268 専門家に任せよう
2日後にビオランテにやって来たドミニクの旧友夫妻は、中々の男前だった。嫁さんの方はほんわかした感じのお嬢さんという感じに見えるんだけど、ウエリントン王国の建築家では知らぬ者がいないということだった。
あまりの奇才ぶりに、未だ建築を頼まれたことが無いというのが気の毒ではあるんだが……。
「たぶんドミニクから私達のことを聞いていると思うんですが?」
「鬼才だと聞いてるよ。それなら一度会ってみたくなるのがロマンを求めることに繋がるんじゃないかと思ってたんだ」
傍らのカテリナさんが俺の言葉に頷いている。
ホテルの東屋での打ち合わせは、ヴィオラ騎士団からの参加者が俺とカテリナさんだというのが問題だと思うんだよな。
「どうせ聞いてても、理解できないんだから参加しない方が良いんじゃない?」
そんなことを言って、朝早くに海に出掛けたんだよな。
カテリナさんは嬉しそうにやってきたんだけど、やはりその道を究めた人物なら、他の部門にも詳しいということになるんだろうか?
たっぷりと入ったコーヒーポットにマグカップ。しばらくはここでのんびりと歓談できそうだ。
「建築には自信があるんですが、あまりにも奇抜だということで実際に建物を作ったことがありません。そんな私達に何を作らせようと?」
「俺達の宮殿を作ってほしいとお願いしたいところだけど、その財源があるなら俺達の中継点で暮らす人達の施設を作った方がましだろう。
俺達が依頼したいのは、こんな建物だ。まぁ、建物というよりは大きな施設になるんだろうけどね。一応、俺達も考えてはみたんだが……」
仮想スクリーンを開いてアリスが修正してくれた画像を見せる。
2人とも、画像が現れた途端、食い入るように映像を眺めている。
しばらく掛かりそうだな。温くなったコーヒーを飲みながら、タバコに火を点けた。
カテリナさんが2人を興味深い表情で眺めているのは、科学者の性ということなんだろう。
「この構造は斬新ですね……」
鬼才の建築家から斬新と言われると、平凡ってことになりそうだ。
思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「できれば合わせて頂けませんか? たぶん、構造計算をやり直す必要はあると思いますが、アイデアは素晴らしいの一言です。海に浮かべる別荘なのでしょうが、大きく作ると強度不足になるように思えます」
「三分の一は沈むと思いますから、浮力も考えませんと……。ですが、上手く作れば潜水する深さを調節することも出来そうです」
水の上の別送ねぇ……。感性は中々だと思うな。聞いている内に作って欲しくなるくらいだ。
「鬼才だとは聞いていたけど、これを見て海に浮かぶ建造物と判断できるんだから感心してしまうわ。是非とも私達で雇いたいんだけど、可能かしら?」
「どちらかというと、暇を持て余しています。王都の住宅は定型ばかりですからねぇ。少し寸法が異なることもありますから、夫婦で構造計算を請け負って暮らしていました。
どちらかというと、私達を雇いたいという貴方方に不思議な思いをしています」
世間に認められないから鬼才ということなんだろうか?
構造計算が出来て、斬新な建築造形ができるなら是非とも欲しい人材難だけどなぁ。
「カテリナさん。やはり打ち明けた方が良いと思いますよ。どんな人物かと思っていたんですが、十分に私達の望みを形にして貰えそうです」
「そうね。先ずは、これを見て頂戴。この島の東に停泊してるんだけど、見てないかしら?」
「生憎と、王都からやってきましたから、この島には西方向からということになります」
浮かんでいるのは見えたのかもしれないけど、それが何かまでは分からなかったに違いない。それとも、俺達にどんなプレゼンをしようと2人でずっと考えていたのかもしれないな。
カテリナさんが仮想スクリーンに映し出したのは、リバイアサンの小惑星帯での鉱石採掘の様子だった。
オルカやドルフィンが動き回って、直径数十mほどの小惑星をリバイアサンに運んでいる。
「これは、子供向けの映像なんですか? 騎士団ともなると、色々な仕事をすることになるんですね」
「生憎と、特撮ではないの。数カ月前に私達はこうやって宇宙空間で鉱石採掘を行ってきたんだけど……」
2人の表情が驚愕に変わると、目を見開いて映像とカテリナさんを交互に見つめている。
「……とまぁ、こんな感じに採掘をしたんだけど、鉱石の精錬を思う様にできないのが問題なのよねぇ。それに、この小惑星帯まで数日かかると言うのも何とかしなくちゃならないわ。その結果がこれなの。直径はおよそ10km。これぐらいの規模でないと、長さが1km近いリバイアサンを停泊できないわ」
「先ほど、海に浮かぶ建築物だと言っていたけど、その感性にこちらが驚いたくらいだ。この構築物は星の海に浮かぶんだからね」
食い入るように映像を眺めていた2人が小声で話を始めた。
食いつきが良いから、俺達に協力してくれるとは思うんだけど、やはり待遇かなぁ?
