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033 高機動の秘密 


『マスター。デイジーの動きが段々と良くなっているのに気が付きましたか?』

「あれから、3時間だ。慣れたという事じゃないのか?」

『いいえ、グランボードの操作ではなく、戦姫そのものの動きです』

 

 そう言われれば、ぎごちなさが無くなってきたような……。まだまだベラスコレベルまでは行かないけれども、それなりに見られるようになってきたな。


「何でだろう?」

『戦姫の電脳とのリンクが、以前よりも良くなったとしか考えられません』


 そんな事が、急激に起きるのだろうか?

 リンクとは即ち王女様とデイジーの搭載する電脳の接続に他ならない。これは、先天的なものであり、最初からその性能は決まっている。接続が5つなら同時に5つの動き以上のことは出来ないのだ。


「推定出来ないか?」

『マスター並みには行かないでしょうが、ヴィオラの騎士を越えるのは時間の問題と推測します。その原因として考えられるのは王女の脳を改造したのではないでしょうか?』


 改造って! 脳を改造することは、この世界の技術では不可能だ。精々、手術が良いところだ。ナノマシンが発達しているとはいえ、人工眼球でさえまだ実用化には至っていない筈だ。

 それとも新たなナノマシンを開発して、微少信号の伝送を可能にしたのだろうか?

 そんなインターフェイスを構築するナノマシンを脳内の特定部位に集めるなど、夢物語の世界なんじゃないか?

 だが、目の前の光景を見る限り、カテリナさんがなにかしたに違いない。一度、話を聞いてみる必要があるな。


 そんな俺の心配を他所に、王女様の操るデイジーは軽快に周囲を動き回っている。

 80kmほどのスピードを出して大きな岩にレールガンを撃つような事も始めたようだ。

 方向転換も、まるでスノーボードを楽しんでいるようにこなしてる。両側の尾根の斜面を利用して、パイプ斜面の演技をしているみたいだ。

 数時間が過ぎると、王女様が駆逐艦に戻って来た。今日の練習はこれで終了ってことらしい。


「どうじゃ。少しはマシになったかのう?」

「だいぶ上達してます。あれなら巨獣を翻弄することが出来ますね」

「そうか? 明日はカテリナ博士が精密検査をすると言っておる。明後日に、また付き合って欲しいぞ」

「了解です」


 戦姫同士で通信を行なうと、デイジーは駆逐艦の中に入っていった。俺達を乗せた駆逐艦はゆっくりと艦首を廻らすと洞窟を抜けて、ホールに入っていく。

               ・

               ・

               ・

 やはり、カテリナさんが何かを王女様に行なったと考えるべきだろう。訓練後の精密検査がその怪しさを増している。

 そんな事を考えながら自室に戻ると、ドミニクとフレイヤがソファーでワインを飲んでいた。

 俺がソファーに座ると、フレイヤがグラスを渡してワインを注いでくれる。


「ご苦労様。あれなら十分に警護に役立つわ。周囲100kmは任せられるわね」

「ええ、10日もすればアレクを凌ぐ動きになりますよ。最初と最後の動きがまるで違います」


「そうそう。それが疑問だったのよ」

「たぶん、カテリナさんなら知っているんじゃないでしょうか?」

 「母さんが?」


 ドミニクが俺を見詰める。ちょっと驚いてるようだが、絶対何かやってる筈だ。

 そんな話をしていると、トントンと扉が叩かれた。

 フレイヤが扉を開けに行くと、入ってきたのは噂の本人であるカテリナさんだった。

ソファーに案内したところで、ドミニクが壁の棚から新たなグラスを持ってきた。

 俺の反対側にドミニクと座ったから、フレイヤは俺の隣に移動してくる。


「良い動きになってきたでしょう?」

「それは見てて分りました。数日でアレクを越えるでしょう。ですが、ちょっと俺には疑問が残ります。王女様の本来持っていた戦姫とのインターフェイスが何故急に性能が上昇したか? あの動きはまるで戦姫の電脳との間に新たなインターフェイスが出来たような感じでした。まるで王女様の運動を司る脳幹から直接信号を取り出しているようにね」


 俺の話を、美味しそうにワインを飲みながらカテリナさんが聞いている。


「そうね。凄い洞察力だわ。私のラボに欲しい位よ。リオ君の推測はかなり合ってるわ」

「でも、脳幹にインターフェイスを付けるなんて、ちょっと間違えたら王女様は一生ベッドの上よ!」

 

 ドミニクがカテリナさんに食って掛かるけど、マッドだからねぇ。


 「それ位は言われなくても分ってるわ。王女の脳幹にあるインターフェイスは、私の作った物じゃ無くてよ。それはリオ君に貰った物で、しかも手術は必要なかったわ」


 今度は俺が驚く番だった。そんな物は渡した覚えがまるで無いぞ。

 それに、手術を必要とせずに脳幹にインターフェイスを構築できるのだろうか?

