042 動かせるのか?
ヴィオラとベラドンナが停船して、マンガン団塊の大型鉱床を採掘している。大型と言っても、100tw超える程度らしい。この惑星では200tを超える鉱床は鉄鉱石ぐらいなものだ。
リチウム含有量が高いらしいから意外と高値が付くんじゃないかな。
ヴィオラの護衛をアレク達に任せて、俺はガリナムと対になって進行方向の鉱石探査を引き続き継続中だ。
時速30kmの速度で調査すれば、ヴィオラ達が作業を終了するまでに200km程先まで調査する事ができる。
円盤機に探査装置を付ければ良いのだろうが、アクティブ中性子による分析装置は、この世界で作ると大型化してしまうそうだ。
「電力が足らないのよ。核融合炉クラスが必要になるわ」
そんな話をカテリナさんがしてくれたんだが、鉱石と分析装置の距離も関係するらしい。感度は距離の二乗に反比例するとのことだが、そうなるとアリスの分析装置はかなり精度が高いということになるのだろう。
『マスター。ムサシの指令言語に関する変換システムのプログラムですが……』
「ああ、どうなった?」
『階層構造の一部は可能でした。ですが、構造体の中にイメージに近い漠然としたものが含まれているようです』
「それって?」
『例えば、「敵を斬れ!」という命令と共に、走りよって斬るのか、その場で待って斬るのか、縦に斬るのか、それとも横に斬るのか、と言うような行動をイメージとして伝えなければならないようです』
「という事は、ムサシの状況を常に確認していなければ不可能だぞ!」
『マスターなら、出来ますよ。思考を分割して平行作業を行なえば良いのですから』
ちょっと待て、それは意識を2つ持つことにならないか?
意識と言うのは個人を特定するものであって、2つも3つもあったら、人格が分裂するような気がする。
『正確に言うならば、メインの意識体が複数のサブ意識体を統括するという形になります。リーダーに統括されたチームのような形ですね』
だが、全ては俺になるんだよな。そんなことが出来るのか?
「もう1つの手段としては、イメージを作り出せて、それを指示と一緒にムサシに送り出せる者を見つければ良いわけだな」
『そうです。ですが、ムサシの武装はカタナですよ。王女様のような一撃離脱の戦法は使えません。もし、可能であればカタナを自在に操れる人物が望ましいですね。素晴らしい働きを見せてくれるでしょう』
剣客クラスがいいってことなんだろうな。
だけど、この世界では長剣を持つ者はいるが儀礼用に近い。銃があるから淘汰されてしまったようだ。
『マンガン団塊鉱床確認。ガリナムに報告中。……ガリナム停船します』
どうやら次の鉱石が見付かったようだ。
ガリナムが詳細分析を始める中、アリスは周囲を旋回して鉱石の推定埋蔵範囲を確認する。
「さすがにアリスは優秀ね。かなりの埋蔵量みたい。ガリナムにいらっしゃい。コーヒーをご馳走するわ」
「ありがとうございます。それで、カーゴは改造できそうなんですか?」
「色々と問題があることが分かって来たわ。ブリッジの前に着艦して監視用デッキの扉から入って頂戴」
戦機を収納する為の改造を模索しているらしいが、俺としてはこのままのガリナムでいて欲しい。戦機を持つ傭兵団はいないらしいから、傭兵団を止めて騎士団を作ろうとしているんだろう。
戦機が2機もあれば格好も付くんだろうな。ガリナムに戦機が搭載できるまではヴィオラに預けてくれるらしい。
クリスの言葉通りに、ブリッジ前にアリスを着艦させて、砲塔を手に持つ形で固定すると、ブリッジの横に設えられた監視用デッキに向かって歩き出した。
デッキでは、俺に手を振っているクリスが見える。
「これで、後1つ鉱床が見付かれば今回の航行は終了だわ。念のためにガリナムがバージを1つ曳いてるけど、これは予備だからね」
