292 準備万端
5日程の王都はフライヤ達にとってもちょっとした息抜きになったらしい。
ヴィオラ騎士団領の大使館公邸で厄介になったようだが、そこはかつてのドミニクの実家があった場所だ。今では立派な建物が建っているらしいから、近所の貴族達も安心しているだろうな。
「ギルドとの合意は出来たわ。大陸から100km沖合で年間300tまでは、安価な価格で騎士団内に流通しても構わないそうよ。それ以上獲れた時は近くのギルド直営市場に運んでほしいと言ってたわ」
「ギルドにとっては微々たる量ということなんだろうな。制限はそれだけか?」
「漁は釣りと素潜りに限定、それに船の数が30隻を超える場合は再度調整したいと言ってました」
大規模船団になるのを警戒しているのかもしれないな。
それにしても年間で300tねぇ……。そんなに獲れるんだろうか?
「12騎士団に打診したところ、バルゴ騎士団から返事がありました。3隻を派遣したいと言ってます」
「それと、ローザ達とばったり出会ったの。絶対参加すると言ってたわよ」
バルゴ騎士団も海から離れた場所に拠点を作ったから俺達の中継点と同じ悩みがあるのかもしれないな。
船の枠の余裕はかなりあるから、他の騎士団は様子を見ながらの参加になるのかもしれない。
ローザ達の参加は、完全に退屈凌ぎだろう。
これで昔のように騒げるんじゃないか? アレク達も嬉しそうな顔をしている。
「一番難航したのが、漁の拠点よ。エミー達のおかげかもしれないわ。王族のプライベートを1つ借り受けたわ。タダだけど、私達が活動することで王国の新たな雇用が出来るのを喜んでくれたから、福祉政策の一環になるのかしら?」
「雇用というと?」
「獣人族の人達の職場が少ないらしいの。50人程を雇うことになったわ。これが島のレンタル料になるんでしょうね」
産業が作られると、その周囲にまで影響が出て来るってことか。
状況に応じて増やせるだろうし、それぐらいなら俺の口座から出しても問題は無さそうだな。
「マリアンが来てくれるわよ。面倒な事務手続きは任せられそうね」
「そうなると、宿舎だなぁ……。いったいどれだけの設備がいるんだろう?」
「マリアンに頼んであるわ。私達が発起人だから、私達で揃えましょう。バルゴ騎士団とは調整がいるかもしれないわね」
最後に、プライベートアイランドの映像が映し出された。
三日月型の島だから、大きな入り江がある。
砂浜も広いし、植生も豊かに思えるな。だけど、この島を借り受けても良いのだろうか? 良いリゾート地にもなるような感じも受けるけど。
「ほう、中々良いじゃないか。良くも王族から借りだしたものだ」
「島のサンゴ礁を出ると直ぐに15mほどの深さになるそうです。あまり面白みのない海だそうで、ずっと放置されていると言ってました」
アレクの問いに、レイドラが答えている。
面白味のない海に魚がいるんだろうか? ちょっと気にはなるんだけどねぇ。
「ここから離れてるんでしょうか?」
「南東に120kmほどかしら。王都からは200km近く離れているのも、王族達が利用しかねている理由かもしれないわ。危険な海域はさらに南に500kmほど行くことになるから、海の巨獣を心配することは無いと思うわよ」
海の巨獣は一度も見たことが無いんだよなぁ……。ん! スコーピオは海の巨獣だったか。だとしたらそれ以外は見たことがないな。
島の名前が無いとのことだから俺達で突けることにしたんだけど、『三日月島』は見た目のままだ。
ちょっと捻っても良さそうに思えるんだけどねぇ……。
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三日月島に設備を作るのに1年半が掛かってしまった。
ここで暮らす条件を120歳以上で、親子関係にならないこととしたから同年代の連中になる。
バルゴ騎士団から3隻、テンペル騎士団から2隻、ローザ達が1隻にヴィオラ騎士団から1隻が増えた。どうやらバンター達もヨットを購入していたらしい。
「これで始めることになるが、住民は増えるかもしれん。獣人族の手伝いは30人で良いだろう。ところでいつ頃やって来るんだ?」
「もう向っているそうよ。マリアン達も友人を誘ってくると言ってたわ」
アレクの問いに答えたのはフレイヤだった。
しばらくは歓迎会で騒げそうだな。俺達の船にも名前を付けた。クジ引きにあたったエミーが付けたのは、『ダイアナ』という名だ。三日月島だから、それに合わせたのかな?
