036 戦機が2機
俺が目を覚ましたのは数時間後だった。アリスに茂みを見つけてもらい、しばしの休息を取ることにした。まだ夕暮れには時間がある。
茂みから焚き木を取って焚火を作ると、ポットでコーヒーを沸かす。
出掛けに手に入れたお弁当は野菜サンドだ。焚火で炙ってコーヒーと一緒に頂いた。
タバコに焚火で火を点けてゆっくりと味わう。
アリスのコクピットでは無理だからな。下に降りる僅かな休憩がタバコを楽しむチャンスになる。
2本ほど吸ったところで、残りのコーヒーを飲むとアリスのコクピットに納まった。
再度、探索の始まりだ。
「通信はあった?」
『ありませんでした。こちらからは、ヴィオラとの距離1,000kmを超えていますから直接交信は出来ません。ガリナムを中継する事で交信可能です』
「ガリナムに巨獣追跡継続中と送信。その後に前と同じように2時間前の位置を追加してくれ」
『了解です。探索を継続します』
ゆっくりと東西にアリスが移動するからたまに巨獣が生体探知レーダーに引っ掛かる事もある。だが、夕暮れ時だしこれから暗くなるから、そんな時には上昇してやり過ごす。
どちらかと言うとガリナムの方が心配だが、あちらは探査はしていないから最大速度でこっちに向かっているはずだ。巨獣の探査はブリッジの上にあるレーダーで20km近く行なえるんじゃないか?
緊急通報を俺達にしてこないところを見ると、順調に進んでいるんだろう。
『私達は探索モードで進んでいますから、直線距離に直すと時速30kmほどになります。ガリナムが最大船速で移動しているとすれば、明日には会合出来る事になります』
「となると、日付が変わった辺りで、1時間前の位置を送っておいた方が良さそうだな」
『ですね。次ぎは日の出時間に、30分前の情報を送信します』
単調な探索を継続して朝を迎えた。日が昇る前に一旦上昇して、周囲に異常がないことを確かめたところで、アリスを降りて小休止を取る。
買い込んでおいたコーヒーのボトルを開けて、一服しながら飲む。
やはり、コーヒーが一番だな。少し甘味が足りないのが難点だけどね。まぁボトルだから贅沢は言えないけれどね。
20分足らずの休憩を終えると、再びアリスを探索モードで荒地を進ませる。
『ガリナムから入電です。「現在の位置知らせ」以上です』
「そろそろ会合かも知れないね。今度は現時点の位置で良いよ」
『送信完了。……入電です。「距離約120km。ガリナムとの会合を要請」以上です』
そこまで近づいていたか。
「ガリナムの返信してくれ。『現在地で待つ』以上だ」
『ガリナムに返信。……ガリナムから了承の連絡がありました』
一旦休憩出来そうだな。
アリスを停止させてしばらく時を過ごす。アリスの手に乗って一服をたのしんでいると、3時間も掛からずに北北東から砂塵を上げて驀進してくるガリナムを肉眼で見ることができた。
やって来たガリナムの装甲甲板に飛び移る。
ガリナムにはカーゴスペースはあるが、昇降装置は付いていない。ブリッジの近くに移動して、振り落ちないように75mm長砲身砲の砲塔をアリスがしっかりと持って座り込んだ。これなら、少し位の振動や旋回で振り落とされる事は無いだろう。
ブリッジからの指示に従ってアリスから降りると、砲塔の点検ハッチから船内へと入りこんだ。
直ぐにブリッジに案内されると、傭兵団長のクリスが出迎えてくれた。
「ご苦労様。疲れたでしょう。食事を用意したわ。その後は部屋で休んで頂戴。それで、現在の状況は?」
「反応が3割ほど上昇しています。前回の時は埋設箇所で一気に上昇しましたから、まだ何とも言えません」
「しばらく先になりそうね。これからは12時間の調査と8時間の休憩で対応してくれないかしら」
「それ位なら問題なく対応できます。食事と寝る場所はよろしくお願いします」
15m四方の小さなブリッジだ。数人の当直で対応しているみたいだな。
俺が休んでいる間は、速度を落として探索を継続するんだろう。例え時速20kmでも俺が休息を取っている間に120kmは進める筈だ。
久しぶりに暖かい食事を味わって、シャワーを浴びる。
士官室らしい部屋のベッドに入ると、直ぐに眠りに付いたようだ。
翌日。食堂兼休息室でガリナム傭兵団員と一緒に朝食を食べていると、マグカップを手にテーブルの向こう側にクリス団長が腰を下ろした。
「ヴィオラから比べると小さいけれど、食事はいけるでしょう?」
「そうですね。美味しかったです。一服して出掛けますが、アリスに状況を伝送して頂けると助かります」
「それは、既に手配済みよ。ドミニクにも言われてるわ」
そう言って、腰に付けた小さなバッグからタバコを取り出すと火を点けた。
ここは食堂だけど……良いのかな?