そんな事を言いながら、前回俺が厄介になっていた士官室に案内してくれた。
既にコーヒーポットとマグカップが用意されている。
ソファーに腰を下ろすと、クリスが俺のカップにコーヒーを注いでくれた。砂糖はしっかり2杯半。ドミニクに教えてもらったのかな。
「どうぞ。あれから6時間では疲れたでしょう。ドミニク達は後2時間程で採掘を終えてこちらに向かうそうよ。巡航速度で来るとしても5時間は掛かるわ」
「まだ、戦機は運用出来ないようですね」
「この航行が終れば少し休暇が取れるわ。その間に改装するつもり。次ぎは甲板から昇降装置で艦内に入れるわよ」
「だとすると、75mm砲を2つは撤去しなければなりませんね。この艦のコンセプトが砲艦ですから、火力の低下は問題ですよ」
「少し頭が痛いところね。戦機が2機あれば、それなりになるんでしょうけど、まあ、追々考える必要があるわね」
そう言って、ソファーから腰を上げると俺の隣に腰を下ろす。
「フレイヤから奪おう何て考えは無いけど、ガリナムに来た時は私と一緒にいて……」
そう言って、俺をベッドに誘う。
ドミニクの銀髪も綺麗だけど、クリスの金髪も綺麗だな。意外と学生時代から2人で張り合っていたんだろうか?
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シャワーを浴びて再び衣服を整えると、クリスにブリッジから連絡が入った。
「ヴィオラがこちらに向かっているそうよ。後4時間で着くみたいだわ」
俺の顔を見て笑みを浮かべる。
俺がタバコに火を点けると、新しいコーヒーを作って別のカップに注いでくれた。
「先行して探索せよと、指示が来ているわ。1時間したら、先に向かいましょう」
「ええ、いいですよ。アリスのコクピットではタバコが吸えませんから、ガリナムでの休憩はありがたいです。美味しいコーヒーも飲めますし、クリスさんも美人でスタイルが良いですからね」
「お世辞でも嬉しいわ。そうね、次ぎも美味しいコーヒーを準備しておいて上げるわ」
「それと、ガリナムの出発は1時間程遅らせて貰えませんか? アリスで先行偵察を行なってきます。ヴィオラの方は円盤機がありますが、こちらはレーダーと目視が頼りですから」
「そうね。そうして貰えると安心だわ」
ゆっくりとコーヒーを飲み終えると、ソファーから腰を上げる。
「ありがとうございました。それでは、先行偵察に出掛けてきます」
「気を付けてね」
クリスも俺に続いて部屋を出ると、監視用テラスまで俺の腕を抱えて一緒に歩く。
アリスが艦を離れて西に走り去るのを手を振りながら見送ってくれた。
「高度100m。周辺の巨獣を調査」
『了解です。レーダーによる監視範囲およそ30km』
ガリナムから20km程離れると、高度を上げて周辺の偵察を始める。
上手く巨獣には遭遇していないけど、何時出て来るか分らないからな。
サインカーブを描くように時速300km近い速度で西に100km進んだ所で引き返す。
約束の時間は1時間だから、数十km先まで問題ないと言えばアリスの秘密はもう少し隠しておけるだろう。
ガリナムまで20kmになったとこで、地上滑走モードに移る。
ガリナムに並んだところで、前方の状況をブリッジに伝え、再び低速で鉱石探査をしながら西に向かって進んでいく。
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中継点を出発して8日目にバージが満杯になった。ガリナムの曳く予備のバージにも満載状態だ。
一路中継点を目指して進んでいるが、今度は途中で止まることが無いから3日で着くらしい。
夕食後に、待機所で酒を飲んでいると、いきなり艦内放送がレッドⅡを発令した。
着替えをする間も無くアリスに乗り込んでヴィオラの装甲甲板に出る。
