290 カテリナさんとの別れ
別荘でのんびり暮らしていても、ヴィオラ騎士団と3王国の計画は着々と進んでいる。
小惑星帯にはヴィオラ騎士団の中継点が建造され、リバイアサンの3番機はかなり小型になった。
貨客船アルゴーの更新の伴って大幅な改良が行われ、ラグランジュポイントと小惑星帯の中継点を往復できるまでになった。
次にアルゴーを改良する時には、運行管理局の荷役の代行も視野に入れなばならないだろう。
設計の仕事があるから、別荘暮らしでも収入に困ることとは無い。
そんなある日のことだ。
ドミニクに中継点からの依頼があったらしい。
急な要件ではなかったようで、夕食を取りながらドミニクが俺達に話をしてくれた。
「全く困った子供達よねぇ。孫にヴィオラ騎士団の運営を任せて、ここで暮らしたいと言ってきたわ」
「新たに別荘ってこと? あの子達にそんな貯えがあったのかしら?」
「作れるでしょうけど、この島をあまり開発するのも……」
クリスの素朴な疑問にエミーが答えている。
確かに、この島のどんどん別荘を作るのも考えてしまうな。
寿命を考えると、孫達がこの島で暮らすと言い出す時でも俺達は昔のままの姿で暮らしているはずだ。
「そうなると、私達が出て行く方が良いんじゃないかしら? そろそろ皆も飽きてきたでしょう? ローザ達と同じようにヨットで暮らすのもおもしろそうだわ」
カテリナさんの提案に、皆が飛びつくところをみるとやはり飽きてきたということなんだろうか?
だけど1つだけ心配がある。いったい誰が動かすんだろう?
アレク達とヨットで酷い目に会ったのが昨日のように脳裏に浮かんできた。
「もう戦騎もパンジーもいらないわよね。アリスだけをヨットに積めば問題なしということになりそうだから……、カタログを取り寄せて考えてみましょう」
新たな設計ではなくカタログ品ってことか。
少しは安くなるんだろうけど、結構高い気がするんだよなぁ……。
フレイヤ達が1週間ほど掛けて検討したヨットは横幅が10m長さが20mを越える大きなカタマラン型のクルーザーだった。帆があるのがヨットと思っていたのだが、クルーザ―もヨットというらしい。
「ビオランテの保養所にある倉庫の1室を私達専用にしたから、ヨットに積む荷物は身の周りの品で十分よ。次女を改めて2人雇ったから自分達で食事を作る必要も無いわ。
指揮所は作らず、大型の通信機を搭載すれば小惑星帯の拠点とも通話が可能なはずよ」
「島巡りも楽しそうね。アレク達もそうなんでしょう?」
「兄さんは漁場を求めて動いてるみたい。ベラスコも似たようなものね」
そんな船と張り合うつもりなんだろうか?
人数はこちらが多いけど、釣れるとは限らないと思うんだけどなぁ。
「それじゃあ、完成次第別荘を子供あ値に引き渡すわよ。アリスだけはヨットに搭載できるようにするわ」
「いつになったらアレク達に会えるのか楽しみね」
「海は広いし、島だって数千を越えるでしょうね。簡単には出会わないと思うわ」
1年後にヨットが完成すると、別荘の荷物を倉庫に入れて、俺達の水上生活が始まる。
とりあえずは東の端へ向かい、島を1つずつ巡るらしい。
元艦長が2人いるのも心強い。陸上艦とヨットの違いはあるけれど、まあ、安心して乗っていられる。
「30年から40年を世代交代と考えると、船を2回は更新できそうね」
船尾のベンチで寛ぐ俺の隣に、腰を下ろしたフレイヤが呟いた。
「住む場所を変える度に騎士団から遠ざかる気がするよ。1線を退いてもそれなりに功労金を貰えるから路頭に迷うことは無いけどね」
「だいじょうぶ。あの原石だって残ってるでしょう。カテリナさんの話しでは、このヨットなら10隻ほど作れるらしいわよ」
「そんなに持っていたかなぁ……」
あることは知っているけど、現実味が無いんだよね。
俺の公爵としての収入とカテリナさんから貰っている特許の一部は中継点の運営に回している。
元々は赤字補填が目的だったんだが、黒字続きのようだ。
引退したザクレムとマリアン達の努力の賜物だろう。マリアン達は今でも施政庁の名誉役員として後輩達の活躍を見守っているらしい。
「母さん達は保養所の一角に住んでいるけど、毎日柄を描いているらしいわ」
「良い絵を俺達も頂いたじゃないか。全員を描いた油絵は今でも飾っているぐらいだからね」
やはり映像とは番った趣がある。
一緒に貰った日の出と夕暮れの絵は俺の部屋に飾っているぐらいだ。
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フレイヤ達と一緒になって100年があっと言う間に過ぎ去った。
皆の容姿は20台のままだが、週に変化が合ったことも確かだ。
色々と世話になった元国王は既にこの世を去っている。
寿命は200歳ほどに達していると言っても、全員が200歳という訳でもないからね。その歳を越える人もいるだろうし、国王達のように越えられないこともある。
「ベルッドもすでにいないし、中継点にも私達を知らない世代になったみたい」
「ひ孫の世代にヴィオラ騎士団の運営が移っていますからねぇ。パンドラは小惑星帯に別荘を作ったみたいですよ」
「あの子は、さらに遠くの宇宙に行きたかったみたい。でも自分を恒星間運行管理局の連中みたいにサイボーグ化をするのは思い留まったということかしら。自分の脳を取り出しても寿命の壁は越えられないことに気付いたということかしら」
脳の組織は再生することができないみたいだ。今の医療による長寿と不老化は、200歳というところで止まっている。
その先をパンドラは目指したようだけど、現実の厳しさに直面したようだ。今は夫と一緒に小惑星帯に設けた拠点で暮らしている。
「生命科学に目を向けたのはさすがだと思うけど、案外諦めるのも早かったわね」
「命をいたずらするのはどうかと思いますけど?」
「医療技術が神への挑戦でもあるわ。究極は、人工生命になるんでしょうけど……」
カテリナさんがその分野に手を出さなかったのは賢明な事だったに違いない。夢は宇宙に上がることだったらしいから、それに全力投入したってことかな?
