034 遥か東の戦闘
王女様の脳幹には俺と同じ位置に金属製の針が形成されて、しっかりと脳幹細胞に分子レベルで結合されているらしい。
その位置は動く事も無いという事だから、問題はないのだろう。
次の日に行なわれた王女の精密検査では、何の異常も発見されなかったと聞いた。
そして、日を追って王女の操る戦姫デイジーの動きが良くなってきている。
今では地上を戦機と同様に動く事も出来るようになってきた。
その状態でグランボードを駆るから、飛んでもない機動力だ。
「もっと、リオ君の血液を採取すべきなのかしら?」
そんな恐ろしい事をベッドの上で俺に呟いている。
フレイヤの当直を狙ったように、カテリナさんが訪ねて来るんだよな。
「でも、これ位にしておかないと他の2カ国に知れるかも知れないわね。今の状態ならMRIでも、そこにあるという先入観を持たない限り気付かれないわ」
「でも、カテリナさんの検査結果が知られることは?」
「調べることは簡単よ。私のラボの電脳にはファイヤーウォールも付いてないしね。でも、侵入を検知したら、相手を完全に破壊できるわ。例え王国の調査機関の電脳でもね」
そう言うと俺に微笑んだ。
アリスが結構出入りしてるようだけど、だいじょうぶなんだろうか?
「そういえば、アリスに注意してくれない。どうも電脳の記憶槽を除いているような気がするんだけど。痕跡が掴めないのよね。そして侵入の形跡すら見付からないの。
うちの研究員が発狂寸前なのよ。『どうしてだ……』って呟きながらうろついてるの」
それはまた、って感じだな。
自分の能力を超えてるんだろう。アリスの電脳に張り合おうなんておこがましい限りだが、早めに諦めてくれないなら、アリスから覗きに行くのを止めるしかないか。
「一応注意しときます。ですが」
「分ってるわ。アリスが覗いてるとはかぎらないわよねぇ」
そう言って俺の上から俺の顔を覗き込んで微笑んだ。
1時間程過ぎて2人でシャワーを浴びる。
全く、ドミニクの姉と言っても十分通じる体だ。スタイルは全く崩れていない。
タオルをまとったところでマグカップのコーヒーを飲む。俺がタバコを吸うのを面白そうな顔をして見ていた。
「全く驚かされるわ。あの事故さえなければ気付かれることは無かったでしょうね」
「俺は人間ですよ」
「分ってるわ。貴方は人間。そして私も人間よ。その構造が少し変わってるけどね」
「ご馳走さま」と言ってソファーから腰を上げると、俺に片手を振って部屋を出て行った。
船窓から見えるホールでは、獣機が忙しそうに何かを組み立てている。広い場所で組み立てて、大型クレーンで立ち上げるのだろう。
アレクがそんな獣機の操作をするというのも考えられないけど、例の話を聞くとなぁ。
そういえば、獣機士の年代は俺達よりも幅広いのはそんなことなんだろうか?
機士と遜色ない動きをする獣機もいるんだよな。
・
・
・
「どうじゃ? 我に付いて来れるか」
「だいじょうぶです。まだまだ余力がありますよ!」
王女様の駆るデイジーをアリスが追い掛ける。
拠点から50km以上離れているが、デイジーのスピードは時速100kmを越えているぞ。アリスも巡航モードを1段上げて滑空している。
「拠点から100kmを離れないで下さい!」
「分っておる。もう少し離れたところで、高速移動中での射撃訓練に移行するつもりじゃ。アリスの55m短砲身砲の照準合わせも、ついでに行なうぞ!」
駆逐艦の艦長がお願いモードで王女様に通信を送っているようだ。
確かにこの速度ならば追従出来る巨獣はいないだろう。そして、アリスに貰った55mm長砲身ライフル砲は、砲身を半分に切り取られていた。
ストックまで切り詰めたから、何となくリボルバー拳銃のように見えなくもない。シリンダーを横にスイングさせて弾丸を詰める行為も、そんな感じがするな。
弾丸の炸薬量は40mm砲弾の2倍以上だから巨獣の注意を引くには十分だ。少し位照準が狂っても問題ないと俺は思うんだけどね。
「右前方の岩を攻撃する!」
そう言って、デイジーを45度以下に傾けて急旋回を行って斜めの状態でレールガンを発射した。
2発目で岩を砕いたから、あの状態でも射撃管制システムは正常に働いているようだ。
『あの小さな岩を目標に照準を補正します』
「ああ、任せたぞ。右に旋回で攻撃する!」
アリスにそう答えると、上体を傾けるようにして右に回り始めた時に、ターゲットをロックしてトリガーを引く。
3発撃ったところで、再度左に旋回をして接近した状態で射撃をした。
『かなり散布界が広いです。命中させるには100m以下でないと難しいでしょう』
「当てるのが目的じゃないからな。注意を引くのに十分であれば良い」
『その目的には十分過ぎます。炸薬に発煙薬が添加してありますね。予想値を上回った炸裂のように見えます』
エフェクト効果ってことか? 敵の注意を引きたいって言っといたからな。
弾丸は20発貰ったから、これが無くなったときにはベレッドじいさんに作って貰おう。
王女様の訓練にそれから2時間程同行して俺達は拠点へと引き上げる事になった。
拠点に戻ると、夕食を終えて自室へと戻る。
ソファーにビール片手に腰を降ろすと、スクリーンを展開して艦内ニュースを見てみる。
『……中継点への資材を搬送する輸送船は、本日王都を離れたとの連絡がありました。あと数日で仲間が戻って来ますよ。嬉しいですね。
本日、中継点管理棟の土台が完成したとのことです。この土台内部には2つ目の外気導入システムがありますから、いよいよホール内の有毒ガスの置換作業が始まります。置換作業の状況は明日から毎日報告できると思います……』
いよいよ始まるのか。ということは、奥に続く洞窟のエアロックと入口の洞窟のエアロックが完成したということだな。
帰りにみた尾根の砲台も急ピッチで進められていた。拠点近くの尾根は風向きで火山性ガスが流れる可能性があるから、気密構造で作らねばなるまい。
尾根の下においてあった大砲は88mm長砲身砲だった。場合によっては連装砲にすることも考えにはあるんだろうな。
そろそろ俺達の休暇も終わりになる。
次に鉱石を採取して帰ってくる頃にはホールの空気は清浄になっていることだろう。
そんなことを考えながらタバコに火を点けた。
しかし、王女様の動きはとんでもないものになってきたな。
あれなら、1機で敵軍を殲滅も可能だろう。そういう意味で、戦姫は王国が管理しているのだろうな。
となると、どの王国のも属さないアリスは危険な存在となるのだろうか?
