050 一夜が明けて
俺がコテージに戻ってくると、テーブルの上には食べ散らかしたケーキと果物が置いてあった。
「あら、お帰りなさい。まだ残ってたかな?」
そう言って、フレイヤがテーブルの上を探してるけど、その状況を見ただけでおれは胸が一杯だ。
「ところで、明日の予定だけど……」
「うんうん、何じゃ!」
皆が一斉に俺の顔を見る。
「カヌーで少し沖に向かって、魚を獲る。そして、夕食は浜辺でバーベキューだ!」
「「「オォー!!」」」
皆が一斉に腕を上げてるけど、泳げないのもいるんだよな。
まあ、アームフロートかベスト型のフロートを付けておけば十分だろう。
「それは楽しみじゃな。我等ももちろん参加じゃ」
「でも、危なくないの?」
「危険な魚はいないらしい。お姉さんの話だと、全て魚は食べられそうだ」
夕食の準備が出来た事を告げる電話があっても、その話題は尽きないようだ。
食事は肉が主体だったけど、明日の魚獲りを考慮した結果なのかも知れないな。
夕食が終る頃には、空がすっかり晴れていた。明日は、相当暑くなりそうだな。
食後を自分達のコテージでコーヒーを飲みながらくつろいでいると、ネコ族のお姉さんが訪ねてきた。
「明日はこのコテージの下にカヌーを準備するにゃ。道具も全て揃えるにゃ。監視員を3人同行させるにゃ。」
「ありがとうございます。また、写真をお願いできますか?」
「当然にゃ。……そうにゃ。もうすぐ、御后様達がやって来るにゃ」
そう言い残して、桟橋をパタパタと走っていった。
確か、ローザがそんな事を言っていたな。実質的な嫁入りってことになるのかな。
数分後に御后様達がやって来た。
御后様が前を歩き、その後ろに母親に手を引かれたエミーさんがゆっくりと歩いてコテージに入ってきた。
「リオ殿。エミーを連れてきました。よろしくお願いします」
俺に向かって、ヒルダさんが丁寧に頭を下げる。
「任せてください。贅沢は出来ませんが、幸せな暮らしをさせたいと思います」
俺の言葉に、ヒルダさんが目頭を押さえる。他の御后様がヒルダさんを抱きしめながら慰めているみたいだ。
何か、俺が悪人に思えてきたな。
「それでは、お望みどおり身一つで……」
ヒルダさんがそう言ってエミーを包んでいたガウンを取り去ると、何も見につけずに立ち尽くすエミーさんがいた。
慌てて、Tシャツを脱いで彼女に着せる。
「身一つとは言いましたが、あれは言葉のあやで、裸と言う訳ではありませんよ」
「ほほほ、国王が、『身一つで』と何度も念を押すものですから……」
「それは、リオにも問題がありそうね。仮にも公爵、言葉には十分気を付けなければいけないわ。国王様は、それをリオに伝えたかったのよ」
ドミニクが俺を見て注意してくれてるが、王様の悪戯みたいな気がするぞ。御后様達も、それに悪乗りしているようだ。
フレイヤが寝室にエミーを連れて行く。自分の服を着せてくれるのだろう。
早速、何かを買ってあげねばならないな。
カテリナさんが王都にいるなら、頼む事も出来そうだ。
御后様達をテーブルに案内すると、レイドラが皆にワイングラスを配り始めた。適当に冷蔵庫のワインを物色してテーブルに持ち出して、コルクを抜いた。
ワインボトルをドミニクが受取って、皆のグラスに注いで回る。
そこに、フレイヤ達が帰ってきた。色変わりだけどヴィオラのマークが入った上下だ。
「ありがたく、娘さんを頂きます」
「国王から一言預かったわ。『返品は不可』って言ってたわよ」
そんな言葉に皆の顔に笑みが浮かぶ。国王の娘を気遣う気持ちがそこには確かにあった。
「リオとエミー王女に乾杯!」
フレイヤが立ち上がると、グラスを掲げた。
甘さが強いワインは俺好みだ。直ぐに次のワインのコルクが抜かれる。
「さすがに、身一つというのも私達の矜持が許さないわ。トランクで1つずつを送りますからね」
国王もさすがに妥協せざる得ないだろうな。でないと残った王女達が可哀相だ。
それ位なら、庶民でも普通だろう。
「今年は無理でしょうけど、来年には一度訪ねたいと思っています」
「どうぞお越し下さい。娯楽施設を作ってますから、泳ぐ事もできるかもしれません」
「泳ぐと言えば、明日はカヌーで魚を獲ると聞きました。私達も様子を見に行って宜しいでしょうか?」
「どうぞいらしてください。皆で楽しんだ後は浜辺でバーベキューをする予定です」
たぶん、エミーが心配なのだろう。
「それでは明日に……」と俺達に告げて、帰っていった。
「今夜は別の寝室に泊まるわ。エミーを優しくね」
そんな言葉を俺に告げると、3人がリビングの端にある扉に消えていく。
このコテージって、いったいいくつ寝室があるんだろう?
