052 新たなヴィオラは双胴船
まだ夕食までには時間がある。
コテージのベランダでのんびりタバコを吸いながら、まだ夕焼けの残照でほのかに赤い西の空を眺めていた。
「全く驚かさせられるわ。エミーの診断をざっとやってみたんだけれど、脳の視覚野が活性化しているわ」
俺の隣の椅子に、そんな話をしながらカテリナさんが腰を下ろす。
「見えるようになるという事ですか?」
吃驚して隣を見ると、俺を見て微笑んでいる。
「まだそこまでは分らない。でも、希望があるわね。貴方と一緒なんだから。たぶんローザと同じじゃないかしら。
ローザは私が意図的に貴方の血漿から分離したナノマシンを注入したけれど、エミーの場合は男と女の関係という事ね」
そう言って、タバコに火を点ける。
「でも、悪い事じゃないわ。むしろ歓迎すべき事だと思う。明日の朝、更に好転しているなら間違いなく貴方のナノマシンのおかげだと思うわ。でも脳内神経となると、調べようがないからどうしようも無いけど」
とは言うものの、絶対調べる方法を探し出して確認を取ると思うな。
だが、一番それを喜ぶのはエミーであって欲しいものだ。
「頑張ってね」と言いながら、リビングに戻っていく。その姿を見ながら、俺もタバコを消して椅子から腰を上げる。
チラリと砂浜を見ると、焚火が設えてあり準備が進んでいるようだ。
俺達みたいな思いつきで行動する連中のお守りを、散々してきた感じがするな。
リビングではエミーに中継点の話をしているようだ。
これからは一緒に暮らすんだから、ある程度の知識は必要だろう。
リビングに戻ると、カテリナさんが俺の腕を取って、ジャグジーに向かう。時間があるから、楽しもうという事らしい。
2人で水着を脱ぐと、木の床のバスマットに2人で腰を下ろしてその場で抱き合う。
「フラグシップには、ちゃんと特別室を作らせたから楽しみにしておいてね」
「そんな時間が向うに着いたらあるんですか?」
「もちろん、作り出すのよ。色々と材料が揃ったから、やる事は沢山あるけど……、それはそれね」
かなり自分に都合よく解釈しているみたいだけど、今度は何をするんだろう?
俺達の役に立つ物だったら良いんだけどね。
カテリナさんが静かになったところで、ジャグジーに入った。軽く体を洗ってあげると、温風とタオルで水気を拭き取る。
そして、あっても無くても良いような水着を着せたところで、カテリナさんが目を開けた。
「ありがとう」
そう呟くと、先にリビングに歩いて行く。
衣服を整てリビングに向かうと、皆の出掛ける準備ができているようだ。
俺達が砂浜に付いた時には既に宴会が始まっていた。
すぐに俺達にお皿とフォーク、それにビールが渡され、砂浜に設えたテーブルに着いた。
焼けた魚や肉、それに野菜がどんどん配られてくる。
2杯目のビールに取り掛かったころに、ようやくカテリナさん達が到着した。
直ぐにテーブルの開いた席に座ると、早速勢い良く食べ始めたから、特に問題はなさそうだ。
ローザ達が自分で取った獲物を、母親に自慢しながら食べている。この休暇が終れば離れ離れになるのを考えるとちょっと可哀相に思えてきた。
もっとも、今度は姉さんが近くにいるんだから、うれしいところもあるだろうな。
料理を食べながら、カテリナさんがフラグシップの概略の説明を始める。
「資金は3つの王国が出すと言うんだから、デラックスにしたわよ。全長は250m、直径40mの船殻は双胴船よ。多脚式駆動装置は左右の船殻に2列の、合計4列。巡航速度は時速30kmで、短時間なら時速40kmまでは出せるわ」
「でも、それでは他国への支援艦として使えないんじゃ?」
「核融合炉を4基装備して、反重力装置をドライブ出来るわ。もっとも計算では高度300mまでしか上昇出来ないのよね。現代科学の限界を感じてしまうわ。その状態で水素ターボジェット推進を行なうから、時速500kmは出せるわよ。船体は王国軍の巡洋艦と同じ強度で作るし、武装も左右の船体に88mm長砲身連装砲の砲塔を4基付けるわ。105mmも公爵であれば付けられるけど、速射性が悪いから。円盤機は3機、戦機は6機まで収容可能よ。獣機は10機。一応使う事もあるかもしれないし」
「高度300mを時速500kmって、無理ですよ。通った後は暴風が吹いた感じになります」
「荒野だから問題ないでしょ。それに急ぐ必要がある訳だし……」
そう言われればそうだけど、そんな船なら1日も掛からずに救援に向かう事が出来る。
正に目的の為なら手段を選ばずって感じの船だ。
「それと、この艦の乗員は200名は必要ないわ。主要な部署には個別に電脳を設けるからかなりの自動化が図れるわよ」
