288 世代交代
メープルさんは里には戻らなかったらしい。
自分の死に場所をすでに見付けていたのかもしれないな。花に囲まれた野原で静かに目を閉じたんだろうか? そうであってほしいと願うばかりだ。
メープルさんが俺達の下を去って2年を過ぎると、7人の幼児がリビングを動き回る事態になった。
フレイヤ達は忙しいと言って、あまり構ってあげないから俺とドロシー、それにライムさん達が世話をすることになる。
見かねたカテリナさんがベビーシッターを3人雇ってくれたけど、そうでもないと俺達がダウンしそうな状況まで追い込まれてたんだよねぇ。
やってきたのはネコ族のお姉さん達だけど、世話好きだからとても助かっている。だけど1つだけ心配なのは、子供達の言葉の語尾に『にゃ』が付くんじゃないかな。
生まれた子供は全て女の子だから、それでも良いとは思ってるんだけどね。
小惑星帯への鉱石採掘は年間3回で定着している。レアメタル以外に宝石の原石も採掘できるから、それで十分に国庫を潤すことが可能だ。
中継点も地下ホールだけでなく尾根伝いに設備が増えてきた。
住民も10万人を越えたから、なんとなく都市国家として俺達も自分達の立ち位置を自覚できている。
「来年にはアルゴーのユニット製作が始まるけど、まだ防衛用の機体の設計は終わらないの?」
「一応できてはいるんですが……。これが必要かなと、自問してるんです」
カテリナさんが俺に抱き着きながら問いかけてきたので、ベッドの上に仮想スクリーンを開いた。
俺から体を放したカテリナさんがその姿を見てポカンと口を開けた。しばらくは言葉も出ないようだ。
ベッドから体を起こして小さなテーブルセットに腰を下ろして、タバコに火を点けた。
しばらくして、もぞもぞと体を動かし始めたカテリナさんもベッドを下りて、俺のタバコに手を伸ばす。
「呆れた……。本当に作れるの?」
『強度計算は終了しています。システムのシミュレーションも問題はありません』
「コストはどれぐらいになるのかしら?」
『試算ではスレイプニールの半額です。武装は汎用品ですからそれほどの値段にはならないと推測しています』
「88mm砲を装備した戦鬼ということかしら。戦機を改造するのではなく、獣機の発展型になるのね。詳細設計に移ってくれる? それと概念図と仕様を私に送ってくれない?」
『送信完了です。新たな戦機ということになりそうですね』
そうかな? 身長20m、重量は1千t近い代物だ。ラウンドクルーザーに搭載するにはかなり改造する必要がありそうだけどね。
「利益の分配は秘密の口座に入れてあげる。少しはお小遣いが欲しいでしょう?」
「助かります。通常の口座はマリアンとフレイヤの監視を受けてますから無駄使いができないんです」
これで100万Dほどの資金が手に入りそうだ。
「リオ君の考えた戦闘艦はガネーシャ達が形にするはずだから、私は西のオアシスに出掛けるつもり。パンドラを連れていけないからよろしく頼むわよ」
「直ぐという訳ではないですよね」
「年が明けたら出掛けるわ。新たなラボも気になるし……」
一生を科学に捧げるつもりなんだろう。
でも、中継点のラボやリバイアサンのラボはどうするんだろうな?
時計を見ると3時を回っている。ドロシーが帰ってくる頃だから子供達も散歩から帰ってくるんじゃないかな。
衣服を整えてリビングに向かった。
おもちゃがあちこちに放り投げてある。大きなカゴに拾い終わった頃に、カテリナさんが部屋から出てきた。
「コーヒーで良いかしら?」
「お願いします。そろそろ皆が帰ってくる頃ですからね」
帰ってきたら、コーヒーなんて飲んでいられない。今の内に飲んでしまおう。
やがて、小さな足音が聞こえてきた。
「「ただいま!」」と言いながら、俺に向かって走って来る。
たちまち7人の子供のおもちゃになってしまったけど、皆可愛いからねぇ。怒ることもできないんだよなぁ。 フレイヤ達はかなりきつく叱る時があるんだけど、涙目で俺のところにやって来ると、フレイヤ達に弁明したくなってしまう。
ローザやアレク、それにベラスコ達の子供はまだ小さいけど、その内に一緒になって遊ぶんだろう。会議室の1つを子供部屋にしてあげたけど、数年後には子供達の部屋を作らねばなるまい。
ベルッド爺さんが、その前に作ってやると言ってるんだけど、パレスにそんな場所があるんだろうか?
