295 オバケじゃないよな?
翌日。ホテルの朝食の席にやってきたのは、ヴィオラ騎士団の団長と筆頭騎士だった。
ドミニクの孫の孫にあたるんだから、世代交代も甚だしいな。
「リオ様ですか? なぜ私共のパレスに来られなかったのです」
「すでに世代交代が順調に行われているんだ。今更だろう? それに今回地中継点にやってきたのは仕事ではないからね。妻達の遺言を守るためだ」
「ひょっとして!」
「やはり、中継点は妻達の思いでの地。ここに眠りたかったようだ」
「それならばなおの事!」
「終わったことだ。俺が忘れなければそれで良い。それより、戦姫と戦騎は使えるのか?」
俺の言葉に筆頭騎士が首を振った。
やはり一時的な発現だったんだろうな。今ではパレスのエントランスに飾られているのだろう。
「3王国にも戦姫を操れるものはおりません。ナイトにゼロ、スレイプニルが戦姫の代りをしています」
それを知った航路管理局が動くことはあるのだろうか?
まだアリスは稼働状態を維持している。あの約定を破ることがあれば航路管理局を潰すことも考えねばならないな。
「失礼ですが、リオ様が使っておられたアリスはどこの置いてあるのでしょう? できれば騎士団に返還して頂きたいのですが?」
「ん? 一度記録を調べてみることだ。アリスは俺個人所有の戦姫であって、騎士団の所有物ではないぞ。
それと、警告しておく。万が一、アリスにその言葉を言ったなら、アリスを敵に回すことになりかねない。アリスは自律制御が可能だ。その思考能力はかつての天才カテリナ博士に迫る」
「私達には利用することができないということですか?」
「無理だろうね。ドミニク達の遺灰を収めたら、直ぐにこの地を離れるつもりだ。お前達で対応できない場合は、このコードを使ってくれ。直ぐに現れる」
「今のところは平穏です。ですが……」
「航路管理局なら問題ないぞ。干渉してきたら連絡してくれれば十分だ」
2人が俺に頭を下げて去って行った。
全ての戦姫が動かない状態を憂いているのだろう。だがその為にゼロやナイトを作ってあるのだ。少なくともライデンで鉱石採掘を行う上では問題はないんじゃないかな。
アリスのいる火山島でも釣りはできるだろう。
桟橋の商会で釣竿を手に入れた。
自給自足ということになりそうだから、トランク1つに食料を買い込む。
ビールは場所を取るからブランディーで十分だろう。タバコを大人買いしたらライターをおまけしてくれた。
翌日。朝食を終えると政庁の護民官の部屋を訪れた。
護民官だけかと思っていたら、ヴィオラ騎士団長と筆頭騎士がすでに到着している。
「さすがにリオ様だけという訳には参りません。ヴィオラ騎士団を代表して2人にきて頂きました」
「ありがとう。後で妻達の武器をヴィオラ騎士団に送る。遺産は妻達の意思でこのように分配される。騎士団には四分の一になるが我慢して頂きたい」
「まさか遺産があるとは思いませんでした」
「いろいろやってきたからねぇ。俺の遺産の分配はウエリントン王国の第二離宮の住人に任せることにしている」
どんな分配を行うか楽しみだな。全てを王国の資産に組み込んでも文句はないけどね。
「さて、揃いましたから出掛けましょう。眺めの良い場所を確保してありますから」
護民官の専用車で目的地に向かう。
昔作ったタクシーに似ているのは気のせいかな?
「ここです。すでに穴を掘りました」
車を下りて周囲を眺める。中継点の入り口が見えるし、反対側には広大な荒れ地が広がっている。
確かにここなら満足して貰えるだろう。
穴に納めようとして気が付いた。これって絶対に次の建設を行う予定なんじゃないか?
直径50cm深さ1m程の穴も周りには10m四方ほどに岩盤が揃えられている。
とりあえずは、レイドラの言った通りにしよう。
穴の中にクリスタルの容器を収めて後ろに下がると、ドワーフ達が直径1m四方の大理石をその上に乗せる。大理石の上にはステンレスのプレートが埋め込まれているから、これで約束通りとうことだな。
手を合わせて妻達の安らかな眠りを祈る。
さて、これで約束はおしまいになる。
色々と世話になったけど、今では良い思い出だけが残っている。
「ありがとうございます。これで妻達との約束を果たせました」
「これからどこへ?」
「もう1人、大切な人物が待ってますからね。たぶん遺言ぐらいは残してくれたはずです」
ホテルに戻ると、レイドラが残してくれた書類を政庁に届けた。
ドミニク達がどのぐらい遺産を残したのかはわからないが、少ない金額とも思えない。何か良いことに使ってくれれば喜ぶんじゃないかな。
「今度はどこに行くの?」
「アリスの待っている島だよ。しばらくお菓子は買えないからここでたくさん買っておくと良いかもしれない。ノンノ達も待ってるはずだからね」
ドロシー達の手を引いて商会の建物に向かう。
3時間後、まるでフレイヤ達と買物をした時みたいに大きな荷物を運ぶことになってしまった。
ホテルのカウンターで支払いを済ませてから部屋に向かう。
部屋のカギをかけずに荷物を整理したところで、アリスに声を掛けた。
『どうやら、こっちは終わったよ。火山島に向かいたいがどうすれば良い?』
『亜空間を通ってきてもらいます。
そちらの座標を確認したところで空間を開きますから、そのまま入ってください。ドロシー達や荷物もそのまま入れてください』
しばらく待つと、リビングの中央に亜空間が開いた。中は真っ暗だけど大丈夫なんだろうか。トランクや荷物を投げ込んだところで、ドロシーとシグの手を繋いで亜空間に足を踏み入れた。
おっと……。床上30cmほどの場所に突然足を踏み出した感じだ。