それなりの報酬は約束できるんだけど、あまり高額になるようならドミニクの許可も必要だろう。いや……、マリアンを説得する方が早いかもしれないな。
「1つ、教えて頂けませんか? この建築のラフ設計を行った人物に頼まずに私達を選んだ理由が理解できないのです」
「貴方の目の前にいる人物。彼が設計したの。彼が暇なら色々と頼めるのかもしれないけど、戦機の騎士で、公爵で、王国とは独立した領地を持つ4番目の王様になるのかしら? 色々と肩書を持っているから忙しいみたいなの。鬼才であることは私も認めるんだけど、アイデアを出しても最後まで面倒を見たことが無いのよねぇ」
それだとまるっきりの甲斐性なしに聞こえてしまうんだよな。
カテリナさんの話しを聞いて2人が今度は俺に視線を向けているし……。
「基本は騎士団の騎士として会ってくれれば十分だ。自分でも信じられないくらいたいそうな肩書があるが、気にすることは無い。
カテリナさんの言う通り、基本はこんな感じかな? とラフな情報を基に概略構造解析を終えたところだ。これを完成してもらいたいというのが俺達の依頼なんだけどね」
「宇宙空間は無重力ということになるのですね。なるほど荷重計算が全く異なるはずだ」
「それにしても直径10kmの大きさになるんですね。私達で可能な限りのことはしたいのですか、とても2人で出来るものではありません。完成までに少しずつ作業人数が増えていくことになります。初期は10人程でも、工事を始めるころには100人規模に膨らむと考えます」
人工計算も任せられそうだな。要するにプロジェクトのトップに2人が治まってくれれば十分だ。もっとも、工事が始まったら現場監督をお願いしたいところだけどね。
「先ずは20m四方程度の部屋を2つで良いかな? 10人程度の従業員はそちらに選定を任せたい。給与は騎士団員と同等でお願いしたいな」
「貴方達2人に騎士と同額の1か月5,000デジット。従業員は4,000デジットというところかしら、休暇は1か月で10日間。連続するか個別にするかは貴方達次第。事務所の場所はこちらで用意するとして、必要な機材もあるわよね。それはこれを使って頂戴」
カテリナさんがバッグから金貨を5枚取り出した。
男性の方がごくりと喉を鳴らしたぐらいだから、大盤振る舞いってことなんだろう。
「是非ともやらせて下さい。とはいえ設計上の疑問が出てくることは先ず間違いありません。その時はどのように?」
「このアドレスにメールを送ってくれれば、応えられると思うわ。それでもダメなら、王都のここを訪ねなさい。名刺を見せればすぐに取り次いでもらえるはずよ」
「これって、貴族街ですよね?」
「私達の王国の大使館があるの。部屋が余ってるらしいから、場合によっては貴方達の仕事場がその住所になるかもしれないわ」
カテリナさんの言葉に、また2人が内緒話を始めた。
大使館内で仕事をするなんてことが、考えられないということなんだろうな。
だけど、部屋が余ってるなら丁度良いと思う。
2人の両親や兄弟だって、大使館で働くと聞けば笑みを浮かべて頷いてくれるだろう。
不遇な暮らしから抜け出せそうだと、喜んでくれるに違いない。
「ところで最終的には、この拠点を完成させることになるんだが、先ほど海に浮かぶ別荘を連想したようだね。先ずはその別荘を作って感触をつかむのはどうだろう。
先ほどの話を聞いて、そんな発想もあるんだなと感心したんだ。この島にはホテルだけだけど、俺達のプライベートアイランドでもある。俺達だけが利用できる施設があっても良いと思ってるんだ」
「直径100mは超えると思いますが、この構造を作る上で見えてくる課題も出て来るでしょう。大賛成ですよ」
男性が伸ばしてきた右手を、俺も右手を伸ばして握手する。
交渉成立だな。詳しい契約はレイドラに任せることで、2日程島に滞在してもらおう。
南の島でバカンスなんて、そんなことを考えることも無く過ごしてきたに違いない。