055 脳内電脳の変化
「なんですって!!」
クリスとアデルそれに副官達が、その話を聞いた途端に椅子から立ち上がった。
「1年を掛けずに完成するそうよ。ヴィオラ騎士団の新たなフラグシップ。……レイドラ、概念図を見せてあげて」
背面の壁にフラグシップの映像がスクリーンに投影される。
「双胴船なの? どんな性能?」
レイドラが簡単にカテリナさんの言った言葉を繰りかえす。
ちょっと信じられない仕様だよな。最高速度時速500kmなんて、高速艇並みだぞ。
「ホントなの?」
アデルの言葉に、俺達3人が頷いた。
俺達だって、信じられない性能だからな。でも、カテリナさんは嘘はつかない人だ。やり方は強引なところがあるけどね。
「そうなると、今のヴィオラはどうするの?」
「クリスにあげるわ。あれなら、戦機が6台は搭載出来るわよ。獣機だって20機は搭載出来るし」
「なら、私にこの間の戦機を頂けないかしら、戦機4機が格納出来るから今借りてる2機と合わせて3機体制なら心強いわ」
「フラグシップに戦姫と戦騎、このヴィオラに戦鬼と戦機2機。そしてベラドンナに戦機3機……。悪くないわね」
「クリスのガリナムはどうするの?」
「あれは、単独の調査船と砲船に特化すれば良いわ」
言葉には言って無いけど、アデルは戦機3機を得るまでは此処にいてくれると言うことだろうな。
「そうそう、もう1つ連絡する事があったわ。リオは公爵に成ったのは話したわよね。それで、ウエリントン王国の王女を1人妻に迎えたわ。エミーと言うんだけど。よろしくね」
また、4人が立ち上がったぞ。今度は椅子を蹴飛ばしている。
「それって! ホントなの?」
「一応、俺達の仲間だ。ローザ王女の実の姉になるんだが……、目が見えないんだ。カテリナさんが頑張って直そうとしてるけどね」
今度は、まあ! って感じの顔をしている。
「そんな訳だから、貴方達を見ても話し掛けるようなことはないと思うけど、それは貴方達を見ることが出来ないのだと分ってあげて」
「分ったわ。でも、あまり部屋から出られないわね」
「たぶん、ローザ王女が連れ歩く筈よ。仲の良い姉妹だったもの」
今度は、ふ~ん……。って感じで俺を見ている。どんな風に納得したのか聞いてみたいものだ。
「でも、そうなると、リオ公爵領というのが正しいような気がするけど?」
「あんまり、良い名に聞こえないよ。此処はヴィオラ騎士団領として既に登録してある」
確かに貴族が騎士団という場合もある。ある意味貴族趣味で作ったような騎士団だ。だが、かれらには領地はない。騎士団を持つ貴族が男爵止まりだからだ。
男爵に王国から下賜される金額は年間1億L。親代々の蓄えを使って騎士団を作ったとしても下級騎士団に甘んじるのが殆どだ。
一攫千金を夢見て北上して、巨獣との戦いで命を落とすのが関の山だろうな。
公爵ならば、領地を持ち農業経営や、商会への投資で十分楽な暮らしが出来るから、あえて騎士団を作ろう等とは考える事もない。
「それに、面白そうじゃないか。俺達には収入を得る手段がある。そして十分に自分達を守れる。中継点にはなったけど、ここは俺達の拠点だ。ここで、騎士団たる名を上げるのもね」
「確かに初めてではあるのよね。ヴィオラ騎士団全盛の影にベラドンナ騎士団の働きがあったと後世の歴史家が唱えるのも面白そうね」
「となると、私は吸収されることになるのかしら……。その辺の経緯は歴史家が悩みそうね」
そう言って、2人の騎士団長が笑い出す。少しは、場が和やんだようだな。
タバコを取り出して火を点ける。
「だが、問題もある。物見遊山で、中継点にやって来る連中をある程度制限したい。また、俺達を当てにして西を目指す騎士団も増えるだろう。だが、この中継点は王都の大型桟橋から比べれば規模が遥かに小さい。中継点の2つの桟橋の使い方がこれからの問題だ」
「一番簡単なのは中継点への入港料を取る事と来客へのパスを発行する事ね。ホールを少し広げたとはいえ、桟橋は3つ。私達の桟橋は1.2km。無理をすればフラグシップも止められるわ」
