294 思い出の地
アレクが三日月島を去ってから10日が過ぎると、アレク達の長男が島を訪れたから、アレクの後任ということになるのだろう。
他の船の住民も、島を去ったりこの島で最後を迎えると、子供達がやって来る。
そんなある日の夕食が済んだ後に、ベラスコ達がワインを持って俺達のところにやってきた。
「今夜島を出ることにしました。色々とお世話になりました」
「ベラスコが先だとはなぁ……。俺達はここに残るつもりだ」
「あっちこっち巡りましたからねぇ。綺麗なサンゴ礁があるんです。もう1度そこに潜ってみようということになって……」
ワインのグラスを合わせながらそんな話に盛り上がる。
悲壮感はないんだよなぁ。思い出の場所に行きたいってことなんだろう。
家の連中は、ここが思い出の場所ってことかな?
「うむ? ベラスコも船を出すのか」
「ローザ様にも色々とお世話になりました」
「何の。我等も楽しかったぞ。これが祝いの酒じゃ! 我等も今夜、島を離れる」
ローザも出ていくのか?
思わず皆の顔がローザに向いた。
「かなり体にガタが出ておる。やはり最後は砂の海で夕日を見たいと思ってのう……」
「夕日は綺麗でしたねぇ。この島の夕日よりも……」
「じゃろう! 夕日を眺めながらワインを飲む……。良いじゃろう?」
確かに良いシチエーションだ。何よりもローザらしい感じだな。
深夜までワインを飲んでいたのだが、翌日の朝には2隻のヨットがなくなっていた。
寂しくなるなぁ……。
妻達が俺の下を去ったのはドミニクが最初だった。
レイドラが丁寧に折りたたんだシーツを俺の下に持って来たとき、レイドラが告げるまでもなくそれを知った。
そう言えば、珍しく寝る前にハグしてくれたんだよなぁ。
あれが別れだったんだろう。
「遺言で全員の遺灰を私が預かります。最後に私が中継点の尾根に埋葬することになっています」
「その通りにしてくれ」
レイドラの持つシーツを軽く叩いて最後の別れとした。
レイドラが、シーツを丁寧にトランクに詰めている。このままずっとレイドラがトランクを管理するのだろう。
クリス、ローラ、エミーが亡くなり、残されたのはレイドラとオデットそれにドロシーとシグの4人だけだ。
三日月島を去っても良さそうだな。
王都の桟橋でヨットを手放し、高速艇でヴィオランテに向かう。
保養所の1室を借り受けて、思い出深い島で過ごすことにした。
5人で過ごす日々は直ぐに終わりになる。
ヴィオランテに到着して10日もしない内に、オデットが俺の前から消えていった。
シーツに包まれた亡骸を大切にレイドラがトランクに納める。これで残ったのはレイドラだけだが、龍神族ということもありもうしばらくは俺と過ごすことができるだろう。
4人で渚の貝を拾ったり、海に潜ったりの日々が矢のように過ぎ去る。
そんなある日のことだった。
昼食を終えてドロシー達と昆虫を探しに出掛ける予定だったのだが、いつまでもレイドラがソファーから立ち上がる気配がない。
「レイドラ、気分でも悪いのかい?」
「そうではありません。私も種族と一体になる時期が来たようです。でも、それは私の記憶の一部。私はずっとヴィオラ騎士団員として暮らしていましたから、やはりヴィオラ騎士団員として最後を迎えたいと思っています。そこでお願いなんですが……」
明日の朝に何も見ずにシーツを畳んでほしい。そのままトランクに納めて王都の葬儀屋に持ち込み全員一緒に火葬にする。
遺灰をクリスタルの容器に入れて中継点の尾根に埋めて欲しい……。
「約束するよ」
「お世話になりました。私も皆と一緒で楽しかったですよ」
立ち上がって俺をハグしてくれた。
レイドラがハグしてくれるなんて初めてじゃないか?
