035 巨獣が恐竜とは限らない
5日後に定期便が到着した。
大型のバージ5台に資材を満載にしてホールへと入ってくる。これで、桟橋工事も捗るだろう。
俺達のラウンドシップに騎士団員が戻ってきたところで、6台のバージを曳いて、鉱石を採掘に出発した。
王女様は今回は一緒には来ないようだ。
まあ、中継点の防衛が任務だからな。近場でグランボードの練習に励むんだろう。カテリナさんがいるから、その辺の調整や検査がまだあるのかもしれない。
今回は探索と防衛に専念するつもりのようだ。真中のベラドンナが300tバージを2台、ヴィオラが4台曳いている。
ガリナムはガンシップに徹するようだ。1台ぐらい曳いてもいいんじゃないかな。
拠点を出ると一路南に進路を取る。翌日の昼過ぎになって、西に進路を変えると3隻が横に並んだ。これで横200m程の範囲で地下のマンガン団塊を探査できるようだ。
ヴぉイオラ1隻では100mにも満たない範囲だから効率は上がるだろう。時速20km程の速度で進み、地下20mまでの鉱石分布を調査して行く。
そんな光景をベッド脇に展開したスクリーンを見ながら、フレイヤと一緒に眺めている。
艦内警報が出ない限りここにいられるようだ。
「戦機が見付かると良いわね」
俺の下になりながら、頭を俺の耳元に押し付けるようにしてフレイヤが聞いて来た。
「あれは、滅多に見付からないよ。戦鬼だって良く見つけられたものだと思ってる」
そう言った俺の背中にフレイヤの爪が立つ。かなり痛いけど、ひょっとして血が出てるなんて事は無いよな。
背中に食い込む爪に力が無くなると、フレイヤの隣に体を投出した。
まだ、船窓の外は夕暮れに染まっている。
もう少しこのままで時を過ごそう。
フレイヤが俺に向きを変える。
「お腹が空いたわ」
「そろそろ夕食に出掛けようか?」
2人でシャワーを浴びると着替えを済ませ。食堂へと向かう。
時間は19時過ぎだから、食堂は混んでるな。
適当に相席を見つけるとネコ族のウエイトレスを呼んで、夕食の注文をする。
今日のお薦めはシーフードスパらしい。定期便が運んで来たからこんな食事も出せるようだ。
小さなワイングラスとサラダ付きだからお得なんだろうか?
値段はともかく、味は良いな。2人で24Lはちょっと高めだったが、たまになら問題はない。
食事を終えると、待機所に向かう。いつものメンバーが酒を飲んでいる。とりあえず片手を上げて皆にに挨拶したところでソファーに腰を下ろした。
「食事を終えたのか? まあ、座ってくれ。良い酒が手に入った」
アレクの言葉に、サンドラが酒のグラスを俺達の前に並べる。一口飲むと、結構きついが鼻からアルコールの抜ける感覚がある。そしてほのかな香り……。樽の木の香りだろう。となると、相当な値段に思えるな。
「兄さん。けっこうしたんじゃない?」
「まあな。3本で1500L。たまには良いと思うんだが」
「それで、農場を継ぐ決心は出来たの?」
「あれは、レイバンに譲る。ソフィーはたぶん騎士団に入るだろう。俺の近くに置いておけば悪い虫を追い払えるからな」
自分が一番悪い虫だとは思わないようだ。
とは言え、末の妹だから大事にしたいってのは、何となく理解出来なくも無い。
「ところで、艦内放送を聞ましたか? エルトニア王国に上陸したスコーピオはかなりの被害を与えたそうですよ」
ベラスコがチビチビと酒を飲んでいる。
相変わらずタバコを咥えてるけど、何となくおしゃぶりに見えてしまうんだよな。
スコーピオって言うのは、この間の大型サソリの名前だ。
王国軍が撃退していたようだが、上手く殲滅出来なかったらしい。
「あのでかい奴だな。あんなのが来るんじゃ堪ったもんじゃない。だけど大型艦砲の炸裂と獣機が群がっていたような画像を見たぞ」
