004 入団交渉
小部屋の装飾は額に入れられた陸上艦の写真だけだ。この艦とは少しシルエットが異なるから、この艦の前に使っていたものだろう。
「座って待っててくれ。直ぐに団長達がやってくる」
「林にいるよりは安心できますね」
そう言って座った俺を男が笑っていると、扉が小さく叩かれて2人の女性が入って来た。黒のコンバットスーツを着込んでいるから、体の線が丸見えだ。
ちょっと目のやり場に困ってしまう。
「あなたがそうなの?」
何がそうなのかは分からないけど、とりあえず軽く頭を下げておいた。
テーブル越しに俺の前に2人の女性が座ると、案内してくれた男が俺の隣に腰を下ろす。
また、扉を叩く音がする。
「失礼します」と言いながらネコ族の女性がトレイに乗せたコーヒーを持って部屋に入って来た。俺達の前にコーヒーを配り終えると、お辞儀をして部屋を出ていく。
「飲んで頂戴。採掘も終わりに近づいてるから、あまりご馳走は出せないけどね」
「頂きます」
砂糖ポットから角砂糖を3つカップに入れてゆっくりと口に含む。
一口飲んで驚いた。俺が普段飲んでいるコーヒーとは明らかに質が違う。騎士団とヤードで働いてた俺とでは、生活の質がまるで違うようだ。
「荒野で戦機と共に1人とは……。放り出されたのか、海賊達と一戦したのか、それとも単なるもの好きというところかしら?」
「たぶん後の方でしょう。この間まではヤードで仕事をしてましたからね。少しノイローゼ気味なところがあって荒野を彷徨っていた時に見つけたものが先ほどの戦機です」
女性2人がジッと俺を見ている。案内してくれた男は、苦笑いをしながらソファーの端に寄り掛かって俺を見ているようだ。
「信じられない話だけど……。そうなると、あなたはフリーの騎士ということになるわけね」
「騎士であるとは限りませんよ。そんな話は聞いたことがありません」
俺の話を聞いて、今度は2人で顔を見合わせている。あり得ないってことなのかな?
俺よりは年上なんだろうけど、体に張り付くような戦闘服を2人とも着ているし、コンテストで上位は狙える容姿の持ち主だ。このまま目の保養をしていられると良いのだが……。
「でも、あなたは戦機を動かした! それは騎士でないとできないことよ」
「そうなると、条件に付いて話した方が良さそうですね」
ん? 条件って何なんだ。
「お前さんが、俺達騎士団の仲間になるための条件ってことだ。俺の名はアレクサンダー、アレクで良いぞ」
驚いたんで顔に出てたんだろう。アレクが教えてくれた。
「俺の事はリオと呼んでください。騎士団ですか……」
騎士団は閉鎖的な集団だと散々聞かされている。代々特定の集団から仲間を募っているらしいし、その乗組員も家族や親族が多いとヤードのドワーフ達が教えてくれた。
小さく携帯端末の呼び出し音が聞こえる。
プラチナの髪をした女性が端末を取り出して手元に小さく仮想スクリーンを開いた。
誰かがメールでも寄こしたんだろうな。美人だから皆が放っておかないに違いない。素早く内容を読んでいたようだが、だんだんと大きく目が見開いていく。最後には口まで大きく開けて、呆然とした表情で俺を見ている。
隣の様子に気が付いて仮想スクリーンを覗いた女性はブロンド髪の持ち主だ。肩できちんと切りそろえているのが少しもったいなく思えてしまう。
同じように、目が大きく見開いたところで、俺に視線を移した。
「まさか! 本当なの?」
「質問の意味が分かりませんが?」
「ドミニク、俺にも分からんぞ? いったい何だというんだ」
アレクが女性2人に文句を言ってくれた。ドミニクというのはブロンドの美人の方だな。
気を取り直すかのようにコーヒーを一気に飲みして、アレクに顔を向ける。
「これよ。ベルッドから彼の戦機の一次調査結果が送られてきたの。あれは戦機ではないわ。……戦姫なの!」
「何だと! 戦姫は各王国に1機ずつ、それにまともに動かせるものなどいないはずだ」
アレクがテーブルに身を乗り出して、ドミニクの前にある仮想スクリーンを確認している。
そういえば、アリスが自分の事を戦姫だと言ってたな。開発シリーズではラストらしいが、試作機だとも言っていた。
「雇えるのか?」
「それは交渉次第でしょうね。……そうね、契約金は金貨3枚でどうかしら?」
ヤードでの給与は一か月で銀貨20枚、2000Dだった。衣食住で1500Dが無くなったから、500Dが手元に残るだけだった。
金貨なんて初めて見る代物だ。そんなに貰って良いんだろうか?
