027 王女様を連れて
艦首にある待機所でいつものように時を過ごす。
リンダとフレイヤは歳が近いせいか、何時の間にか隣で話し込んでいるし、ローザ王女はアレクの昔話を聞いて、目を輝かせているようだ。
グレンとベラスコはカリオンの話を静かに聞いてるな。
まとまってはいるが、勝手にやってる感じだから、俺はこの雰囲気が気に入っている。
「ところで、レイドラの神託はもう無いの?」
「神託って、あの発見確立みたいな奴ですか? あれからは聞いていませんね。とりあえず今度は科学の力で何とかするんじゃないですか?」
「戦機が見付かるかも! って騒いでるのよね」
「そんなに簡単に見付からないでしょう。アレクの戦鬼だって、閃デミトリア鉱石の痕跡を追跡してようやく見つけたんですから」
サンドラの質問に答えはしたけど、良く考えてみるとそれも不思議な話だ。戦機自体には閃デミトリア鉱石の痕跡はまるで無いのだ。だが、多くの戦機は閃デミトリア鉱石反応の延長上に眠っている。
しかし、その鉱石は希少鉱石らしくあまり探査に引っ掛からない。もっと深いところにはあるのかも知れないが、ラウンドシップの地中探査は精々10~15mだ。これ以上深いと鉱石採掘が難かしいことにもよるのだが……。
「偶然によるものが多いと聞きました。それでも3隻で探してるんですから、2、3年したら見付かるかも? って所じゃないですか」
「確かに、ゴロゴロ転がってるわけじゃ無いしね。あまり期待しないように言っておきましょう」
とは言え、確かに期待はしてるんだろうな。ヴィオレだって10数年で3機の戦機を見付けているし、その内の1機は戦鬼だからな。
今年ダメなら、来年ぐらいには1機位見付かるんじゃないか?
ヴィオラの進行方向が大きく変わり周回を始めた。どうやら何かの鉱床を見つけたようだ。
王女がソファーの後ろの窓に顔をくっ付けるようにして外を覗いている。
「マンガン団塊の鉱床が見付かったようです。もうすぐ獣機が出て採掘を始めますよ。スクリーンを開けば様子が見られます」
サンドラがスクリーンを展開してあげると、王女が目を輝かせて覗きこんでいる。
ヴィオラの舷側にあるシュートから獣機が次々と滑り降りると、1番バージに積んである掘削機械を取り出して荒地の掘削を始めた。
「採掘は始めてみるのじゃ。ほう……、あのようにして集めてバージに積むのじゃな」
初めて見るものは何でもおもしろく見える。
夢中になってスクリーンを見ている王女にフライヤがジュースのグラスを渡している。俺達には炭酸飲料だ。出動の可能性があるから酒は飲めないんだよな。
『艦内通報。現在よりイエローⅢに移行する。繰り返す……』
「どうやら、円盤機が何か見つけたようだ。急いで着替えるぞ!」
俺達が一斉に更衣室に向かうと、王女達3人も一緒に付いて来る。
グレンが小さなバッグを持っているから、中に戦闘服が入っているのだろう。
俺達と一緒に服を着替えだした。
「持ってきたのか?」
「一応な。手助けするぞ」
2機増えるだけでもありがたい。戦姫は満足に動かないようだが、砲台にはなるだろう。
着替えを終えてガンベルトを巻くと、ベルトに付けた携帯が着信音を鳴らしている。
急いで相手を確認するとドミニクだ。
「出撃して様子を見てくれない。相手はイグナッソスらしいわ。現在は北西120km付近にいるらしいけど、近付くようなら採掘を中止するわ」
「了解。王女を載せていくけど、問題ないかな?」
「アリスの中なら一番安全だわ。でも外には出さないでね」
「了解!」
皆のところに戻ると、アレクに出発を告げると、王女に戦姫に乗ってみるか? と訪ねてみた。
