278 3王国への協力依頼
「……という次第でした。航路管理局と新たな盟約を交わし、ラグランジュポイントに設ける衛星は我等のみが可能。その周囲15万kmへの戦闘艦及び武装機体の接近を禁止しています」
「航路管理局はかなり譲歩したようだな。航路管理局を介さずに恒星間貿易をほのめかせばそうなるのかもしれんが……」
俺の説明にウエリントン元国王が呟いた。
やはり、やり過ぎたということなんだろうか?
「将来的なレアメタルの採掘量は、小惑星帯の方が多くなるとお考えなのですか?」
優雅にお茶のカップを口元に持って行きながら問いかけてきたのはヒルダ様だった。
「さすがに我等ヴィオラ騎士団だけでは無理でしょう。ライデンから採掘されるレアメタルの総量の5%までに伸びれば大成功だと思っています。とはいえ、騎士団の活躍する場が大陸の東から中央、そして西に向かっていることも確かです。
ライデンから航路管理局に送られる量は年ごとに増えているのではありませんか? 拠点やコンテナターミナル、ヤードのネットワーク化によってさらに増えるでしょう。
現在ライデンの静止衛星軌道上にある航路管理局の衛星だけでは荷の受け取りが困難になることは必至です。そのためにも第二の衛星を作る必要があるのですが、航路管理局にはその資源が無さそうです」
「少数精鋭と言えば聞こえは良いが、我等1王国の総人口の半分にも届かぬと聞いたことがあるぞ。要するに、ある程度航路管理局に介在しなければ我等の発展が見込めぬということだな?」
「端的に言えばそうなります。場合によってはライデン恒星系内での鉱石運搬カプセルの搬送も視野に入れるべきだと思っているぐらいです」
とは言っても、それはかなり先の話になるのだろう。
何世代か過ぎたころになるはずだ。その時はヴィオラ騎士団はどんな形になっているんだろうか? 想像もできないな。
「とりあえずはかつての留飲を下げたことで良しとするか。記録はあるんだろう?」
「ちゃんともってきました。それにリオ君と航路管理局との会議の様子も納めてあります」
「頂く上で、報酬は何にするのだ? すでにリオ殿は一国の国王でもあるのだ。我等に遠慮して今でも公爵を名乗っているようだがな」
元国王3人組が肩を寄せて密談している。
情報提供に来ただけだし、騎士団の礼儀に沿って行動しているだけだから、報酬はいらないんだけどねぇ……。
「私から1つ提案があるのですが?」
「カテリナ殿の提案なら聞く耳を持たねばならんな。たぶんリオ殿に対する報酬についてであろう。是非とも伺いたいところだ」
ナルビクの元国王が顔をこちらに向けた。
「現在、騎士団の多くが西を目指している状況です。東の軍の拠点を丸ごと頂くことはできませんか? 直ぐにとはいきませんが、拠点にいる軍属をラグランジュポイントに設ける設備の運用を任せたいのです」
カテリナさんの言葉に驚いたのは、国王ではなくお妃様達だった。
全員が他人事のような表情をしていたんだけど、今は真剣な眼差しをカテリナさんに向けている。
「ヴィオラ騎士団も人員不足と?」
代表してヒルダ様が問い掛けてきた。
「中継点の運用に、鉱石採掘の部隊が3つですから、人手はいくらでも欲しいところです。鉱石採掘の方は長い目で人員を育てるべく中継点に学園建設まで行いましたが……、衛星規模の拠点運用にまで手が回りません。できれば3王国の援助が頂きたいところです」
俺の答えに、元国王達は笑みを浮かべているし、御妃様達は顔を見合わせて頷いている。
「資金の目途はあるようだが、人員は急に育てるわけにもいかないだろうな」
「それなりの技術を持って、規律を保つとなると……。これは少し考えるものがあるな」
「投資先としては申し分ありませんが、どの程度の人員を考えているのですか?」
元国王達の条件が気になるところだ。
お妃様達だけに相談した方が良かったかもしれない。
「300人規模。でも宇宙空間で長時間過ごすことになるから、半年ごとに人員を入れ替えようかと考えてはいるんだけど……」
「3王国の小規模拠点を閉鎖してリオ殿に送ることは可能だろう。だが、そうなると地上勤務の場所も欲しくなるな」
「新たな拠点を設けても良さそうだ。あのオアシスの利用も視野に入れてはどうだ?」
海賊騒ぎで見つけたオアシスの事だろうか?
確かに場所は良いし王国軍が周囲を警戒しているなら、騎士団も安心できるだろう。大きな池もあったから、団員の休養も兼ねられそうだ。
「リオ殿の提案は共同事業として手を貸そう。もちろん建設コストも我等で等分化することに問題はない。詳細は妃達と調整してくれればじゅうぶんだ」
「ありがとうございます」
席を立って礼を言うと、そのまま部屋を出る。
あまり長くいるとろくなことにならないのは、分かっているからね。
「さて、これで用が済みましたね。俺達もビオランテに向かいますか」
「その前に、王都の私の家に寄りたいんだけど……。だいじょうぶよ。エミー達にはちゃんと了解を貰っているから」
そっちの方が問題なんじゃないか?