どうにか転ぶのは防いだ感じだな。
周囲を見ると20m程の高さに屋根のある広場という感じだ。天井はガラス張りなのだろう、青空が広がっている。
それにしても大きな広場だな。子供達の運動場に仕えそうだ。
『ようこそ。ここがカティの島です』
『それって、カテリナさんの愛称じゃなかったか? 相変わらずだなぁ……』
最後までぶれない人だったようだ。
『どこに向かえば良いかな?』
『ぐるりと広場を見てください。青色の表示灯が付いている扉がリビングに続いています』
『了解だ』
トランクを押して進むことになりそうだ。ドロシー達の袋をトランクに乗せてゴロゴロと押していく。ドロシー達も2人でトランクを押しながら後ろをついてきた。
これだな。扉はあったが取っ手が無い。扉に埋め込まれた金属製のプレートに手を近づけたら横にスイッとスライドした。
10m程先に同じような扉が見える。青い表示灯が付いているから、あの先ということなんだろう。
2つ目の扉を開くと、大きな空間に出た。まるでパレスのリビング並みの大きさがある。
部屋の奥は壁ではなく、ガラス張りになっている。その向こうに見えるのは池のようだな。周囲には熱帯の植物が茂っている。
ガラスの壁近くにあるソファーに腰を下ろしたら、ドロシー達がテーブル越しの席に座った。
ここで一服したいんだが……、タバコを取り出してドロシーに見せると頷いてくれたから安心して火を点けた。
携帯灰皿を出して、とりあえず一服だ。
それにしても、さすがはカテリナさんだけのことはある。よくもこんな設備を作ったものだ。
「待ってました!」
懐かしい声に、声の主を探すとトレイを持ったノンノ達がやってきた。
少し大きくなったのかな。ドロシーよりも幼く感じたんだけど……。
「カテリナ博士が大きくしてくれたんです。ドロシー達が来たら同じ措置をするように言いつかってます」
「それは大変だったね。それでカテリナさんはどうなったんだろう?」
マグカップにたっぷりのコーヒーは薄味で甘いアメリカンだ。
俺の好みをカテリナさんが教えておいてくれたのかな?
「ようやくやってきたにゃ。ずっと待ってたにゃ」
思わず後ろを振り返ってしまった。
そこには笑みを浮かべたメープルさんが立っていた。
足はあるからお化けじゃないよな。ネコは15年生きると化けるとも聞いたけど……。
「お化けじゃないにゃ。幽霊とも違うにゃ」
「でも、メープルさんとは俺達のところから去っていきましたよ」
「死ぬことが出来なくなってたにゃ。肉体は無くとも意思はあったにゃ。カテリナ博士が肉体を作ってくれたにゃ」
肉体を作るってどういうことだ?
それに死にきれないというのも気になるな。
だけど、これからはずっと一緒に暮らせるに違いない。
ノンノ達がドロシーを連れて行く。少し大きくなったドロシーになるのかな?
また賑やかになりそうだな。
ドロシー達が座っていた席にメープルさんが腰を下ろす。あのふくよかな服装ではなく布地の多いビキニを着ている。
そう言えば、少し暑いな。窓の外に広がる植物も熱帯だから、やはり南の島だったんだ。
「バングルにこの島の施設配置をダウンロードするにゃ」
言われるままに仮想スクリーンを展開すると新たなファイルを見付けた。これをダウンロードするんだな。
直ぐに終わったファイルを開くと仮想スクリーンに施設の配置図が現れた。現在地が青色で表示されている。
「リオ様の部屋は『01』にゃ。とりあえず荷物を置いて着替えると良いにゃ」
「そうさせてもらうよ」
ちゃんと部屋が用意されてたんだ。
場所はこの位置から調度反対側だから、ドーナツ状に部屋を作っているのだろう。
部屋はそれほど大きくはない。キングサイズのベッドが1つにテーブルセットが1つだけだ。クローゼットにトランクを収めてサーフパンツとサンダルを取り出す。愛用した密閉容器にタバコを入れれば十分だろう。
再び、メープルさんのところに歩いて行く。
色々と聞きたいことがあるからね。
俺が戻って来ると、さっきまであったコーヒーがアイスコーヒーに変わっている。
ガラス製の灰皿も置いてあるから、メープルさんも話がしたかったのかな。
「色々と聞きたいことがあるんですが?」
「こっちも話したいことがいっぱいあるにゃ。でもその前に、タバコが余ってないかにゃ?」
思わず吹き出してしまった。切らしてたんだろうな。
後で1カートン渡しておこう。今はこのタバコで満足してもらおうかな。
「後で1箱進呈します。今はこれで……」
小さな手を伸ばして、密閉容器から取り出したタバコを1本手に取った。ライターで火を点けると美味しそうに笑みを浮かべている。
「ついつい切らしてしまったにゃ。次の補給には間があるから困ってたにゃ」
「たいへんでしたね。それにしてもお元気で何よりです。ですが1つ疑問が? 肉体と精神は異なるんですか?」
「よくわからないにゃ。体が動かずに困ってたらカテリナ博士が助けてくれたにゃ」
一気に老化が進むというライデンの人間はドミニク達で分かったつもりだ。だけどメープルさんはナノマシンを過剰投与されたおかげで死にきれなかったということになる。脳細胞までナノマシン化が進んでいたんだろうか?
それは俺とアリスが不老不死であることに似ているような気もするな。ナノマシンの自動再生システムがうまく機能すれば人類は死を克服することができるんじゃないのか。
「その通り。さすがはリオ君ね!」
今度は本当にびっくりした。思わず椅子から飛び上がったほどだ。
恐る恐る後ろを振り向くと、いたずらが成功したと笑みを浮かべているカテリナさんが立っていた。