039 艦内での引っ越し
翌日。いつもならぐっすり眠っているフレイヤが朝から起きて部屋の中を片付けている。そんなに散らかしてはいないはずなんだが?
「早いね。朝からお掃除かい?」
「おはよう。昨夜話してなかったわね。引っ越しするのよ。リオのお相手が増えたことになるのよね」
ん? クリスの事がもうバレてるのかな。
だけど、それほど起こっている様子もない。どういうことなんだろう?
「ドミニクやカテリナさんとも了承が済んでるわ。対外的な交渉にも使えるということらしいし、騎士のお相手が1人ということにはならないのは、私も母さんから言い聞かされてるわ」
余計に分からなくなったぞ。とりあえず、コーヒーを作ってその辺りの相談の成果をフレイヤに聞くことにした。
それによると、レイドラの男嫌いを俺でカバーしたいらしい。フレイヤ以外にドミニクが俺と一緒になるらしいが、それはカテリナさんの希望でもあるとのことだ。ドミニクが俺と一緒になる条件として提案したのがクリスを伴うということらしい。
とんでもない話だが、フレイヤは今までとそれほど変わりがないと割り切っている。この世界の女性は独占欲が無いんだろうか? それも少し気になるところだ。
「それで、見掛け上は4人がリオの相手になるわ。とは言っても、ドミニクとレイドラは今まで通りの関係を保つらしいから、リオがドミニクを相手にするのはそれほどないはずよ。クリスは私にはあまりよくわからないけど、ドミニクの話では周囲に迷惑を掛けることはしないと言っていたわよ」
これでアレクの大笑いは確実だろうな。
フレイヤは何も言っていないが、カテリナさんだっているんだぞ。まさか娘をダシに使ったわけじゃないんだろうが、とんでもない女性であることは確かだな。
「それで、新居はどこに?」
「操船楼の会議室を潰してベルッド爺さん達が作ってくれたわよ。火器管制部局に近いし、ドミニク達の運行部局も近いでしょう?」
俺の待機所が一番遠くになるんだな。だけど、皆忙しい身の上だから、今までとあまり違わないかもしれないな。
半ば諦めるような形で、俺も荷物を整理することになった。元々荷物も少ないから直ぐに終わってしまったんだが、慣れた部屋から移動するのは少し寂しい気がする。
トランクをゴロゴロと押しながら通路を船尾に移動してエレベーターで上階に向かう。会議室は操船楼の操舵室の反対側だ。会議室と銘板がドアに張ってあったんだが、今は前の部屋の番号が一回り大きくなって表示されていた。
「ここ?」
「ここよ。さぁ、ドアを開けて!」
会議室だったはずだが……。扉を開けると、今まで住んでいた部屋よりも少し広い部屋があった。
奥に大きめのソファーセットがある。3mほどの通路がそこに伸びているのは、左右にクローゼットが並んでいるためだ。
奥のソファーに向かって歩くと左右に部屋が広がっている。左手は寝室のようだが扉は無いようだ。奥にドアがあるのが気になるところだな。右手に通路が伸びていくつかドアが付いている。
「こっちがドミニク達の部屋になるわ。私の部屋はクリスと共用よ。初めて会うことになるけど喧嘩することはないと思うわ」
「俺の部屋は?」
「ここでしょう?」
そうなるのかなぁ。俺のプライベートが無いに等しい。
ソファーに腰を下ろすと、直ぐ横に大きな窓があった。眺めがいいから暇な時にはこの場所を定位置にしよう。
ところで、俺の荷物はどこに置けばいいんだろう? 入り口近くのクローゼットを開けて何やらやっていたフレイヤがコーヒーカップを持って現れた。どうやらシンクが中にあるようだな。
「リオの荷物は寝室のクローゼットに置いておけばいいわ。ベッドも広くしたから、落ちることはないと思うけど」
少しはフレイヤの寝相の悪さから解放されそうだ。そうなると、寝室の奥にあるドアが気になるな。
「あれはサニタリーよ。小さいけどシャワー室が付いてるの」
「水は貴重じゃないのか?」
「数ℓなら問題ないでしょう? 今までもシャワーは使ってたはずだから、水の消費量はそれほど変わらないんじゃない」
言ってることは正論だが、シャワーを個人で使うのは問題だと思うな。ひょっとして新たな貯水槽を増設したんだろうか?