子供達が5歳になったある日のこと。カテリナさんが執務室にやってきた。
ソファーに案内して、壁に隠された棚からワインとグラスを持っていく。
とりあえずはグラスを合わせて軽く口に含んだ。
「これを見てくれない?」
「MRI画像ですか? これが何か」
「この部分に見覚えが無くて?」
脳組織の下部にあるのは運動中枢の筈だ。この画像はローザで見たことがあるな。
そこに本来なら無いものが存在する。
「あの子達なら戦姫を動かせると!」
「そういうこと。今度の荷役で余裕があれば回収してくるつもりよ。第一惑星より少し外側に1機浮かんでいるの」
戦姫を作るつもりなんだろうか?
浮いているとしても、いつの時代のものか分からないし、起動するかどうかも怪しいんだが……。
「航路管理局にバレませんか? 俺達の使用する航路をだいぶ離れますけど」
「何かしてるとは分かっても、何をしてるかまでは分からないはずよ。それに、この近くまでは戦闘艦も来ないしね」
なら問題はないだろう。だけど戦姫を作れるんだろうか?
無事に回収出来たら、中継点のラボで徹底的に調べるんだろう。カテリナさんのことだ。発見した戦姫よりも立派な戦姫が作れるんじゃないかな。
「あまり、そっちにばかり気を取られていても困りますよ。ラグランジュポイントの衛星建設は6割近く進展しているんですから」
小さく頷いているから、あまり信用できないなぁ。
「それと王都の学園入学は予定通りよ。ヒルダが預かってくれると言ってくれたから安心できるわ」
アレクとベラスコの子供達も一緒に面倒を見てくれるらしい。王宮には建物が多いからなんだろうけど、侍女のお姉さん達に迷惑を掛けないか心配だな。
「きちんと教育を施せばヴィオラ騎士団の未来は明るいわ」
「何となく育児放棄にも思えるんですか?」
「それはリオ君とドミニク達の問題よねぇ。パンドラもよろしくね」
カテリナさんが席を立って俺の隣に腰を下ろす。白衣のボタンを外すと、下には何も着ていなかった。
パンドラに遺伝していないことを祈るしかなさそうだな。
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子供達が優秀な成績で進級をしていくのを見ると、少し誇らしくも思える。
12歳で高等部を卒業して大学に入り、15歳で大学院生になるんだから、やはり天才とみるべきだろう。
学園のいくつかの専門部にそれぞれ入って研究の道を歩み始めた。
18歳で全員を呼び寄せるとフレイヤ達が言ってたけど、学問が好きならその道を歩ませても良いんじゃないかな。
たぶん騎士団で活動する様に言い付けるんだろうけど、その時には援護してあげよう。
ラグランジュポイントの衛星は5年で完成し、周回軌道の前後には小さな防衛衛星が作られた。
これで、小惑星帯からの採掘量が増やせる。
年間3回の鉱石採掘を5回に増やすことになった。
これでヴィオラ騎士団は安泰だろう。13番目の星座とまで言われているけど空にはそんな星座は無い。
それでも、西で活躍する騎士団には、オヒューカスとして知られているようだ。それだけベラスコが活躍してくれていたのだが、ベラスコは白鯨に席を移してしまった。
戦機に搭乗できる騎士の年齢制限に達してしまった以上、ナイトのパイロットに甘んじるしかない。
世代交代ということになるんだろうな。
ちょっと寂しくなってしまう。
そしてついに、子供達が18歳を過ぎたある日のこと。
子供達全員をパレスに呼び出した。