アレクは『ナイトⅡ』で、ベラスコは『リゼル』になる。ベラスコの場合は孫の名前らしい。
結構、ヨットの名前の出所はおもしろいな。そのヨットに乗る連中がどんな連中かが分かる気もする。
「一番早いのはローザ達かしら? カタマランで猛スピードで向かってるみたい」
「昔から変わらないのね。でも、ローザに釣りができるのかしら?」
「釣りは短気な奴が向いてると聞いたことがあるな。そうなるとローザが一番適任の筈だ」
アレクのローザ達への評価は少し厳しいんじゃないか?
あの性格でも、常に国民の為を思って行動していたんだよなぁ。まあ、ダメならベラスコと一緒に素潜りで頑張れば良いだろう。
「獣人族の代表は、ネコ族のミーネさんよ。ライムさんの孫にあたるらしいの」
「それは安心だ。やはり一緒に苦労した連中の子孫だからな」
そう言ってアレクが席を立つ。
住居はできたんだが、まだ家具が揃わないから俺達はヨット暮らしのままだ。
数日後にやって来る獣人族の人達と一緒に、家具も届くらしい。
数日後に高速艇がやってきた。海上に着水して桟橋に近付くと、続々と獣人族の人達が下りてくる。
船倉から荷役用の円盤機が大きな荷物を次々に俺達の住み家に運んでいる。
今日からは動かないベッドで眠れそうだな。
浜辺でアレク達とビールを飲みながら、そんな光景を眺めている時だった。
沖合からとんでもない速度でこっちに向かってくるヨットがある。
「なんだあれは? どっかの酔狂な貴族辺りか」
「カタマランですねぇ……。ひょっとして、ローザ様?」
たぶんそうに違いない。
ヨットを戦姫と勘違いしてるのかもしれないな。あの性格が今でも残ってるなら、もう治らないんじゃないか?
入り江に入ったところで急速制動と回頭を一緒にするから、一瞬カタマランが水飛沫の向こうに隠れてしまったほどだ。
かなり大きな動力炉を搭載しているに違いない。
ゆっくりと、桟橋に近付き停船すると直ぐに10人程が下りてきた。先頭を歩いているのは間違いなくローザ本人だな。
桟橋に手を振ると、俺達に気が付いたのだろう、両手で大きく手を振ったかと思ったら桟橋を駆けだした。
「兄様! またおもしろいことを始めるようじゃな。中継点の為とあらば我等も協力するにやぶさかではないぞ」
「来てくれたか! ありがとう。宿舎の方にエミー達がいるはずだ」
「あっちじゃな! それじゃあ、今夜改めて挨拶するぞ」
砂浜を駆けてきて、いきなりハグしてきたんだが、直ぐに仲間のもとに向かって行く。相変わらず行動的だな。
「あのカタマランに『トリケラ』と書かれてますよ」
「確かにトリケラだ。あまり近くに寄らん方が良いだろうな」
アレク達が呆然とした表情で桟橋に向かって走っていくローザを見ている。それにしてもトリケラねぇ……。散々狩った巨獣じゃないのか。
獣人族の人達がやってきて、10日も過ぎると入り江の桟橋にヨットがずらりと並ぶ。
皆大型の船だから壮観な眺めだ。
新たなヨットが到着するたびに浜辺で宴会をしていたのだが、今回はこの島の集会場に皆が集まっている。
夕食が終わり、集会場に篝火を模した明かりが点くと、ワインを片手に明日からの行動がドミニクによって告げられた。
「いよいよ明日から漁を始めるわ。漁は明日の朝にヨットを出して明後日の日暮れ前に戻ることが条件よ。2日の休みを取って再び2日間の漁を行う。
ヨットに積んだ大型クーラーに満杯になればその前に島に戻ることで良いわね。明後日の夜には大漁を祝ってここで祝杯を上げたいわね」
うんうんと皆が目を輝かせている。
俺達もアレクに同行して貰って釣竿と仕掛けを手に入れたし、ベラスコには素潜り漁の道具を見繕って貰った。
新品が良いのかどうかは微妙だけど、獲れなかったら道具のせいに出来ないんじゃないかな。
「この島の周囲に注意することはありませんか?」
「漁についてはまったくないみたい。危険な魚や海の巨獣もいないから、思いっきり漁を楽しめるわよ」