「スコーピオの全長は30mで体重はおよそ100tだ。だが、大きいのは50mを軽く越えるし、体重は200t近くにまで上がる。そして体表面をおおう外骨格は厚さ100mmを超える複合装甲版に等しい。120mmのAPDS弾を弾くぞ」
倒すには200mmを超える粘着弾で外骨格の内側にダメージを与えるか、300mm以上の砲弾の直撃を与えないと無理らしい。
獣機が群れるのは、サソリの顎の中に炸裂弾を叩き込むのが狙いらしいが、サソリのハサミに捕まれば簡単に動体が2つに分かれるということだから、近づかなないに限るな。
「陸上戦艦を全て出動させたらしいわ。隣国のナルビク王国の戦艦も応援に駆けつけたらしいわよ」
「で、俺達への影響は?」
「獣機の製作に必要な金属が値を上げている。特需ってやつだ」
酒を飲んでいたカリオンがぽつりと告げた。
特需ってのは悪く無いな。少なくとも俺達に直接係わらない場所での戦だ。3隻の騎士団長達もそう思っているに違いない。
そんな時、ヴィオラが大きく旋回を始めた。
何か見つけたらしい。待機所の獣機士達が一斉に扉に走って行く。
「私も、管制室に待機みたいね。この間の嵐で巨獣達がうろついているかも知れないから、兄さん達もあまり飲まないでよ!」
そう言ってフレイヤが立ち上がって待機所を出て行った。
「全く、いつも小言ばかりだな。まあ、悪気は無いんだ。ちゃんと可愛がってやれよ」
「慣れました。フレイヤは良い娘ですよ」
アレクの言葉に俺が答える。
そんな返事がおもしろかったのか、両脇の2人を抱えて笑っている。
「でも、美人ですよね。俺もそんな彼女が欲しいです」
ベラスコの独り言にさらにアレクが笑い声を上げた。
「そう嘆くな。……良いか、俺達機士の遺伝子は貴重だ。まして現役となれば尚更にな。その内、お前のところにも何人も訪れるさ。だが、精々2人にしとけよ。でないと……カリオンのようになる」
ん? 初耳だぞ。
カリオンって寡黙だけど、そんなことがあったのか?
「付き合っていたのは3人だ。養育費で手一杯だよ」
ポツリと呟く言葉には重さがあるな。一体何人の子供を作ったんだろう?
「程々にします。リオさんはどうなんですか?」
「俺の方は、何とか出来そうだから心配はいらないさ」
でもカリオンの意外な一面を知ったぞ。頑張って稼いで、仕送りしてあげるんだな。
シレインが採掘風景をスクリーンに映した。
そこに映し出されたのは採掘を始めた獣機達だ。20体を超えているから2機の獣機が指図しているようだ。
たちまち掘削機が設えられ、掘り出されたマンガン団塊がベルトコンベヤでバージに運ばれて行く。
それが終ると2基目の掘削機の組み立てが始まった。
全部で3基を使うらしいから直ぐに鉱石は掘り出されてしまうな。
サンドラがスクリーンを切り替える。
今度は周辺の画像だ。円盤機が100kmの範囲を偵察しているから、巨獣がまぎれ込んでも直ぐに対応出来る。
「しばらくはお休みね。いつもこうだと良いんだけどね」
サンドラがグラスにのこった酒を飲みながら呟いた。
俺も部屋に帰ってのんびりとしよう。皆に別れを告げて、部屋に戻る。
コーヒーを飲みながら、王都からの土産である新しいDVDを楽しもう。一応、ヴィオラの映像ライブラリーとして購入したようだから、誰が見ても無料だ。新作は見る者が多いので順番待ちだけど、怪獣映画を見るのは俺ぐらいだろう。
内容自体はCGを使った怪獣映画だけど、着ぐるみでないところが評価できる。地球防衛軍の代わりに騎士団が出るのがおもしろい。意外とこんな物を見て育つと、騎士団への入団希望者が増えるんじゃないかな?
