251 白鯨到着
喫茶店から、レストランに向かい夕食を済ませたところで、テンペル騎士団の指揮所へと向かう。
今日の哨戒結果を手渡して、代わりに今日集まったデータを受け取った。
「ドミニク団長が白鯨でこちらに向かっています。今夜には到着すると思いますから、俺達は白鯨に場所を移します」
「あの白鯨ですか……。特番で放送された大きさならとても桟橋に停泊できません」
済まなそうな表情でユーリーさんが話してくれた。
「浮かんだまま、上空に停泊します。2千mほど上にいることになりますから、レーダーで半径200km程度の状況を確認できるはずです。リアルタイムでレーダーの画像をここに送ります」
精々数百mと考えてたのかもしれないな。2千mと聞いて目を見開いている。
「それと、少し変わった駆逐艦がやってきます。到着は2日後になるかもしれませんが、かなり強力ですよ」
「まさか……、メイデン大尉の乗るガリナムでは?」
「軍を除隊したと聞いてましたが、大尉だったんですか。確かにガリナムです」
連絡士官が仮想スクリーンを開いて、何やら慌ただしく指を動かしている。
機動艦隊に連絡をしてるんだろうけど、メイデンさんが軍に在籍していたころに何かあったんだろうか?
一息ついた士官にどういうことかと聞いてみたら、どうやらウエリントン軍との模擬戦で何度も煮え湯を飲まされたということらしい。
ヴォイラ騎士団に入団して、駆逐艦を預かっていることは知っていたということだから、案外悪友的なつながりがあったのかもしれないな。
「今でも駆逐艦に乗っていたとは驚きです。駆逐艦をそれこそ自分の手足のように動かしますからね」
「その上、あの気性ですからねぇ……。巡洋艦を単艦で撃沈判定まで持って行くんですから、凄いとしか言いようがないですよ」
確かに、単艦で巨獣の群れに突っ込んでいくような女傑ではあるんだよな。
アレクでさえべた褒めしてたくらいだ。だけど、ガリナムに乗船したいと聞いたことは一度もない。
命がいくつあっても足りないように思えるのは、俺だけじゃないはずだ。
「ガリナムがやって来るのは、軍としては歓迎できないと?」
気になって聞いてみると、一瞬驚いたような表情を作った2人だが、直ぐに手を振ってそうではないと意思表示をしてくる。
「とんでもない話です。大歓迎ですよ。駆逐艦の本領を私達に示してくれるんですからね。軍から退いたことで、模擬戦はできなくなりましたが、真近でメイデン大尉の艦の運用を見られるのは、駆逐艦の連中は知らせを聞いて大喜びの最中だと思います」
ある意味、模範的な運用なのかな?
だけど、真似をするのは考え物だと思うんだけどね。俺達としては、機動艦隊と上手く協力が出来そうなことを喜ぶべきかもしれないな。
情報交換を行なったところで部屋を出ると、1つ上階のラウンジで白鯨を待つことにした。
時刻は2200時を回っているから、コーヒーを飲み終えるころには白鯨が到着するに違いない。
「やはり、俺達の船が一番ですね。白鯨の課題も少しは解決してるんでしょう?」
「水の使用制限は残ってるわよ。シャワー限定だけど、1日辺り10ℓまで増やすことが出来たわ」
試験航海の時の5倍なら問題もないんじゃないかな。デンドロビウムの支援がきちんと出来ているようだ。
「新型獣機を下ろしてきたけど、それで良かったかしら?」
「ナイトが6機あれば十分です」
新型獣機の連中の方が働いてるからね。休暇を取り消すのは問題だろう。
白鯨の持ち帰るマンガン団塊はヴィオラ艦隊と同程度の量だ。それだけ新型獣機の出番が多いということだから、見合った待遇をしないと不満が出てきそうだ。
今のところは種族の新たな職種として、トラ族の間では評判になっているらしいけど、悪評とならないようにするのは俺達の役目になりそうだ。
『ネンネから連絡です。「到着時刻に変更なし」以上です』
アリスの声は俺の腕時計型端末からだった。さて、そろそろ桟橋の上に上がろうか。
カテリナさんはローラ達と一緒に向かうらしい。フレイヤが俺の腕を引っ張ってパンジーに向かう。
気になって空を見上げると、北東方向の空に点滅する光が見えた。
速度を落としてはいるのだろうが、それでもぐんぐん近付いてくる。5分もしないで上空に到達しそうだ。
「ほらほら、早く乗るの! 遅れて文句を言われるのは私なんだからね」
フレイヤが俺の腕をグイグイと引きながら小言を言い始めた。
こんな時は黙って従うべきだということがこの頃分かり始めたんだよな。反論しようものなら10倍になって小言が帰ってくるんだから。
パンジーに乗り込んで席に着くと、すぐにフレイヤが機体を上昇させ始める。
ローラ達はまだ桟橋の上だから、フレイヤに先を譲ってくれたんだろう。
仮想スクリーンの下部モニターに映るコンテナターミナルがどんどん小さくなっていく。
加速度をそれほど感じないのは、宇宙航行を可能とするための重力制御を上手く利用しているんだろうな。
『白鯨が予定高度で停止しました。カーゴの外壁を開放したそうです』
「了解。コンテナ用のカーゴ区画で良いのよね?」
『コンテナを全て下ろしてあるようです。パンジーなら6機は駐機できますよ』
