284 皆で一緒に
翌朝。ジャグジーのテラスからドミニクと体を合わせながら下の浜を眺めていると、クルーザーが入り江に入って来た。
海中からボコンと浮き上がった桟橋に停泊するのだろう。
かなり大きいな。船を替えたんだろうか? カタマランの大きさは間に乗ったヨットよりも大きく見える。
「やってきたわね。そろそろ皆が起き出すかもしれないわよ」
「こんな事だと、朝が早いんだよなぁ。メープルさんが気の毒だ」
体をくるりと回して、俺にキスをするとドミニクがジャグジーに向かった。ジャグジーで体を休めているクリスを起こして、メイクを始めるのかな?
一服を楽しんだところで、ジャグジーで汗を流すと部屋に戻り衣服を整える。
クリスの爪痕から血がにじんでいるところもあるけど、Tシャツを着れば分からないだろう。
新しいタバコを密閉容器に入れて俺の準備は終了だ。
吸い掛けのタバコの箱を持ってリビングに向かうと、何時もはいない連中がこの時間に集まっている。
「今日は何を始めるにゃ?」
「何でも、トローリングで大物釣りだそうです。皆張り切ってますけど、初心者ですからあまり期待しないでくださいね」
「だいじょうぶにゃ。そんな時にはリオ様と一緒に潜って獲るにゃ!」
そう言ったかと思うと、トコトコと奥に向かって行った。
まさかメープルさんも一緒ってことなのか?
やがて現れたメープルさんは競泳水着に銛を2つも持っていた。やはりアレク達を信用してないみたいだな。
「む? メープル、それを使うつもりか?」
「何も釣れなければ、リオ殿と潜っておかずを獲るにゃ」
「我がおる。大きなのが釣れるはずじゃ。長剣を用意しておるから、我が捌いてあげるのじゃ」
意気込みは買うんだけど、何が釣れるかは本人も分かってないみたいだな。思わずメープルさんと顔を合わせると互いに小さく首を振る。
ライムさん達が大皿で運んできたサンドイッチを両手に持って食べているんだけど、クルーザーは逃げないと思うんだけどなぁ……。
たちまち皿からサンドイッチが無くなると、今度はアイスコーヒーで喉に詰まりそうになったサンドイッチを流し込んでいる。
美人ばかりなんだけど、いつの間にか3人の元王女様も感化されてきたみたいだな。
「さて出掛けるわよ! リオ、いつまで食べてるの」
「食事はゆっくりだろう? まだアレクやベラスコだって起きたばかりじゃないのか?」
「もう乗ってるみたい。たぶん、兄さん達ね」
窓から外を見ていたフレイヤが教えてくれた。
そうなると、皆がジッとしているわけがない。バタバタと部屋に走って準備を始めた。
一服して待っていようか。
食事を終えて、窓際のソファーでのんびりと一服を楽しむ。
フレイヤが言うように、確かにクルーザーに人影が見える。女性2人が一緒のようだから、アレクなんだろうなぁ……。
「さぁ、出掛けるわよ!」
フレイヤの声に、タバコを消して席を立った。
日に焼けないように色とりどりのラッシュガードを着ているから、今日はそのままでいて欲しいところだ。
皆に続いて付いていくと、後ろからメープルさんが銛を担いで付いてきた。
持ってあげることにしたけど、結構銛先が大きい。これなら2mを越えるものだって突けるかもしれないな。
ホテルから浜に向かい、桟橋を歩いて行く。浮き桟橋だから歩くたびにちょっと沈む感じがする。足元に気を付けないと転びそうだけど、皆は楽しそうに話しながら気にせずに歩いて行くんだよなぁ。
「遅かったな。ベラスコもすでに来てるぞ」
「これでも急いできたんだからね。それで、サンドラ達は?」
フレイヤの大声に選手の方から手を振っているのが見えた。あっちに乗ってるのか。俺達も船に乗り込んで思い思いの場所に腰を下ろしたんだけど、俺は船室の中だ。
ここでメープルさんと一緒に様子を見ることにしよう。
「乗り込んだかにゃ?」
ネコ族のお姉さんが俺達の数を数えて、しばらくすると『出発するにゃ!』と放送が入って来た。
ゆっくりと桟橋を離れ、入り江の外へとクルーザーが船速を速めていく。
小さくても良いから何匹か釣れると良いな。
さて、ちょっと様子を見て来るか。
船室を出ると、アレクがファイティングチェアーに座って変なベルトをしてグラスを持っていた。まだ早いと思うんだけどねぇ。近くのベンチにベラスコが座ってるんだけど、すぐ横には大きなギャフが立て掛けられている。
「もう始めてるんですか?」
「10分ほど前に仕掛けを4本流したぞ。最初は俺で次はベラスコだ。その後にローザ様と旦那の組で、最後がリオになる。リオの番は昼過ぎだな」
俺を飛ばしてくれても構わないんだが、フレイヤの手前そうもいかないだろうな。
そう言えばフレイヤ達はどこだろう。船尾にはサンドラとシレインだけだ。
「他の女性達は屋根と船首にいますよ。フレイヤさんとローザ様はあの上です!」
どうやら櫓のようなものに上っているらしい。
船の操縦もあの櫓の上らしいんだが、そんなところにいて、操縦の邪魔にならないのかな?
