260 10t爆弾を作らねば
カテリナさんから、『変わった……』と言われるような潜砂艦は、他の人達にはどのように映るんだろう?
『おもしろい』という表現を使わないところに注意が必要だな。
『大型艦のようですね。やはり大出力を得る必要性に迫られて複数の核融合炉を搭載していると推測します』
「アリスは何基搭載していると思う?」
『現在稼働しているのは3基ですが、当然予備は持っているものと』
あのぐにゅぐにゅした波形でそこまで分かるのか?
となれば、その発生源をかなりの確度で推定しているだろう。
「それで、潜んでいる場所は?」
『この区域になります。推定範囲は50km四方に絞れました。引き続きセンサーの監視を継続します』
俺としては、このオアシスが一番怪しいんだけどねぇ。
上空からの画像と、多目的センサーで何らかの変化を捉えたいところだな。
「カテリナさん。大型艦であれば複数の動力炉を持つのは当然に思えるんですが?」
「そうね。それは大型のラウンドクルーザーにも例があるし、ブースターを持つ艦船も多いのよ。私が変わってると思ったのは……」
嬉しそうに説明を始めたんだけど、最後まで聞くことになるのかな? 俺からの質問だからここは黙って頷いているしかなさそうなんだけど……。
どうやら、通常の潜砂艦の性能向上を図っているらしい。
潜砂艦が地中に潜る深度は30m程度なのだが、どうやらその倍の深さに潜っているようだ。
潜砂艦が地中に潜れるのは艦体を微振動させることによって周囲の土を流動状態にすることで行われる。
その範囲は限られているし、地中を進むとなれば土の流動範囲を広げなければならない。さらに深くなればなるほど、水圧よりも強い土圧を受けることになる。
「一言で言えばバランスということになるわ。半重力装置の出力と動力炉の出力、それに船殻の強度、多脚式走行装置の能力……。色々とあるんだけど、それらのバランスを取らないと、潜れるけど浮き上がれないなんてことになるの」
最後の言葉だけで良かったんだけどなぁ。その前の30分ほどの説明は俺には理解できなかった。
とりあえず、タバコに火を点けて頭を整理しよう。
「要するに、全く別の原理を見付けたということではないと?」
「振動波形は間違いなく半重力装置の重力振動波形よ。それが複数。アリスは動力炉も複数と言ってたから、軽巡洋艦以上の大きさになるわ。そんな潜砂艦は王国軍の誰もが夢見たはずなんでしょうけど、現実の壁に天を仰いだことでしょうね」
「それを実現した者がいると?」
「発想の転換ということかしら。通常ならできないんだけどね」
カテリナさんにも不可能に思えることを実用化したなら、天才ってことなんじゃないかな?
ちょっと感心してしまうけど、現実的な問題が1つ出てきた。
地下50mほどに鎮座している潜砂艦をどうやって撃沈するかだ。臼砲で掘り返す前に逃げられてしまうんじゃないか?
・
・
・
夕食後に、関係者を白鯨の展望ブリッジに集まって貰い爆撃で知りえた情報を説明する。
「地下50m付近だと? それに少なくとも軽巡洋艦以上の大きさであれば、各国の工廟で製作記録が残っているはずだが?」
「3王国に確認しても、そんな艦艇は無かったわ。海賊ギルドの隠蔽工廟さえも調べてくれたんだけど。それを考えると、小さなヤードで改造した艦船となるんだけど、非合法ヤードで改造できるのは駆逐艦程度の大きさに限定されるでしょうね」
要するに新造艦ではなく、改造艦ということになるのか。
だけど改造でそれほど大きくできるんだろうか? ましてや船体強度を特に重視する潜砂艦だ。どんな改造でそれが可能になるんだろう?
「ふむ……。改造艦での大型化となれば、大型ガントリークレーンを持つことも必要なのでは?」
「必ずしもよ。桟橋工事にガントリークレーンは必要かしら?」
「足場を組んで作っただと! 確かに可能だろうが時間が掛かるだろうな」
「この場合は隠匿性を重視したみたいね。次に通常の潜砂艦を越える深度なんだけど……」
通常なら重力方向に発生させる半重力場を艦の全周に展開しているらしい。これだけでもかなりの電力量になりそうだな。問題の潜砂艦が複数の核融合炉を持っているのも頷ける話だ。
「なるほど、技術的には可能であるということだな。そうなると撃沈が難しくなるぞ」
「もう少し浅ければ色々と試せるんだけど、リオ君の出した方法がこれよ!」
一緒に考えたんじゃないのか?
責任を俺に負わせるつもりなんだろうか?
「なるほど、可能だろうが直ぐには無理だな。私から王国の工廟に依頼する。搭載するのはパンジーだろうが、そんな大型爆弾を搭載できるのか?」
「パンジーではちょっと重量オーバーになるわ。オルカを使います」
重量10tの貫通爆弾を精密に落とさなくてはならない。
1発では無理だろうから、少なくとも10発は準備しておきたいところだ。
「作戦は現在進行中の海賊掃討戦と同じになるわ。臼砲の砲弾では地下30m程度に影響を与える程度だけど、上空5千mから落下する爆弾は地中に20mほど潜って炸裂するのよ」
「その衝撃波は360mm砲弾の10倍以上……。上手く行けば最初の1発で行動不能に陥りそうだな」
それが一番の心配だ。あえて、数百m離れた場所に落として様子を見ようと考えている。投降すればそれで良し、逃げ出すようなら撃沈すれば良い。
会議が終わり、展望ブリッジの一角でタバコを楽しんでいた俺のところに、カテリナさんがフェダーン様を連れてきた。
副官を伴っていないし、すぐにネコ族のお姉さんがワインを運んできたから、プライベートな話なのかな?