500mの距離を開けてバージの積み替え桟橋の長さが500mで、西の中継点用桟橋が1.2kmだから、ラウンドシップ4隻なら停泊出来る。非常時なら、中央桟橋の片側を利用して、更に2隻は何とかなりそうだな。
とはいえ、入口が1つだから他のラウンドシップの常時停泊数を2隻に限定したいところだ。
「王都の桟橋だって利用料金があるわね。同額で良いかしら? 料金は1日単位にしましょう。そして最大でも10日とすれば良いわ。来客パスは少し揉めそうだけど、中継点の宿泊施設に限りがあることを理由に出来そうね。王都に事務所を開く事を真剣に考えなければいけなくなるわ」
「問題は水よ。荒地だから水は運ぶことになるわ。途中の大河から定期的に汲んで来ることになりそうよ」
水はラウンドシップの燃料になるトリチウムの抽出にも必要だし、獣機の水素タービンエンジンの燃料抽出にも必要だ。そして、俺達の飲料水にもなる。
大型タンクを多数設けることになりそうだな。
「自分達の分は自分達で何とかするとして、中継地として利用するなら、やはり商人に任せることになるでしょうね。ヴィオラ騎士団と取引のある商会は、リバリー商会になるわ」
「ガリナムはラックス商会よ」
「ベラドンナはアテルダ商会になるわね」
見事にバラバラだな。
今までの付き合いもあるだろうし、取引を止めると言うのも問題だ。……だが、しばらくはラックス商会に積荷を卸していた筈だ。リバリーとラックスとは取引を止めたのだろうか?
「3つの商会に話をしてみたら良いんじゃないか? 別に商会を限定する必要も無いし、得意不得意もあるだろう。それに常に入札にすれば売値を高く、買値を安く出来るかも知れないよ」
「そうね。その手があるわね。他に、2つ位はエルトニア王国とナルビク王国から選んでも良いわね。」
商会は総合商社的なところがあり、それこそ靴下からラウンドシップまで扱っているようだ。食料品の当然範疇に含まれるから5社以上集まれば十分だろう。
そうなると、事務所以外に倉庫と言うことになるが、これは交渉していけば良い。
体育館程の倉庫なら事務所の建物の裏を掘り進めば直ぐに出来そうだ。
「私達で商会に連絡しておくから、リオが交渉してきてくれない? 他の王国には大使館に連絡を入れて置くわ」
「構わないけど、エミーを連れて行くよ。そして、場合によっては他の2つの王国の商会の枠を2つずつにすれば王国間のしがらみも防げそうだ」
「その辺はリオに一任するわ」
ドミニクの言葉に2人の騎士団長も頷いた。
そして、話題は中継点の維持管理に移っていく。
これは、王国からの官僚をしばらく借りておけば良いし、治安維持と領土の防衛に係わる私兵はアレクの上官だったという人物の人脈に頼ることになった。
王国から10年間借り受ける2分隊はありがたく使わせて貰おう。
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そんなある日、ドミニクが帰って来るなり俺に伝えた事は、王都への出張だった。
慌しく、準備をしてエミーを連れて高速艇で王都に向かった。
ホテルの屋上で俺を迎えてくれたのはカテリナさんだった。
ホテルのカウンターでチェックインを済ませると、ホテルのスイートルームに向かう。
「ドミニクからの知らせで急いで準備をしたのよ。私はエミーの診察をしたかったから丁度良かったわ」
「お手数をお掛けします」
「私は、もう少しこっちにいるわ。学府の仕事が面倒なの。でも、一月は掛からないわ」
「それは、ちょっと残念ですね。でも、それでしたら、あの地で水を得る方法を考えておいてくれると助かります」
「そう言うところが、リオ君の嬉しいところよ。荒地で水を得るという手段はそれだけで十分な論文になるわ。来年の卒論のテーマに使おうかしら?」
「でも、可能でしょうか?」