屋根に上がる階段を上がるとドミニク達が甲羅押しをしていた。船首はカタマランだから2隻の船の間を網で繋いでいるように見える。その網の上でジョエルと3人の元王女が騒いでいた。船の波が網の上に上がって来るらしい。
ビキニで騒いでいるけど、ちゃんと日焼け止めを塗っているのか心配になって来る。
結構楽しんでいるみたいだから、船室でのんびりと宿題をしよう。
ある程度形を作っておかないとね。アリスに全てを任せると俺の矜持を疑われかねない。
船室に戻ると、メープルさんがホットコーヒーを作ってくれた。
仮想スクリーンを開いて、ドルフィンを表示してみた。
仕様がその隣に書かれているが、ドルフィンの活動時間は数時間を想定したものだ。安全を考えて生命維持装置は24時間にしているが、戦闘艦ともなれば燃料消費が多くなるはずだ。
活動時間が2時間を切るようでは問題だぞ。この機体で燃料の搭載量を増やすとなれば全長を長くして……、いや、それよりもだ。ドルフィンは背中に宇宙空間で活動できる獣機が乗る構造だ。いくら何でも、それは問題だろう。
そうなると、使えそうなのはパンジーとオルカの2種類になりそうだ。建造する機体は戦闘艦と救助艇になるから大きさで区分するか。
となると、パンジーが戦闘艦でオルカが救助艇になる。
現在でも、パンジーは戦闘艇に近い。武装を少し変更するだけで十分だろう。
課題は重力アシストの核融合炉だが、低出力でもコンデンサーで一時的に電力を蓄えることは可能だろう。
乗り込む時に簡易型の気密服を着こんでおけば、船殻を破壊されても生き残れる可能性が高くなる。
武装はレールガンになるんだろうな。機動爆雷も何個か搭載したいところだ。
オルカの方は搭乗人員を増やしてエアロックを設ける必要がある。
戦闘外の使用だから武装は必要ないだろうが、ユニット交換で機動爆雷ぐらいは搭載したいところだ。
そうなると、真ん中をカーゴ区画のような構造にして、ユニットを色々変えられるようにしても良いんじゃないか?
「アリス、こんな感じだが概念図を描いてくれないか?」
『了解しました。色々と依頼がありますから、退屈はしませんね』
「申し訳ない。優先順位はアリスに任せるよ」
「来たぞ!」
アリスの了承が伝えられるのとほとんど同時に、船尾から大声が聞こえた。
声の主は、アレクだから何か掛かったのかな?
俺の横を凄いスピードでメープルさんが駆け抜けた。負けじと俺も船尾に向かう。
そこにいたのは、懸命に竿を立てようとするアレクとその竿をしたから押し上げているベラスコだった。
「大物だぞ! これで今夜はヴィオラ騎士団全員が魚を食べられそうだ!」
「頑張ってくださいよ。逃がしたら夜の海に投げ込まれそうですからね」
船室の屋根の上から成り行きを見守っているドミニク達の表情がかなりきついんだよな。メープルさんは期待で目が輝いてるし……。
「リオ!椅子を竿の動きに合わせてくれ!」
竿が右手に傾いてるな。急いでアレクの座る椅子の後ろに回って椅子を回して位置を修正してあげた。
上を見上げると、櫓の上でもフレイヤとローザが見ているし、その上でネコ族のお姉さんが声を出しているのは、船長に状況を知らせているのだろう。
まさしく船の乗組員が一丸となってアレクを応援しているのが分かる。
アレクの背にハーネスが食い込んでいる。そのハーネスが向かう先はまるでウインチのような大きなリールだ。右手でリールを巻いているようだが、ともすれば巻き上げる道糸よりも出ていく道糸の方が長いようにおもえる。
アレクの竿を下で支えるベラスコも顔を真っ赤にしている。
これはかなりきついんじゃないか?