 例え、ナノマシンで作るとしても運動中枢である脳幹を傷付けないで構築することは不可能だろう。


「良いわ。説明しましょう。ちょっと端末を貸して!」


 カテリナさんはフレイヤから受取った端末を操作して、ラボの電脳にアクセスしているようだ。

 仮想スクリーンが展開されると、そこに写っていたのは俺だった。


「初めに、この脳幹に異物があるのはリオ君のMRI画像で確認されているわ。直径およそ1.2mm、長さは1.6cm。この位置に何故、このような異物が存在するかは、誰にも分からなかったわ。そして取り除く勇気のある医者も存在しない……」


 カテリナさんは俺とアリスの意思伝達をこの針が行っていると考えたようだ。前の陸上艦で一度船医の検査を受けたが、その時のデータをカテリナさんが持っているのにも驚かされたけど、それなりの知見を得るに足る人物ということだったんだろう。

 この小さな針の構造に興味は持ったものの抜くわけにはいかず、カテリナさんの興味はそこで停滞していたらしい。だが、フレイヤの実家で遭遇した事件で急展開したようだ。


「まさか、擬態していたとは思わなかったわ。そして、MRIが再び貴方の体を映し出したときに、高性能の分析装置を使ったの」


 原子配列まで調査出来る装置で俺の針を調べたとの事だ。

 その結果分ったのは、分子レベルの大きさで脳幹に電極を張り巡らしたインターフェイスと言う事だった。


「本来はここまでしなくても良かった筈。でもリオ君の擬態は完璧すぎたのね。私達と同じような機能を持ってしまったのよ。これでは、アリスを制御出来ない。ということであの針を埋め込んでいるんだわ」


 普通の科学者なら、ここで断念するんだろうな。あまりにも異質な科学技術だ。理解の範疇を超えているってことになる。

 だが、あのラボでもう1つの出来事があった。俺の血液をカテリナさんが手に入れてしまった。

 

「貴方達2人の将来を思っての事よ」

 そんな事を言ってるけど、あまり説得力は無いようだ。ドミニク達が睨んでる。

 だが、擬態があまりにも精巧に行なわれていることから、俺には血液が流れている。もっとも、血液成分はは有機体ではなく、無機物のナノマシンだとアリスが教えてくれた。

 

 そのナノマシンを研究している内に、1つの仮説を立てたらしい。

 俺を構成するナノマシンは一体いくつの部品で出来ているのだろうか? ひょっとしたら何個かのピコマシンがナノマシンを構築しているのではないか?

 人が遺伝子を持つように、俺もピコマシンという遺伝子的な存在を持っている可能性に気が付いたらしい。


「それに気が付いてからは進展が早かったわ。リオ君の脳幹にある針の構造と組成は分っていたからね。リオ君の血液から、針を作る特定のピコマシンを分離して、体に入れれば同じ場所に針を作ってくれるわ」

 

 動物実験を2回行なったそうだが、3回目が王女様とはね。それだけ自信があったんだろうけど、失敗を考えないんだろうか?


「それ程量が無かったのよ。王女の脳幹にあるのはリオ君の20分の一位の大きさだわ。注入して1日で形作られたわよ。そして今日の訓練でその動きがリンクしたみたいね」

「リオの子供は作れないの?」

 

 ドミニクの言葉にカテリナさんが別の画像を映し出す。

「有機体と無機体の違いってなんだろうか、と考えさせられる命題ではあるわ。私は出来ると信じてる。これを見て頂戴」


 それは受精の様子を移した動画だった。見る間に卵割が始まったのだが……。


「受精は出来るみたいなの。だけど、10回程卵割すると……、停止してしまったわ」

「どういうことですか?」

「卵子がそれ以上の卵割を拒否することまでは分ってきたわ。何とか半年お腹にいてくれればどうにでもなるんでしょうけどね。私のライフワークにななりそうなテーマよ」


 そう言うと、カテリナさんは残ったワインをあおるように飲んだ。自分の能力を超えた事に挑戦する科学者の決意表明って事になるんだろう。

 とは言え、ひょっとしてもっと協力しろって言外に言ってるのだろうか?


「母さんに任せるわ。お母さんが出来なければこの世界で出来る人がいない」

 ドミニクがそう言って母親に頭を下げる。慌てて俺とフレイヤも頭を下げる。

 そんな俺達にカテリナさんが頷いている。やはり、母は強しという事なんだろうな。


「話を元に戻しますけど、王女様の健康に悪影響は無いんでしょうね?」

「それは明日じっくり調べるわ。問題は無いと思うんだけど、一応念の為にね」


 脳幹にだけ針を形成するナノマシンをどうやって作ったのかは教えてくれなかったが、ピコマシンを組み合わせて作り上げるんだから結構な技術は持ち合わせているようだ。

 だが、ピコマシンを複製する技術は無いらしい。バイオテクノロジーとは異なる技術だからな。生体工学とは方向性が異なるけれども、その分子レベルでの精密作業はピコマシンの制御にも役立ったのだろう。意外と、ナノマシン技術が一斉に花開くかもしれない。 


 カテリナさんは俺達とワインボトル2本を空にして自分のラボに帰っていった。


「カテリナさんに任せておけば安心できます」

「母さんではね……。リオ、協力はたまにで良いわよ。それ位は許せそうだわ」


 2人がカテリナさんが出て行った扉を見ながら呟いた。

 意外と、本人の興味で動いているような気がするのは俺だけだろうか?



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