032 王女のグランボード
獣機は建設用としても優れた性能を持っている。10日程留守にしていただけなのに、3つの桟橋の形が出来ていた。
尾根にそって3つの砲台が作られていたのは、洞窟に入る前に見る事が出来たが、ホールの中もこんなに進んでいるとは思っても見なかった。
奥へと続く洞窟も3つの壁が作られている。エアロックで奥に向かう事も出来るらしい。何でもゴミ捨てに丁度良いって言ってたな。確かに奥の谷底には、マグマが流れていた。天然の焼却炉ってことになるんだろう。
東西の桟橋の奥は、壁を削って居住区を作っているようだ。3つの桟橋を繋ぐモノレールが天井に作られている。かなり形になっているから、1か月後には開通するんじゃないかな。
ソファーから眺めるホールの光景と、スクリーンに映る全体の進捗状況を眺めながらのんびりとビールを飲んでいると、トントンと扉を叩く音がする。ソファーから腰を上げて扉を開けると、カテリナさんが立っていた。
「しばらくね。お邪魔して良いかしら?」
「どうぞ、今日は2人とも出掛けてますから」
しまった! と思ったけれどもう遅い。俺を見る目がキラリと光ったもんな。
ソファーに案内すると、ビールをカテリナさんに手渡す。
「ありがとう。ところで、王女の戦姫のアイデアは貴方でしょう? ちょっとそのことで相談に来たんだけれどね」
カテリナさんが、缶ビールのプルタブをプシュって開けると、ゴクリと喉を鳴らして飲んでいる。
「アイデアとしてはおもしろいわ。もう形になってるわよ。でもね、1つ教えて欲しいんだけど、何故こんな考えが浮かんだの?」
困ったな。昔、似たようなアニメを見ましたなんて言えないぞ。とりあえず笑顔をカテリナさんに見せておく。
「まぁ、秘密でも良いわ。そんな突飛なアイデアが、どこから出たのか興味があったんだけどね」
「でも、乗りこなすのは大変ですよ。体重移動で操縦するんですからね」
「それはどうにでもなるわ。私としては制御の1つだと思うし、将来の重力場推進の鍵になるんじゃないかとも思ってるの。勘で動かすと言ったらいいのかしら。コントロールを頭や指、足先で行なわずに体で行なうというアイデアに、私のラボの連中は唸ってたわよ。一度紹介して欲しいと言ってたけどちゃんと断わったから安心して良いわ」
そんな恐ろしい連中を飼ってるのか? 早めに脚を洗った方が良いと俺は思うんだけどね。
そんな話をカテリナさんとしているのだが、ドミニクのお母さんとは思えないんだよな。ちょっと年の離れたお姉さんという感じがするのはどういう訳なんだろう。
とはいえ、どこか冷めてる感じがしないではない。俺の反応を観察してるような気がするのは気のせいなんだろうか?
俺が疲れてるだけなのかもしれない。カテリナさんが帰ったところで、ソファーに寝転んでいると、船窓に大きな影が映った。
慌てて飛び起きて外を見ると、輸送船が出発するようだ。
ヴィオラ騎士団の半数があれに乗って王都に休暇に出掛けるんだな。大型の輸送船は高速で搬送が可能だ。武装は持たないから途中まで駆逐艦が護衛してくれる。王都の往復に10日掛かるから実質の王都の休暇は5日位なのだろうが、頻繁に行けるようになったという事実が大事だと思う。
のんびり出来ると思っていたが、俺達は王女様の反重力推進方式によるサーフボードの試験に付き合うことになってしまった。
果たして2週間ほどで物になるかは微妙なところだが、俺はやるんじゃないかと思ってる。試験を明日予定しているとカテリナさんが教えてくれたから、王女様はさぞかし喜んでるに違いない。
待機所に顔を出すと、俺達のソファーにいるのはカリオンだけだった。
軽く片手を上げて挨拶すると、壁際でコーヒーをマグカップに注いでソファーに腰を下ろす。
「カリオンは帰らなかったのか?」
「王都でする事も無い。それにお前だけ残す訳にはいかんだろう? 本当はベラスコも残す筈だったんだが、アレクが無理やり休暇を取らせた。騎士団員になって初めての休暇だからな。両親に報告したいだろうし、支給された給与の一部も渡したいだろうって言ってたぞ」
その時のアレクの表情を思い出したのか、含み笑いを浮かべている。
「俺のときはそんな気遣いがなかったけどな」
「お前に、王都に縁戚があるのか?」
俺が首を振るのを見て、おもしろそうに今度は俺を見る。
「アレクはそんな奴だ。いつもはあんなだけどな。気遣いは出来るのだ。それがあいつのただ1つの美点だな」
それも凄い言われようだが、「人には1つは必ず良いところがある」と爺さんも言ってたからな。普段は遊び人にしか見えないんだけどね。
「明日から、王女様の練習のお付き合いだ」
「ご苦労なことだ。だが、デイジーと王女が言った戦姫のレールガンは強力だったぞ。ヴィオラの曳いていたバージが無事だったのは、それによるものだと俺は思ってる。固定砲台的な運用ではなく移動砲台となれば中継点の守りは磐石だ」
ヴィオラでの王女様の活躍を目の辺りにしたという事だな。
あの戦姫が自由に動ければ……。それは、ヴィオラの乗組員誰もが思ったことだろう。
「カテリナ博士が何か作ったと聞いている。俺も期待しているぞ」
「結果は、報告するよ。でも、あまり期待は出来ないんじゃないかな?」
「それでもだ」そう言って、カリオンは苦笑いを浮かべる。期待はしてるが、簡単ではないと理解してはいるようだ。