ちょっと安心できるアリスからの報告だ。
前方モニタ用のライトを着けると、300mほど先に舷側を開いた白鯨が見えた。
かなり大きな開口部だから、フレイヤの操縦でもぶつけることは無いだろう。
俺の心配をよそに、フレイヤがカーゴ区域にパンジーを無事に着陸させてくれた。パンジーの下部から白鯨に足を下ろすと、強いライトに気が付いて開口部に視線を向ける。
ローラ達が白鯨に乗り込もうとしているところだ。
少し離れて見ていると、無難に着陸できたから、ホッと胸をなでおろす。
『リオ公爵一行は、展望ラウンジに向かってください。繰り返します……』
「ほら、呼んでるわよ。早く行かないと」
下りてきたカテリナさんがそう言って、足早に扉に歩いていく。
たぶん皆が待ってるんだろうな。
ローラ達が合流したところで、俺達も急いでカテリナさんの後を追い掛けた。
カーゴ区域は白鯨の下部にあるから、展望ラウンジの2.5階まではエレベーターを利用する。階高が一定じゃないから、実際には3階に相当するんじゃないかな。
エレベーターを下りて、展望ラウンジの扉を開けると、ドミニクやアレク達が俺を待っていた。ドロシーまでノンノと手を繋いで俺達を出迎えてくれる。
「かなりおもしろそうなことになってるじゃないか。騎士団は巨獣相手と決まってるわけではない。俺達の天敵である海賊を狩るのも騎士の勤めだと思うぞ」
椅子に腰を掛けてグラスを俺に掲げてくれたアレクだけど、酒を飲んでる状態だからねぇ。レイドラ達も笑みを浮かべてるし、バルト達は目を輝かせている。
「先ずは、現状を報告します。質問と作戦はその後ということで……」
仮想スクリーンを天井付近にまで広げて、ビール片手に状況説明を始めた。
アレクでさえグラスをテーブルに置いて、俺の話しを真剣な表情で聞いてくれる。
30分ほどの説明を終えると、フレイヤがブランディーの入ったグラスを渡してくれた。
クラッシュアイスでキンキンに冷えたブランディーが喉に心地よい。
「先ずは俺からで良いかな? これだけの被害報告とリオ達が見つけたピケット艦……。いったい海賊の数はどれぐらいいるんだ?」
アレクの言葉に、皆が頷いている。一番聞きたいことは同じということなんだろうな。
「推定で数隻以上10隻未満の潜砂艦がいると考えています。ですが、これらの数の潜砂艦が連動しているように見受けられます。現に、潜砂艦の1つに補給を行った偽装騎士団船は、かなり広範囲のピケット艦に補給を行っていました。
あくまで俺の個人的な推定ですけど、これらの潜砂艦を統括している存在があるように思われます」
「……海賊団を纏める存在だと?」
「それって、海賊王ということなんですか!」
驚いてるな。そんな存在は今まで無かったに違いない。海賊団は騎士団よりも独立性が強いと思われていたからね。
だけど海賊同士の抗争や、壊滅した海賊の人材を吸収できた存在がたまたまできたということも考えられる。
かなり優秀な人物なんだろうけど、俺達にとっては抹殺すべき存在となる。
「次に作戦ですが、ヴィオラ騎士団に攻撃を加えた潜砂艦と同じ方法を使います。とは言っても、今回は相手が1隻ではないことが問題ですが、俺達には力強い仲間がいますからね……」
「アリスにドロシー……、ノンノもいるわね。いずれも解析能力は超一流よ」
カテリナさんが言葉を繋げてくれた。
ドロシーだけでもできそうだけど、ノンノがいればドロシーの負荷を低減できるだろうし、最終判定はアリスに任せるべきだろうな。
「あの時は、振動センサ―をバラ撒いて、大型爆弾を落としたのよね。今回もパンジーで落とせば良いの?」
「貫通爆弾を装備しての周辺哨戒が主な任務になると思うな。見付けるのは機動艦隊の2隻の駆逐艦だ。艦橋の後部に360mm臼砲を搭載してるし、射出型の振動センサ―を6本装備している。もっとも概略位置の推定には白鯨で運んできた振動センサ―を使うつもりだ」
いくつかの区画に分けて探っていけば良いだろう。炙りだしはパンジー、攻撃は駆逐艦ということになりそうだな。アレク達には駆逐艦の攻撃と連携して貰おう。
「パンジーは最初の振動センサ―の投下の後は保険的な存在になりそうね。リオ君もここにいるんでしょう?」
「今回は可能であれば機動艦隊に花を持たせたい。いつまでも俺達に頼るようであれば、軍としても失格じゃないかな」
俺達の新たな狩場はライデンの北部、それに小惑星帯としたいところだ。だがそれを行うと、今までのように救助を要請する騎士団への手助けができなくなる恐れが出てくる。
ローザ達もいるけれど、救助可能な距離は500kmの範囲になるんじゃないかな。だとすれば、騎士団の活躍する場を遊弋する機動艦隊に俺達の役目をシフトしたいところだ。
その試金石となるのが今回の事態とも言えるんじゃないか。
「振動センサ―の数は多い程良さそうね。8本は持って来ているはずだけど、予備は無かったかしら?」
「前回使った投下型の振動センサ―が数本残っていたはずです。それも使ってみますか」
都合十数本はあるってことだな。新たに作るとしても、最初はこれでやってみるか。