俺の言葉は国王の言葉と同等らしい。いくら大事な研究をしていてもそれを中断して駆けつけなければならないようだ。
大会議室に俺と嫁さんにカテリナさんが座る。テーブル越しにそれぞれの子供が座ると、ちょっと丸みを帯びてきたライムさん達がコーヒーや紅茶を運んできてくれた。
全員に飲み物が行きわたると、ドミニクが話を始める。
「優秀な貴方達をヴィオラ騎士団員として迎えます。すでに十分な学問は身に付いているでしょうし、ヴィオラ騎士団には専用のラボが3つあるわ。研究資金も潤沢だからここで研究しても問題は無いと思うの。
唯一の条件は、貴方達の能力をヴィオラ騎士団で試して欲しい。
私達がいつまで現在の仕事を続けられるか分からないから、その後を継いで貰いたいんだけど」
子供達が互いに顔を見合わせている。
小さいころから一緒に育った娘達だけど、大人に近づくにつれ少しずつ個性が現れてきた。
「もし、ヴィオラ騎士団に戻らない時には?」
最初の発言は、ドミニクの子供だ。カルメンと名を付けたんだが、ドミニクに似て扇情的な肢体の持ち主でもある。
「お小遣いは現状維持。だけど研究資金は出せないわよ。私が亡くなったら個人資産は貴方に送るわ」
研究資金が出ないことに子供達が騒がしくなってきた。だけどいずれも優秀な子供達だ。研究予算は王宮から出ていると思うんだけどなぁ……。
「それでは研究が出来なくなります。何とかして頂けないんですか?」
困った表情で訴えてきたのはサファイアだな。エミーの子供だから、ヒルダさんが特に目を掛けているようだけど、やはり研究資金は限られていたらしい。
「お前達には不満だろう。それも理解しているつもりだ。だが、考えてみてくれ。俺達は中規模騎士団にも達しない騎士団をここまでにした。初期の状態でならお前達を王都の学園どころか中継点の学園にも通わせることはできなかったろう。
俺達は荒野の掟に従うだけの無学の徒だ。だけど、中にはカテリナ博士やレイトン博士、ガネーシャ博士のような優秀な人材がいることも確かだ。
お前達が加われば更なる発展が望めるに違いない。だが、加わらないとなればいずれは3つの王国のどれかに統合されていくと思っている。
その時には、お前達やお前達の子供に資金を出せなくなるだろう」
あまり動じないな。
昔から子供達には甘かったからなぁ……。
「リオ君の話は極端かもしれないけど、いずれそうなってしまうでしょうね。貴方達を騎士団に招きたい理由がもう1つあるの。
ヴィオラ騎士団は13番目の星座とも言われてるわ。西で活躍する騎士団の救援を3王国から委ねられているの。
戦機の騎士が世代交代で足りないのよ。このままだと救援に向かえなくなってしまう」
「でも、私達は戦機を動かせませんよ。せいぜい、ブリッジ勤務が良いところです」
カテリナさんの言葉に、言葉を返したのはパンドラだった。
同じお身なのだろう他の6人も頷いている。
そんな子供達に、カテリナさんが笑みを浮かべた。
「果たしてそうかしら? 確かに誰も騎士の資格は持っていない。でも動かせる期待があるのよ」
「それはナイトは動かせるでしょうけど、あの機体は戦機を操った者でないと戦闘は無理だと言われていますよ」
アテナイが噛みついている。フレイヤの子供らしいな。
確かに獣機の操縦者でもそれなりに乗れるみたいだ。
「ちゃんとした機体よ。もっとも戦機とは言わないわ。戦姫なんだから」
そう言ってカテリナさんがテーブルの上に仮想スクリーンを作りだした。
アリスに良く似た機体がそこに映し出されると、子供達が体を乗り出して詳細を見ようとしている。




