003 ヴィオラ騎士団
小さな雑木林に隠れているのだが、アリスのカラーリングが赤と白だからねぇ……。荒地ではかなり目立ってしまう。
アリスのコクピットの中で仮想スクリーンを展開し、陸上艦の拡大画像を眺めながらどうしようかと考えている時だった。
「乗ってく?」
接近する陸上艦から、汎用通信回線で送られてきた通信文は、拍子抜けする内容だった。
『どうします?』
「あの大きさなら中級騎士団らしい。自分達の評判を落とすような事も無いだろう。どの道このままでは不味いから、とりあえず乗せて貰おうか。王都のヤードに戻ってもアリスをおいておく場所が無いし、どんな連中が来るとも限らない」
『木を隠すなら森の中ですか……。了解です』
アリスが通信文を送り返したけど、その内容は『乗ってく!』という文章だからどっちもどっちだと思う。
やがて、全周スクリーンに映し出された陸上艦が、ゆっくりと進路を変えてこちらに向かってくる姿が映し出された。
進路変更が緩やかなのは、曳航しているバージが、多くの鉱石を積載しているためだろう。300tクラスのバージを数台曳くとなれば、急激な運動はできないだろうな。
『内部通信を傍受しました。警戒態勢を敷いているようですが、警戒レベルは低いようです。戦機1機に操縦者が登場した模様。待機指示が出ています』
「一応、不審者になるからだろう。それに搭載している砲列はこっちを指向していない。上手く行けば乗せてくれるんじゃないかな」
零細騎士団は戦機を持たないし、大きな騎士団になれば陸上艦が単独ということはないだろう。
こっちに向かってくる陸上艦は単独で中型輸送船を改造したように見えるから、中規模の騎士団という事になりそうだ。100人以上の騎士団員が乗船しているはずだが、どんな連中なんだろうな。
『音声通信が入っています』
アリスの言葉が終わると同時にスピーカから音声通信が流れてきた。コクピットのどこにスピーカがあるのか探したけれど見つからなかった。
「こちらは、ヴィオラ騎士団。ウエリントン王国に登録された騎士団です。戦機を確認しました。所属騎士団の名前と、騎士の氏名を教えてください。保護して所属騎士団に送ります」
どうやら損傷した騎士団所属の戦機と勘違いしているみたいだ。
戦機は過去の移民船の連中が作りだしたもので、その技術は現在の技術を凌駕していたそうだ。残念なことに戦機の製作は、今の科学技術をもってしても再現できないと聞いたことがある。5千年後に再来した移民船団の持つ技術は本国惑星の大戦でかなり後退したのだろうと、爺さんが話してくれたのを思い出した。
騎士団が稀に発掘する戦機は貴重な品だ。戦機の外形が古の金属甲冑に似ていることもあって操縦者を騎士と呼んでいる。
そんな騎士を陸上艦に搭乗させていることから採掘業者を騎士団と呼ぶようになったらしい。
それほど貴重な戦機を、故障したからと騎士と戦機をまとめて荒れ地に放置するだろうか?
かなり怪しいと思わざるを得ないが、『騎士は誠実であれ』との言葉もあるぐらいだから、先ずは保護を優先と考えたんだろう。
『騎士団との通信回線を確保しました。そのまま話せば相手と通信できますよ』
仮想スクリーンが開いて更新相手の顔が写ると思ったけど、何も変化はなかった。
「了解した。……俺の名は、リオ・シュレーディン。帰属する騎士団は無い。盗賊団の襲撃をどうにか凌いだが、王都に帰れずにいる」
「戦機の損傷程度は?」
「損傷はない」
「戦機を迎えに出します。武装はしていませんからご安心ください」
ゆっくりと陸上艦が停止する。俺達との距離は1kmほどだ。俺達に陸上艦の横腹を見せているのは、敵意が無いことを示しているのだろう。かなり度胸の座った騎士団長のようだ。
陸上艦の前部甲板に戦機が上昇してくると、俺達に向かって片手を振っている。
確かに武器を持っていない。ここは相手に乗ってみることにしよう。
「アリス、移動するぞ」
『了解です。万が一の場合はマスターの救助を優先します』
それって、俺がコクピットに乗らなくても動かせるということか? なら、俺がここにはるばるやってこなくても良かったんじゃないか?
『私が単独で王都に向かえば一騒ぎが起きそうです』
「確かにね……。それより、俺の思考を読めるの?」
『ある程度は可能です。マスターの思考を読み取って制御してますから』
なるほどね。それだけではないんだろうけど、今はそれでいいか。
林の中から立ち上がると、両手を上げて武器を持たないことを騎士団と陸上艦の前部に立っている戦機に見せる。
ゆっくり歩いて林を抜けると、陸上艦に向かってアリスを進めた。
「本当に、故障したわけでも、燃料切れでもないのね?」
「いろいろあってね。このまま進んでいけばいいかな?」
「そのまま進んで。アレク……、戦機に搭乗してる騎士だけど、彼の指示に従ってくれればいいわ」
陸上艦との交信に、アリスの片腕を軽く上げて了解したことを告げる。
それにしても陸上艦は大きいな。俺の働いていたヤードにやって来た騎士団は零細規模だ。戦機は持たずに、獣機も1個分隊だったからね。それでも彼らの駆る陸上艦は大きく見えたけど、この陸上艦はその3倍近くあるようにも見える。1万tを越えてるんじゃないか?