あの貴族街の公園なんだろうけど、アリスを外に置いておいてもだいじょうぶだろうか?」
俺達を追い掛けてきた士官の案内でアリスの待つカーゴに戻ると、一気に速度を上げてヨルムンガンドを後にする。
「アリス、予定が変わった。カテリナさんの家に向かって欲しい」
『座標の確認はできてますから、このまま亜空間移動します』
ヨルムンガンドのレーダー圏内を出たところで、周囲の光景が歪むと次の瞬間には緑の木々に囲まれたカテリナさんのログハウスが真下に見えた。
「やはり亜空間移動をものにしたいわ。理論はあるんだけど実験さえできないのがもどかしい限りよ」
「科学の発展は一歩ずつが基本ですよ。利点があれば欠点だってあるんですから」
「分かってるつもりだけど……。でも、恒星間貿易は亜空間運行なのよねぇ」
先ずは惑星間、次は恒星間になるのは自然な成り行きなんだろう。だが、そこには大きな壁もあるようだ。
アリスから下りると、ログハウスの中に入る。直ぐに床が地下に向かって下りていく。
すでにカテリナさんは連絡を入れていたようだ。リビングに3人のネコ族のお姉さんが俺達に頭を下げて出迎えてくれた。
「直ぐにコーヒーを入れるにゃ。ソファーで待っててほしいにゃ」
「ありがとう。夕食はいつも通りで良いわ。来客があると思うけど、応接室で待たせてくれれば十分よ」
「了解にゃ!」
とことこと奥に走って行ったけど、来客もあるんだ? この間はフェダーン様だったけど、今はヨルムンガンドにいるはずだから、来るのは誰なんだろう?
「私の古い友人よ。リオ君の話をしたら1度会ってみたいと言ってたの」
「学者さんですか?」
「分子生物学の権威よ。サブでラボ建設を請け負っているの」
学者だけでは食べていけないってことかな? だけどラボならカテリナさんだって自分なりに隙に改造しているような気もするんだけどねぇ。
「詳しくは、夕食時にでも話せると思うわ。それと、今夜にでも実証しないといけないでしょうから」
実証?
ラボは既に出来てるってことか? 中継点や白鯨、リバイアサンに作ったのならアリスがすでに教えてくれたはずなんだが……。
「ごゆっくりにゃ。ラムダ博士は18時に来ると連絡があったにゃ」
「それじゃあ、夕食は3人分ね。よろしくお願いするわ」
「任せて欲しいにゃ。ちゃんとホテルに仕出しを頼んであるにゃ」
自分達で作るわけじゃないんだよね? 自信を持って御姉さんが答えてるんだけど。
「これで、全体が見えてきたかな。地上では2つの艦隊が採掘を行ってるし、小惑星帯では私達が採掘をする。
地上のレアメタルはマスドライバーで打ち上げられたカプセルを航路管理局の衛星軌道上にある電磁ネットで回収して航路管理局が恒星間貿易に使っているわ。採掘量が増えてマスドライバーの数が増えれば、ラグランジュポイントの設ける衛星で回収する。
現状の運行管理局で運べないほどの量になった時にはヴィオラ騎士団がその荷役を一部代行する……」
「少なくとも数百年はそれで行けるんじゃないですか? ライデンのレアメタルの採掘は大陸の広い範囲で行われていますからこの先千年は枯渇を心配せずに済みそうですし、枯渇が見えてきたときには小惑星帯や他の惑星で採掘することも考えられます」
「その為の方法も考えなければいけないんでしょうね」
考えはしても、実証することはないんじゃないかな。それはかなり後の世代が考えれば済むことだ。
カテリナさんに続く天才(天災)的な科学者が現れないとも限らない。
「リオ君の当座の行動はこの範囲という訳ね」
「あまり手を出すのも考えものでしょう。先ずは地盤を固めれば十分です」
俺の言葉に、コーヒーを飲みながら笑みを浮かべている。
何か別の考えがあるみたいだけど、騎士団の行動の邪魔にならなければ問題ないんだけどなぁ……。
タバコを楽しみながら、仮想スクリーンで衛星建築の工程を議論する。
たまにアリスが言葉を挟んでくるのは、カテリナさんの暴走を防ぐためなんだろう。
衛星に軌道修正用の重力場推進装置はいらないだろうからね。
「こんなところかしら。やはり輸送用の宇宙船が2隻必要になるわ。それと初期に居住空間を確保しなければならないのは面倒ね」
「太陽風の防壁が水のタンクで代替できるとは思いませんでしたね。とはいえ、3重化しなければなりませんからかなり面倒なタンクです」
液体状態で保管することも可能らしいがタンクの太陽面の温度は数百度まで上昇するらしい。影側はマイナス100度ぐらいまで下がるようだから、内部循環と電熱面の工夫が必要になってくるな。
システム構成がある程度分かったところで、アリスが概略設計を行ってくれるから早い段階で居住空間を作るためのカプセルを搬送できるかもしれない。
内部に生体を乗せての実証試験は必要だろうな。