テーブルでジッとしていたエミーを抱き上げて、ジャグジーに向かった。
服を脱がせると、下着を着けていない。
フレイヤの仕業か?
少し熱い位のお湯に2人で身を沈めた。
そして、2人だけの夜が始まる。
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次の朝。目が覚めると、半身を起こして辺りを眺めているエミーがいた。
後ろから抱きかかえて再びベッドに戻すと、シーツから顔を出し入れしている。
「どうかしたの?」
「何か変なんです。明るさが分るんです。今までこんな事はありませんでした」
急に視覚が活性化したという事か? だが、明暗が分るだけでは今までと同じに思えてしまう。
「昨夜は2人だけだったけど、これからは何人かと一緒になると思う。それは我慢して欲しい」
「私を選んでくれただけでも感謝しています。来年には神殿に巫女として入る事がほぼ決まっていましたから……。これからしばらくはローザとも一緒に過ごせます」
エミーを抱えて、ジャグジーに向かい、熱いお湯で体を洗う。
彼女の体を拭いてあげたところで、ベッド脇に用意してあったビキニを着せてあげた。
このサイズはレイドラだな。後礼を言っておこう。
2人でリビングに行くと、3人が俺達をジッと見ている。
フレイヤが俺の手からエミーを奪うようにして別の寝室へ向かった。
「どうだったの?」
「皆と一緒の良い娘さんだよ。ところで、レイドラ、ありがとう」
「今日は、魚を獲るわ。水着が無ければ可哀相」
「そうだったわね。夕方にはカテリナ博士が戻るそうよ。クリスとアデルは驚いてたわ。それで、リオに相談なんだけど……。新しい船が手に入ったら、今のヴィオラをクリスに渡そうと思うの。そして、ガリナムは完全な砲艦に改造しようと考えてるんだけど」
「良いんじゃないかな。それに、ヴィオラはヴィオラ騎士団の船だ。騎士団長の考えに俺は従うよ」
どんな形の船が手に入るか判らないけど、カテリナさんのことだからかなり変わった船になるだろう。
それがフラグシップなんだから、現在のヴィオラはクリスのガリナム騎士団に謹呈しても支障は無いだろう。
アデルの方には、戦機を優先的に配備させれば、3人の仲違いも生じないだろうし、フリーハンドで動ける小型の砲艦はそれなりに役に立つからな。
「ガリナム傭兵団はヴィオラ騎士団に吸収するかも知れないわ。あの傭兵団はクリスが作ったものよ。彼女の判断でそれが可能だわ。でも、アデルはそうもいかないの。
彼女のベラドンナ騎士団は歴史があるから……、いずれ袂を分かつ必要があるのよ」
ベラドンナがそれだけ大きいのはそんな理由なのかも知れないな。
戦機を得るのが悲願なんだろう。
今年は3機見付かったが、次の戦機が見付かるのは皆目検討も付かない。
だが、俺達から離れる時には2機くらいは何とかしてやりたいものだ。
「クリスがヴィオラに合流するのなら、戦機をアデルに譲っても良いと言ってるわ。少なくとももう1機、戦機を見つけたいわね」
ベラドンナとの同盟期間を過ぎても、姉妹関係を続けたいと3人は考えているようだ。
確かに、それが望ましいだろう。ヴィオラ騎士団の専用桟橋も使えるし、騎士団領となる中継点の使用も色んな手続きをせずに優先的に利用できるからね。
