257 今のところは順調だ
一か月が経過したところで、海賊の炙りだしを一時中断することになった。
機動艦隊のラウンドクルーザーの点検や、弾薬食料の補給はどうしても必要になる。輸送にはデンドロビウムが大活躍だ。小型版を作らないのかと、あちこちから問い合わせが殺到しているが、現状では止めておいた方が良いだろうな。
せっかく既存の輸送業者と王族達の間で新規事業が立ち上がったところだから、その経緯を少し見守ることも必要だろう。
騎士団員や兵士達はコンテナターミナルや王都に向かって休暇を楽しんでいるみたいだけど、士官クラスともなればそうはいかない。
白鯨にユーリーさんや軍の連絡士官を招いて、今後の作戦について打ち合わせを行うことにしたのだが、やって来た客人達が展望ラウンジをいたく気に入ってしまったため、急きょ展望ラウンジのソファーを並べ直して打ち合わせを行うことになってしまった。
眺めが良いのは理解できるんだけどねぇ……。
「この船であれば偵察機は必要ありませんな。かなり高額な船であると推測しますが、他の王国の需要に答える気はないと?」
「ありませんね。そもそもが北のマンガン団塊を採掘するために作ったものですし、武装はありませんよ。白鯨の武装担当がナイトですから」
「確かにあの性能は凄いの一言ですね。稼働時間が長いことはもちろんですが、武装も戦機より1つ上を使っているんですから」
「すでにナイトは王国軍に分隊単位で納入がなされているとか?」
「王都の工房で製作しているようです。一応、パテント料を頂いていますから契約上の問題はありません。ですが、性能はサンドラ達が乗るナイトを越えることはありません。
強力な部隊編成がなされた場合の対応が出来なくなりますからね」
「パレード用だと?」
「その認識で問題ありません。ですが機動力は戦機を凌駕しています」
ようやく俺達のナイトが特注品だと理解してくれたようだ。将来的に戦機に変わる機体があるということだけでも、騎士団は安心できるだろう。
だけど、誰も足を踏み入れたことがない西の台地にはどれだけ戦機が眠っているか分からないんだよな。
淡い期待を持って零細騎士団も西に向かっているに違いない。
「騎士団は戦機を探して自らのものにする。その数を競っていることも確かですし、戦機を操れる騎士が遺伝子的に少ないことから騎士の特権もいろいろとあります。我等がテンペル騎士団は戦機の最後の1機が修理できなくなるまで、使い続けるでしょうね」
ユーリー騎士団長の言葉で、急に周囲が静かになる。
騎士は貴族に並ぶ……。その特権意識があればこそ、50mm長砲身砲を引っ提げて巨獣に挑むことができる。
パイロットを選ばないナイトが主流になった時、騎士の特権は無くなるんじゃないかな?
特権が存在しない騎士団は従来の騎士団同様に規律を維持できるのだろうか? 王都で官僚組織を牛耳る貴族達との交渉を上手く進めることができるのだろうか。
パテントを放棄すれば2割程度安く作れるだろうが、それを販売するとなれば12騎士団と野十分な調整が必要になるに違いない。
それを考えると、やはり現時点での販売は見送るべきだろう。
「騎士団や王国軍の将来は皆さんで十分にお考え下さい。我等も可能な範囲で協力したいと思っています。それでは、そろそろ状況報告を始めますよ……」
俺の言葉にドミニクが席を立った。皆の前に大きく作った仮想スクリーンの画像近くまで歩くと、レーザーポインターを使って状況説明を始める。
「001番を攻略してからおよそ一か月。すでに025番までの攻略を終えていますがまだ三分の一には達していません。やはり全てを掃除するには半年程度が必要になるでしょう。撃沈した潜砂艦の数は4隻。戦車や偵察車両は300両に近い数ですし、ピケット艦も8隻を拿捕しました……」
よくもそんなにという感じで皆がドミニクの状況報告に聞き入っている。
潜砂艦の撃沈はナルビク王国軍が3隻でエルトニア王国軍が1隻ということだけど、これはエルトニア王国の機動艦隊がナルビク王国軍に花を持たせているに違いない。テンペル騎士団はナルビク王国に所属しているからねぇ。エルトニア王国軍としては、潜砂艦に対してどのように臼砲を用いるかという用兵が分かれば良しということなんだろう。
「5日間の休暇を終えたところで、再び026番からの掃討戦を行うことになるのですが、パンジーの1機を使って046番と028番に振動センサ―を落として貰います。我々の海賊狩りが隅々に及んでいることを知られたようですので、少し先まで調査を行うことも必要になってきました。せっかく掃討した区画に入り込まれては問題ですからね」
「我々も、巡洋艦の電脳で解析しているのだが、ヴィオラ騎士団並みの絞り込みが出来ないでいる。解析プログラムを開示しては貰えんだろうか?」
連絡士官の1人が、片手を上げて俺達に問い掛けてきた。直ぐにドミニクがカテリナさんに視線を移すと、カテリナさんが小さく頷いている。
「絞り込みの計算はかなり面倒なのよ。リオ君、解析チームに提供が可能かどうか確認してくれない?」
「構いませんよ。ちょっと席を外しますね」
いくら何でも、この席でアリス達と話を行うわけにはいくまい。
