253 長波アンテナの指向性
全てのラウンドクルーザーが動きを止める。振動源は少ない方が良いに決まってるからね。
地図の上に表示された投下地点を示す緑の輝点に、皆が目を凝らしている。
にらめっこしているみたいだけど、それで分かるなら苦労はしない。先ほどと変わらずにジュースのカップを両手で持って飲んでいるドロシーだけど、白鯨の電脳が受け取った12個の振動解析の状況を見守っているに違いない。
「出た! この辺りかな?」
ドロシーが表示した円の大きさは001番マス目の左上だった。
だけど、この円の大きさは……、直径150kmはあるんじゃないか!
「もう少し、小さくならないかな?」
「この辺りに2つ振動センーサを落としてくれれば狭められるよ」
ドロシーの言葉に、すぐに携帯端末を取り出したドミニクがテンペル騎士団へと連絡を始めた。
砲撃中止を告げるのだろう。あの大きな砲弾だからなぁ……。10発は積んでないんじゃないか。
「……それでお願い。新たな振動センサ―を投下するのに時間が掛かりそうだから、その間、機動艦隊を想定円内へ向けて進めて欲しいわ」
調整が取れたのかな? ドミニクがフレイヤを呼び寄せてるから、落としに向かうのはフレイヤ達になるんだろう。
「ドロシー、前に使ったプローブなの。初期の品だから少し性能は落ちると思うけど」
「あの性能なら問題ないよ。潜砂艦の動力炉の起動が済んで、現在はアイドリング状態。振動の強弱で範囲を絞ったんだけど……」
音波探知機ということではないようだ。どちらかというと静的解析ということなんだろう。動的解析ではダメなのかな?
『大きさに寄りますが、次の解析データを使って確認してみます』
脳内にアリスからの伝言が伝わって来た。上手く行けばかなり狭められそうだな。
20分も掛からずに、エミーからの通信がドミニクの携帯端末に届く。
仮想スクリーンの想定円の中に2つの輝点が出現したから、これで準備が出来たということかな。
機動艦隊も10kmほど近づいたようだけど、まだ距離は200km近くありそうだ。
「1050時に2射するそうよ。どれだけ狭められるかが見ものよね」
カテリナさんが大きな声で俺達に教えてくれた。
完全に楽しんでるな。アレクでさえ酒を控えてるんだけど、グラスを手にしての話だから、アレクが羨ましそうな表情で見ている。
再び仮想スクリーンが現れ、上空から撮影した駆逐艦が映し出された。
先ほどの光景と同じ画像が映し出される。殺風景だから、前の画像だと言われても違和感が無いんだが、第2射との間隔が少し短い気がするなぁ。少し先を急いだのかな?
さて、結果は? と誰もがドロシーに視線を向けるから、レイドラにしっかりと抱き着いている。
「そんなに睨まないの。怯えてるでしょう?」
クリスが注意してくれるんだけど、やはり気になるよなぁ……。
「解析中、解析中……。この辺り!」
ドロシーが表示した円は先ほどの半分ほどになった。とはいえ、直径80km近くあるんだよな。
もう1人の解析はどうなったんだろう?
『解析結果を表示しますか?』
『お願いするよ』
ドロシーの描いた円の中に、2つの楕円体が出現した。
「アリスね。かなり狭めてるけど、振動解析プログラムは同じものなんでしょう?」
『ドロシーはパッシブ解析ですが、私はアクティブ解析を使っています。範囲が広ければパッシブが有効ですけど、範囲を100km以内とするなら爆発振動を潜砂艦の反射波で捕らえて解析しました。レーダーと同じです』
「呆れた性能ねぇ。2つあるのはゴーストかしら?」
「ゴーストではありません。実際に2隻潜んでいると推測します」
アリスの解析値は直径10kmにも満たない。これなら至近弾を潜砂艦に与えることができるだろう。
「機動艦隊が動き出したみたい。ピケット艦との戦闘も始まったわね」
「ガリナムが静かなのが気になるんだけど……」
「機動艦隊の先頭を進んでるわ。巡洋艦が遅れてるけど、地表に姿を現せば主砲が使えるわ」
口径360mm砲だからねぇ。当たれば1発で轟沈だろう。
「潜砂艦が動き出した。進行方向は北になる」
「ありがとう。レイドラ、ユーリーに伝えておいて。それで、機動艦隊の到着予定時刻は?」
「現時点で、2時間20分」
10kmほど移動することになるな。だが存在が分かった以上、撃沈は可能だろう。
それよりもだ……。
「動き出したわねぇ……。こんなに潜んでたの!」
「巡洋艦が遅れてるわ。軍の戦機は期待できないとなれば……」
席を立ったドミニクが俺達に視線を向けた。
「アレク、お願いできるかしら?」
「こいつらを倒せば良いんだろう? 海賊相手なら造作もないな。バルト達も一緒だ。俺とバルト、シレイン達4機で行く」
ようやく出番かと、言った表情でアレクがシレイン達に告げる。バルトも、嬉しそうな表情で頷いているけど、俺はこのままなのかな?