俺達がコーヒーを飲んでいると、ドミニク達が荷物を運んできた。とりあえず着替えを持って来たらしく、何度か荷物を運びこむと話してくれたんだが、直ぐに出て行ったんだよな。
やはり名目を優先したいということなんだろう。
夕食を食べたところで、フレイヤとワインを楽しんでいるとドミニク達がクリスを連れてやって来た。
ドミニク達がテーブル越しにソファーに座るのを見て、フレイヤが席を立ってクリスに部屋を案内している。
フレイヤより少し年上になるけど、世話好きなのがフレイヤの良いところだ。
「どう? 気に入ったかしら。あまりお相手はできないけど、私達もリオの部屋の住人になるわ」
「団長をよろしくお願いするわ。私の存在は無視してもいいわよ」
レイドラの男嫌いは本当らしい。だけど俺の部屋にいるということは世間的には普通の女性とみられるということなんだろうな。
「あまり協力はできないけど、よろしくお願いします」
「本来なら、筆頭のアレクを色々と使わないといけないんだけど、あの通りでしょう? リオに期待してるわ」
たとえ名目的な関係でも、世間的には通用するということなんだろう。ドミニクの狙いはそれなんだろうな。
でも、俺の隣に腰を下ろしたクリスは違うはずだ。いきなり俺の顔に手を掛けて自分に向かせてキスするんだからな。
俺の隣に腰を下ろしたフレイヤの表情が一瞬こわばったに違いない。サンドラとシレインみたいな関係になるんだろうか? 先が少し心配になってきた。
「いい部屋ね。あまり使うことはなさそうだけど、たまには寄らせていただくわ」
「そうなると、今までとあまり変わらないと?」
「そうね。そんなに変わらないはずよ。でも、リオが1人になることはあまりなさそうだわ」
ドミニクの話では、常にだれかが俺の隣にいるってことになるのか?
かなり問題だと思うんだけど、それに俺にだって少しは自由になりたい時があるんだよな。
「それじゃあ、私はこれで。これで中継点に戻る楽しさができたわ」
俺をハグしたところで、クリスが帰って行った。ガリナム傭兵団は将来的にどうなるんだろう? ちょっと考えてしまうな。
「私達は会議に出て来るわ。遅くなるから先に寝ててもいいわよ」
「中継点の経営については、専門的な集団を作るのが一番なんですが、今のところは私達で対応を考えないといけません」
騎士団だけでなく、中継点の工事状況も確認しないといけないとは、ドミニク達もご苦労なことだ。
コーヒーを飲んだだけで2人とも出て行ったから、残った俺達は互いに顔を見合わせてしまった。
こんな暮らしがこれから始まるんだろうか? 色々と気を使いそうな感じもするな。
だけど退屈だけはしないで済みそうだ。
「ところでアレク達は知ってるのかな?」
「私が教えてあげたわ。大笑いしてたわよ。まったく困った兄さんなんだから」
なんとなくアレクの笑いがここまで聞こえてきそうな気がする。
夜も更けてきたところで、フレイヤとシャワーを浴びることになった。温風を使った乾燥機まで付いているとは……。おかげで、シャワー室から直ぐにベッドに入れるぞ。
・
・
・
ふと、目を覚ます。
誰かに呼ばれたような気がしたんだが、フレイヤは深い眠りの中だ。
静かにベッドから離れると、腰にタオルを巻いてソファー向かった。
昨夜のワイングラスを片付けると、クローゼットの中にある冷蔵庫からビールを持ちだしてプルタブを開ける。。
一口飲んでもう一度考えてみる。
気のせいではないような気がするんだが、夢でも見たんだろうか?
窓から眺めるホールは獣機や重機が動き回っている。24時間工事が行なわれているみたいだ。
ウエリントン王国としても、この位置に設ける中継点の重要性は理解しているんだろう。何と言っても、戦姫を防衛用として配備する位だからな。
『マスター、起きていたのですか?』
「ああ、誰かに呼ばれたような気がしたんだ。たぶん夢でも見たんじゃないかな」
『それですが……、例の戦機から数分前に電波が発信されました。カテリナ様達が大騒ぎです』
「俺への呼びかけなんだろうか?」
『現状では推定出来ません。可能性は高いですが、他にも気が付いた者がいる可能性があります。少し事態の推移を見守る必要があるでしょう』
「数日はこの場で休息らしい。その間、あの戦機の情報を見ててくれ」
アリスは『了解です』と言って俺との交信を終えた。
ひょっとして、無指向性の電波を放ったという事か? 特定の電波を放って、それに応答すればその者があの戦機を動かせるという事になるのだろうか?
となれば、今後定期的に電波を放つだろうし、その強度を上げる事も考えられる。
誰かが答えられるだろうか? それとも、俺だけなのか……。
ここは、しばらく様子を見守っていた方が良いのかもしれない。
折角起きたのだから、戦機の状況を見ながら一服を楽しむ。
端末でスクリーンを展開すると、ブリッジの情報ファイルから戦機の調整を行なう区画の画像を開いた。
画像現在の時刻が表示されているから、リアルタイムの映像らしい。
通常の戦機はベレッドじいさんの監督の下で10人程のドワーフが戦機から鉱石を取り除いている最中だった。
それが終ればコクピットを解放して動力炉の状態を確認するんだろう。胸の周辺に小型の振動ドリルを持ったドワーフが3人ほどその作業を行なっている。
無人の戦機は、どうやら鉱石を取り除く作業は終了したらしい。
カテリナさんが次々と彼女の助手達に機材の配置や、取付けを指示している。
時折、隣の娘さんと自分の目の前に展開した沢山のスクリーンに目を向けている。
さっきの電波の原因を探っているのだろうか?
