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029 嵐の後


 2時間ほど経って、再びヴィオラが大きく旋回した。

 どうやら高台に着いたらしいが、周囲の景色は変わっていないように見える。ほんの数m程の高さの違いらしい。

 停止と同時に多脚式走行装置の各脚が深く地面に突き刺さるのが振動で伝わってきた。


 待機所の窓から見えていた快晴の空が、いつの間にか半分ほど真っ黒な雲に覆われている。

 この間の砂嵐も酷かったが、今度は雨が降るのかな?

 荒地で雨が降るのはそれこそ年に数度の事らしい。それも限定的だと聞いたから、俺が雨に遭遇するのはこれが初めてになる。


「リオとベラスコは雨は初めてだな。一度体験すると忘れられなくなるぞ」

 おもしろそうに俺達に笑い掛けながらアレクが告げた。

「あまり脅すのはどうかと思うぞ。南国のスコールの10倍程の雨が風と共に数時間続くんだ。砂嵐は経験しただろうが、荒地の嵐も凄いぞ」

 

 カリオンは俺達にそれ程の事はないと言っているようだが、10倍の雨量が数時間続くとなれば大事だと思うな。

 荒地の高低差があまり無いから、この辺は一面の泥濘になってしまうのだろうか?

 しばらくは動けないとなれば、嵐の本当の恐ろしさは嵐の後にやって来ることになるな。


「問題は嵐の後ですか?」

「そうだ。それが分れば十分だ。艦内放送では嵐に備えろと言っていたが、俺達の出番は嵐の後にやって来る。それまでゆっくり休んでおけ。忙しくなるぞ」


 俺とベラスコはアレク達と別れて部屋に戻った。

 嵐が来るから円盤機は飛ばせない。上空からの衛星画像と火器管制室の担当であるブリッジ最上階からの監視が重要になるな。ドミニク達はフレイヤ共々慌しい時を過ごしているのだろう。


 船窓の外はだいぶ暗くなってきた。もうすぐ雨が来るのは間違い無さそうだ。

 雨は数時間続くと言っていたから、しばらく横になるか。

 昨夜はあまり眠れなかったからな。


 ベッドに横になると何時の間にか眠ってしまったようだ。

 船体の揺れと、激しく何かが艦の装甲板叩く振動で目が覚めた。

 船窓を覗こうとしたら、装甲シャッターが下りている。

 ソファーに腰を下ろして、スクリーンを展開すると外の状況を見て驚いた。

 雨と言うより滝のようだ。

 かなりの強風でそれが横に流れているように見える。

 周辺は見渡す限り泥の海だ。高低差があまり無いからとんでもない事態だな。

 

