293 アレク達は景色の良い無人島へ
船尾でアイスコーヒーを飲みながら一服を楽しむ。
ドロシーはダイアナを操船しているし、シグは仮想スクリーンを展開して他のヨットの動向と進路を確認しているようだ。
フレイヤ達は船のリビングで、漁場をどこにするかを考えているようだが、どこで初めても良さそうに思えるんだけどねぇ……。
科学衛星からの画像を拡大して潮流や温度差、風の向きなどを調べながら真剣な討論をしている。
どうやら、ドロシーは真直ぐ西に向かっているようだ。
あまり遠くに行かないで漁をしたいのは俺だけなんだろうか?
急にヨットが回頭を始めた。どうやら漁場を決めたらしい。
「どうにか纏まりました。昼前には到着します」
「昼間は素潜り漁なんだろう? 昼食後に始めるのかな?」
「そうですねぇ……。少し早めの昼食になりそうです」
船尾に姿を現したのはローラだった。フレイヤ達は道具の用意を始めたらしい。
俺の準備はローラ達がしてくれるらしいから、ここでのんびりしていても問題は無さそうだな。
「ほらほら、起きて頂戴! 昼食よ」
フレイヤに体を揺すられて目を覚ました。
朝が早かったからねぇ。いつの間にか寝ていたらしい。
昼食はシーフードのドリアだった。スパイスが効いているから食欲を刺激してくれる。
食後のフルーツジュースが甘く感じるほどだ。
「ヨットに2人残るから5人で素潜りができるわよ。水中銃の使い方はベラスコに教えて貰ったけど、まだ覚えているでしょう?」
「どんな魚でも構わないわ。選別ができるネコ族の小母さんが2人来てくれたからね」
確かにそれも重要なことに違いない。俺達にはどれが食べられる魚か分からないからね。
マリンシューズに履き替えてフィンを履き、シュノーケル付きのマスクを被る。
グローブを付けて、フライヤが渡してくれた水中銃を持てば俺の準備は完了だ。
「それじゃあ、始めるよ。水中銃は危険だから、前方に注意してね」
「直ぐに後を追うわ。頑張ってね!」
フレイヤ達の準備風景を見ながら船尾に向かう。ドロシー達が付いてきてくれた。船尾で俺達の様子を見守ってくれるのかな。
ドロシー達に手を振って海に飛び込んだ。
水深は10mもないだろう。海底にはサンゴの林が続いているが、かなり起伏もあるようだ。テーブルサンゴの裏に目を向けると、大きな魚が俺を見ている。
先ずはあれからか?
ゴムを引き絞ってスピアをセットする。スピアには5m程のラインが水中銃の手元にあるドラムに巻き付けてあるから、それを伸ばしておいた。
ゆっくりとサンゴに近付き、魚の手前まで水中銃を伸ばしてトリガーを引いた。
当たった瞬間にラインを手で手繰る。
バタバタと暴れる魚体を早くサンゴから引き離さないとラインがサンゴに絡んだり、スピアが折れてしまいそうだ。
力ずくでサンゴから引き離した魚はそれほど暴れなくなった。
かなり出血したから気絶してしまったに違いない。
海面に顔を出しヨットを探す。
30mほど先にヨットを見付けて泳ぎ始めた。先ずは幸先が良いな。
日が傾く前に数匹は獲れるだろう。
何匹目かの獲物をヨットに届けると、ヨットに上がるようにフライヤが声を掛けてくる。
素潜りを終えるのだろうか?
