259 変わった潜砂艦
長波アンテナの向きに直線が引かれる。これで9本目になるが、アリスの解析能力をもってしても、600km四方に留まるらしい。
『さらに数本が引かれるでしょうが、現状ではここまでが限度です』
「ありがとう。ここまで絞れたんだからさすがはアリスというところなんだけど、これだと、フェダーン様達が作ろうとしている中継点のオアシスの手前にある小さなオアシスが入っているね」
大きなオアシスには衛星的なオアシスが作られることもあるらしい。
その1つがアリスが解析した区画の中にあるんだよな。
小さいと言っても、ヤシに似た背丈の高い木々が20本近く茂っているし、地上も数百mの範囲で緑が広がっているようだ。
大きなオアシスには草食獣も多いのだが、それを狙う肉食獣も多い。
小さなオアシスは小型の草食獣だけの楽園になっているんじゃないかな。
「それで、科学衛星の画像は調査したんだろう?」
『こちらのオアシスとさらに南にある衛星オアシスには発熱反応が点在しています。ですが、このオアシスには発熱反応がありません』
かなり怪しくないか?
南のオアシスに比べて大きさ的には違いがない。だが、夜間の画像で発熱反応が丸でないということは、草食獣がいないということになる。
「数日監視してくれないか? 肉食獣にたまたま襲われたのかもしれないからね。数日経っても変化がないとすれば、他の要因があることになる」
『了解です。可能であれば多目的センサーを落として欲しいですね』
多目的センサーは、振動だけではなく赤外線センサー、単焦点カメラまで備えた優れものだが、この開発目的が小型巨獣の生態調査ということだから、何がどこで役立つかは分からないってことだな。
大きなあくびをしながら展望ブリッジにやってきたカテリナさんに話をすると直ぐに飛びついてきた。
「調度良いことに、白鯨に搭載してあるわよ。レイトンが作ったものだけど、私の方から断っておくわ。2個も落とせば十分ね」
北に生息する巨獣の生態調査ということなんだろうけど、学術研究の道具を頂いても良いのだろうか? 後で弁償することになりそうだ。
「このまま掃討戦を続ければ、5日後には近くを通るはずよ。フレイヤに頼んで落として貰いましょう。ついでに、通常の振動センサ―を落とせば大きい方に気を取られるはずよ」
「多目的センサーの方が小型なんですか?」
「大きいと気付かれてしまうと言ってたわ」
そういうものなんだろうか? まぁ、とりあえず振動以外の方法で探れればアリスの解析に使えるということになるんだろうな。
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5日後に、フレイヤの操るパンジーが白鯨を飛び立った。一緒にローラ達も出掛けたのは、ついでだから100kg爆弾を投下してみようということらしい。
相手にとっては迷惑な話だけど、動いてくれると助かることも確かだ。
「気付かれないように、大きなオアシスと衛星オアシスの2つをターゲットに3個通常の振動センサ―を下すわ。問題のオアシスには、オアシスの縁と1kmほど離れた荒れ地に落とすことにしたの。振動センサ―投下の10分後に100kg爆弾を大きなオアシスの近くに投下するわ。直接落としてみたいけど、逃げられてしまうこともあり得るということかな」
カテリナさんが仮想スクリーンの画像をレーザーポインターで示しながら説明してくれた。
「さっき出掛けたばかりだから、作戦開始は2時間後になりそうね」
「こっちは私達で見てるから、海賊の方を頑張って頂戴。フェダーンのスレイプニルに負けないようにね」
アレク達も頑張っているようだが、俺達は他の区域に逃走しようとする車両を破壊するのが仕事みたいだからなぁ。
フェダーン様が率いる7機のナイトの活躍で監視線は既にズタズタになっているから、駆逐艦も安心して潜砂艦の探知と撃沈ができるに違いない。
「それにしても、ガリナムの主砲に機動艦隊の指揮官達が驚いてたわよ。1発で跡形もない程に吹き飛んじゃったんだもの」
「戦艦の主砲弾が直撃した様なものですからねぇ。臼砲だって当たれば同じだと思いますよ」
一番喜んでいるのはメイデンさんじゃないかな? いや、ガリナム乗員全員と言うべきかもしれない。乗員全員がメイデンさんの信奉者だからね。
次はどんな無茶なお願いをしてくるか、ちょっと心配なんだよなぁ。
コーヒーとタバコを楽しみながら海賊の掃討戦を眺める。
ドミニク達も静かに見守っているようだけど、いつの間にか、ドロシーがノンノを連れてやってきたみたいだ。たまに少女特有の声が聞こえてくる。
「ノンノがいなくても操船はだいじょうぶなんですか?」
「あら、最初の試験航海にはいなかったのよ。ノンノが役立つのは危機的状況に陥った時になるんじゃないかしら。それ以外だと、砂嵐に巻き込まれるくらいのことが起きなければ操船ブリッジを離れていても問題は無いわ」
確かに最初に白鯨に乗船した時は、全てが人の手で行われていたような気もする。
高度な操船技術を発揮する機会は早々ないだろうから、とりあえずはマスコット的な存在になってるのかもしれないな。
『予定時刻の15分前ですが、フレイヤ様からセンサー投下の完了の報告が届きました。続いてローラ様から、1105時に最初の爆弾を投下するとの報告が届きました』
「あら、だいぶ早いのね。なら用意しておかないと……」
撃沈した潜砂艦の数は既に12隻。
誰もが、これらの潜砂艦を統括する存在に気が付いたようだ。食事をしながら、酒を飲みながらその噂で盛り上がっているようにも見える。
別に隠すことではないし、初期の段階から俺達がその存在を探そうとしていることを知って、『さすがはヴィオラ騎士団』との評価をしてくれているのを嬉しく感じる。
だけど、見つからないなんてことになると、一気に評価はどん底になってしまいそうだ。急に大きく成長した騎士団だけに、目立つことこの上ないんだよなぁ。
「あれ? この画像は科学衛星の画像ではないんですか?」
「自前の監視衛星よ。画像データは3王国に出すことになるんでしょうけど、とりあえずは大河の上空付近の静止軌道上で地上を睨んでるわ」
いつの間に作ったんだ?