絶対遠慮すべき釣りの一種に違いない。
「出た!」
サンドラが腕を伸ばした先には、数mもありそうな細長い魚体が尾びれで海面を叩いて頭を振っている。
急いでアレクがリールを巻いているのは、あのうごきで針掛かりを外そうとしているのだろう。
だけど、見た目はまるで踊っているようにも思えるな。太陽に反射して銀色の魚体がキラキラ輝いている。
「ちゃんと撮影したわよ。逃げられても、皆に自慢できるんじゃない?」
「それじゃあ、自慢にならないよ。ベラスコ、もう少しだ耐えてくれよ!」
「まだまだ大丈夫です。それに、リオさんもいるんですから、ダメな時には代わって貰います」
俺もそれをやるのか?
もっとも下で支えないと、アレクが釣られそうだ。
1時間も過ぎただろうか? 少しずつアレクの巻くリールに道糸が巻かれていく。たまに道糸が出ていくんだが最初の頃に比べればそれほどでもない。
確実にあの魚体が近づいている。
「そこの銛を使うにゃ。上手く刺さればいちころにゃ!」
ネコ族のお姉さんが教えてくれたのは、ベラスコが持っていたギャフの隣にある銛だった。今朝方メープルさんが持って来た銛よりも長く2mはありそうだが、先には数本の穂先が付いている。
「電撃銛にゃ。当たれば0.2秒後に5万ボルトの電撃が銛先に送られるにゃ」
「俺達に危険は無いんですか?」
「先端に触らなければだいじょうぶにゃ」
何か心配になるような説明だけど、あの魚に歯が合ったらヤバいからね。ここは従っておく方が良いだろう。
ネコ族のお姉さんが船尾の片隅で様子を見ているのは銛を打つタイミングを探っているのだろうか?
アレクの座った椅子を、釣竿の向きに合わせながらその時を待つ。
「見えてきたにゃ! 銛を持って船尾に来るにゃ」
お姉さんの声に銛を掴んで船尾に向かうと、海中に蒼い巨体が見えてきた。
「大きいにゃ。投げるタイミングが教えるにゃ。的が大きいから素人でも当たるにゃ!」
確かに素人には違いない。
『大丈夫ですよ。今、マスターに銛の使い手のデーターを転送しました。ライデン一番の銛打ちですよ!』
『ありがとう。でも、あまり使わないんじゃないかな?』
『備えあれば憂いなしです』
やがて魚体が蒼から白に見えてきた。
「まだ待つにゃ。でも、もう少しにゃ……。今にゃ!」
バシュ!
力一杯、銛を打ちこんだ。
銛が俺の手を離れて海面に突き出している。その柄がぶるぶると震えているのがはっきりと見える。
「まだ終わりじゃないにゃ。あのギャフで引き上げるにゃ」
「今度は、私が……」
あのギャフを気に入ったのかな?
アレクが道糸をゆっくりと引いて魚体を引き寄せると、ベラスコが頃合いを見て鰓付近にギャフを打ち込んだ。
後は船尾の扉を開いて全員でギャフに着いたロープを引く。
綱引きのように声を出して引き上げた魚体は5mもありそうな船尾の甲板から尾が飛び出していた。
「立派なマーリルにゃ。このまま冷蔵庫に入れて持ち帰れるにゃ」
ネコ族のお姉さんとメープルさんが協力して船尾の蓋を開けて冷蔵庫に魚体を入れている。
サンドラが、シャンペングラスを乗せたトレイを持って俺達の周りをまわってくれたから、俺も1つ手に取った。
「大物に!」
アレクの声に全員がグラスを掲げる。
確かに迫力のある釣りだ。アレクが参加したがるのも無理はない。
だけど、もう少し小さいのが俺には向いてるような気もするんだよな。
トローリングの獲物は、俺には大きすぎるようだ。