「どうやら、一戦しないとなら無いらしい。3方向に巨獣がいるそうだ」
「円盤機は何してたの?」
「夜間交替の隙を突かれたらしい。北から小型のトリケラの群れ、距離は30km。東にチラノの群れ、距離40km、最後に南はイグナスらしいが、これを別のチラノの群れが狙っている」
「回頭して後方に避難と言う選択肢もありそうですが?」
「砂嵐が北から来ているそうだ。巻き込まれると厄介なことになる」
という事は、前に進むしか無さそうだ。だが、このまま進めばトリケラとチラノの間に挟まれそうな気がするぞ。
「若干進路を北寄りに取って、トリケラの群れを左に見ながら進む。俺達は近付くトリケラ対策をする。艦砲で群れを逸らせるとは言っているがやってみないと分らんからな。リオは王女様と一緒に右舷のチラノを頼む」
「了解じゃ。我1人でも何とかなりそうじゃが、リオがいれば十分過ぎるぞ」
グランボードを抱えたデイジーから、王女様が元気に返事をしてる。
結構危ないと思うんだけどね。あのグランボードから落ちなければ問題ないのかも知れないけど。
『マスター。ムサシの試験運用の許可を取り付けてください』
「出来るのか?」
『マスター次第です。出来れば今後の戦いがかなり容易になります』
「分った。ドミニクに相談してみる」
直ぐにブリッジに連絡を入れてムサシ投入を打診すると、ブリッジ内がなにやら賑やかになった。
「リオ君出来るの? ならば15分待ってくれない。大至急準備するから」
「稼動するなら、使って欲しいわ。さっきの連絡を受けたら母さん達が……」
「アリスは使えると言っている。俺も実戦での機動を見てみたいんだ。ダメなら、中継点に飾っておくしか無さそうだしね」
「リオ、出来るのか? かなり変わった戦機だし、お前達は甲板を降りてチラノを牽制するんだぞ」
アレクが心配そうに通信を入れてきた。
「大丈夫ですよ。ムサシも滑走出来ますから、俺達と一緒に戦えます」
16分が過ぎた。
余分に1分計上しておけば、カテリナさんに言い訳は出来そうだ。
「ムサシ、機動。ハンガーを出て昇降機で装甲甲板に移動せよ」
皆が装甲ハッチが開いた場所を見ている。
ゆっくりと上昇してきた昇降機には真っ黒な姿をしたムサシが乗っていた。
昇降機から降りると装甲甲板の上を俺のところに歩いてくる。
皆が戦機の体を捻りながら俺達を見てるのが分る。
素早く、俺達の任務を伝える。
牽制と俺達の危機に対処すること、そしてそれらを滑走状態で行う事……。
『ムサシが了解の信号を送ってきました。全周スクリーンの位置部をムサシの視覚に変更します』
ヘッドディスプレイのようにムサシがアリスを見ている画像が映し出された。
『マスターの意識体の下にもう1つの意識体を形成します』
突然、俺の中にもう1人の俺が現れた。
この俺にムサシを任せれば良いんだな。
俺の意識を汲み取ったかのようにもう1人の俺が了承するのが分る。立場が同等ではないんだな。主従の関係に思える。
「何とかなりそうだ」
『暴走した場合は、私が緊急介入しますから、マスターはもう1つの意識体にコントロールを任せても大丈夫ですよ』
「そこまではOKみたいだ。現在のコントロールはもう1人の俺が行なってる」
にぎにぎと両手を動かしていたムサシが背中のカタナを引き抜いた。
柄を2つ合わせて1本の棒のようにして小脇に抱えて前方を見るように位置を変える。
「リオが動かしておるのか? まるで誰かが戦機に乗っているように思えるぞ」
「今のところは大丈夫みたいだ。アリスを動かしながらちゃんと操れれば良いんだけどね」
「巨獣まで後15km。30分を切ってるわ。リオ、無理はしないでね」
ドミニクから連絡が入る。最後の言葉は俺だけに送られたものだろう。
アリスの前に立つムサシはジッと前方を見据えたままだ。