ドロシー達には1人ずつ握手をして、頭をポンポンしている。俺のことを頼んでいるみたいだな。
ドロシーが俺に視線を向けて頷いている。
自分の部屋に歩いて行くと扉を閉める前に、微笑みながら俺に頭を下げてくれた。
ちゃんと約束を守らなければいけないな。
俺をジッと見ているドロシー達の手を取って部屋を出た。
昆虫探しは無理だけど、2人を連れて海岸を散歩することはできるだろう。
ドロシー達は何時もならレイドラと一緒に眠るんだが今夜はそうもいかない。
俺のベッドに2人を寝かせると、ソファーでワインを飲みながらタバコに火を点けた。
皆離れてしまった……。
レイドラの遺言を守ってから、アリスのところに行ってみるか。
ドロシー達には寿命が無いから4人を連れてこのライデンを離れるのも良いかもしれない。
人類の植民惑星はかなり遠くまであるみたいだからね。
翌日。ソファーに寝ていた俺を起こしてくれたのはドロシーだった。
眠い目をこすりながらシャワーを浴びる。
着替えを終えて、レイドラの部屋を開けるとベッドには誰もいない。
老化が一気に進んで人の体を保つこともできないようだな。そのままシーツを畳んで、レイドラが大切に保管しているトランクに入れる。
6人分の遺体が入っているのだが案外軽く持てる。ドロシー達に保養所を出ることを告げると、直ぐに荷物を纏め始めた。
俺のトランクが1つにドロシー達のトランクが1つ。フレイヤ達を収めたトランクの3つが俺達の荷物だ。ドロシー達が小さなリュックを背負っているけど、あの中身はお菓子に違いない。
保養所のエントランスカウンターで料金を支払い。高速艇の予約をする。毎日1便が王都に向かっているから都合が良い。
王都で一泊して、トランクを火葬にする。
受け取ったクリスタルの容器はビールを飲む容器に似ているな。
その翌日に、中継点に向かう。
高速艇で1日掛かっていたが、今は半日で到着する。ホテルに荷物を預けて、ドロシー達と政庁に向かった。
ヴィオラ騎士団のブレスレットと騎士の証は今でも健在だ。
直ぐに民生を預かる護民官の部屋へ案内された。
「まさか、リオ公爵にお会いできるとは……。どうぞ、こちらにおかけください」
護民官は女性だった。俺達をソファーに案内して座らせてくれた。小さなテーブル越しのソファーに腰を下ろすと、早速要件を聞いてくる。
「妻達の遺言を果たしたいのです。中継点の尾根に遺灰を埋めて欲しいと頼まれました」
「リオ様の奥様達全員ということですか! 廟を建てねばなりませんね」
ちょっと驚いているようだが、別にそんなものをドミニク達は望んではいないだろう。
「石にプレートを埋め込んでくだされば結構です。7人の名前を刻んでください。これが名前になります」
「金でよろしいでしょうか?」
「とんでもない。ステンレスで十分です。最初にこのホールを見付けた時は小さな騎士団でしたからね。彼女達は当時に戻ってこの中継点を見ていたかったのでしょう」
大きさも50cm四方で十分だと話しておいた。5m四方なんて言葉が出て来るんだから困ったものだ。
「それでよろしいのですか? この中継点の礎を作った騎士団長達ですよ!」
身を乗り出して俺に詰め寄って来るんだけど……。こんな護民官でだいじょうぶなんだろうか?