席を立って、近くのソファーに向かい、タバコに火を点けながら携帯端末を使う素振りをする。
「リオだ。アリスにお願いなんだが、振動解析のプログラムの良い供与方法があれば教えて欲しいんだけど?」
『おもしろい連絡方法ですね。……かなり旧式な電脳ですが、ナルビク、エルトニア共に電脳のOSは同じものを使っています。いつの時代化は不明ですが、ここ数十年はアップロードすらしていないようです。解析波形を入力すれば推定位置を座標表示する形でプログラムを作りました。計算に必要なパラメータについては選択方式にしてありますから、マニュアルが無くとも動かせるでしょう。プログラムの容量は、メールの添付としてありますから、それを開けばすぐに使えるはずです』
「アドレスが分かれば、メールで送れるんだね。向こうからヴィオラ騎士団宛てにメールを送って貰えば返信文に添付すれば良いだろう。分かった。それで調整してみるよ」
携帯端末をバッグに入れて、タバコを灰皿に入れる。
ちょっとした寸劇になってしまったが、アリス達の能力まで相手に教える必要はないからね。
「ブラックボックスのプログラムを送ります。OSが異なりますからあまり改造は出来ないと思います。解析計算に必要なパラメータをその都度選択方式で入力しなければならないようです。俺達も専門の解析要員を着かせているぐらいですから、あまり簡単にという訳には行かないようです。メールに添付できる大きさらしいですから、ヴィオラ騎士団宛てにメールを送って頂ければ、そのまま返信するそうです」
「ありがたい。ヴィオラ騎士団の解析値がかなり狭い範囲まで解析できると知って、電脳要員達が頑張ってはいるらしいのだが、どうやら限界を知ったらしい」
限界を知ったというなら、進歩があるんじゃないかな?
たぶん解析アルゴニズムの相違辺りだと思うんだけどね。数学の世界にも色々と新たな学説や手法が天才達の登場で行われていたらしい。
惑星ライデンに植民した人類とアリスを作った人類では1万年近いギャップがあるらしい。数学の世界では大きなギャップとも言えるんじゃないか?
「実は、内々で調査していることがあるの。少し分かってきたから、皆にも教えておくわね。このエリアにどれだけの海賊が潜んでいるか分からないけど、それは機動艦隊とテンペル騎士団に任せれば何とかなると思って、私とリオ君で別の獲物を探し始めたのよ……」
かなり大まかだけど、カテリナさんが海賊を統率する存在について話を始めた。
ネコ族のお姉さん達が、話に聞き入る俺達にコーヒーを運んでくれたから、コーヒーを飲みながらついでにタバコを楽しむ時間になってしまった。
「確かにこれだけの海賊の数は異常と思います。ですが、統括する存在と潜んでいる潜砂艦の連絡はどうしているのでしょう。報告と指示が出来なければ統括は不可能です」
「かなりの数小型艦が騎士団を偽装して動いているわ。それらを利用しての指示なら、大出力の通信装置を必要とはしないんじゃないかしら。そして海賊達の報告の手段なんだけど、今時珍しい長波通信をしているの……」
地上に出ているなら、通信手段は色々とあるだろう。だが、土に潜った状態で通信を行う手段を考えたんだから尊敬してしまいそうだ。
「今時長波通信など誰も使いませんよ」
「だけど、潜砂艦は使ってるのよ。至近攻撃を受けて慌てて移動を開始するときに、必ず『DDD』の3文字を打電しているわ。これまでの3艦がそうよ。1艦は進路を変える途中で撃沈されてしまったから発信ができなかったみたいね」
3度と聞いて、皆が真剣な表情をカテリナさんに向ける。
実際に解析しているのはアリスなんだけどね。ここはカテリナさんに盾をお願いしておこう。
「ですが、長波の特性上、相手の位置を特定するのは難しそうですね。送信はしても受信確認電波を送らないのであれば、存在してる可能性が高いということだけになります」
「それをあのうにする発想がリオ君の偉いところなのよね。急いで逃げ出しても潜砂艦が直ぐに電波を出さない理由は何かしら? この答えを見つけてくれたのよ」
潜砂艦が逃げ出してすぐに電波を出さないということで気が付くと思うんだけどなぁ……。この世界ではアンテナの特性を学ぶ機会が無かったのかな?
「答えは、アンテナの長さにあるの。どうしても300m以上は伸ばすことになってしまう。それも直線でね。このために潜砂艦は攻撃を受けると真っ直ぐに逃げるんだけど、ここでもう1つ重要なアンテナの特性が出てくるの。直線状に伸びたアンテナの左右に円形の指向性が現れる。すなわちこの方角に統率する何かがいるということになるわ。
現在までのデータではこんな感じかな? 私達の捜索エリアの北西部に線が延びているでしょう? これからこの線の数を増やしていけば、交差する範囲が出て来るんじゃなくて」
カテリナさんが嬉しそうに話すのを、皆は聞き入るばかりだ。
ユーリーさんにも最初に少し話しておいたんだけど、いつの間にか目の前の海賊に注意が行ってしまったようだ。
「まさしく慧眼そのものです。となると、それを皆で暴いてみたいでね」
エルトニアの連絡士官の言葉に、皆が頷いている。
これで俺はここにいることになってしまうんじゃないか? アレク達と一緒に暴れてみたい気もするんだよな。