船尾に降ろしたハシゴを上って船尾のデッキに上がると、エミーがホットコーヒーのカップを渡してくれた。
「だいぶ獲れましたよ。私も3匹突いたんです!」
「凄いね。そうなると、次は夜釣りということになるのかな?」
「その前に一休み。疲れてるでしょう?」
ドロシーがクーラーボックスの蓋を開けてシグと一緒に覗き込んでいる。
ドロシーの後ろから俺も覗き込んだら20匹を超える魚が入っていた。今夜の釣りも期待できそうだな。
コーヒーを飲みながらの一服は何となく心が落ち着く。
軽い疲労感があるのは半日ほど素潜りを続けたせいだろう。次はすこしのんびりと漁をしても良さそうだな。
「今のところはどのヨットも似たり寄ったりかな。今夜が楽しみね」
「他のヨットと交信してたの?」
「やはり向こうも気になってたみたい。同時に通信ができるからちょっとした女子会よね」
アレク達も苦労してるんじゃないかな。とはいえ、次はアレク達が得意とする釣りだからね。俺達の船が一番人数が多いんだけど、果たしてアレクにどれだけ迫れるかな。
夕暮れが始まる前に船尾にテーブルを出して夕食を取る。
ピラフとスープは、やはりスパイスをふんだんに使っているな。デザートのフルーツケーキで口直しということなんだろうか?
これでお弁当がなくなったけど、元々ヨットには食料をたくさん積んである。
寝る前に摘まむぐらいはできるだろう。
「今度は夜釣りね。竿は4本出すんでしょう?」
「全員同時には無理だとアレクも言ってたからね。交代しながら釣れば良いんじゃないかな」
餌は、昼間の間にドロシー達がサビキ仕掛けで釣り上げた小魚の大きな奴を3枚に下ろしてある。釣り針に差すだけだからフライヤにもできるだろう。
大きな魚が掛かればタモ網ですくい上げることになるんだが果たしてどうなるかな?
日が暮れたところで早速始めたんだが、直ぐにフレイヤが1匹釣り上げた。
火ばさみのようなトングで魚を掴み針を外すと、クーラーボックスに投げ込んでいる。
次はドミニクが釣り上げた。
俺には全く当たりが無いんだが、場所が悪いのかな?
竿をローラに渡して、一服を始めたらローラが直ぐに釣り上げた。
この漁場は呪われてるんじゃないか?
12時まで夜釣りを楽しんだんだが、俺に釣れたのは2匹という結果だ。フレイヤが10匹以上釣り上げてるんだよなぁ……。明日に島に戻ったら、アレクに相談してみよう。このままでは俺の矜持に関わってしまう。
翌日は昼過ぎまで素潜りを行って、島に帰ることにした。
まだ動き出していないヨットもあるようだが、俺達の先を行くヨットもある。
明日から2日の休みがあるから、少し反省してみよう。
島に戻ると、トラ族の男達がバギー車で獲物を回収にやってきた。バギー車の後ろに連結した大きなクーラーボックスに、重量を計って獲物を入れている。
順位を確認するのかな?
ちょっと気になるけど、大漁だった場所をプロットすれば、周辺の漁場が見えて来るかもしれないな。
すっかり疲れた気分でバンガローのリビングのソファーに寝転んだけど、っフレイヤ達はデッキで帰ってくるヨットを眺めているようだ。
退屈ではないけど、疲れることは確かだ。
しばらくアリスと会話をしていないことに気が付いた。隠匿ラボでノンノ達と楽しく暮らしていれば良いのだが……。
『マスター……』
『アリス。久しぶりだね』
『カテリナ博士が今朝早く……』
『そうか。ドミニクは知っているんだろうか?』
『たぶん知らないと。この世界では、見送る風習が無いようです。王族もその範疇の様です』
さすがに元国王についてはある程度周知されたようだが、王妃達はこの世界の風習に従っているのだろう。
いつかはフレイヤ達も、俺の傍を離れていくんだろうな……。
『ところでアリスは何をしてるんだい?』
『カテリナ博士の残務整理とノンノ達のバージョンアップをしています。ドロシー達はマスターがここにやって来たときに行うつもりです』
『長く掛かりそうなのかい?』
『カテリナ博士が途中で放置した研究がありますから、今のところは退屈してませんよ』
それなら良いんだけどね。
たぶんカテリナさんが、アリスの為に自分の研究を残しておいたのかもしれないな。
だけど、どんな研究なんだろう?