「約束を忘れておらぬのじゃな。出掛けるぞ!」
「ですが、単機出撃です。どんな危険があるか……」
「アリスに乗っていくなら戦鬼より遥かに安全だ。移動速度は最高で時速80kmを越える。追い付ける巨獣などいない」
王女を諌めるリンダにアレクが説明してくれた。
「ちゃんと動く戦姫なら、どんな巨獣にも耐えられると父君より聞いたぞ。だいじょうぶじゃ。ここで皆と行動を共にせよ。リオ! 早く出掛けるぞ」
王女が俺の手を引いて待機所の扉に向かった。アレク達に手を振って待機所を出る。フレイヤの姿が見えないところをみると、すでに火器管制室へと向かったようだ。
エレベータを降りてカーゴ区域に出てアリスの元に走っていくと、既にタラップが用意されていた。
俺達がアリスに近づくと、胸部装甲板と球形ポッドが開き始めた。
タラップを駆け上り、コクピットのシートに座ると王女を膝の上に載せる。
「アリス、同乗者がいるからシートの加減をよろしく頼む」
『了解しました。ポッドを閉鎖します』
アリスの言葉と共にポッドが閉じ、その上に装甲板が下りてくる。
シートは少し沈んで俺と王女を一体にしてホールドしてくれる。
「音声制御なのか? 我の戦姫は戦機とほぼ操縦が一緒じゃぞ」
「俺の脳波で動くようです。ジョイスティックは行動のトリガーのように使います。さて、出掛けますよ!」
『昇降装置に移動します!』
王女が、アリスの言葉に驚いている。
独りでにハンガーから降りて昇降装置に移動するのを、全面スクリーンで確認していた。
「凄いのう。まるで生きているようじゃ」
「俺にとっては、アリスという相棒の感じですね。決して戦姫ではありません」
『上部ハッチ解放確認。昇降機上昇します』
「偵察方向は連絡を受けたか?」
『北西120km付近。攻撃許可が出ています』
「地上最速で向かう。巨獣の群れを外部カメラで確認できる場所で一旦停止だ」
『了解しました。行きます!』
昇降装置を降りた途端に、大きくヴィオラからジャンプすると、反重力制御で地上を滑るように滑空を始めた。
「この速度は反則じゃ! これ程の速度が出せるのか……」
スクリーンに映る周辺の景色が飛ぶように後ろに消えていく。確かに、戦機の2倍以上は出せるからな。
「この速度でも、1時間以上掛かります。まあ、それだけヴィオラは安全なんですけどね」
「これでは力技を使うまでもない。撃って、下がって、また撃つ事ができるぞ」
ヒットエンドランは得意だからな。
だけど、力技も持っている。あまり性能を披露するのも問題だから使わないけど……。
「アリス。ヴィオラから巨獣の画像を贈って貰え」
『画像、伝送確認。表示します』
円盤機から望遠で写した画像がスクリーンのやや情報に映し出された。
これは、肉食巨獣じゃないか。数頭だが、大型巨獣だぞ。しかも10頭近くが散開してゆっくりと南に歩いているようだ。
『イグナッソスと推定します。全長30m、体重80t。2足歩行状態で体高が20mを越える大型肉食獣です』
「あの脚力では時速40kmを越えるぞ。どうするのじゃ?」
「現在、騎士団は鉱石採掘の真っ最中だ。ヴィオラ方向に暴走したとしても、3時間近く掛かる筈だけど、ヴィオラからは採掘終了の連絡は無い。となれば、イグナッソスを北に誘うしか無さそうだ」
「誘いを掛けるのじゃな?」
『40mmライフル砲の弾丸は8発で通常弾です。すれ違う際に3発撃って北に逃走します』
接近戦になるのか? 距離は300は欲しい所だぞ。
「あまり接近するなよ」
『数秒の距離を取ります』
数秒ってどれぐらいだ?