まあ、明日になれば少しは分って来るだろう。
タバコを消して、残りのビールを飲み干すと、スクリーンを消してベッドに向かう。
ベッドの端に移動していたフレイヤを転がすようにして抱きかかえたが、かなり深く寝入っているようで反応が無いな。ちゃんと朝に起きれるのだろうか?
そんな事を考えながら2度寝を楽しむ。
次の日、俺が起きると隣にフレイヤがいない。
ベッドから半身を起こして部屋を見回すとベッドの脇にあるドレッサーにフレイヤが背を向けて座っている。
どうやら、メイクアップの最中らしい。素顔でも美人なんだけどね。彼女達にとってメイクは服と同じ感覚なんだろうな。
「あら、ようやく起きたの。シャワーを浴びてらっしゃい。服を着たら食事に出掛けるわよ」
フレイヤに促がされて、シャワー室で軽くお湯を浴びる。いつもの服に着替えたが、そう言えば私服も許されてるんだよな。後で、ラフな服装を注文しておこう。
フレイヤの待つリビングに向かうと、ドミニク達も揃っていた。3人を連れて食堂に出かける。
ドミニク達はいつもの戦闘服だ。これは何とかしなければなるまい。
時間は俺達にしては珍しく8時台だ。食堂はさぞかし混んでるだろうなと思っていたが、半分ほどだな。
艦首付近のテーブルでウエイトレスに朝食のセットを頼む。
朝食セットにはマグカップのコーヒーが付くからお得な感じがする。
コッペパンを縦に切って、野菜やハムそしてスクランブルエッグが、これでもかって感じに入っている。
かなりのボリュームだけど、パンは柔らかいし、コーヒーは俺好みだ。スプーン2杯半の砂糖を入れると丁度良い。
フレイヤは砂糖をあまり入れないし、ドミニクはストレートなんだけど、互いに好みをとやかく言う事はない。
「これから、カリオンとベラスコに転属を指示するわ。同盟関係の期間だけどね。さらに戦機が見付かれば、1人ずつ戻せば戦力的なバランスを維持出来るわ」
「一応、アレクには伝えておきました。たぶん、アレクから内示の形で知らせているでしょう」
「ありがとう。助かるわ」
ドミニクがコーヒーを飲みながら言った。
「それじゃあ、ヴィオラには兄さん達とリオだけになるの?」
「そうなるけど、採掘航行は3隻で出掛けるから、何かあれば一緒だよ。それに、王女様も一時的に、ヴィオラの乗員になるようだし……」
「それが、頭の痛いところなの。扱いはリオに任せるけど、手を付けちゃダメよ」
ドミニクの言葉にフレイヤも頷いている。
食堂を出ると、ドミニク達はブリッジに出掛けた。俺達は自室に引き上げて、のんびり過ごす事にした。
「ベラドンナには戦機の収容施設が無いでしょう。当初の休息が少し伸びそうだと言っていたわ」
「そういえば、半数に休暇を出したよね。俺達の休暇って何時になるんだろう?」
「次の航行が終ってからじゃない。パージを全て300tに替えたし、曳く数も3隻で10台よ。王女様は100人程乗船可能な高速艇の定期便を申請しているみたいだわ」
高速艇は船と言うより飛行機に近い。
大型旅客機ほどの大きさの動体に3基の反重力装置を並べ、左右の短い翼に付けられた電動式のプロペラで進む。
時代錯誤に感じたけれど、地上300mを時速300kmで飛行出来るから、巨獣の心配はまるで無い。
但し、反重力装置を駆動する為に大型の水素タービンエンジンを2つも積んでおり、その燃料タンクも大きいから機体の半分位にしか人や荷物を乗せられないのが難点だが、機体の1.5倍の面積があれば、垂直離着陸が可能と言う事も嬉しいところではある。
「ホールの上の尾根を削って離着陸場を建設中みたい。運用は中継点の管理事務所が行なうから私達は利用するだけなんだけどね」
「出来てから纏めて休暇を楽しもうか。だけど、今度は5人だぞ」
「その辺は妥協しましょう。計画は私に任せなさい」
そう言ってくれるのはありがたいが、また出費がかさんでしまうな。
フレイヤがコーヒーを作りにソファーを離れた所へレイドラが戻って来た。
俺から離れたソファーに腰を下ろしたところへ、フレイヤがコーヒーカップを持ってきてくれた。
「おもしろい情報はあった?」
「新たな情報としては、カテリナ博士が、無人戦機の電脳と接触を試み始めたらしい。というのがあります。王女様達の乗船は次の航行開始直前と言う連絡がありました」
俺達が帰ってきてからだいぶ経っているけど、カテリナさん達はちゃんと睡眠を取っているのだろうか?
バイオ工学については権威者なんだから、その辺の管理に抜かりは無いだろうが、ちょっと心配だな。




