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279 ラムダ博士


 カテリナさんの友人でウエリントンの学府に席を置く身です、と自己紹介してくれた女性はやはり20台後半にしか見えないな。

 スレンダーで色白、長いブラウンの髪をポニーテールにして纏めていた。


「相変わらず趣味が良いのね。隣の男性とどんな関係なの?」

「娘の夫かしら? 」

「なるほどねぇ……」


 俺に笑みを浮かべてるんだよな。

 確かに美人には違いないけど、来訪に白衣姿というのは何となくマッドの匂いがプンプンしてくる。やはりカテリナさんの友人ということなんだろうな。


「メールが来てけど?」

「そうそう、忘れない内に渡しておくわ。3本あるけど、生体実験はまだよ」

「ラムダを信じているわ。私ではこれを作れないから……」


「それと、これがキーになるわ。予算の残金は寄付ということでよろしいのかしら」

「結構よ。そのまま口座を使ってもらって構わないわ」


「ありがとう」と言って、2人が食前酒のグラスを合わせる。

 何かヤバそうな相談のようにも聞こえてくるんだが、騎士団にフィードバックしなければ黙っていよう。


「でもさすがはカテリナね。あの微小マイクロマシン、いえ、ピコマシンとも言えそうなものを作れるんですもの」

「あれは私が作ったものではないの。隣のリオ君の体を流れているマイクロマシンよ。誰が彼にその措置をしたのか分からない。でも、彼の体内でそれは今でも作られてるんだから、その中は不思議に満ちてるわ」


 俺の秘密を防露するだけの人物ということなんだろうか?

 今までの話しの内容では、メープルさんのような存在と思ったに違いない。


「まだ若いのに……」


 同情されてしまった。

 だけどなのマシンを体内で生産できるような話は聞いたことも無いが、技術的には可能ということなんだろうか。


「せっかく友人を招いたんでしょう? 硬い話は良くないんじゃないですか?」

「あら、そうかしら? 私達が集まればすぐにホワイトボードが運ばれてたんだけど」


 理解できないのは俺だけってことなのかな?

 黙って料理を食べていた方が良さそうだ。


「でも、カテリナが他人にラボを用意するなんて珍しいわね。だれ? サリア、それともオーリー辺りかしら?」

「アリスという私の友人よ。こちらのリオ君の大事な友人なの。私とも話が合うのが嬉しいわ」


「弟子を取ったの? 若い子は苦労するわよ」

「弟子ではないわ。今までもいろいろと協力して貰えるし、波動方程式を暗算できる逸材よ」


 2人の会話を聞いてると、カテリナさんはアリスを1人の研究者として見ているようだ。そんなアリスにラムダさんも興味深々という感じだな。


「それなら、今夜ここに連れて来てくれても良かったんじゃないの。貴方の家なら部屋はたくさん余っているでしょうに」

「連れてきたわよ。アリス、貴方のラボを作ってくれたラムダよ」


『ありがとうございます。かなり特殊な設備になったと思いますが、未実装部分はあるのでしょうか?』

「あら、声だけなの? でも良いわ。全て実装してあるわ。部分的には多重化してあるし、マニピュレーターは4腕よ。それより、顔を見せて欲しいんだけど」


「見せてあげたら? ラムダは秘密は守れるわ。私と似たところがあるから友人は限られてるの」

『仮想スクリーンでお見せします』


 笑い顔のカテリナさんだけど、ラムダさんはテーブルの端に大きく作られた仮想スクリーンに目を向けて固まってしまった。


「ラムダ。彼女がアリスよ。意思を持つ戦姫がアリスの正体なの」

「でも……、意思を持つ電脳なんて……」


「アリスだけではないわ。他にも何人かいるの。全てアリスが関連してるんだけどね」

「そうなると、私の夢も実現できそうね。アリス、私の友人になってくれない?」

『カテリナさんの友人であれば私の友人でもあります』


 うんうんとカテリナさんが頷いているし、ラムダさんも嬉しそうだ。やはり友人が少ないんだろうな。となると、ラムダさんの夢が知りたいところだ。


「アリス、ウエリントン王国の学府にある先端医療部局生体ナノマシン開発部に自由に出入りできるわよ」

『おもしろそうですね。……なるほど、これが現在の研究課題ですね』


 カテリナさんとアリスの会話に、ラムダさんがびくりと体を硬直させた。


「私のラボの電脳を覗けるの?」

「私のラボでさえ自由に閲覧してるわよ。ねぇ、興味あるでしょう。それで、アリスとしての回答は?」


『アポトーシス因子の書き換えに悩んでいるようですが、再生因子と相関を持たせなければ一気に暴走しそうですね』

「呆れた……。そこまで分かるのが不思議に思えるわ。本当に電脳なんでしょう?」

『アリスという存在です。電脳という枠には納まらないかと』


「現在、その相関を一致させようとしているの。アリスが思う範囲で良いから、アイデアがないかしら?」

『組織ごとにアポトーシスの回数が決まっているわけではありません。確かにガウス分布の範囲には入っていますが、組織と組織の明確な区別ができない以上、相関を一致させるのは無意味だと推察します。それなら、アポトーシス時に再生因子へのトリガーを考えるべきではないでしょうか』