リバイアサンなら簡単に科学衛星を軌道上に乗せられるから、リバイアサンの改修後の試験運転のついでに衛星を軌道上に乗せたのかな?
「ちょっと、データ伝送に手間どってるみたいなの。あの子達に頼んだのがいけなかったのかしら?」
「ガネーシャさんの次の世代ですか」
「いつの時代にも夢を持つ若者はいるのよ」
嬉しそうに、次の仮想スクリーンを作っている。
リアルと地図の2つで確認するつもりなんだろうな。
それにしても、カテリナさんに師事する学生は多いんだろうか? 若者は夢を持つ。だけどその夢を叶えようと行動を起こすものは、それほど多くは無いだろう。
ましてや、マッドサイエンティストと紙一重なカテリナさんに師事するということは、目的のために魂を売るような行為にも思えるんだよなぁ……。
「弟子の作品としても、画像は上手く撮れているんじゃないですか?」
「光学分析が可能なように! と念を押しといたんだけど、これでは可視光だけなんじゃないかしら。夜間監視が難しいわね」
『光学センサー自体は遠赤外線にまで及んでいるなら画像データの補正が可能に思えます。最終設計データと画像編集プログラムを開示して頂けませんか?』
「補正できるの! 私のファイルの中にある、『サイクロプス』に全て入っているわ」
「カテリナさんのファイルを覗くと不味いんじゃないですか?」
「アリスは別格。まったく痕跡を残さないんだもの。弟子の1人がセキュリティコードの開発に努力してたけど、完成した次の日に、厳重に保管されたデータが外に出されてたのを見て頭を掻きむしってたわ。今は王宮のセキュリティ責任者に抜擢されたけど、その時の面接官に『私のセキュリティを敗れる者が1人だけ存在します』と正直に答えたらしいわよ。面接官は私だと思っていたみたいね」
「その人物が、王国の極秘データを握っていると……」
「その人物さえ注意しておけば十分でしょう? 全てのセキュリティを無効化できる存在がアリスだとは誰も気が付いてないわ」
厳重なセキュリティを破ることができる存在はカテリナさんだと思わせておけば良いってことかな?
アリスの存在に辿り付けなければ、カテリナさんがその存在に一番近いんだろうから、それほど間違ってはいないともいえるのかな。少なくともカテリナさんはアリスの存在と能力の一部を知っているんだからね。
「ほらほら、1分前よ。少しは慌てて欲しいわよね」
まるで子供のような表情で、仮想スクリーンを覗いている。
こんなカテリナさんを見ると、ドミニクの方が大人に見えるんだよなぁ。
カウントダウンが始まると、カテリナさんに腕を引き寄せられた。ちゃんと見とけってことなんだろう。
突然、荒れ地を映した画像の一角に砂塵が上がった。
100kg爆弾だから、臼砲の砲弾よりはやはり爆発力が足りない気もする。
直ぐに画面が切り替わって、センサーの捉えた振動波形が映しだされた。俺にはさっぱりだけど、これが有効なデータに変わるんだから、世の中は不思議に満ちている。
爆発の振動が減衰振動のように収まってくる。
一様ではないのは、爆発地点とセンサーの投下地点の距離が関係しているぐらいは俺にも分かる。
やがて全てのセンサーの振動記録がフラットになると、カテリナさんが食い入るような姿勢を伸ばして、タバコに火を点ける。
ふーっと煙を吐いた時だった。カテリナさんが突然仮想スクリーンに飛びついた。
タバコを灰皿に置いて、カテリナさんが覗き込んだ画像に目を向ける。
そこには小さな振動波形がはっきりと映し出されていた。
「動いた……、ということですか?」
「間違いないわ。それも、かなり変わった潜砂艦ね」
変わっているという意味が理解できないけど、見付けたならそれで良い。これでさらに範囲を絞れるんじゃないかな。