「リオ……だったな。その場所から、ここに跳び乗れるか?」
「そこに跳べばいいのか?」
戦機からの通信に俺が答えると、頭上の甲板にいた戦機が軽く頷いた。
アリスの性能なら訳はない。陸上艦の多脚式走行装置の足が目の前まで来たときに、
軽くジャンプして戦機の隣に着艦する。
「かなり自由度が高い戦機のようだな。少し小さいがそれだけ動ければ十分だろう。……あの昇降台に乗ってくれ」
「分かった」
この騎士団とアリスの言葉を信じるしかなさそうだ。
戦機が腕を伸ばして教えてくれた四角い台に乗ると、ゆっくりとした動きで台が陸上艦の中に沈んでいく。
陸上艦の中はがらんどうの空間に見える。たぶん戦機や獣機を収容するカーゴ区域というところだろう。
ズン! という軽い振動で昇降台が停止すると、数人のグレーのつなぎを着た男達が近づいてきた。
両手で合図を送っているが、あの合図はヤードでもおなじみの合図だ。こっちに進めということだろう。
メンテナンスラックに3機の戦機が固定されている。この騎士団は4機の戦機を持っているようだ。その奥には獣機が同じようにラックに固定されている。
下の男が空いているラックを指さした先には、ラックだけがあった。どうやらここに固定する気らしい。
「ここにアリスを置くつもりらしい」
『私なら大丈夫ですよ。これぐらいの装備で私を固縛することは不可能です』
アリスをラックに乗せて体を通路側に向けると、男達が搭乗用のタラップを運んできた。
前部の装甲を開いてコクピットの球体を開放すると、タラップをゆっくりと降りる。
辺りをきょろきょろ眺めていると、後ろから誰かに肩をポンっと叩かれた。慌てて振り返えると、若い男が立っていた。
「こっちに来てくれ。少し話を聞きたい」
ここまで来たからには逆らわない方が良いだろう。ゴツイリボルバーはホルスターに入れたままでも目立つのだが、武装解除をする気はないらしい。
男の後に付いて歩きだす。
船尾方向に延びる通路は、陸上艦の下層フロアに近い場所なんだろう。両側に並んだ獣機をながめながら、長い通路を歩きはじめた。
案内してくれる男は先ほどの戦機を操縦していた騎士なのだろう。俺よりかなり年上の20代半ばというところかな。
がっしりした体だが、筋肉質ということでもない。何か長くスポーツをしていたような感じが黒いツナギを通してもうかがうことができる。
「ここがこの陸上艦のハブになる。このエレベーターで居住区域や操船区域にも行けるぞ。まぁ、乗ってくれ。行先は操船区域の会議室だ」
言われるままに、2基並んだエレベーターの1つに乗り込んだ。
10人以上一緒に乗れるんじゃないかな? かなり大きめのエレベーターだ。先ほどのカーゴ区域もそうだが、エレベーターの中もチリ一つ無いほどきれいだ。
ヤードのようにゴミゴミした雰囲気があるのかと思ってたけど、これもこの騎士団の団の質なんだろう。
「ここだ。ブリッジは通常のビルなら5階に相当する。ここは3階で、ここから上が操船区域になる」
「俺にそんなことまで教えて良いんですか?」
「同じ騎士だからかな? たとえ騎士団が異なっても、騎士は騎士同士だろう?」
戦機を駆る騎士は、特殊な遺伝子構造を持った者で無ければならないらしい。その発現確率は10万分の1ともいわれている。王国の総人口は5千万人ぐらいだが、騎士となれる者は人間族に限られている。人口比では獣人族の四分の一だから、100人程度になるはずなのだが実際にはもう少し多いということだ。
騎士の遺伝子を引く子供が騎士の遺伝子を受け継ぐ確率は10倍以上に高まるといわれている。それでも少ないことは確かだし、ある意味エリート意識があるのかもしれない。
だけど……、俺は騎士なんだろうか? そんなことを今まで一度も言われたことが無い。
エレベータから出ると通路が左右に伸びている。男の後に付いて右手に歩いていくと、直ぐに扉の一つを前にして男が振り返った。
とりあえずは事情聴取ということなんだろう。尋問されるのは嫌だが、何かあればアリスが救ってくれるに違いない。
「ここだ。入ってくれ」
言われるままに部屋に入る。小さな部屋には低いテーブルとソファーが2つ並んでいる。壁紙は薄緑で、下に小さな花が咲いていた。