 アリスの回答に、ラムダさんが呆けたような表情をしている。カテリナさんはいたずらが成功した様な笑みを浮かべて友人を見ていた。

 今の内に食べてしまおう。俺には理解できない話だからね。


「驚いた……。そうなると、私の10年間は何だったのかしら?」

「まだ100年以上残ってるでしょう。少しは前に進めるのかしら」

「そうね。実用化には遠いけど、やらないと前には進めないでしょう。カテリナの資産を使わせてもらうわ」


 一番気になるのはその対価なんだけど、全く話題にしないんだよなぁ。

 

「カテリナさん、1つ質問して良いですか?」

「あら、何かしら」

「先ほど、ラボを作ったような話をしていたんですが、いったいどこに作ったんですか?」


 俺の質問に2人が顔を合わせて笑みを浮かべる。


「島をいくつか貰ったでしょう? その中の一番小さな島よ。かつては火山島だったけど、今はマグマ貯まりから離れてしまったから危険はないの。

 大きな火口には海水が溜まっているわ。周囲に保養施設を持った島は無いし、サンゴ礁が島の周囲を囲んでいるから船では無理ね。でも研究には一番適してると思ってるの」


 確かに島を貰った。その1つにラボを作ったのか。

 変な研究をして爆発しても被害が外部に出ないなら、そのほうが俺達の精神衛生上も良い気がする。

 アリスのラボも、カテリナさんの手助けをするための設備なんだろう。

 だけど、何を研究するんだろう?

 次の課題となれば、宇宙船なんだが……。ひょっとして駆動装置の研究ってことか?

 確かに、誰もいない場所でやってほしい研究だ。


「次は汎用宇宙船になりそうですね」

「居住用の大型カプセルでしょう? 形がマスドライバーで射出するカプセルと同寸法なら、こちらで作るわよ」


「ラムダが監修してくれるなら助かるわ。搭載方法はこちらで考えるけど」

「その為に資産の一部を回してくれたんでしょう? 財団を作れば長く研究資金に出来そうだわ」

「お願いね」


 2人で手を握ってる。

 財団で資産運用を図るということなんだろうが……。カテリナさんの友人に資産運用にたけた人物がいるってことなんだろうか?

 まさか、ヒルダ様じゃないだろうな。


 2人が食事を終えて、俺と一緒のワインを楽しみ始めた。

 友人との語らいなら、俺は必要なかったんじゃないのかな?


「それにしても、本当に人間なの?」

 

 突然、ラムダさんが問い掛けてきた。

 一瞬、意味が分からずにカテリナさんに顔を向ける。


「リオ君の血液を送ったの。その日の内に連絡があったわ」

「人工血液ではないし、カテリナが製法のパテントを取ったらしいけど、そのパテントは、あの血液成分の一部に過ぎなかったと分かったわ」

「当惑したんじゃなくて?」


 いたずらが成功した様な口調のカテリナさんの問いに、ラムダさんが大きく頷いた。


「したわ……。分析を始めたんだけど、翌日に肝心の品が消えてしまった。消えたというより、溶けたというのが正しい答えね。質量変化と成分組成は変らないんだから」

「ナノマシンの寿命が尽きても体から排出されるのは時間が掛かるし、動かないナノマシンは最後まで姿を変えない。ある意味、何らかの因子がトリガーとなってアポトーシスが始まる」


「ナノマシンのアポトーシスは初めて経験したわ。かなり特殊な名のマシンなんでしょうけどね。その因子研究で少しは成果が出たわよ」


 やはりマッドな1人ということか……。

 

「できれば、もう一度手に入れたいけど……」

「無機ナノマシンではラムダの研究に役立つとは思えないわ。それは私の分野だもの。互いの領域に深入りしないのは約束じゃなかった?」

「そうね……。そうなると、私の研究はさらに長いものになりそう」


 とは言っても、諦めることは無さそうだ。

 他の追従を許さないほどに研究が特化して進んでいるんだろうな。それでも、目的までの道は遠いというんだから大変な研究だ。


「それで、ラボはいつでも使用できるの?」

「研究に必要な薬品や資材は運んでいなわよ。倉庫は5つあるから、王都で手に入れて運べば良いと思うけど」

「頼めない?」


 しょうがないなぁ。という感じでラムダさんが頷いている。

 運用できるようになれば、俺達の邪魔をしないだろうから、期待してしまいそうだ。


「さて、そろそろ、帰るわ。これ以上いると、島に住み着いて研究を手伝わされそうだもの」

「今のところ助手はいらないわ。ガネーシャも独り立ちしてくれたから、ようやく自分の研究に本腰を入れられそうよ」

「私のところは、もう少し掛かりそうね。それじゃぁ……」


 席を立つと、俺達に頭を下げてリビングを出て行った。

 ネコ族のお姉さんが外まで送っていくのかな?


「相変わらず融通があまり効かないんだけど、良い友人なの。これで長期的にあの島を管理できるわね」

「良いんですか? ヴィオラ騎士団の財産に思えるんですが」

「正確にはリオ公爵の領地の1つね。リオ君、1つぐらい良いでしょう?」


 おねだりされてもねぇ……。

 とりあえず話は進んでいるようだし、島にラボまで作ってしまったなら、いまさら『NO!』とも言えないだろうな。


「しょうがありません。許可しますけど、ドミニクにはきちんと話しておいてくださいよ」

「リオ君が『OK』してくれるなら構わないと言っててわ。これで問題は無いわね」


 カテリナさんが俺の手を握ると立ち上がった。

 つられて俺も立ち上がる。

 ワインのボトルを片手に持って、リビングに続く部屋に入って行った。


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