あの島が爆発するようなことは無いんだろうな。
全てのヨットが島に戻ってきたところで、集会場で祝杯をあげる。
最初だからねぇ……。あまり漁の結果は良くなかったようだ。一番少なかったバンター達でも重量は50kgを越えているし、大漁だと言っていたアレクでさえ2番手のローザ達と10kg程度の差でしかない。
ローザの夫が釣り好きだとは知らなかったな。アレクも思わぬ伏兵に驚いているようだった。
「5位とはねぇ……」
「それでも100kg近いんだから、十分だと思うけどなぁ。最初から1番では追われる立場になってしまうよ」
「順位を上げるのも楽しみってこと? そうね。そう考えましょう」
残念そうな顔をしていたクリスが笑みを浮かべてくれた。
フレイヤ達はサンドラ達を睨んでるんだけど、それって大人げないんじゃないかな? 娘達には見せられないと思っていると、三日月島の取り決めを思い出した。親子は除くという取り決めは、これを見せたくなかったに違いない。
翌日。アレクに夜釣りの心得を教えて貰った。
どうやら待つのではなく誘うことが大事らしい。
「簡単に言うと、竿先を30cmほど上下に揺らすんだ。なるべく単調にならないようにするのがコツだぞ」
「良いことを聞きました。次は俺達だって上位に行きますよ」
一緒に聞いていたバンターがアレクに言葉を掛けたけど、アレクは気にも止めない。それだけの自信があるのかな?
思い付きで始めた漁生活は、慣れてくると中々おもしろい。
評判を聞きつけて数隻増えることになったから、参加している騎士団も喜んでいるに違いない。
ドロシー達がサビキ仕掛けで釣り上げた小魚は獣人族に人気があるようだ。唐揚げにして頭からバリバリと食べてるのを見て1匹食べてみると、これが美味しい!
夕食に一皿出して貰ったらたちまち皆が気に入ったようだ。
昼間の素潜り漁の片手間にサビキで小魚を釣る者が多くなったのは、自然の成り行きということなんだろう。
1年ほど漁を続けて、再度ギルドと調整をしたようだが、その内容は漁師を廃業した人物の雇用に関することだったらしい。
やはり素人が多いってことなんだろうね。3家族がやって来るらしいから少しは獲れ高が増えそうだ。
楽しい日々がいつまでも続くのかと思っていたのだが、1人、また1人と一緒に漁を楽しんだ者達が島を去っていく。
ライデンの住民は長命と不老を獲得しているのだが、200歳前後でその寿命が尽きる。その時は一気に老化してしまうらしい。
誰もがミイラのような自分の姿を見られるのが嫌なのだろう。
死期が近づいたことを知った時には、誰からも知られぬように仲間から離れていき、
誰にも看取られずにその姿をライデンから消してしまうのだ。
「色々と楽しかったな。最後まで楽しめたのはリオのおかげだ感謝するよ」
「今度は負けませんよ!」
「それはできない相談だ。ベラスコにはよろしく言っといてくれ」
一緒にビールを飲んでいたアレクが突然真顔になって俺に言葉をかけてきた。
フレイヤが驚いたように目を見開いている。
「そういうことなの。景色の良い無人島を見付けてあるから、そこで暮らすわ。私も楽しかったわよ」
サンドラがフレイヤの手を握っている。
これが見納めになるんだろうな。ベラスコは少し遠出をしているから帰るのは明日になるんだろう。
アレク達は今夜発つつもりなのかな?
改めてワインの封を切り、皆でグラスを掲げる。
翌日の朝。アレクのヨットは姿を消していた。
「兄さんもなのか……。私達も準備はしているんだけど……」
何時もの場所にヨットが無いことに気が付いたフレイヤが呟いた。
神妙なことを言ってるけど、皆がレイドラに荷物の始末を託してるんだよなぁ……。