 コーヒーを飲みながらそんな風景を見ていると、いきなりスクリーンが白く変わった。

 どうやら雨から雹に変わったようだ。雹と言っても、大きさがハンドボール並みだ。あれが当ったら、人間ならひとたまりも無いな。

 ビオラの上部に当たる音が結構賑やかに聞こえてくるが、試作巡洋艦として作られたヴィオラに乗っているなら安心できるだろう。

 周囲の泥の上に盛大に水飛沫を上げて落ちているが、このままで行けば直に周囲は真っ白くなるだろうな。見ているそばから、雪のように積もっていく。

 1時間程の間に荒地は真っ白な氷原に変化した。唐突に、嵐は収まり周囲に静寂が訪れる。


『艦内通報。嵐の終息に伴い装甲シャッターを開放する。またイエローⅠを発令する。繰り返す……

 とりあえず、起きていれば良いって事らしい。

 夜だから外はあまり良く見えないが、僚艦の明かりで周囲に分厚い氷が張っていることだけは分る。

 明日は、戦機で氷を砕かないと進めなくなるかも知れないな。


 熱いコーヒーを飲みながら、のんびりと外を眺める。

 こんな状況なら、巨獣もやって来ないだろう。

 数時間程すると、艦内放送がイエローⅠを解除した。たぶん円盤機での周囲の監視が出来る状態になったんだろう。


 部屋の扉が開くと、ドミニクが疲れた表情で部屋に入ってくる。

 熱いコーヒーをソファーに腰を下ろした彼女に差し出すと、美味しそうに飲み始めた。


「かなり悪い状況?」

「そうでもないわ。雨は表面の土壌を1m近く掘る事もあるのよ。露頭が顔を出す事だってあるから、本来は歓迎すべき事なんでしょうけど、泥濘の地にだけ現れる巨獣もいるのよ。少しでも高台にラウンドシップを上げたんだけど、あまり効果がなかったみたいね」


「でも、円盤機で監視をすれば、いきなりって事はないんじゃないかな?」

「そう願ってるわ。巨獣と言っても、小型だからラウンドシップに入ればとりあえずは安心よ」

「王女様は静かにしてるのかな?」

「たまに母さんと連絡を取り合っているわ。このまま何もなければ良いのだけど……」


 嵐では何も出来ないからな。

 嵐が去って何かが起きれば、待機所に飛んでくるかも知れないな。

 そんな事を思い浮かべながらも、少ない休息の時間を過ごそう。

 何となく、明日は忙しくなりそうだ。

               ・

               ・

               ・


 艦内放送がいきなりイエローⅡを発令する。

 慌ててベッドから飛び起きると待機所に駆けだした。

 

「遅いぞ!お前が最後だ」

 アレクの言葉にソファーの顔ぶれを見てみると、確かに全員が揃ってる。王女様や護衛の騎士までちゃんと座っている。

 だけど、まだ朝の4時だぞ。良くも皆起きられたな。

 ひょってして、寝て無かったとか……。だいじょうぶなのか?


「サンドラ、スクリーンを!」

 アレクの指示でサンドラがスクリーンを展開する。3隻のラウンドシップは雹に埋もれて氷に閉じ込められたようにも見えるな。

 これで太陽が出れば、周囲は全て泥濘になってしまうぞ。


「見ての通り、東西120km、南北40kmの範囲は氷の大地だ。その周囲20kmは泥濘になっている。そして、これを見てくれ」

 仮想スクリーンの画像の一部が拡大されると、何かが泥濘から首を伸ばしている。


「サンドワームだ。直径1m長さ10m程の巨大な管蟲だ。人間ならば一飲みで食われるぞ。だが、荒地ではこのサンドワームを好んで食べる奴がいる。それが、こいつらだ」

 

 画像が氷原を渡ってくる巨獣の群れを映し出す。

 中型の巨獣だな。2足歩行で氷原を進む速さはかなりのものだ。一見してチラノザウルスに似ている姿は、明らかに肉食巨獣だと断言できる。


「現在の距離は100km程先だ。そして真直ぐに南のサンドワームの群れに直進している。脅威レベル的にはイエローⅡが妥当だろう。だが、日が出て、氷が融け出すとこの辺りにもサンドワームが出現する可能性が高い」