そんな事を考える間も無く、視野の奥に巨体の黒い影が揺らめいて見えた。
「あれじゃな!」
王女が、膝の上から身を乗り出してスクリーンを指差す。
アリスは数km手前で一旦停止する。
『3km手前です。まだこちらには気付いていないようです』
「やはり、横を抜けながら攻撃するしか無さそうだな」
アリスが亜空間から40mmライフル砲を取り出した。通常弾の炸薬量は小さいが注意を引くことは出来るだろう。
「王女様、ちょっと揺れますよ。……アリス、行け!」
一気にアリスガ疾走する。
ぐんぐんとその巨体がスクリーンに広がると、アリスがライフルを構えて、立て続けに3発を発射する。そして、やや速度を落として北へ逃走を始めた。
着弾を確かめるすべもないが、アリスは振り返りながら40mm砲弾を群れに向かって撃った。
『食いつきました。時速44kmで私を追い掛けてきます』
「適当に距離を取ってくれ、たまに砲弾を足元に撃てば更に興奮するんじゃないか?」
『円盤機より、緊急通報です。北30kmにメガドラムだそうです。単体で北に向かっているとのことです』
メガドラムは草食性だ。ただ、巨獣の中では特大級に分類される。全長40m、体重は200tを遥かに越える。
甲羅を持たない亀のような形なんだが、その皮膚は40mmAPSD弾でも貫通することが出来ない。
皮膚組織が多重金属複合体のように形成されているのだ。
口径200mm以上の重カノン砲を持つ、軍の重巡洋艦クラス以上でなければ太刀打ち出来まい。
不思議な話だが、草食と言っても厳密に草を食む巨獣は少ない。
荒地の土と草を半分ずつ食べているようだ。
土の成分に栄養があるとは思えないのだが、その中に含まれる窒素や炭素を体内の触媒で合成させているのではと学者達は言っている。
そんなことから、草食巨獣は体表面に金属光沢を持つものが多い。鱗等はそのまま金属板と言って過言ではない。
そんな奴が前方にいるとなると……。
「アリス。メガドラムにイグナッソスをぶつけられるか?」
『メガドラム後方10mで次元転移を行ないます』
「客が一緒でも問題ないのか?」
『私の体内にいる以上問題はありません。見えてきました。大きいですね』
大きいなんてもんじゃないぞ。
まるで体育館が動いているように見える。4本の足の1つを輪切りにして中をくり抜けば、そのまま家の外壁になりそうに見える。
「始めてみる巨獣じゃな。やはり、辺境は良いのう」
「眺めるだけなら良いんですけどね」
王女様の素朴な感想に、そう答える。
後を振り返ると、だいぶイグナッソスが近付いている。1km程の距離を保ってアリスは疾走しているようだ。
そんな追っ手の鼻面に40mm砲弾が小さく炸裂した。
小口径の砲弾だから、情けない炸裂だ。ちょっと笑いたくなってきたな。
「55mm砲を進呈しようぞ。あれでは、ちょっとな……」
「確かに威力はありませんが、このライフル砲は本来持っているレールガンの隠匿用なんです。でも、確かに情けなくなりますね」
40mmが有効なのは精々中型までだ。それでもAPDS弾を使ってどうにかだからな。戦機の持つ50mm長砲身ライフルならそこそこ中型と渡り合えるんだけどね。
「護衛の戦機が持つライフルは55mm砲じゃ。APDS弾を使うなら、50mm砲を遥かに凌ぐぞ」
たかが5mmの違いだが、弾速と重量が大きくなるからその威力は2、3割増しってことになるんだろうな。
だが、軍の備品は原則民間に払い下げられないんじゃ無かったか?
『亜空間転移、10秒前、5、3、1、転移!』
アリスのカウントダウンが終了したと同時に空間がねじれたような感覚がやってくる。そして唐突にそれが戻ると、周囲には荒地だけが広がっていた。
『5kmほど西に転移しました。東にイグナッソスを確認。こちらには気付いていない様子です』
「ヴォイラに連絡。次の指示を待つ」
とはいえ、これで帰艦だろう。
俺達の仕事は巨獣を狩るのではなく、ヴィオラと採掘作業の守護だからね。