3日目も俺達は西に向かって進んでいる。
速度は遅いけれども、24時間休み無く進んでいるから1日で300km以上進んでいる。
今のところは平穏だな。もっとも、鉱石が出ないと中々戻れないんだけどね。
「しかし、何も出ないみたいですね」
「全くだ。2日前に鉱石採掘して以来、手掛かりすら無いらしいぞ」
ベラスコの呟きに、アレクが同意しながらグラスを傾けている。
周囲の連中も頷いている所を見ると、同意してるってことだろうな。
そんな彼らを横目にマグカップのコーヒーを飲む。
灰皿のタバコは山になってるな。
そろそろ部屋に戻ろうかと立ち上がった時に大きくヴィオラが旋回を始める。
俺達が思わず顔を見合わせる。
待機所の獣機士達がバタバタと足音を響かせて待機所を出て行った。
今度は何が見付かったのかな? 沢山取れれば良いんだけれどね。
夕食までには間があるので一旦部屋に戻る事にした。
ソファーに冷たいビールを持って腰を降ろすと、スクリーンを展開して何が見付かったのかを確認してみる。
どうやら、重バナジアム鉱と呼ばれる重金属を多量に含んだ団塊らしい。かなりの値が付くかも知れないな。
その時、腰に下げた携帯が着信を告げている。急いで携帯を交信モードに切り替えると、小さな画面にドミニクが映っていた。
「リオ、僅かだけど閃デミトリア鉱石の反応があるの。先行偵察に向かって頂戴!」
「戦機かもしれないって事か。直ぐに出掛けるよ。アリスに情報を転送してくれないかな」
画面のドミニクが小さく頷いたのを確認したところで、急いで戦闘服に着替える。
バッグから大型水筒を取り出してシンクの蛇口からたっぷりと水を入れた。念のために、小さな水筒にも水を入れれば、5日はアリスと共に行動が出来る。
部屋を出て、食堂に駆けていくとお弁当を急いで作ってもらう。
その間にアレクに通信を入れて、緊急出動の依頼がブリッジからあったことを告げておく。
お弁当を受取ると、急いでエレベーターでカーゴ区域へと急ぐと、既にアリスにはタラップが付けられていた。
「ご苦労様です」
「何の、気にするな。だが、リオが出かけるという事は巨獣じゃな。55mm砲の弾丸を10発分付けてある。全て炸裂だんじゃから、倒そうなんて考えるなよ!」
コクピットに入ろうとする俺に、下からベルッドじいさんが怒鳴っている。
そんなじいさんに手を振ると、アリスがポッドを閉じていく。
「どうやら、戦機の探索だ」
『そのようですね。先程ブリッジより情報が入りました。極めて微弱ですが間違いなく閃デミトリア鉱石特有の反応です』
昇降装置まで歩いたところでアリスが停止すると、ゆっくりと昇降装置が装甲甲板まで俺達を運びあげていく。
「5km程離れたところで探査して方向を確認。その後、S字状に探査をしながら進んでいこう」
『了解しました。もうすぐ、昇降装置が停止します。装甲甲板に移動して出発します』
ガタンと軽いショックで昇降装置の停止を確認したアリスは装甲甲板に数歩歩くと荒地に飛び降りた。
直ぐに滑走モードで移動を始める。
まだヴィオラが見える距離だが、アクティブ中性子分析(中性子を地中にぶつけて跳ね返ってくる反跳中性子のエナジー分析による鉱石分析手法)で滑空状態で閃デミトリア鉱石反応を確認する。
ヴィオラを1周して、反応を確認した結果が全周スクリーンの一部に表示された。
円周上に2つの点で表示されている。直線を辿る事になるが、果たしてどちらになるのだろうか?
『ヴィオラより入電です。「南を目指せ」との指示がありました』
「了解。となると南南西になるな。アリス出発だ。探索モードで行くぞ」
了解の声と共にアリスは大きくS字状にコースを取りながら南南西に進路を取る。
速度は時速40km程だ。左右に300m程膨らんだサインカーブを描きながらアリスはひたすら進んでいく。
地上を撫でるように滑走しているから周囲の巨獣にも注意が必要だ。この状態では数kmの範囲でしか動体反応、生体反応を確認できない。
当然、俺も全周スクリーンを眺めながら肉眼での監視を継続中だ。
2時間ほど経つと、夕暮れが訪れる。
このまま夜間も探索した方が良さそうだな。夜に地上に下りるのは危険すぎる。
「反応に変化はあるか?」
『反応値に大きな変化はありません』
前回は6日も追跡してたからな。それ程早く変化があるとは思えないけど、一応念のためだ。
明日の早朝にはヴィオラから500km程離れてしまう。直接交信は1,000kmが限度だから、それまでには一度連絡しておいた方が良さそうだ。
衛星回線を使うと値段が高いからな。
そして、次の日の昼過ぎに800km離れた状態で、ヴィオラに連絡を入れる。
この時点で反応が2割ほど増えている。戦機の可能性が少し出て来たわけだ。
『ヴィオラからの通信です。「トリケラがそっちに向かった」以上です』
トリケラとはたぶんガリナムの事だろう。あの3隻の中では一番火力があって、スピードが出る。しかもパージを曳いていないから、時速50km以上は出せるんじゃないか。
「俺達の移動コースは出発時点から変化してるのか?」
『大きくは変化していませんが、ガリナムが私達の初期のコースをそのまま進めば500kmで10km程ずれてしまいます。現在の座標をコード化して送信しますか?』
「そうだな。送っておいた方が良さそうだ。但し、現在地でなく2時間前の位置にしてくれ。誰が聞いてるか分らないからね」
発信地点の座標と違っていれば解読する方も苦労するだろう。ガリナムの方は少し時間がずれた位置でも方向修正を行なうには十分だ。
アリスの発信確認を聞いて、俺は少しの間眠りに付く。