289 王国とも呼べないな
「本当に動かせるんですか?」
「貴方達とローザ達、それにリオ君なら動かせるわ。もっともリオ君やローザ達は既に専用機を持っているから、これは貴方達だけの機体になるんだけどね」
子供達が席を離れて円陣を組んでいる。
やはり衝撃的だったに違いない。騎士団の子供だけど、戦機に乗れないのはある意味、落ちこぼれと思われかねない。
このまま考えさせようかな。1日あれば彼女達も結論を出せるだろう。
「ゆっくり考えて頂戴。明日の午後に回頭を聞きたいわ」
俺達が会議室を出ていくのを見ようともしない。
真剣な話し合いが行われているようだな。
リビングに戻って皆でワインを頂く。
まだ話し合っている娘達を思い出したのか皆の顔に笑みが浮かんでいる。
「あれなら、団員になるんじゃないかな?」
「大きな餌よねぇ。戦機ではなく戦姫なんだから」
いくつになっても、カテリナさんには子供に見えるんだろうな。
それなりの頭脳を持ってはいるようだけど、カテリナさんの越える頭脳の持ち主はいないようだ。
それを知ってほっとしたのは俺だけではないと思うんだけどね。
いわゆる秀才であって、天才ではない。フレイヤに言わせると天災の才能を持っているようだけど、パンジーを黙って操縦して壊されたことを今でも恨んでいるようだ。
「カルメン達が団員になってくれたら、船も換えないといけないんじゃないかしら?」
「すでに詳細設計を終えているわ。建造後20年近く経つんですもの。すでに老朽艦でしょう?」
どっちにしても交換時期ではある。
全て一度に更新できないから、先ずはガリナム艦隊からになりそうだ。ガリナム型強襲駆逐艦と小型空母は王都の工廟に発注済みだが、現在運用している艦は中古品市場に出さずに解体することで 俺達の合意が出来ている。
かなり癖がある艦だけど武装は強力だ。万が一にも海賊に渡ったらとんでもないことになるだろう。
「カンザスの2号艦は作らずに、ヴィオラⅡの改良型を2隻作るつもり。救援艦なら白鯨の小型艦で十分よ。白鯨は改良したいわねぇ」
宇宙で活躍するリバイアサンは最後になるんだろうな。
新たな艦の士官として乗り込ませれば将来は艦隊の士気も執れるだろう。
「兄さんが引退したいなんて言ってたけど……」
「引退なんてまだ早いよ。白鯨を下りたいなら、この中継点の防衛長官に任命するつもりだ。見返りはヴィオランテの別荘なら頷くと思うんだけどね」
俺の言葉に、フレイヤがにんまりしている。アレクのお母さん達だってまだまだ働いてくれてるんだから、その前に引退はないんじゃないかな。
娘達の討論はちょっと長引いたけど、翌朝の朝食時に団員となる決意をしてくれた。
カテリナさんの早めの決断が良かったみたいだな。
だけど、戦姫が完成するまでに10年以上掛かったことも確かだ。
それに、厳密には戦姫ではないらしい。ローザの操るデイジーと新型獣機のハイブリッドになったようだ。
それでもグランボード無しで地上を滑空できるし、宇宙空間での活動も数時間なら可能らしい。
武装はレールガンだが、口径30mmのライフル型だ。秒速2kmで鋼鉄の針を撃ち出すらしい。
デイジーと似た性能だけど、コクピットは全周スクリーンらしいからローザが羨んでいたんだよな。
7機だから虹色のカラーで呼んでいるようだ。レッドからパープルまでの部分塗装で区分している。
「学園の研究を適当なところで畳んできなさい。貴方達が戻ってきたら配属を改めて決めます。3つの鉱石採掘艦隊があるから、所属を固定せずに入れ替えるのも視野の内よ。各戦姫の性能は全く同じだから、どれにするかは貴方達で決めて頂戴」
ドミニクの言葉に子供達が神妙な表情で頷いている。
案外クジ引きで決めそうだな。だいたい女の子は赤が好みじゃないのか?
子供達が学園に戻ると、今度は俺達が連日の会議になってきた。
会議室を一切使わずに、ジャグジーや食事をしながら、ソファーでワインを飲みながらになってしまうのはどうしようもないな。
「やはりローテーションってこと?」
「艦隊もそうだけど、娘達の組み合わせもありそうね。かなり癖がるのよねぇ」
自分のことは棚に置いてるような、カテリナさんの言葉だ。
「後見人を置いた方が安心だわ」
「適任はいないとなれば、私達ってことになるの?」
「自分の娘が配属されていなければ問題ないと思います」
フレイヤの疑問に、ローラが答えている。
俺の意見もあるんだけど、誰も聞こうとはしないんだよね。とりあえず様子を見ていれば良いかな?