まあ、俺も食事が終ったところだから、ここでタバコが楽しめるならありがたいけどね。
俺もタバコを取り出したのを見たんだろう。ネコ耳の少女が灰皿を持ってやって来た。
「食堂では1本までにゃ。後は待機所に行くにゃ」
そう言って去っていったが、団長にそんな事で良いのか?
「私の艦は、皆自分の仕事に誇りを持ってるの。誰が相手でもその態度は変わらないわ」
例え騎士団長であっても、この場にいる限りお客の1人って事なのか? それはそれで素晴らしいけど、何か問題が出そうな気もするぞ。
「で、貴方はどう思うの?」
「俺ですか? そうですね。何となくって感じです」
俺の答えを聞いて面白そうに俺を眺めている。
「ドミニクのお気に入りでなければ、家に欲しいところね。でも、諦めましょう。反応値は4割までに上昇してるわ。急激な上昇だから、今日か明日にはと皆が期待してるの。頑張って頂戴!」
「前の時は、指数関数的に上昇しました。そして超レズナン合金反応が出ました。合金反応は未だですよね?」
俺の言葉にクリス団長が頷いた。
まだ、ハッキリしないということだな。閃デミトリア鉱石反応が上昇せずに途絶えてしまうと言う話は、アレクに聞いた事がある。
だが、今回は鉱石反応が確認された時点より4割ほど反応値が上昇している。
戦機が発見される確立は高いんじゃないかな。
「上手く行けば今日中には見付かるかも知れません。行って来ます!」
クリス団長に出発を告げて、食堂を出ると装甲甲板下部の通路を目指す。装甲甲板に並んだ砲塔の基台に設けられた開口部を開けようとしていると、慌てたように靴音を響かせてクリス団長が走って来た。
振り返った俺をいきなりハグすると、首筋に唇が触れた感触が伝わる。
「頑張ってね。これはお呪いよ!」
耳元でそう告げると、俺を解放してくれる。小さく頷いて砲塔内に入る俺に片手を振ってくれる。
75mm長砲身単装砲塔は思ったよりも小さい。自動化されたものだから点検スペースがあるくらいだけれど、このスペースで点検出来るのは小柄な連中だけだぞ。
まあ、ドワーフ族は確かに俺の胸位の背丈だから、これで良いのかもしれないけれど、人間には狭すぎるな。
やっと外部への出口に辿り着いて、装甲甲板からアリスに搭乗する。
アリスが立ち上がった時に全周スクリーンの後見ると、ブリッジの窓から手を振るクリス団長達が見えた。
アリスが後を向いて片手をブリッジに上げると同時に跳躍する。
反重力アシストでの跳躍だからガリナムの受ける衝撃は小さなものだ。
『ガリナムより探査データ受信。8時間でかなり上昇しています』
「超レズナン合金反応にも注意してくれよ。これまでと同様に探査しよう。左右の振れ幅は100mで行こう」
『了解です。探査開始します』
アリスが地表を滑るようにして閃デミトリア鉱石の痕跡を辿る。 俺達の後ろ3kmをガリナムが追尾しているようだ。
アリスの探索速度は現在直線距離換算で時速35km前後だ。ガリナム単体で行なうより1.5倍以上速度を上げられる。
『閃デミトリア反応、当初の10倍に上昇。これより探索範囲を狭めます』
アリスが左右の振幅を狭める。結果的には速度が上がる事になる。
「ガリナムの現在の速度では探査機が機能しないだろう。10分ごとに情報を送ってやってくれ。向こうも安心できるだろう」