だけど、ナノマシンの権威でもあるんだから、片手間にその研究もしていたんだろうか?
娘の挫折を冷静にとらえているところをみると、カテリナんさんにも、現状の科学技術による到達点がおぼろげに分かっていたんだろう。
「ところで、隠匿ラボで何の研究をしてるんですか?」
「ちょっと大きな声では言えないことよ。恒星間を渡るための手段というところかしら」
新たな宇宙船の駆動装置ということなのだろうか?
リバイアサンが1つの到達点に思えるけど、その上にアリスの異次元航行システムもあることは確かだ。
全く次元の異なる航行システムについては理論はあるようだが、それを形には出来ないと前に聞いたことがある。
次の天才の為に少しでもその形を模索しているということなんだろうな。
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さらに年が過ぎ去り、ヨットの更新時期が近付いてくる。
ドミニク達がカタログを集めて色々と検討しているのだが、カテリナさんはその中に加わることは無かった。
「そろそろ私も皆から離れようと思うの。隠匿ラボで余生を送るけど、アリスも連れて行って良いでしょう? リオ君が呼べば直ぐにやって来るんだから」
「そうですね。ドロシー達はこのままでで良いでしょう? 急に人数が減ったらドミニク達も寂しがります」
「場所はリオ君に教えてあるし、アリスがいればいつでも来れるから」
「確かにそうですけど……」
カテリナさんも自分の死期を知ったということなんだろうか?
途中までの研究成果を纏めたり、ラボの片付けもあるだろう。そのままにしたら魔境になりかねないからな。
ノンノ達もいるし、アリスならカテリナさんと対等に研究の課題と対応策を話し合えるだろう。
「ドミニク達にはすでに伝てあるわ。次のヨットを受け取る時に船を下りるわね」
「その時には王都のお店で食事をしましょう」
「リオ君のおごりかな?」
そう言って笑みを浮かべている。
だんだんと周囲の人物が去っていくのを俺は見ているだけなんだよなぁ……。寿命が無いということは、ある意味刑罰にも思える時がある。
皆が俺の周りから去った時には……、思い出深いこの地を去る時かもしれない。
1年後、ヨットを一回り小型の物に変えて引っ越しを済ませる。
その夜は、約束通りにカテリナさんと食事を共にした。
「送って行かなくとも良いんですか?」
「ラムダの作ってくれた財団所有の高速艇で向かうつもり。2、3日はラムダと調整しないといけないし……。そうそう、私の遺産の半分は財団に寄付するわよ。残りの半分をリオ君とドミニクに残してあげる」
「使い切っても問題はないですよ。好きな研究を続けてください」
俺の話を聞くと、テーブルの上に身を乗り出してキスしてくれた。
「使い切れないほどあるわ。それにリオ君は私の夢を叶えてくれたでしょう?」
「夢を叶えられる人は多くは無いでしょうね」
「ええ、でも諦めてはいけないんじゃないかしら。それが出来るのが人間だと思う時があるのよねぇ……」
俺の夢は何なんだろう?
アリスの話しでは、人類の行った植民船の後を見ようということだったらしいが、それだけではないんじゃないかな?
まあ、かつての夢ではなく、現在の夢を考えてみるのも良さそうだ。
寿命のない俺は、何を行なえば良いのか……。
幸いなことに考える時間はたっぷりとある。
「ご馳走様。これでしばらくは会えないわね」
「いつ戻ってきてもだいじょうぶですよ。ドミニクが1室を空けているようですから」
「それほど、野暮ではないわよ。それじゃぁ、またね」
食事が終わったところで、レストランの玄関に待たせてあった無人車に乗り込んで俺から離れて行った。
これでカテリナさんとは会えなくなってしまうのか……。色々と問題のある女性だったけど、俺達に多大な貢献をしてくれた。
その場でじっと立たずみ、遠く離れていく無人車が見えなくなるまで見送ることにした。