2か月も過ぎると、子供達が王都から帰ってくる。
ベルッド爺さん達が大急ぎで2階に子供達の私室を作ってくれたけど10室もあるんだよな。その内に増えるじゃろう、なんて肩を叩かれたけどこれ以上増えたら俺の神経が持たないような気がする。
カテリナさんとガネーシャのラボを自分達で改造しているみたいだけど、何を作ろうとしてるのか皆目わからない。
アリスが監視してるだろうから、変なものが完成する前に教えてはくれるだろう。
やはり各人の戦姫はクジ引きで決めたようだ。
エミー達が、各自の制御を見ているようだけど、戦機並みに動かせるようになるにはもうしばらく掛かるだろう。
いつものように執務室で書類の整理をしていると、カテリナさんが入ってきた。
仮想スクリーンに表示した報告書を消して、コーヒーを作り2人で味わうことにした。
「電脳システムがかなり向上しているのは敷いているでしょう?」
「ええ、ラグランジュポイントを往復する宇宙船はかなり自動化されたようですからね」
「カンザスや白鯨にいるノンノ達の仕事がほとんどなくなりそうよ。この際だから下ろそうかと思ってるんだけど」
下ろすのは問題ない。それだけ彼女達が搭乗するだけのリスクがなくなったということだ。
問題は、船を下りた彼女達をどうするかということだろう。
「ヨルムンガンドやリバイアサンの電脳もそれなりに進歩しているの。ドロシーの姉妹達を全員集めて、私のラボに連れて行っても良いかしら?」
「ちょっと寂しくなりますね。一緒に遊んだこともありますから、ドミニク達も寂しがると思いますよ」
「それは分かるんだけど……」
カテリナさんの次の研究も気になるところだ。アリスも一緒になっているらしいから、かなり現実離れした研究を進めているに違いない。
「全員でないならドミニクも文句はないと思いますよ。自分達のアシスト要員を何人か残しておくことで交渉してはどうですか?」
「そうねぇ……。それが一番かもしれないわねぇ」
俺達ではできないことを今までずっと続けてきた娘達だ。
できればビオランテで、のんびり暮らしてあげさせたい。
ドロシー達の移動は、船の更新に合わせて行なったから、最後にパレスにやってきたのはシグになってしまった。
ノンノ達がカテリナさんの隠匿ラボに出掛けて、ドロシーとシグが俺達と一緒にパレスで暮らす。
たまに子供達の実験に参加しているようだけど、子供達にとってドロシーは姉とも呼べる存在だ。
ドロシー姉さんと今でも言っているんだよな。それに比べると、シグはシグちゃんと呼んでいる。ずっと離れた存在だからなんだろうな。
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子供達が中継点に戻り10年ほど過ぎると、次々に子供達が伴侶を迎えることになった。
好きな相手との結婚を俺達が止めることも無いから、俺達はパレスを子供達に明け渡すことにした。
ビオランテに別荘を作って暮らすことにした。
別荘の1部屋には艦隊指揮所と同じシステムをカテリナさんが設けてくれたから、ヴィオラ騎士団の状況はここにいても全てが分かる。
軽巡洋艦クラスの宇宙船を新たに作り、パンジーと戦騎それにアリスを搭載する。
別荘の裏手の駐機所に常時待機しておけば、万が一のt機でも対応は可能だろう。
宇宙船の製作はしばらく掛かりそうだが、その間はアリスで俺が出掛ければ何とかなるはずだ。
「王国じゃなくなっちゃったわね」
「7人の合議制になったようだけど、上手く運営できるのかしら?」
フレイヤ達がベランダのデッキチェアーに寝転んで話をしている。そんな俺達の世話をしてくれるのは、ヴィオランテの保養所から出向してくれたネコ族のお姉さん達だ。
たまに俺が釣ってくる魚をお土産に、保養所に戻っていくんだよね。
2kmほど離れているから、電動カートのような6輪車で往復している。
ライムさん達の親戚らしく、たまにライムさんも子供を連れて遊びに来てくれるから嬉しくなる。
ドロシー達も俺達と一緒だ。
シグといっよに探検隊の衣装を着て、ジャングルに出掛けてるんだけどたまにきれいな蝶を捕まえて見せてくれる。
「全部子供達に取られちゃった気がするんだけど?」
「子供達に託したと考えれば良いんじゃない。どうにか平和な暮らしができるんですもの。あまり考えるのは良くないわよ」
屋根で日差しが遮られたデッキの片隅で、カテリナさんとタバコを楽しむ。
コーヒーはいくら暑くともホットが良いな。
明日はアレク達と釣りでもしようかな。アレクも小さな別荘を釣りができる場所に建てている。お母さん達2人と共に5人でのんびり暮らしているようだ。
「ベラスコは、ヨットで暮らすと言ってたわ。兄さん達の別荘近くの海に浮かべるらしいわよ」
「ローザもそんな話をしていたな。同じ場所だと飽きてしまうと言ってたから、案外ベラスコもそんなことだと思うよ」
確かにおもしろそうだ。気分次第で保養所のある島を巡るのだろう。
ヒルダ様達は西のオアシスで暮らすらしい。
ピラミッドのような建物を作っていると聞いたけど、あれってお墓なんじゃないか?
ガネーシャ博士も西のオアシスにラボを作ったらしい。伴侶になった人は植物学の権威らしいから、オアシスを訪ねる度に緑が広がっているように思える。
ライデンの荒れ地を緑にするというガネーシャ博士の野望は少しずつ形になっていくのだろう。
やはり夢を持ち続けるのは良いことに違いない。
人間はその夢に向かって努力することができるんだからね。