「降りて戦うのですか?」

 ベラスコが真剣な表情でアレクに問う。


「いや、降りたら最後、数mは戦機ナイトが沈んでしまう。戦いは甲板の上だ」

 殆ど動けない状態で迎撃するのか……。泥濘が固まるのにどれ位の時間が掛かるかが問題だな。

 イザとなればアリスで陽動する手もあるが、アリスが飛べると知ったらこの連中はどう思うかが問題なような気もする。


「このソファーは俺達の人数よりも席が多い。しばらくはこの場で休養を取ってくれ」

 アレクがそう言って俺達を眺める。

 サンドラとシレインが俺達にコーヒーを持ってきた。各自にマグカップを配るとアレクの両脇に座っておもしろそうな顔で俺を見た。


「なんでしょう?」

「アリスは滑空出来るのよね。でも、今回はダメよ。盛大に泥を跳ね飛ばすだけだから」

 そういうことか。ちょっと安心したぞ。

「そんな指示は来ないでしょう。でも、ジャンプで僚艦には飛べそうですね」

「その時は頼むぞ。外側にはガリナムが停泊している。75mm長砲身が12基だからちょっとした駆逐艦よりも強武装だが、小回りは効かんからな」


 とは言え、40mm砲は非力だぞ。レールガンを使うしか無さそうだな。

 そんな話をしていると、窓の外が明るくなってきた。

 もうすぐ、朝日が上ってくる。今日一日は長くなりそうだ。


「我の戦姫も、ようやく活躍の場が出来るのう。動かぬならちょうど良い」

 王女様がそんな事を護衛の2人に言っている。

 あまり動けないといっていたからちょうど良いかも知れないな。嬉しそうに、コーヒー飲んでいる。何時もそうであってほしいものだ。


「急速に周囲の温度が上昇しています。ラウンドシップ周囲の氷も溶け出してます」

 サンドラの言葉に全員がスクリーンを見ると、外気温が15度までに上昇している。内陸性気候だから、夜は冷え込むが昼間は40度近くにまで気温は上がるからな。

 それが、泥濘を荒地に戻してくれるのだろうが、今日1日でどれ位乾燥するかが問題だ。

 

 朝食はサンドイッチだ。食堂はお休みらしい。王女様の護衛とベラスコが取りに行ってくれた。

 テーブルにサンドイッチの包みを広げて皆で朝食を食べるのも、何か新鮮な感じがするな。王女様も「皆で食べると美味しいのう」なんて言いながら食べている。


 いつの間にか、ヴィオラの周囲はもやで覆われている。ブリッジの最上階なら50mを越えているから、靄が見通せるだろうか?

 だが、チラノに似た巨獣の体高さは20mには届かない。この靄に隠れて近付いているなんて事はないだろうな。


『艦内通報、イエローⅢ発令。繰り返す……』

「来たか。準備だ。直ぐにレッドが発令されるぞ!」

 クレイの号令で俺達は一斉に更衣室へと駆け出した。

 素早くコンバットスーツに着替えるとガンベルトを腰に巻く。ガンベルトの後ろの小さなバッグには非常食と小さな水筒が入っている。戦機の中にいても1日は過ごせるようにだ。

 更にコクピットのシートの後ろの収納ボックスには色々と入っているから実質には3日は過ごせるだろう。


 ソファーに戻ると、スクリーンをジッと眺める。

 そこには60km程北西を、ゆっくりと移動する巨獣の姿が赤外線で捉えていた。


「かなり近付いてはいるがこちらに気づいている訳ではない。少し緊張しながら待機になるな」

 アレクがタバコに火を点けながら呟いた。俺とベラスコもタバコを取り出す。それぐらいの時間十分にありそうだ。

 段々と気温が上がって現在は30度近い。周囲の氷もすっかり融けて泥濘から水蒸気が上がっている。

 だが、南からの風で靄のように視界を遮る事はなくなったようだ。ヴィオラの周辺でもサンドワームが現れ出した。


「奴等は呼吸が出来ずに上がってくるんだ。一度空気を吸えばしばらくは潜って出てこない」

「気持ちが悪い姿じゃのう。対表面が金属光沢を放っておるぞ」

「王女様。奴等は土を食べています。荒地の土には金属元素が沢山含まれてますから、あのような体表面の光沢が出るんです。そして、その体は一見柔らかそうですが、1kmの射程距離では、25mm機関砲の弾丸が表面で止まってしまうほどに強靭なのです」

「50mm長砲身を戦機が使うのはそういう訳なのじゃな。安心致せ。護衛の持つライフルは55mm徹甲弾じゃ。50mmよりは2割ほど威力があるぞ」


 その言葉を聞いてベラスコが羨ましそうな顔をする。分らなくも無いが、それだけ速射が効かないし、狙いもブレるんだぞ。それに俺なんか標準装備が40mmライフル砲なんだからな。


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