やはり、とんでもない物を考えたな。だけど、入手するには時間が掛かりそうだ。
「数年先になりそうね。それまでは、そんな依頼は断わることになりそうだわ」
「1年も掛からないわ。昨年竣工した巡洋艦と竣工間近の姉妹艦を転用する事で合意が取れてるの。船殻が出来てるし、3つの王国の総意でもあるから、24時間体制で造ると言っていたわよ」
そうなると、受取った後の運用要員の確保も大変だ。ドミニク達は忙しくなりそうだぞ。
3時間ほどの宴会も何時しか終ったけど、後には沢山の魚が残ってしまった。
「心配いらないにゃ。責任を持って始末するにゃ!」
そんな事をお姉さんが言ってたけど、自分達のお腹に始末するんだろうな。
後片付けをしていたトラ族の青年が、そんな事を話してるお姉さんを見て笑っているから、間違いは無さそうだな。
お腹いっぱいになった俺達も、自分達のコテージへ引き上げてきた。
リビングに集まって、カテリナさんの持ってきた情報の再確認と要望を話し合う。
カテリナさんはテーブルの傍に大きなスクリーンを展開してフラグシップの画像を表示した。
「全体像はこんな感じよ。後方に2つの船殻を跨ぐようにブリッジが作られるわ。このブリッジ周辺が居住区になるの。核融合炉と反重力装置を2つずつ左右の船に乗せるからそれだけで容積の半分を取ってしまうわ。砲塔前方の装甲甲板は100mもないけど、左右の船殻を繋いでいるから100m四方の大きさになる筈よ」
大きさだけで3万tを超えるんじゃないか?戦艦並みの大きさだぞ。
「でも、これではホールに入らないのではないでしょうか?」
「ギリギリ入ると思うんだけど、ダメなら外に専用の格納庫を作れば良いのよ。私達は専用の桟橋を持っているでしょう。居住区と外部の格納庫をトンネルで結べば何ら問題は無いわ」
出来るまでは、ホールに置いておくしか無さそうだな。
まあ、桟橋として使えるのが4箇所あるんだから、当座の問題は無いだろう。
「問題は資金ね。さすがに全てを王国から出して貰う訳には行かないでしょうね。とりあえず、文官をしばらく貸してもらえるだけでもありがたいと思わなくちゃ」
「領地の対策も必要だわ。現在、内諾を得ている領地はこの範囲よ。この範囲に防壁を展開して巨獣の侵入を防衛する。これだけでも、ヴィオラ騎士団領の持つ意義は大きいのよ。現在の中継点防衛用の砲台を、将来的にはこんな感じに展開して、防壁の維持を図ることになりそうね」
新たな画像がスクリーンに展開された。
小さいながらも都市国家のような感じになるぞ。
「まるで、王都のミニチュアみたい」
「ミニチュアじゃなくて、王都そのものよ。公爵領はかなりの自由裁量権が認められているの。この中だけの法律も作れるし、裁判権だってあるのよ」
フレイヤの呟きにカテリナさんが答えてくれた。
何か簡単じゃ無さそうに思えてきたな。
そもそも俺達は鉱石採掘を生業とする騎士団だぞ。そんな面倒くさいことが出来るような人間は1人も思い出せない。
「本当に必要なのは、資金ではなくて人材なの。資金は幾らでも商人達が提供してくれるわ。まあ、それなりの権益を要求してくるでしょうけどね。でも、人材は発掘する他に手がないのよ」
全員が黙って考えてしまった。
意外と友達の数が少ないようだな。フルフルと首を振ってるぞ。
「あのう……、私の友人でも良いでしょうか?」
そう言って、カテリナさんの方にエミーが顔を向けるが、やはり微妙にずれている。
「ええ、私達の中では荒事が出来る友人は多いんだけど、事務的な事を専門に出来る友人がいないのよ」
ドミニクの言葉に全員が頷いている。
「下級貴族ではあるのですが、学園で色々と面倒を見てくれた人達がいます。将来的には王国の経営に参加するのでしょうけど、あまり表面には出てこれないでしょう」
「十分だわ。出来れば参加して欲しいけど、あたって貰えないかしら?」
ドミニクの言葉に、エミーが嬉しそうに頷いた。
「後は、お母さんに連絡してみようかしら? 農業をしてるんだから少し位は計画的な経営が出来る人を知っているかも知れないわ」
それも良い考えだ。農業が国を造るって歴史の先生が言ってたからな。
どうすれば良いか分らない訳ではない。何が問題かを確認してそれを考えれば良いわけだから、皆で相談すれば自然と答えが出てくるようだ。
それを、レイドラが端末を使いながら纏めている。
俺達の休暇は、次の作業の準備に使われてしまうけど、皆で考えれば遊びながらでも解決策は見えてくる。
カテリナさんはマッドだけど、俺達の疑問にはしっかりと答えてくれるのも嬉しい限りだ。