280 皆と合流、さあ休暇だ
地下に広がる花畑を通り越すと浴室になる。
全く贅沢以外の何ものでもないと思うんだけどねぇ。
カテリナさんを抱いてジャグジーに浸かったのは良いんだが、このジャグジーの大きさは直径3mもあるんだよなぁ。
作ったのは、10年ほど前だと言ってたから、カテリナさんの夫とはいっしょに入ることが無かったんじゃないか?
ドミニクにレイドラと3人暮らしでこの設備は、無駄以外の何ものでもない。
「この場所を交換条件にしたの。ドミニクも王都にヴィオラ騎士団の住居を欲しがってたから調度良かったわ」
「ドミニク団長にとっても実家でしょう? 良かったんでしょうか」
「この家よりは普通の住居ということなんでしょうねぇ」
それも理解できるし、何と言っても近所の記憶の人達が一番安心するだろうな。
ヴィオラ騎士団の王都駐在の人達が利用するなら、少なくとも爆発がしないだろうからねぇ。
「しばらくはリオ君たちと一緒に行動できなくなりそうだけど?」
「新たな輸送船の進捗は教えてくださいよ」
「そうね……。それは1年以上先になるかもしれないわねぇ」
別の研究も並行するということなんだろう。
カテリナさんだからねぇ……。何か思い付いたに違いない。
ジャグジーから出ると、体を乾かしてそのままベッドに向かう。
部屋の配置は中継点のパレスと似た感じだ。
カテリナさんが直ぐに抱き着いてきたけど、まだ深夜ではないんだよなぁ……。
隣で寝息を立てているカテリナさんにシーツを掛けて、タオルを巻いた姿で部屋の片隅にあるソファーに腰を下ろす。
かつて知ったる……、冷蔵庫の扉を開きビールを1缶取り出した。
タバコに火を点けると、改めて部屋を見渡してみる。
結構広い寝室なんだよな。
いくつもの絵が飾ってあるけど、その多くが南のリゾート地を描いた油絵だった。
名のある画家の作品なんだろうが、カテリナさんが新たなラボを南の孤島に作ったのは、島暮らしにあこがれを持っていたのかもしれないな。
「アリス……。カテリナさんと一緒に何を研究するんだい?」
『将来を見据えた計画です。現状では必要ありません』
何か、誤魔化された感じがするな。
となると、小惑星帯での高機動艇でも考えるんだろうか? 隣にカテリナさんもいるだろうから案外早くに実用化されそうな気もする。
『それよりも、マスターは気が付きましたか?』
「ん? 何だろう。何かあったのか。来客の件ならアリスの調査結果を教えて欲しいけど」
『ラムダ博士については、生物工学の権威ですね。確かにカテリナ博士に相応しい友人だと思います。レイトン博士と似た分野ですが、レイトン博士は生物全てを対象としているのに対し、ラムダ博士は医療分野への応用に秀でているようです』
まさに類は類を呼ぶという奴なんだろう。
その人物に自分の財産の一部を贈与するというのも気にはなるんだが、カテリナさんの持つパテントの数はそれこそ膨大なものに違いない。
俺の口座にも、定期的にかなりの額が振りこまれているとマリアンが教えてくれたんだが自分で使えないのが問題だ。
最初に作って貰った口座に振り込まれる騎士としての給与が、俺の全財産に思える時がある。
「カテリナさんの研究も気にはなるんだよなぁ……」
『たぶん、中途半端になっていた研究の再開ということでは? カテリナ博士の性格もありますし』
そういうことか。何か面白いものを見付けると、それまでの研究を、脇に置き去って没頭するところがあるからね。いろんな研究が中途半端に止まってるに違いない。それに比べてレイトン博士は確実に成果を積み重ねるんだよなぁ。良くあの2人が友人付き合いができると感心したことがあるくらいだ。
何かあるのかと心配になったんだが、俺の気の迷いかもしれない。
さて、朝までまだだいぶ時間がある。ゆっくり眠ることにしよう。
カテリナさんを起こさないようにベッドに潜り込もうとしたら、いきなり抱きしめられた。
「どこに行ってたのかしら。まだ夜は明けないわよ」
「眠ってたんじゃないんですか?」
「ふと腕の中が空っぽになったのに気が付いたの」
まだまだ放して貰えそうもないな。朝まで付き合うしかなさそうだ。
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「もう、昼を過ぎてるにゃ。いつまで起きたにゃ?」
「まあ、何時ものことだと思うけど?」
朝食兼昼食……、いや少し早い夕食のような食事だから、侍女のお姉さんが文句を言いたくなるのも理解できるけど、カテリナさんは軽く受け流している。
やはり女性には口では勝てないな。
「今日中にビオランテに着かないと、皆から文句を言われますよ」
「アリスなら直ぐでしょう? ラムダと打ち合わせが理由になるからだいじょうぶよ」
そんなものかな? まあ、それはカテリナさんに任せる外は無さそうだ。
軽い食事を済ませたところで、再び地上に向かう。