「一時はみすみす見逃すことになると思っていたのだが、それなりの対処方法はあるのだな」
「基本に忠実に! で行きましょう。でも、最初の1発は外しますよ」
「見極めるということか? リオ殿は軍人ではない。その発想は領地を治める者としては必要であろう。国王陛下に報告し、リオ殿の考えであることを話しておく。ヒルダも喜ぶに違いない」
「まさしく王の器ってことかしら。裁くのは簡単だけど、恭順のチャンスを与えることは大切よ」
いや、そんな大それた話ではないんだけどね。どんな潜砂艦なのか見てみたいだけなんだけど、どうやら2人共勘違いしてるんだよなぁ……。
「本来であれば、本業に勤しむところではあるのだろうが、最後まで面倒を見て欲しいところだ」
「ヨルムンガンドが移動してくれるまで……、それが約束ですが、潜砂艦を統括する大型潜砂艦の始末を終えるまではこの地にいるつもりです。星の海とはいきませんが小惑星帯の採掘は魅力的ですからね」
フェダーン様が笑みを浮かべているから、答えとしては十分ということなんだろう。
「それでヨルムンガンドの方は?」
「偽装途中だが、機動には問題がないそうだ。大急ぎで国王達の巡洋艦を作っているらしい。私の乗船してきた巡洋艦も明日には工廟に向かって出立する。しばらく厄介になるぞ」
すでにドミニク達とは調整が出来てるに違いない。
反対する理由もないし、ここは笑顔で迎えておこう。
「助かります。ドミニク達が包囲網を掃討戦に合わせて展開しているのですが、この頃は進軍速度が速いらしく、かなり手こずっているようです」
「軍との連携ということだな? それぐらいは面倒を見ねばなるまい」
「フェダーンを連れてきたのは、例の計画についてなんだけど……」
カテリナさんが話し始めたのは、新たな領土のことだ。
小惑星帯にヴィオラ騎士団の拠点を作る。それと並行してライデンのラグランジュポイントに航路管理局との交易窓口を設けるという計画だ。
「昔ならカテリナ博士の夢物語と一笑したものだが、すでに小惑星帯で鉱石採掘を行い、見事なエメラルド原石まで目にしている以上、現実の話しとしていヒルダや他の王国の妃達とも話を進めている。
私達の結論は、リオ殿が3王国と立場を同じくする以上、干渉することはできないとの結論だ。
だが、王国間の力関係が大きく動くことになる。ライデンの民衆から疎外されない範囲で、ヴィオラ騎士団以外の団体にも利権の一部を与えるべきだろうな」
その範囲は三分の一程度ということだ。三分の二ぐらいは要求されると思ってたんだけどねぇ……。
「3王国としても、領民に新たな職場を与えることができると知って喜んでいるようだ。例え、その地がライデン上に無くとも、定期的に住み慣れた土地に戻れることなら問題なかろう。そのための要員教育はヴィオラ騎士団の中継点で行われるのだろうから、あの中継点は学園都市としても発達するかもしれんな」
学園の騎士団養成コースを言ってるのかな?
卒業生が多くなると就職先を探すのが問題になって来るけど、宇宙空間に設ける拠点の要員を考えると確かに都合が良さそうだ。
「ヒルダからの要請を伝えておく。『株を発行せよ。庶民にも購入できる価格であることが条件』だそうだ」
「面倒ですね。どうせならヒルダ様に任せたいところです。できればラグランジュポイントに設ける航路管理局との交易用人工惑星がそれで作れれば良いんですけど」
「それなら航路管理局にも情報を開示できそうね。案外、株の購入を打診してくるかもしれないわ。それはそれで受理してもおもしろそうだけど」
「自分達の資産を無下には出来ぬ、ということだな。確かに手ではある。伝えておくぞ」
どうやら、この話がこの場のメインということだな。
ドミニク達が来てないのは、俺に丸投げってことらしい。
俺だって、事務的な話は得意じゃないんだけどなぁ。レイドラ辺りが適任だと思うけどねぇ。
「海賊掃討の目途が付いたんだから、今度はこっちを考えないといけないのよ」
「そうなんでしょうけど、まだ三分の一ほど残ってますし、最後の詰めまでやっておくべきなんじゃありませんか?」
「それはリオ君の優秀な参謀達に任せておけば十分よ。それでダメな時がリオ君の出番だから、それまでは暇よねぇ」
笑みを浮かべて顔を近づけてくる。
うんうんと頷くしかないのが悲しいところだけど、そんな俺達を見て笑みを浮かべるフェダーン様も人が悪いんじゃないかな。
「私も、それで良いと思う。妻達の面倒もみることだな。国王陛下達がリオの子供を楽しみにしているぞ」
それは、ちょっと難しいところがあるな。
カテリナさんの研究次第なんだろうけど、まだまだ先になりそうだ。