「もちろん衣類と住む部屋は保証するわ。食事は各自が支払うんだけど……。ひょっとしてお金を持ってないとか?」
「荒野に出る時に全て使ってしまいました」
「それなら、銀貨10枚を追加するわ。この艦内なら全てサインで済むから使うとしてもヤードになるでしょうね。嗜好品や娯楽品は生活部の事務所に申請すればヤードで手に入るわよ」
艦内では全てサインで良いってことか。欲しい物は別途調達できるなら。ヤードよりもいろいろなものが手に入るんじゃないか? 後は給与だけだな。
「給与はどうなるんでしょう?」
「一か月5,000D。士官待遇よ。騎士団内の部署と役割でバージ1台分の利益をボーナスにするの」
給与がヤード時代の約3倍で、服と部屋が支給されるならかなりの高給じゃないか!
少なくともヤード時代よりはるかにましだ。
「どうかしら?」
「契約と行きたいですね。このままでは荒野で獣の餌になりそうでしたから、ありがたい話です」
あらかじめ契約書が用意されてたんだろうか? プラチナブロンドの女性がタブレットをくるりとひっくり返して俺の前に置くと、先ほどの契約条件が記載されている。
間違いがないことを確認して手渡された電子ペンでサインをすると、ドミニク達が満足げな表情でバッグから小さな袋を取り出して金貨を3枚と銀貨を10枚重ねて俺に渡してくれた。
「これがヴィオラ騎士団の団員である印になるわ。常に着けておいて頂戴。これが同じくヴィオラ騎士団の騎士たる印である指輪になるわ。着けるのは左右どちらでも良いけど、中指に着けるのよ」
2つの品をバッグから取り出した。
ジゼル合金のブレスレットは銀色に光っている。1枚のプレートを鎖で繋いだようなブレスレットだが、プレートに装飾文字で書かれた文字は騎士団の名前なんだろう。あまりに装飾され過ぎて俺には読めないな。その文字の下に、横一列になっていくつかの金属片が埋め込まれている。偽造することができないドワーフ族の技という奴だろうな。
指輪の石はありきたりの黒水晶だが台座の周りには同じように小さな金属が埋め込まれているようだ。
この2つを持つ限り、俺はヴィオラ騎士団の騎士ということになるのだろう。
「あなたの戦姫は外部を調査しただけよ。分解なんてしないから安心して頂戴。……アレク、彼に部屋を案内してあげて。筆頭騎士なんだから、いろいろと教えてやってほしいわ」
「ああ、それぐらいはしないとな。ついでに仲間にも紹介しておこう」
アレクが立ち上がって俺の肩を叩く。席を立った俺が2人に軽く頭を下げると、2人の女性に片手を上げて挨拶したアレクに付いて部屋を出た。
「とりあえず部屋に案内するぞ。このフロアの1階下になる」
呟くように俺を見ることも無く話をしてるな。
「先ほどの美人が騎士団長なんですか?」
「そういうことになる。美人だが生憎と男に興味が無いようだ。プラチナブロンドが副官のレイドラで竜人族の末裔になる」
竜人族と言ったら、都市伝説によく出てくる種族じゃないか!
暗がりから突然姿を現すとか、誰もいない場所に向かって話をする娘なんていうのが定番なんだけどね。
「吃驚したろう? だが、ドミニクの幼なじみだから至って普通の娘だぞ」
「はぁ……」
安心したと同時に、ちょっとがっかりしたことも確かだ。
エレベーターで1階下がってホールに出ると、3方向に通路が伸びている。左右に向かう通路は緩やかな曲線で曲がっているが、船首方向に真直ぐに伸びる通路はかなり遠くまで続いているようだ。
「ここが2フロアある居住区の上階になる。船首方向に延びる通路の左右は全て個室だ。左右に伸びている通路の先には生活部の連中が根城にしている。ところで先ほどのブレスレットの番号はいくつだ?」
慌てて、左腕のブレスレットのプレートを見ると、右端に刻印番号が打ってあった。
「D-402とありますが」
「右舷になるな。下階の左右がA、Bでこのフロアの左がCになる。402というと……、ここだ!
中で着替えるといい。俺と同じ格好になれば十分だ。戦闘服がバッグに入ってるだろうから、それを持って船首にある展望室に来てくれ。仲間を紹介するぞ」
ブレスレットを扉にかざすように言われたので、かざしてみると扉が開いた。扉にノブが無いのが気になったけど、かなり自動化されているみたいだ。
通路を先に向かったアレクに片手を上げて礼を伝えると、向こうも片手を上げて答えてくれた。
部屋はさほど大きくはない、セミダブルのベッドが1つにライティングデスクだけだ。窓は1m四方の大きさがあるけど、開くことはできないようだな。花柄のカーテンが付いてるけど、誰の趣味なんだろう?
ベッドの上に、衣類が畳まれている。ベッドの反対側にクローゼットもあるみたいだから、俺が悩まないようにベッドの上に置いといてくれたのかもしれない。
衣類の隣に置いてある黒いバッグに入っているのが戦闘服なんだろう。
とりあえず着替えるか……。下着まで揃っているのが、ちょっと複雑な思いだが、着古したジーンズ生地の上下を脱いで新品の衣類に着替える。
下着の上にスポーツウエアのような生地の上下を着て、ツナギを着ればいいみたいだな。つなぎの色は黒になるのか。帽子まであるけど、アレクは付けていなかったから、船内では問題ないのだろう