ネコ族のお姉さん達に手を振られながら、アリスで一気にヴィオランテに停泊するリバイアサンに向かった。
すでに連絡を受けてたのかな。
アリスがカーゴ区域に具現化したら、フレイヤが駆け寄ってきた。
「待ってたわよ。ローザ達も来てるし、アレク兄さん達も一緒だから賑わってるわ」
「ベラスコも呼びたかったね。頑張ってるはずなんだが」
「兄さん達と漁果を競ってるわ。今のところ重さでベラスコ、数で兄さんよ」
俺の腕に自分の腕を絡ませながら多目的円盤機に俺達を案内してくれた。
最初は酷い操縦だったんだけど、少しはマシになっているんだろうな? 素朴な心配が脳裏に浮かんでくる。
ちょっと怪しいところもあったけど、最初の時のように1mほどの高さから落ちるようなこともなくリゾートホテルの屋上にある駐機場に着陸できた。
ほっとした表情を浮かべてしまったのかな? カテリナさんが俺の顔を見て笑みを浮かべている。
「部屋は何時もの通り最上階を借り切ってるわ。スイートだから文句は無いでしょう」
「文句はないけど、他の連中は?」
「兄さんとベラスコ達は少し離れたホテルよ。漁場が近いと言ってたわ。ローザ達は1階下のロイヤルルームに宿泊してる」
「私の部屋は最上階に用意してくれたんでしょう?」
「もちろんです。ヒルダ様達が後程やって来るそうですから、よろしくお願いします」
あの話の詳細を詰めに来るのだろう。掴まらない内に、俺も魚を獲りに出掛けた方が良いのかもしれないな。
フレイヤの後についてスイートルームに到着すると、メープルさんが冷えたワインを出してくれた。
俺を見て笑みを浮かべているんだけど、この休暇中にまた試合をしようなんて思ってないだろうな。
「あの辺りにいるのがエミー達よ。ローザも一緒なんだけど、立派な士官を連れてきたわ」
「ローザのお相手かな? ウエリントンの貴族ではあるんだろうけどね」
あれから数年、いよいよローザも嫁入りか……。
何となく自分が年を取ったような気分になってしまう。
「今夜も浜でバーベキューをするのかい?」
「それが楽しみでもあるのよねぇ。ライムさん達が張り切ってるんだから」
それはアレク達の漁果が楽しみの間違いに思うんだけどなぁ。だけど、皆で楽しめるなら一番だろう。アレク達の自慢話聞きながらビールを飲むのは、聞いてる方も嬉しくなってくるからね。
窓際のソファーでワインを飲んでいたら、ビキニに着替えたカテリナさんがテーブル越しに座った。
全く、もう少し生地の多いのを選んでほしいものだ。目のやり場に困ってしまう。
「あら、まだ着替えないの。早く着替えてらっしゃい。だいぶ日が傾いてきたわよ」
「そうそう、そんな格好だと1人だけ浮いちゃうわよ」
カテリナさんの言葉にフレイヤまでも言葉を添えてきた。
その後ろにちらりと見えたメープルさんもいつの間にかスレンダーな姿になって競泳用水着のようなものに着替えている。
「俺の部屋ってどこなの?」
「ジャグジーの隣。ジャグジーの場所は覚えてるでしょう?」
フレイヤの答えに片手を上げて頷いた。さて早めに着替えないとね。
部屋に入って大きな丸いベッドに驚いた。直径3mはあるんじゃないか? どうやって寝るのかちょっと考えてしまったけど、とりあえずは水着に着替えて、水密容器のような小箱にタバコとライター、それにコインケースを入れると少し長めの組み紐を使って肩に掛ける。
このまま外に出るのかな? そうだとすれば帽子とサングラスが必携だけど、とりあえず持って行けば良いか。夕暮れ時ならそのままさっきのテーブルに乗せておけば良いからね。
「終わったよ。直ぐに出掛けるの?」
「まだ暑いわよ。夕暮れが始まってからで良いんじゃない」
なら、それまではゆっくりできるな。
フレイヤの隣の腰を下ろすと、メープルさんがアイスコーヒーを持って来てくれた。ここから見下ろす浜辺ではトラ族の男達が準備を始めたようだ。
「母さん達も来てるの。兄さんも会いに行けば良いんだけど」
フレイヤがこぼしてるけど、アレクの心情もわかるつもりだ。偶然に出会うぐらいが丁度良いんじゃないかな。
「ドミニク達もエミー達と一緒なのかい?」
「相変わらず真珠貝を探してるみたい。私も見付けたのよ」
「ほら!」と言ってビキニの胸元から出してくれた真珠は直径1cmはありそうだ。これなら狙いたいところだろう。
だけど、そのビキニの胸元のどこに隠してたんだろう?
そっちの方が気になってしょうがない。
タバコを吸って誤魔化そうと思い、テーブルの密閉容器に手を伸ばしたらすでに蓋が空いていた。
カテリナさんが一服をしているから、犯人はカテリナさんだな。
アレクやベラスコも似たような密閉容器を持ってるんだけど、女性は誰ももっていあいんだよなぁ。王都で買い物する時には高そうなバッグを持っているんだけど、なぜにこんな場所で持ってこないんだろう。フレイヤ達の七不思議の一つなんだけど、その理由を聞くのを何故かためらってしまうんだよね。