
ネコ族のウエイトレスが運んでくれた昼食は、フルーツで飾られたホットケーキだった。
ジュースとコーヒーのポットが添えられている。
エミーと俺の前に皿を置いて、エミーのグラスにはジュースを注ぐ。手を添えて、皿とグラスの場所を教えてあげれば後は、エミーが1人で出来る。
「もう、ラズリー様達は私達の騎士団領に出発したのでしょうか?」
「たぶんね。俺達は騎士団だから鉱石採掘の仕事がある。何時も中継点にいるわけにはいかないんだ。早く、運営を学んで欲しいと思うよ」
出来ればそのまま中継点にいて欲しい。
何て言っても、エミーの友人だからな。妹のローザもいるけど、やはり友人の方が気楽な話が出来るだろう。
食事が終ると、コーヒーをカップに注いで残りをワゴンに乗せて部屋の外に置いておく。フレイヤに教えられたとおりに皿の下に25L銅貨を入れておいた。
エミーの隣に座ると、一緒にコーヒーを飲みながら、エミーの思い出話を聞き始める。
目が見えないけれど、交友関係は広かったようだ。
特に音楽の知識はかなり深く、フルートのような横笛と自分の身長程もあるハープを楽しんでいたらしい。
「今度お聞かせしますわ。私の部屋の私物はあれだけでしたから、後で母様が送ってくれると思います」
「ああ、聞かせてくれ」
そんな音楽を楽しむような繊細な心を持っているかどうかは怪しい限りだが、アリスにだって聞かせてあげたいものだ。
コーヒーを飲み終えると、エミーを抱き上げてベッドに運ぶ。
まだ、昼間だけど夕食までは何も予定が無いからな。
いつも乱入してくる皆も今日はいない。ゆっくりと2人だけの時間を楽しもう。
空が夕焼けに染まる頃、ベッドサイドの電話がなった。レトロな電話だから、声だけの通話だ。
手を伸ばして電話を取ると、相手はカテリナさんだった。
どうやら、何人かの仲間と一緒らしい。
エミーに代わってくれと言うので、エミーを抱き上げて電話を渡す。
なにやら、話していたが急に驚いたような表情を見せる。
「はい。確認してみます」
電話のマイクを片手で塞ぐと、俺の方を向いた。
「お母様が、『夕食をご一緒に』と言っているのですが……」
「折角来たんだから、ご一緒させてもらおう。時間と場所を聞いてくれないかな?」
塞いでいたマイクから手を除けると、再び話を始めた。
俺は、近くのタオルを腰に巻いて、ソファーに行くとタバコに火を点けた。
そんなに時間は経っていないけど、心配なんだろうな。カテリナさんがエミーの視力の報告に行ったのだろうか?
「2時間後に迎えに来ると言っていました。一応礼装をと言っていましたが……」
「ドレスは持ってきた?」
「一応、母様が持たせてくれたものを持ってきています」
「なら簡単だ。ちょっと待って」
カウンターに電話をすると30分後にスタイリスト達を呼んでもらう。
この種の依頼は結構あるようで、快諾してくれた。
次に、エミーを連れてシャワーを浴びる。
シャワー室から出たところでエミーに服を着せるとソファーに座らせた。後は、やって来る者達に一任しよう。
扉を叩く音に席を立って扉を開けると、訪れた2人のネコ族のお姉さんにエミーのメイクとドレスアップを頼む。
俺は大型のバッグを開けて、騎士団から貰った礼服に着替える。この王都では少し暑いのだが、礼装では仕方が無い。
上着が無いのがせめてもの救いだが、マントを羽織るんだよな。
ガンベルトを着けて、背中に長剣を背負って、マントは手で持っていこう。
準備が出来たところで、コーヒーを飲みながらエミーの準備が終るのを待つ。
やがて、現れたエミーは銀色の縁取りが着いた黒のビキニに、ピンクのシースルーのドレスを着ていた。蛍光色のハイヒールは歩くのに苦労しそうだけど、俺が支えていけば大丈夫だろう。
メイクも一段と明るく纏められている。大胆な衣装だが、猥雑な雰囲気は無いな。
「ありがとう。これで一杯飲んでくれ」
2人の娘さんに銀貨を1枚ずつ握らせる。2人は俺達に礼を言って部屋を出て行った。
「どうですか?」
「一段と綺麗だよ。エミーが傍にいるだけで、皆が振り返るな」
俺の言葉に顔を赤くして俯いてしまった。
そんなエミーをソファーに座らせて迎えが来るのを待つ。
気が着かなかったけど、腰に金色のリングが巻いてある。外には装飾品を着けていない。
目が見えないから、本人は気にしないようだけど、仮にも王女だったんだから、イヤリングや指輪を持っていても良いんじゃないかな。
まだ時間は30分以上あるようだ。国王にもたんまりと貰っているから、宝石店を覗いてみようかな。