「分らないわ。でも、かなり色んな方法が考え出されるわ。その中で実現可能で、且つローコストのものを使うという事も出来るわよ。少しは特許料を取られるかも知れないけれど、テーマを与えてくれたという事で格安に出来るわ」
「卒論でコンペですか?」
そこまでは考え付かなかったな。
まあ、これはカテリナさんにお任せしよう。
「リオ君はそっちでコーヒーでも飲んでなさい。私は早速、診察を始めるわ」
追い出されたような感じだけど、ビールと灰皿を持ってテラスへの扉を開けた。
天井が開いたような構造のテラスは、此処が地上200mを超えていることに原因がりそうだ。
自殺でもされたら大変だろうし、風も結構強いからな。長椅子に腰を下ろしてビールを飲む。
タバコに火を点けると窓越しに診察風景を眺めたら、タブレットをかざしてエミーの頭を診ていた。
あれから、目のことをあまり言わなくなったからな。改善してるのか、そのままなのか気になるところだ。
ビールを飲み終えたところで、部屋に戻る。
ソファーに腰を下ろして、カテリナさんの話を聞くことにした。
「やはり改善しているわ。リオ君にも分るような例えで話すと……、そうね。濃い霧の中にいるようなものね」
「それって、おぼろげに人を確認できるという事ですか?」
「明暗の違いで分る感じかな。色は持たないし、詳細な形は判らない。でも、明らかに動く物体がそこにある位には感じる事が可能になったわ。それに、見えるというのは、それが何かという認識能力と思考能力にも関係があるの。生物が最後に得た感覚器官だから、それだけ脳の発達と関連があるのよ。ある程度それが出来ると劇的に変化すると思うわ」
「それ程遅くない時期に俺達と同じような視力を得ることが出来るんですね?」
「ええ、保証するわ。それと、アリスと話をさせてくれないかしら?」
カテリナさんの言葉に、部屋に備え付けの端末を使ってスクリーンを展開する。
さすがに画像は出ないが、音響設備に介入してアリスと話をする事が出来る。
『何か、質問でしょうか?』
「前に、エミーの電脳をリプログラミングすると言っていたけど、もう実行したのかしら?」
『いいえ、未だです』
「これを診て頂戴」
そう言ってタブレットを開くと、にMRIの画像のような映像を表示して俺に見せてくれた。
「電脳の形が変わっているわ。私はこんな形の物を入れた覚えは無いわ」
『この円盤型の電脳について、他の画像データと合わせて構造体の構成を推測しました。4つの階層構造を持つ電脳ユニットです。最下層は脳の神経組織と融合しつつあります。2階層部分は結晶構造体からなる電脳そのものです。3回層目に血液による直接発電部分があり最上階は電磁波の受発信部となっているようです』
「ナノマシンによる構成変更ということかしら?」
『その可能性が極めて高いです』
「となれば、これもエミーの視力の助けになるのかしら?」
『見ようと思えば全ての映像データを直接見ることも出来るでしょう』
カテリナさんがタバコに火を点けて考え込む。
俺は、部屋の棚にあったコーヒーセットでコーヒーを入れると、2人の前において自分の前にもコーヒーを置いた。
エミーの手を取って、コーヒーカップの位置を教えてあげる。
カテリナさんこーも飲まずに長く考えている。ようやくコーヒーカップに手を伸ばした時はすでに冷えていたはずだ。
「このままでも自動的に作動しそうね」
『後10日も掛からずに起動するでしょう』
「それなら、リプログラムを開始出来るかしら?出来れば起動と停止をエミーが出来るようにしておくことが望ましいのだけれど」
『思考制御は可能です。リプログラム開始します。……リプリグラム中。……リプログラム中。…………リプログラム終了です。電脳の起動は思考スイッチを入力しない限り稼動しません』
とりあえず自動起動は避けられたみたいだな。
問題は、なにをプログラミングしたかだ。
カテリナさんの次の診察を待ってから、その対応についても考えてみよう。