054 帰ってからが大変だ
何時の間にかキャスター付きのバッグが2つになっていた。
片方は簡易型だから、小さく畳めるらしいのだが、お土産ってこんなに必要なのか?
そんなことを考えながら、高速艇に乗り込む。
「だいぶ買いこんで来たのう。リオ兄様の席は此処じゃ」
そんな感想を言いながら俺とエミーの席を案内してくれた。
まあ、近くに皆が集まってるからどうでも良いような気もするけどね。
姉妹を隣同士に座らせてあげると、たちまちローザの顔に笑みが出来る。姉妹で一緒に旅をするなんて無かったんだろうな。
乗船して20分で高速艇が発進する。
高度を上げて摩天楼をすり抜けると、地上300mほどの高さで北西に向かった。
フレイヤ達は座席を回転させると、エミー達を交えてカードゲームを始めたようだ。
カードの端に突起があって、それを指先でなぞるとエミーにもカードの種類が分かるみたいだな。
俺は、座席のタブレットでニュースを見ている。
ワイヤレスイヤホンで聞きながら色んな出来事を眺めるのも面白い。
そんな中に、俺達の拠点の話が入っていた。
ウエリントン王国のリオ公爵が、自分の領地を騎士団に提供したと紹介されている。
ヴィオレ騎士団という中規模騎士団にそれを任せた、というのがニュース性を帯びたようだ。
他の騎士団にとっては、名も無い騎士団だったヴィオレ騎士団との接点が無い事が問題となると結んでいた。
これは、俺達の課題になるな。
折角中継点を作っても、誰も利用しないのも困る。その理由がヴィオレ騎士団を良く知らないから……、って言うのはな。
そんなことを考えていると画像が切り替わって、戦姫2機と戦騎の登場する戦闘シーンが3分ほどの動画で表示された。
動画の下には、ヴィオラ騎士団の戦闘風景とテロップが流れている。これを流したのか?
巨獣の首が飛ぶシーンは迫力があるからね。
それに、このニュースの再生件数はニュース配信後、1000万を超えている。これじゃあ、一躍時の人だよな。
少なくとも、この3機が通常の戦機でないことは、中級以上の騎士団なら直ぐに気が着く筈だ。
たぶん王国側の情報操作と言うことだろう。
これで、かなりの騎士団が西に動く。それは、王国へ人、物、金が動くということになる。
俺を利用するのは勝手だけど、まだ中継点は機能しないんじゃないかな?
それとも、可能な範囲で中継点の機能を提供して、徐々にそれを拡大する事を考えているのだろうか?
帰ったら直ぐにでも、このニュースの影響と対策を考えねばなるまい。
まだまだ、資材は不足しているし、他の騎士団に提供できる物も明確にしておいた方が良さそうだ。
昼食は簡単なサンドイッチだが、温かいコーヒーが出たのは嬉しい限りだ。砂糖を2個取ったらネコ族のお姉さんが笑っていた。
さっきのニュースの話をしたら、『今頃何を言ってるの?』と言うような目で皆が俺を見る。
「今更の話よ。遅かれ早かれ、あの画像は流出するわ。そして、騎士団の目は西を向く。問題は、中継点が建設途上である事だけど、ある程度は便宜を図ることが必要になるでしょうね」
「先にクリスとアデルには連絡を入れてあります。帰ったら直ぐに会議を開けます」
ドミニクとレイドラは先手を打っていたようだ。
だが、中継点は建設途上なんだぞ。
「あまり出来る事はないと思うんだけど」
「そうでもないわ。中継点は砦と一緒なのよ。中継点で休憩出来るだけでも、騎士団にとってはありがたいと思うわよ。それに水の補給ぐらいはしてあげたいわね。商人達が事務所を構えれば更に色々と便宜を図れるわ。それは私達で無く、商人との取り引きの場を提供するという事になるわね」
場所を提供するだけでも騎士団は助かるってことか。
確かに、安全な場所なら全員でゆっくり休めるし、簡単な修理だって出来る筈だ。
それ位なら、今でも何とかなるな。どうも、完成された姿で考えることに問題があるようだ。
「それは、騎士団長達で話し合うのよね。私はリオ達と部屋でのんびりするわ。しばらくは掛かりそうでしょ」
「リオは当事者の1人よ。公爵ですもの。私達の話し合いに裁可を下す立場にいるのよ」
フレイヤにドミニクが釘を刺してる。
俺が判断するのか? 丸無げしたいような機がするぞ。
「公爵じゃからのう。騎士団領と言っても、それはリオ兄様の領地じゃ。騎士団が領地を持つ事が出来るのはリオ兄様が騎士団に所属しているからに他ならない。12騎士団が慌てるじゃろうな。その内やってくるぞ」
面白そうにジュースを飲みながらローザが呟いている。
単なるお飾りだと思ってたけど……。
「一応立場は一緒になるわ。来たとしても上下の区別は無いから普通に接していれば十分よ。それに、専用桟橋への立ち入りは許すつもりは毛頭無いしね」
「西の桟橋なら、それで十分でしょう。居住区も作られていましたし」
ホールの中の共用部分を上手く利用するという事か。それも、無用な他の騎士団との諍いを減らす手段になるだろうな。
そんな話が終ると、またカードゲームを始めたようだ。
俺は、さっきの事を反芻しながら、どんな項目について検討すべきかを考えてみた。
たぶん、彼女達も考えているんだろうが、何も考えずに会議に臨むのは申し訳ないところがあるからな。
中継点の役割を持っている以上、来るものを拒む事は出来ないな。
だが、桟橋やバージ、それに居住区の利用に制約を設けることは出来るはずだ。
中継点での安全を保証する以上、それ位はやらせて貰おう明確に文書化して利用する前にそれを相手に承認させる事も必要だ。裁判権を持っているという事も俺達に有利になるな。