まぁ、そんな認定を受けた時にはアリスとここを出れば良いだろう。
攻撃された時は、反撃は止む得無いだろうけどね。そう思えば気楽なものだ。
扉が開いて、ドミニクが入ってきた。
途中で冷蔵庫からビールを取り出すと俺の隣に座ってプルタブを開ける。
「何を考えて微笑んでいたの?」
「ああ、場合によってはヴィオラ騎士団を退団せざる得ない状況を考えてた」
「リオの戦姫ね。それはもう手を打ってあるわ。少なくとも、ウエリントン王国はこの中継点に手を出すことは無いわ。そして、他の王国では戦力的に無理でしょうね」
今頃そんな事を考えていたの?って顔で俺を眺めている。
「ひょっとして、デイジーの起動停止?」
「母さんのする事に抜かりは無いわ。あのデイジーの機動は貴方のピコマシンで形成されたナノマシンの集合体。貴方が解除しようとすれば簡単に拡散してしまうそうよ」
「俺達に敵対しない限りあの機動が得られるという事?」
「そう。リオでなくてもアリスでも可能ではないかとも言っていた」
という事は、ウエリントン王国はこの中継点をデモンストレーションの場にするということか?
確かに西への進出には良い場所にあるけれど。
「ホールを見たでしょう。西の桟橋は大規模な工事が行なわれているわ。天井を削って、西に広げているの。当初の予定よりも入港できるラウンドシップは多くなるわね。たぶん、中継点の外側にもパージの集積場を作る事になると思うわ」
「俺達の拠点としての使用に制限が掛からないのか?」
「中継点の優先順位はヴィオラ騎士団が筆頭よ。次に防衛部隊。定期便で最後が他の騎士団になるわ。他の王国の船は他の騎士団と同列よ」
だいぶ俺達に都合が良くはないか?
まあ、この拠点を見つけたのは俺達だからだろうけどね。
「休暇中の騎士団が戻り次第、鉱石採取に出掛けるわよ。東でまた戦機が見付かったらしいわ。クリスとアデルがそわそわしてるのよね」
あの2人は戦機目当てだからな。
とは言っても簡単じゃなさそうだ。レイドラに期待したほうが良いんじゃないか?
ドミニクが部屋を出たところで、シャワーを浴びるとベッドに入る。
今日は、フレイヤが急な当直に出ているから俺一人だ。クイーンサイズのベッドは広く感じるな。
突然の悪寒に、目を覚ました。変な夢でも見たのだろうか? 今でも嫌な気分が続いている。
ベッドを抜け出してコーヒーを作る。インスタントだけど、頭が冴えれば少しはマシになるかもしれない。
マグカップにコーヒーを入れて砂糖を2杯半。
飲むたびに頭が冴えてくる。
ソファーに座ると仮想スクリーンを展開して、変わった事が無いかを確認してみる。
艦内ニュースは夜はやっていないようだな。ブリッジの電脳にアクセスして、最新情報を確認する。
拠点の中に異常は無いようだ。尾根に設けた監視カメラの画像にも異常はない。こちらに向かっている定期便の交信記録も問題はない。
100km四方を旋回しながら偵察している円盤機からの画像にも問題はない。
となると……。
上空を周回している科学衛星の画像を見てみるか。
アリスに頼んで科学衛星をハッキングして地上の映像を眺めることにした。
東の沿岸地方で何かが起こっている。拡大画像に映ったのは東の沿岸部での戦闘だった。
大口径艦砲の砲弾が炸裂する中、獣機の一軍が何かと戦闘を行なっている。
『騎士団ではなく機動艦隊のようです』
「軍隊ということか?」
『拡大した画像を解析したところ、エルトニア王国の国旗を確認しました』
戦っている巨獣はサソリに見えなくもないが、かなりの大きさだ。体長は30m近いんじゃないか?
周辺でマンガン団塊を探していた騎士団が次々と駆け付けているようだ。だが、俺達の拠点から数千kmははなれているから、俺達にはどうすることもできない。
明日には状況が見えてくるかもしれないけど、巨獣が必ずしも恐竜の姿でないことだけは心にしっかりと刻んでおこう。




