269 不穏な動き
ヴィオランテでの休暇が終わろうとしている時、ドミニクが教えてくれた話に俺達は騒然となった。
「本当に、運行管理局からの情報なの?」
「間違いないわ。運行管理局も一枚岩ではないということなんだろうけど、メールを開いた時は私だって驚いたのよ」
クリスの問いにドミニクがメール文を仮想スクリーンに映し出して、「ほらね!」と言っている。
「だけど、小惑星帯にまで進出できるんなら、自分達で探せば良いと思うんだけどねぇ……」
「軍人としての矜持があるのか、海賊の末裔なのか……。とりあえずは約定に沿って行動しないといけないでしょうね」
俺の問いに答えてくれたのはカテリナさんだ。
やはり呆れているような答えだな。
航路管理局のミレーネさんから極秘メールがドミニクに届いたのは今朝早くだったらしい。
その内容は、惑星間航路の防衛任務を担っている艦隊の一部が通常の哨戒航路を外れて小惑星帯に移動しつつあるとのことだった。
あえて、厄介毎に飛び入りするのも大人げないけど、航路管理局との事前調整は済んでいる。
前回と同様に航跡採掘をする分には問題は無いだろうし、距離を保てば早々会合することも無いだろう。
なんと言っても宇宙は広大だ。
意図しない限り出会うことは無いはずだ。
「次の採掘予定はこの辺りなんでしょう?」
ドミニクが仮想スクリーンの画像を変えて、現在のライデン恒星系の惑星の軌道を描いた採掘航路図に変更して確認してくる。
「前回の採掘地点から左回りにおよそ1万kmというところだ。同じ場所でも良いのかもしれないけど、鉱石の分布状況も確認したい」
「全て予定通りということね。了解よ。資材の搬入とクルーが揃うのは3日後になるわ」
予定は未定という人もいるけど、予定通り進める方が計画を立てやすい。
いつかは,一戦することになるとは思っているけど、案外早くやってきそうな気もする。
「ところで、トリムとジュディの方はどうなったのかしら?」
「王都の大使館に2部屋を与えました。早速、3人程助手を雇い入れたようです」
あの夫婦は直ぐに始めたようだ。
ドミニク達の友人らしいから、きっと良いものを作ってくれるに違いない。
「それなら、案外早く工事が出来そうね。ホテルも良いけど、別荘暮らしも憧れてたの」
「確か、もう1つ島を頂いたのでは? そちらに作って頂いても良いかもしれませんね」
俺達の本当のプライベートアイランドということになるのかな?
それも良いかもしれないけど、あまり散財はしたくないんだよねぇ。
時計を見ると、いつの間にか昼を過ぎていた。
俺の仕草に慌ててレイドラが席を立って部屋を出て行く。サンドイッチでも頼んでくるのかな?
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大型の輸送船がリバイアサンに横付けして積み荷を降ろしている。
仮想スクリーンで状況を眺めながら、釣りを楽しんでいるのが贅沢に思えるけど、メープルさん達が心待ちにしているからね。
それを思うと、もう少し頑張らねばと自分を奮い立たせる。
「どう? 釣れてるの」
「まずまずだよ。見てごらん!」
フレイヤが珍しくドロシーを連れて状況視察にやって来た。椅子代わりにしていたクーラーボックスから腰を上げると、フレイヤが二を開けて覗いている。
「だいぶ釣れたじゃない。この間の料理は美味しかったわよ」
フレイヤの言葉にドロシーも頷いてるけど、味が分かるんだろうか?