「アレクに一任するわ。駆逐艦の潜砂艦狩りの邪魔をさせないように対応して!」
「ああ、任せろ! バルト、出掛けるぞ」
6人が船尾方向の扉を目指して先を争う様に走っていく。
入れ替わりに入って来たのは、振動センサーを落とし終えたフレイヤ達だった。
「ご苦労様。かなり絞れたわよ。まさか最初から2隻が潜んでいたとは思わなかったわ」
「兄さん達が出掛けたみたいだけど?」
ドミニクが現状の説明を始めたから、残った俺は誰もいなくなったソファー席で1人でタバコを楽しむことにした。
ネコ族のお姉さんが、テーブルを片付けてくれ最後にコーヒーを持って来てくれた。これで何杯目かな?
「それで、リオ君は次の手を考えているの?」
「え? 海賊の母船を沈めれば終わるんじゃないですか?」
海賊は潜砂艦を母船に活動する。襲撃は戦車や陸戦兵を乗せたふぉばークラフトやイオンクラフトを使うんだが、それらの移動距離は300kmにも満たない。そのための母船であり、母船があればこそ襲撃に参加した車両が破壊されても容易に再起を図ることができるのだ。
「彼等を統括する者も押さえるんじゃなくて?」
思わず、カテリナさんの顔をまじまじと見てしまった。
確かに、今回の海賊の動きは不自然だということから始まったんだよな。その裏に海賊を統べる者が現れたとも皆に言った記憶がある。
「申し訳ありません。忘れてました」
「リオ君だけではねぇ……。でも、アリスは覚えているはずよ。その推理と確認も進んでるんじゃなくて?」
『移動を開始した後に、2隻とも長波で「DDD」を発信しました。何らかの暗号と思われます。長波通信は地上にアンテナを出さずにも行えますから通信先の方向は不明です。さらに『DDD』発信に対する返信は確認されていません』
「さすがね。すでに対応してるんだから。そういうことだから、リオ君がここにいるのよ」
そういうことと言われても、さてどうしたものかと悩んでしまうな。
俺もアレクに着いて行った方が、精神衛生上望ましかったのかもしれない。
とりあえず、仮想スクリーンを眺めることにしようか。次の作戦を考えているように見えるかもしれないからね。
「そうやって画像を見てれば、ドミニク達が感心してくれるわよ」
カテリアさんにはお見通しらしい。
「バレちゃいました? 少し考えたかったんですが……」
突然、あることに気が付いてしまった。
「アリス、長波発信は回頭前かな。それとも後?」
『回頭完了後になります。正確には回頭後の10分後です』
およそ500m以上直進した後になるな。なぜ直ぐに信号を発信せずに来たに向かってから信号を出したかということが問題だ。それも2隻がほぼ同じタイミングで出したとなれば、その時でなければ信号を出す意味が無かったということになる。
「何に気が付いたの?」
「統率する存在が分かるかもしれませんよ。長波のアンテナは200m以上の長さになるんですよねぇ」
笑みを浮かべてカテリナさんが頷き、俺に話を促す。
「アンテナを短くする手立てはあるのでしょうが、それでも長くなることが確かなら、それを伸ばすことが通信を送る際に必要になったから、ということになります。つまり……」
「長波アンテナの指向性の先に通信を送る相手がいる。ということね」
仮想スクリーンに長波アンテナの指向性が表示された。真円の形が潜伏位置の東西に現れる。
かなり範囲が広いな。電波強度を考えると、この範囲を伸ばした先になるんだが、潜砂艦を脅かすことで他の潜砂艦の発信方向を伸ばせばある範囲が見えて来るかもしれない。
「なるほどねぇ。少なくとも他の場所でも確認する必要があるでしょうから、時間は掛かるかもしれないけど、信頼性は上がっていくわ。アリス、これもついでに解析を続けて貰えないかしら」
『了解です』
さて、これで開放して貰えるかな?
ちらりとカテリナさんを見ると、相変わらず笑みを浮かべて俺を見ている。
フレイヤ達が合流してくれれば良いのにと、ドミニク達の座るソファーセットを眺めたらどこにもいない。
一緒に帰って来たはずのローラ達の姿も見えないぞ。
「フレイヤ達を探してるの? 直ぐに出掛けたわよ。アレク達の側面支援に向かったわ」
「今のところは順調ね。駆逐艦が位置に着き次第、潜砂艦狩りを始めるわよ」
ドロシーを囲んでドミニク達は仮想スクリーンを睨み続けている。
出番が無いなら、部屋で休んでいよう。
カテリナさんの手を取ると、そっと展望ラウンジを出ることにした。