「俺はドミニクの考えるとおりで良いと思う。騎士団領になるから、その辺りの対応も考えなけりゃならなくなるけどね」
「そうね。それでアレクの上官だった元騎士を呼ぶことにしたの。ガレオンという父様の右腕だった人よ」
次に中継点に行ったら会えるのだろう。アレクの顔が見物だぞ。
そこに、フレイヤがエミーを連れて帰ってきた。
どうやら、メイクをしてきたらしい。素顔も十分綺麗だけど、メイクをしたら見違えるようだ。
「たぶん、ホールに皆が集まってる筈よ。リオも着替えてるわね。では、朝食に出掛けましょう」
フレイヤの言葉に俺達は席を立つ。
一日中海の上だから、サングラスと麦藁帽子は必携だな。エミーにはカテリナさんの帽子を被せると、エミーの手を取って桟橋を渡って行く。
たまに、海や空、そしてコテージを見ている。
明暗が分ると言っていたから、その違いを確かめているようだ。
ホールの朝食の場には、ローザ達や御后様達まで俺達を待っていたようだ。
簡単なサンドイッチと色とりどりのフルーツ。そしてトロピカルなジュースとコーヒーがある。
そんな朝食が俺達のテーブルに運ばれ、少し遅めの朝食を取る。
食事を終えると、エミーの所にヒルダさんが訪れる。俺は席を譲って、角にある喫煙所でタバコを楽しみ始めた。
ガタンっと音がした。
「何ですって!」
いきなりの大声に、全員がヒルデさんに注目した。
それに気付いたヒルデさんが周囲に頭を下げて、倒した椅子を戻して再び席に着く。
そして、周囲を見て俺に手招きをしている。
とりあえず、ヒルデさんの近くに別のテーブルから椅子を持って来て座った。
「何でしょう?」
「この子が明暗が分ると言ってるんだけど……」
「実は、今朝ベッドから半身を起こしてしきりに周囲を見ていたんです」
「この子は全くそんな事が無かったわ。カテリナ博士も諦めたほどよ。一体何があったの?」
別に何も無いよな。
普通の男女の営みだと思うぞ。
「特に思い当たる事はありませんが」
「そうよね。初夜ですものね。まさかそれが起因と言う事も無いでしょうし……。でも、私にとっては奇跡だわ。リオ殿にエミーを預けて良かったわ」
エミーが母親の話に真っ赤になってるぞ。
そんなエミーをハグしてヒルダさんは他の御后様のテーブルに帰って行った。
「すみません。取り乱したお母様をお見せしてしまって」
「それだけ、エミーを気遣ってくれるんだ。ありがたく思わなければね」
そこに今度はローザが現れた。
マスクにシュノーケルそしてベスト型のフロートまで装備している。
「そろそろ出掛けぬと、獲物が獲れぬぞ」
「そうだった。そろそろ出掛けようか? レイドラ準備は?」
「お弁当にジュースをクーラーボックスで受け取りました」
どうやら準備は全て出来たらしい。
後は、確か護衛の人が同行するような事を言っていたな。
近くのネコ族のお姉さんに聞いて見ると、既にコテージの下のカヌーに待機しているそうだ。
ホールの中ほどに歩いて、全員に出発を告げる。
すると、御后様達もその場でワンピースを脱ぎだした。下にはしっかりビキニを着ていたとは……。
まあ、カテリナさんのような過激な奴ではないのがせめてもの救いだ。
大きな麦藁帽子を被って俺達が入ってきた扉とは反対の扉に歩いて行く。
どうやら、そこに海への階段があるらしい。