商人との交渉も必要になるだろう。代理店の大きさや鉱石取引の方法等、誰か良心的な商人を紹介して欲しいものだ。
工廟も小さなものが必要になる。騎士団は簡単な修理を行なうドワーフが常駐しているが、大きな補修は出来ない。王都に辿り付く位の応急修理を行なえるだけの工廟は必要だろうな。
最後に、私兵が欲しいところだ。
現在は王国から派遣されているが何時までも甘える訳にはいくまい。
最終的には警備部門と合わせて1個小隊45人程が最低でも必要だな。
とりあえず、彼女達の知り合いを20人集めているけど、まだまだ人材を集める事になりそうだ。
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10日ぶりに帰ってきた中継点は、また違った雰囲気を持って俺達を迎えてくれた。
尾根の上に作られた離着陸場は変りは無いが、片隅にドームが作られている。
直径20m程で高さは10m程の構造物はラウンドシップと同じ材質のようだ。
中には2機の円盤機が収められている。その離着陸場側に開いた扉からドームの中に入り、3つあるエレベーターの1つはヴィオラ騎士団専用だ。20人は乗れそうだな。
それに乗り込んで、俺達の桟橋に係留されているヴィオラに向かう。
バッグを引いて俺達の部屋へと向かう。
扉を開けると、目の前にはソファーとテーブルだが、ソファーが1つ増えているし、テーブルも大きくなっている。窓に向かってコの字型に配置されたソファーは新品みたいだ。
そう言えば、部屋を改造するって言ってたな。
奥に歩いて行くと、寝室が3つある。その向うはドレッサーが並び反対側はクローゼトだ。その奥はジャグジーがある浴室になる。
前は、倉庫を潰したんだよな。となると、その向こうにあった士官用個室も潰したのか?
エミーはフレイヤを連れて部屋を見て回っている。
とりあえず、ソファーに座っていると、ドミニク達がやって来た。
「キングサイズのベッドルームが3つだから、フレイヤとクリスで真ん中、エミーは手前を使って、私とレイドラは奥を使うわ。クローゼットも6つあるから十分荷物は入るでしょう」
「2000時から騎士団長が集まります。カテリナ博士も出席を希望してきました」
後1時間も無いじゃないか。
レイドラの入れてくれたコーヒーを飲みながら、タバコを取り出した。
「大丈夫よ。かなり強力な換気システムだから。それに寝室の間にエアーカーテンがあるから向こう側には匂いすら行かないわ」
ドミニクの言葉に安心して火を点ける。
「母の話ではフラグシップは、この3倍位の大きさの部屋を作るみたいよ。確かに仕官が5人だし、エミーもいるからそれ以上の大きさでも良いんでしょうけどね」
「それって、1フロアを占拠する感じじゃないの?」
フレイヤが興味を引いて、ドミニクに問いかける。
「そこまでにはならないわ。正面は私達の部屋で反対側は会議室、応接室、客室が出来るわ。その下2フロアが居住区になるそうよ。ブリッジの高さが40mらしいから、6階建ての建築物に相当するわ」
乗員を150名としてもそれだけでは、乗員を収容出来ないから、2つの船殻に分散して居住区を更に作るんだろうな。
「でも、1年足らずで作るんでしょう。早く見てみたいわ」
フレイヤは嬉しそうだ。
だけど、カテリナさんが監修したとなると……、かなり心配になってきた。
「後は、フレイヤにお願いするわ」
「ええ、任せといて」
そんなフレイヤの言葉に俺達は頷いて、部屋を出て行く。
色々と忙しくなりそうだ。
ブリッジの指揮所に隣接した会議室に向かうと、クリスとアデルはそれぞれの副官を連れて既に待機していた。
「遅れると思ったけど、時間より早かったわね」
「騎士団全体が大騒ぎ……。それにホールの工事に拍車が掛かったみたいよ」
俺達が席に着くと同時にクリス達が話を始める。
とりあえず、自分達の前に小さなスクリーンを展開して、話の要点を確認することにした。
「リオが公爵を拝命しているから、私達はこの中継点を基準として周囲30kmを領地として受領することになったわ。他の2つの王国も承認しているから、誰も異論を唱える事が出来ない。……ここまでは良いかしら?」
「前例がないけど、そうなると独立国家に近い扱いになるわね。まだ中継点の工事が終っていないけど、他の騎士団がどうでるかが問題ね」
「まだ、中継点は完成していないから断われば良いわ。とは言え、小さな騎士団には希望でもあるのよ。安全を確保出来て簡単な補給、補修が出来る体制が整い次第、門を開くことになりそうね」
「それなら、3ヶ月程先を目安に出来そうね。今滞在している王国の連中は直ぐに帰ってしまうのかしら?」
「順次ってことらしいわ。今の状況では1年は何とか滞在して貰えそうだけど……」
「人材を探すことになるのね。そうなると、私達の同盟関係が微妙になるわ」
優秀な人材は自分達の騎士団に確保したいのは当然だろうな。
あえて、他の騎士団に人材を提供するのは自分達の騎士団の力を削ぐ行為に他ならない。
「鉱石採取と戦機捜索の協力はする。もちろん中継点作りもよ。でも、私の騎士団が出来るのはそこまでになるわ」
アデルとしてはそれが妥協点なんだろう。
それでも、中継点作りに協力してくれるんだからありがたいと思わなくちゃなるまい。
「私の方は、少し当てを探してあげる。でもあまり期待しないでよ」
クリスの方は協力的だけど、果たしてどんな人物なのかが問題だ。
ネコ族の少女がコーヒーを運んで来た。
今日の会議は長くなりそうだな。