『了解です』
昼過ぎに反応が15倍に達した。
そして、夕暮れに近い時間……。
『閃デミトリア反応急激に上昇……超レズナン合金反応です!』
「見つけたか!」
『座標確認。ガリナムに伝送終了』
急速に、ガリナムが近付いてくる。
その装甲甲板に飛び乗ると、ブリッジ近くにアリスを固定する。
アリスが伝送した座標位置にガリナムが停止すると、舷側のシュートから獣機が10機飛び出して採掘機を組み立て始めた。
『戦機を確認した模様。発掘に数時間掛かるようです。現状待機を指示しています』
「了解と答えてくれ。この状態で巨獣に襲われたくないからな」
ガリナムのブリッジでは長い時間に感じるだろうな。この状態で周囲の状況監視が出来る範囲は精々20km程度だ。
巨獣の突進速度は時速40kmを超えるから、逃げる時間は30分を切ってしまう。
「どうやら、周囲50km前後を周回して偵察した方が良さそうだな。ブリッジに連絡してくれないか?」
『了解しました。……直接交信可能です。相手はクリス様です』
「お願い出来る!」
「了解した。直ぐに出発する」
短い交信を終えてアリスがガリナムの装甲甲板から跳躍して一路南に進む。
20km進んだ所で、ゆっくりと周回しながら少しずつガリナムからの距離を取る。
『マスター、探査コースの延長にもう1つ反応があります』
「それって、戦機がもう1機あるという事か?」
『可能性は高いです。ただ、超レズナン合金反応が全くありません。閃デミトリア鉱石反応は現在発掘中の反応値の2倍を超えています』
「他の金属反応を調べてくれ!」
数秒程その場に留まったアリスは、座標を確認すると当初の目的である周回監視を始めた。
ガリナムのレーダー範囲を超えているから高度を30m程に上昇させて監視を継続する。高度を上げることで監視範囲を20km程に広げられるからな。
1周するたびにガリナムに以上無しを報告していれば向こうも安心できるだろう。
『先程の反応地点ですが……、重ゲルナマル鋼の反応があります』
「それって、巨獣の牙と同じなんじゃない?」
『そうですね。また違ったタイプの戦機なんでしょうか?』
アリスも戸惑ってるな。
これは是非とも発掘したいものだ。
夜半過ぎにガリナムから戦機の収容が出来た事を知らせてきた。
急いでガリナムに戻ると、既に回頭を終えている。たった一つ曳いてきたパージには戦機が納まっている。
ブリッジ付近に直接降り立ったアリスが通信回線をブリッジに繋いだ。
急いでもう1つの座標の話をすると、ブリッジが驚いているようだ。
「その話は本当なの!」
「あぁ、間違いない。戦機かどうかは分らないんだが、この場所よりも反応値は高いんだ。驚く事に重ゲルナマル鋼の反応がある」
突然、ガリナムがゆっくりと進みながら方向を変える。
俺の告げた座標にラウンドシップを動かすようだ。
何が飛び出すか分らないけど、戦機があるならそれに越した事はない。
そして、再び発掘作業が始まる。
俺達は前と同じように20kmを周回しながら巨獣に備えた。
2回ほど小さな群れが接近してきたがガリナム方向には移動せず、俺達の哨戒範囲の一部を横切っただけのようだ。
発掘作業が終了したのは、次の日の昼近くだった。
やはり戦機なのだが、装甲が変わっている。拠点に持ち帰って詳しく調べる必要があるらしい。