明日の漁の話しで集会場が盛り上がる。
あまり飲むと、漁が出来なくなるんじゃないかな? そんな心配をしながらベラスコ達とワインを酌み交わす。
3時間程飲んだところでロッジに戻る。数十mほど海上に張り出した桟橋にバンガロー風の家が並んでいる。
その中の1つが俺達のバンガローだ。
中は大きなリビングと個室が3つにシャワールームになっている。海側に大きなベランダがあるんだが、昼間は直ぐ下の海で魚が泳いでいるんだよな。
魚影は濃いということなんだろう。
海面まで2mほどだからベランダから海に飛び込むこともできる。ジャグジーを作らなかったのはこの海があるからだろう。
3つの部屋にフレイヤ達が2人ずつ済むようだ。俺はどこに? と聞いたら日替わりで部屋を替えるように言われてしまった。今夜はフレイヤとエミーが一緒だ。
他の2部屋にはドロシーとシグがお邪魔するらしい。
大きなベッドに入ると2人が直ぐに抱き着いてきた。
翌朝は、日が昇る前に起きだして準備を始める。
と言っても、女性達のメイクってことだな。島にやってきた女性はいずれも美異人揃いだ。張り合う気持ちが分からなくもない。
サーフパンツに袖なしのラッシュガード。帽子を被ってサングラスを付け、足には水中ナイフと付けておく。サンダルを履いて防水バッグを肩に掛ければ俺の準備は終了だ。念のために腕と足にはUVカットのクリームを塗りこんでおく。
リビングで一服していると、フレイヤ達が現れた。
ビキニにラッシュガードは皆一緒だな。大きな帽子は飛ばされてしまいそうだが、顎紐が付いているのを見て少し安心した。サングラスは持っていたり、掛けていたりとまちまちだ。
「お待たせ! 先ずは朝食ね」
「お弁当も頼んであるんだろう? ネコ族のお姉さん達には感謝だな」
「たくさん釣れば、向こうも感謝してくれるわよ。さあ、出掛けよう」
ぞろぞろと桟橋を歩いて集会場に向かう。
個々に食事を作らずに、島にいる時には皆がまとめて集会場を使うのだ。
俺達のヨットではレイドラとローラが食事を作ってくれるんだけど、フレイヤ達が作るとサンドイッチになってしまうからなぁ。農場暮らしをしている時にお母さんから教えて貰わなかったんだろうか?
「やってきたな。リオ達が最後だぞ!」
「もう朝食を終えたんですか?」
「やはり、皆と競うとなれば嬉しくもなるさ。たぶん回りもそうなんじゃないか?」
これは早めに朝食を取らねばなるまい。
コーヒーに数個のサンドイッチをトレイに乗せていると、数個の果物をネコ族のお姉さんが乗せてくれた。食事が偏ってると思ったのかな?
空いている席に座って朝食を食べていると、それぞれの代表者のところへお姉さんがトレイに乗せたお弁当を運んできてくれた。
大きな荷物が2つということは夕食もあるってことかな?
トラ族の男達がバギー車で氷をクーラーボックスに運んでくれているらしい。ついでにビールも運んでいるとアレクが教えてくれたんだけど、俺達は漁に出るんだよな?
なんだか、レジャーの延長のような気がしてきた。
「気にしたら負けよ。結局は余生を楽しく過ごすことが目的なんだから」
「そうなんだろうけどねぇ……。本職が見たら、気を悪くするんじゃないかな」
「だいじょうぶ。ここに来るのは関係者だけだもの」
食事が終わっ手時計を見たら、どうにか7時を過ぎたばかりだ。
食後のコーヒーをアレク達と楽しんでいると、準備完了の報告が入ってきた。
我勝ちに集会場を飛び出すのはどうかと思うな。
あっという間にいなくなった集会場にはきょとんっとした表情で俺を見ているドロシーとシグがいた。
「置いてかれてしまったけど、俺達がいないと船は動かないからのんびり行こう」
2人の後をお弁当を両手に下げて桟橋に泊めてあるダイアナに向かう。
船首で俺達に手を振っているのはフレイヤに違いない。すでに入り江を出ていくヨットもあるようだから、早く行かないと怒りだすかもしれないな。