とはいえ、褒められると嬉しくなるな。
「アレク並には行かないけど、これでも腕はあるつもりだよ」
「ベラスコも始めたそうだから、3人でここに並んで釣りをすることもあるんでしょうね」
そんな日が早く来るといいな。
と、思っていたら次の当たりがきた。グイグイと竿を引き込んでいく。
2人の声援を背中に聞きながら、釣り上げたのはハマチに良く似た魚だった。
クーラーボックスにポイ! と入れたところで本日は納竿することにした。後片付けをしたところで、釣竿をフレイヤに持ってもらい、かなり重くなったクーラーボックスを肩に掛ける。
リバイアサンのクルーが全員揃ったから、浜辺でバーべキューをするらしい。
フレイヤは何も言わないけれど、たぶん準備の為に俺を呼びに来たんじゃないかな。
浜辺に向かうと、大勢の仲間達が焚き火を作っている。渚で遊んでる者や、海で泳いでいるのもいるけど、まぁ人は様々ということなんだろう。
いくつかある焚き火の1つに近づいて肩のクーラーボックスを下すと、すぐにネコ族の女性が嬉しそうに魚を取り出していく。
空になったクーラーボックスと、フレイヤから釣り竿を受け取ってホテルに向かったのは、屈強な体格をしたトラ族の男性だった。
顔を見たことはあるんだけど、名前は思い出せないんだよなぁ……。
「皆は?」
「まだ遊んでるんじゃないかしら。真ん中の焚き火と言ってたからここに座ってれば集まってくるはずよ」
それなら、ここで待っていよう。
ネコ族のお姉さんからビールを受け取って、低いベンチに座りながら夕日を眺める。
もう少しで沈みそうだな。
周囲もだんだんと暗くなって、焚き火の明かりが俺達を照らしだす。
20分も経たない内に、あちこちで嬌声が上がり始めた。
食べて飲んで、また食べての大宴会だ。
次々とバーベキューの材料が運び込まれ、ビールはドラム缶のようなタンクから注がれているんだけど、あの容器をどうやって運んできたんだろう?
「明日から味気ない食事なんだよねぇ」
「宇宙空間での食事ですから制約はあると思いますよ。でも拠点が出来れば人工重力でここと同じような食事ができるんじゃないですか?」
「そうでもないのよ。こんな火を使った調理は色々と弊害が出てくるの。電磁加熱か誘導加熱だとオコゲが出来ないのよね」
残念そうなカテリナさんの言葉だけど、確かにジュウジュウと油が火に滴るような調理は無理だろうな。
だけど、炭火焼き程度なら何らかの手段で可能になるんじゃないか?
排煙処理と匂い対策、それぐらいで十分にも思えるんだけどなぁ。小惑星帯での採掘では俺の役目は保険みたいなものだから、少し考えてみるのもおもしろそうだ。
「まだこんなところで飲んでたのね! あっちでダンスがはじまったの。ほら、一緒に付いてきて!」
フレイヤが俺を呼びに来た。確かに賑やかな音楽と笑い声が聞こえてくる。
若い連中が輪になって焚き火を囲んで踊っているんだろう。
カテリナさんに頭を下げると、フレイヤに腕を引かれて俺も輪に近づき、仲間に加わった。
簡単なステップを踏みながら皆で腕を繋いで輪を巡る。たまに焚き火に近づくんだけど、体がこのダンスを覚えているのが不思議に思える。
一体、どこで誰と踊ったんだろう……。
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『発進1分前。各自シートに座って待機せよ! 繰り返す……』
ドロシーの声が展望ブリッジに流れる。すでにタバコの灰皿はテーブルに格納されているし、飲み物のカップさえも回収されてしまった。目の前に広がる大海原を先ほどから眺めているだけなんだよな。
ドミニク達はっ操船ブリッジに出掛けているから、俺と同じようにソファーで前方を見ているのはフレイヤ達パンジーの乗員と新型獣機の操縦者であるトラ族の連中だ。
早々と展望ブリッジにやって来たカテリナさんも一緒のテーブルを囲んでいる。
「2回目になると、マニュアルが出来てるから出発シーケンスがスムーズねぇ。航路管理局は私達の航路を見て呆れていたようだけど、まさかライデンの極座標を通るとは思ってなかったみたい」