カリオンに別れを告げると、食堂に出掛ける。閑散とした食堂には、客が誰もいない。
ネコ族の少女が、まだ頼んでもいないのに料理を運んで来た。
「食堂は三分の一が残ったにゃ。色々作れないから、全て食事は統一メニューにゃ」
「大変だね。俺達がいるから休暇も取れなくて」
「だいじょうぶにゃ。次ぎは私の番にゃ」
携帯で少女の持つタブレットに支払いを送信しながらそんな話をする。半分と言いながら、部局ごとに休める者には休暇を与えたという事なんだろう。
そんな柔軟性を持った騎士団長だから皆が信頼しているに違いない。
料理はラザニアみたいなもので、スープ付だ。熱いのは苦手なんだが、どうにか食事を終えると「ご馳走様」と厨房に声を掛けて自分の部屋に戻った。
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次の日の早朝。
3人で朝食を済ませ、ソファーでコーヒーを楽しんでいると、カテリナさんから通信が入った。
「いよいよ始めるのね」
「ああ、1時間後に駆逐艦の甲板に移動してくれと連絡を受けた」
「私達も、円盤機で様子を見させてもらうわ。偵察用ならフレイヤが操縦できるし、稼働時間も長いから丁度良いわ」
「ちゃんと乗れるかどうかが見物ね」
フレイヤとドミニクはすでに観戦モードだ。
ギャラリーが多くなって王女様がプレッシャーを受けなければ良いんだけどね。
移動予定時刻の30分前に、ドミニク達を部屋に残して、カーゴ区域へと移動する。
タラップを上ってコクピットに入る俺に、下から声が届いた。
「リオが搭乗したら、ワシ等はカーゴの休息室に移動する。そこから、後の操作を行なうから、ワシの指示に従うんじゃぞ」
ベレッドじいさんは俺にそう言って、仲間とタラップを移動していった。外気を導入してホール内の掃気を行なうのはまだまだ先らしい。
そのため、カーゴの作業員は気密構造の休憩室に一時的に避難することで対処しているようだ。
そんなやり方ももうすぐ解決するらしい。俺達が据付た外気導入システムと王国が設けた西の外気導入システムを使って一気にホール内の掃気を行なうのは、あ10日もあれば実施出来ると、カテリナさんが話してくれた。
アリスが昇降装置に歩いて行くと、カーゴ区域にある気密シャッターが下りる音がする。少しでも空気を置換する量を抑えたいのだろう。
天井のハッチが開くと、ゆっくりとアリスを載せた台が上昇していく。
ガタンという軽いショックが伝わり昇降装置の上昇が止まった。直ぐ隣に駆逐艦が横付けされている。ヴィオラの装甲甲板から駆逐艦の前部にある装甲甲板に飛び移る。
『駆逐艦から入電です。出航するとのことです』
「了解と伝えてくれ」
前を向いてその場で膝を立てて座ると、駆逐艦はゆっくりと出入り口の洞窟に向かって進んで行った。
駆逐艦が、中継地を出て3km程進んだ所で停止した。
直ぐ目の前のハッチが開くと、白い塗装の戦姫が赤い塗装を施したスノーボードのような板を持って上昇してくる。
「これが、例のボードじゃ。ホールではテストも出来ぬ」
「ちょっと、短いんですね」
あれじゃ、サーフボードではなくてスノーボードだぞ。形といい、戦姫との大きさの対比を人のサイズにしたら、そのものじゃないか。
「リオ君、あれが私が作った反重力アシスト重力場推進システムを組み込んだボードよ。グランボードと名付けたわ」
カテリナさんから直接交信が入ってきた。
何処から持ってきた! って聞きたいようなネーミングだけど、滑空できれば問題ない。
「でもね。地上1m位しか浮かばないし、前にしか進まないのよね。計算では時速150kmは出るんだけど……」
「前に進めれば問題ないでしょう。方向は体重移動で行なえますし。ところで、速度調節は?」
「我の意思で制御するのじゃ。頭部のヘッドバンドに我の脳波を感じ取るセンサーが追加してある。これで、どこにでも飛んでいけるのじゃ!」
板だけが飛んでいかなきゃ良いけど……。何か胡散臭い物になったな。ホントにだいじょうぶなんだろうか?
王女様を乗せた戦姫デイジーは駆逐艦から、ポイっと板を投げ下ろすと、ゆっくりとした動作で駆逐艦を降りた。
なるほど、こんな感じでしか戦姫を動かせないんだな。初心者の動きではないが、全体として何処と無くぎごちない動きだ。
板を持ち上げて水平にすると、スイっと板が地上を離れる。その高さは、カテリナさんの言うとおり1mほどの高さだ。
ボードの前にやや外向けにして左足を乗せると、右足を真横に向けて板の上に立った。
すると、ゆっくりと板が前に進んでいく。先ずは様子見って所だな。前に体重を掛けると右に進むし、後ろに掛けると左に進むようだ。
最初は自転車位の速度で動かしていたが、段々と速度が上がってきている。
時速50kmほどの速度で谷間を滑っている時、突然ひっくり返った。急いでアリスで救援に向かう。
「だいじょうぶですか?」
「うむ。大事ないぞ。クイックターンをしてみようと思っていたのじゃが、上手く制御出来んかった」
遊び始めたようだ。確かに、そんな技もスノーボードではあったんじゃないかな。王女様がデイジーを、もう一度グランボードに乗せようとしている。手伝ってあげたいが、1人で出来ないとね。
そんな感じでグランボードを操る事を少しずつ学習している。
出来る事と出来ない事は早めに知っておくべきだろうな。イザという時にひっくり返りでもしたら大変なことになる。