「自分達の出来ることを精一杯しただけですから、それで十分です。それで埋葬の許可と良い職人を紹介して頂きたいのですが?」
「好きな場所に埋葬を許可します。職人は私が手配いたしますから、2日後に再度ここに来ていただけませんか?」
「ただという訳には、行かないでしょう。これを使ってください」
数個残していた宝石の原石を使おう。だいぶ値段が安くなっているようだけど、金貨50枚程度にはなるはずだ。
「立派な廟が作れますよ」
「プレートだけで十分です。余れば中継点の民政予算としてください」
護民官の部屋を辞して、今夜のホテルを探す。数日は滞在しなければなるまい。
いまさらパレスを使わせてもらうのもねぇ……。
小さなホテルを見付けて、滞在日数を告げると荷物を置いてベランダから桟橋の様子を眺めることにした。
どうやら2つの騎士団が入港しているらしい。
相変わらずの盛況だ。これなら長く中継点を維持していくことも可能だろう。
夕食前に久しぶりに黒のツナギを着て装備ベルトを付ける。
まだヴィオラ騎士団員として登録されているから、問題はないはずだ。ドロシー達はグレーのツナギだ。拳銃ではなくホルスターにはスタンガンが入っているらしい。
「さて、出掛けてみるか? 何か食べたいものがあるかい」
「チョコパフェが良い!」
ん! チョコパフェねぇ……。そうなると、ファミリー向けのレストランかな?
ドロシー達を連れて桟橋に出た。俺達の服装を見て驚いている人もいるけど、騎士団には色んな人がいるからね。
親子で乗っているのだろうと言った感じで、視線を基に戻している。
俺達の前を歩く家族連れが入ったレストランに、俺達も続けて入った。
「席はあるかい?」
「3人様ですね。こちらへどうぞ!」
ネコ族の男性の後について席に向かう。ドロシー達と席に座ったところで、近づいてきた店員を呼び止めて料理を注文する、
やがてやってきたチョコパフェを見てドロシー達が目を輝かせている。
俺はステーキを食べることにした。
「ん? 子供には食事をさせぬとは、どこの騎士団だ?」
突然背後から、男の声がした。振り返ると数人の男女が俺を見ている。
「俺のことですか? ヴィオラ騎士団のリオを言います。一応騎士ですよ。それで?」
「何だと! 聞いたこともないぞ。騎士の詐称は重罪になるんだよな」
どうやら、他の騎士団のものらしい。いくら何でもヴィオラ騎士団ではないだろう。この制服を知らない筈はないだろうし。
後ろの女性がどこかに連絡を始めた。面倒にならない内に早めに食べておこう。
どうにか食べ終えようとしているところに、数人の男達がやってきた。
いずれもトラ族の男達だ。俺達の方にゆっくりと歩いてくる。
「連絡をしたのはどなたですか?」
「私です。この男が騎士を詐称しています。しかもヴィオラ騎士団を名乗るなんて……」
「ほう。それでは申し訳ありませんが、名前と騎士のブレスレットを見せて頂けませんか?」
「これで良いのかな?」
右腕のジゼル合金のブレスレットを見せる。左手の指輪も合わせておけば十分だろう。
「間違いなくヴィオラ騎士団ですね。しかも騎士ですか……。名前はリオ……、まさか!」
俺の横でトラ族の男達が一斉に横に並び最敬礼をする。
「失礼いたしました。身分確認など恐れ多いとお詫びいたします」
「え? なんで?」
騎士風の男女が成り行きについて行けずに首を傾げている。
「確かハーゼル騎士団だったな。騎士のトップを目指すというなら、名前ぐらいはしっているはずだ。このお方こそ、この中継点の初代公爵。リオ様だ。戦姫を駆っての活躍は有名だぞ」
「まさか! 本当なんですか?」
「今でも騎士だよ。さっきの話だけど、この子達は意思を持った電脳なんだ。食事は必要ないんだけど、なぜかチョコパフェが大好きなんだよなぁ」
「お詫びと言っては何ですが、こちらで我等と酒を酌み交わしませんか? こんな話が団長に聞かれたら騎士団を追い出されそうです」
「いや、騎士は誠実であれ、がもっとうのはずだ。君達の行動は正しいと思うよ。それと、ありがたく頂こうか!」
席を立つと、先ほどの男が先導してくれる。
銀貨を数枚、トラ族の男に握らせて酒でも飲むように伝えておく。
騎士団にバレてしまったかな?
できれば関わり合いにならずに中継点を離れたかったんだが。