「燃費を気にせずに済みますからね。化学反応を推進力とするロケットエンジンとは異なります」
ゆっくりとリバイアサンが動き出した。
進行方向は東なんだけど、少しずつ北に回頭していくんだろう。中継点から出発するときにもゆっくりとした出発だったけど、今回も同じように徐々に速度を上げていくんだろう。
「リバイアサンがいきなりダッシュしたらヴィオランテに大波ができるでしょう? だからゆっくりと速度と高度を上げていくの」
エミー達も尾暗示疑問を持ったんだろう。カテリナさんがエミー達に説明している。
太陽の位置が少しずつ右に移動している。回頭を始めたらしい。
いつの間にか海が見えなくなったから、高度をかなり上げているようだ。
仮想スクリーンをテーブルに開いて、現状を確認する。
王都の東を通過するコースが表示されて、現在の高度と速度がスクリーンの右上に並んでいる。
もう直ぐ音速を越えそうだな。高度は2千mを越えているが、地上でも衝撃波を音として聞くことができるかもしれない。
どんどんと加速されていく。
すでに音速の10倍を超えているけど、ライデンの脱出速度はおよそ秒速10kmになるから、さらに加速されるんだろう。
加速と合わせて高度も上がる。すでに展望ブリッジの窓には装甲シャッターが下ろされている。
『ライデンの停止衛星軌道を通過。装甲シャッター開放。各自の行動制限を宇宙空間での自由行動に制限。重力制御は地上の三分の一に設定……』
ドロシーからの通達だ。
装甲シャッターが開き、広大な闇と宝石を散らしたような星々が見える。
どうやら、宇宙に出たようだな。ドミニク達ももう直ぐこちらにやって来るに違いない。
「ところで、航路管理局の機動艦隊の動きは?」
「小惑星帯に遷移した艦隊は2つに分かれたみたい。ほとんど180度離れているから、私達の採掘予定地点に一番近い艦隊はこっちになるわ。大型艦が2隻という感じだけど、機動艦隊の戦闘艦の大きさや武装は分からないの」
敵の攻撃力が未知数と言うことか……。
だけど、戦姫を越える戦闘力を持つことはないんじゃないかな。となれば、一番考えられるのは大口径のレールガンということになるんだろう。
「カテリナさん。リバイアサンにレールガンを打ち込まれた場合は、被害をうけるんでしょうか?」
「そうねぇ……。運動エネルギーにもよるけど、王国の戦艦に搭載したレールガンなら軌道を逸らせられるわよ。たぶんそれ以上の能力だと思うんだけど、実験はしたことが無いの」
どうやら半重力装置の力場を外部に向けることで、外からの物理攻撃を跳ね返すらしい。小惑星帯での活動を前提としているから、小さな小惑星がリバイアサンに衝突することも視野に入れていたようだ。
「近くで榴弾が炸裂してもだいじょうぶだと?」
「原理は同じだから、だいじょうぶよ。榴弾での試験はガリナムの主砲で試してあるわ」
そうなると、残りの危惧は光線兵器とも言うべきレイガンだな。待てよ、イオンビーム兵器だってあるんじゃないかな。
「レイガンはリバイアサンの表面を鏡面仕上げにしているから、短時間なら問題ないし、イオンやプラズマを用いた兵器なら電磁シールドを使えるわよ。
それにしても、向こうの状況をもっと知りたいわね。ステルスドローンを先行させてみる?」
思わず、カテリナさんに顔を向けてしまった。
一体、いつ作ったんだろう?
例の、「こんなこともあろうかと……」という奴を言いたいだけに作ってたのかな?
「目視出来ないドローンということですか?」
「レーダーにも映らないわよ。電波を出す時に位置を特定されてしまうかもしれないけど、小惑星に隠れたなら、先ずは発見できないんじゃないかしら」
仮想スクリーンがステルスドローンを映し出す。
直径2mに満たない球状の物体だ。位置制御は内蔵したイオンエンジンらしい。あまり動きが良くないようだけど、状況偵察に使うだけだし、見つかっても先行調査で押し通せるだろう。