025 王女様がやってきた
「何だと! 戦姫が来るというのか?」
「はい。この拠点をウエリントン王国が中継地点とするべく援助をしてくれるようです。そうなると中継地点の護衛が問題となりますが、この地の特殊性を考慮して戦姫と戦機2機を派遣する動きです」
俺の話を聞いて思わず腰を上げたアレクが、ゆっくりとソファーに座りなおした。
飲み掛けのグラスを一息に飲むと、自分でグラスに並々と酒を注ぎながら改めて俺達に顔を向けた。
「王族が来るのは問題は無いだろう。前例もある。だが、戦姫となると問題だ。動かす者がいないという真偽はともかく、その意図を考えてしまうな」
「3つの王国が保有する戦姫は動かないというか、動かせる者がいないというアレか?」
カリオンがアレクに問いかけた。たぶんそれが一般的な認識なんだろう。
「少しは動かせるようですよ。歩かせるぐらいは出来るような事を騎士団長達から聞きました」
俺の言葉にアレクが俺を見る。
「そうだ。それだけでも他国に1歩先んじたということだろう。辺境の地で防衛任務をこなせるまでに動かせるという事をアピールしたいのだろうが、ここにはその戦姫を自由に動かせるリオがいるんだ。各国がそれを知ったらどう出るだろうな?」
「ウエリントン王国としては、隠してくれると思うんですけど?」
「だが、中継地点という事であれば、いずれ各国に知れることになる。ウエリントン王国に戦姫が2機あり、その1機は自由に活動出来る事を知ったら……、リオの奪い合いが始まるぞ。その時を覚悟しておけよ」
「俺はこのままで十分ですけど……」
「王侯、貴族が姫を差し出してくるだろうな。さぞやフレイヤやドミニク達が気を揉むに違いない」
そう言ってグラスの酒を上手そうに飲んでる。隣の2人も「大変ね!」なんて言いながら俺を茶化している。
「でも、そうなると大勢の人がここにやってきますね」
「そうだな。俺達は3つの騎士団を合わせても500人に届かない。だが、中継点となると、カーゴの組み換え、王都との事務処理や定期便の運送、それに防衛部隊の駐屯などで2千人以上には膨らむぞ。それにヴィオラ騎士団としても事務処理を専門に行なう連中を揃えねばなるまい」
かなり大きなホールだから千人位はどうにでもなると思ってたが、その2倍は考えないといけないようだ。
となると、ホールの拡張は決定事項だろう。
「一応、尾根に砲台を作れば、2つの尾根に挟まれた回廊の安全は高くなるだろうと、進言しておきました」
「そうだな。確かに有効だ。洞窟を出て直ぐに戦闘ではたまったものじゃないからな」
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2日程の休憩を取ると、ベラドンナを留守に残して近場の団塊を採取する。この近くには大規模な鉱脈は無いけれど、50t前後の団塊群はあちこちで見つけることができる。意外と小規模な騎士団には都合が良いような気もするな。
6日目に拠点に戻り、300tバージを満載にしておく。
円盤機の広域偵察のおかげで俺達が出番を迎えるようなことは全くない。これで給与を貰うのが心苦しいところもあるのだが、もし出てくるようならかなりの強者だとアレクがベラスコに言い聞かせているのもそれなりの根拠があるようだ。
何度か採掘を急遽切り上げてその場を素早く移動したこともあったし、レッドの警報でアリスの中に待機したこともあったからね。
「この場所で1つ良いことがあるとすれば、海賊の脅威が無いことだな。奴らは北緯40度を超えることは滅多にない。戦機を持たない集団はそれだけ脆弱なんだ」
「それにしても、30度付近の海賊の動きは活発らしいですよ。今月に入っても何度か襲撃されたニュースが流れてましたからね」
何時ものように待機所でくつろいでいた俺達に、艦内放送が中継点の建設のために王都から船団が出たことを告げた。
「いよいよか。工兵が来るから直ぐに中継点が出来上がるぞ。これを拠点に更に西に拠点が築かれればウェリントンは広大な地域を支配することになるな」
「覇権ってことなんですかねぇ……」
ベラスコがそんな事を言いながらタバコを咥えているが、咥えているだけで煙を吸い込んではいないようだ。
人が増えると聞いて急にやりだしたんだが、そんなベラスコをサンドラが呆れて見ている。
大人びて見せたいのだろうが、生憎と童顔だ。かなりちぐはぐに見えるんだよね。
「軍の連中と顔を合わせる事もあるだろう。事を構えるなよ」
それは気を付けるしか無さそうだ。もっとも、売られた喧嘩なら買うと思うけどね。
食事を仲間と共に取って部屋に戻って舷窓からホールを眺める。何日か過ぎると、ここが賑やかになるんだろうな。
冷蔵庫からビールを取り出してプルタブを開けて一口飲んだ。
トントンと扉が叩かれ、ドミニクが入ってきた。
どうやら騎士団長達との協議が終ったらしい。細部の調整はレイドラが詰めるのだろう。
勝手に冷蔵庫からビールを持ち出して、テーブル越しにソファーに座る。
「どうやら、トリケラの死体の山を知ったようね。最初から王女達がやってくるわ。隠し事をせずに教えるべきだという事になったけど……」
「それは構いませんが、後で問題が起きることは無いでしょうね?」
「あるとすれば王女とその護衛ね。一応騎士としては同格になるわ。くれぐれも王族でなく騎士として遇して欲しいと連絡が届いてるわ」
「それも来てからの問題だね。中継点としての使用を了承した以上今更どうなるものでもないと思う。上手く行かなければ、東の桟橋から動かなければ良いだけだ」
「そうね。東の桟橋はヴィオラ騎士団専用だから、立ち入るには私達の許可がいるわ。そして、向うの桟橋は共用だから、私達が出入するには問題が無い……。それで行きましょう」
狭い空間に大勢が住むことになるんだからな。色々とあるんだろうが、その辺りはやってくる者達も心得ている筈だ。
あまり、構えないでいたほうが良いと思うし、ダメならそれを避ける手もある。
「王都に事務所が出来るわ。ヴィオラ、ベラドンナそれにガリナムの旧団員が3人ずつ集まって私達の後を支えてくれるの」
「パージの受取人。そして資材の調達も行なうという事ですか」
俺の言葉に小さくドミニクが頷いた。
「そういえば、この頃ニュース番組にもあまりカテリナさんが出ていないけど……」
「リオが持ってきた巨獣の片足に夢中みたい。王都から自分のラボをそっくり移設するような事を言っていたわ。それも、ここが中継点になった事で出来ることよ。ひょっとしたら裏で工作したかも?」
さすがにそれは無いだろうが、何と言ってもマッドな香りのする御仁だからなぁ。
中継点の言葉を聞いて嬉々として動いたに違いない。
だが、あの巨獣の足をどうしようと言うのだろうか? それも気にはなるんだよね。
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20日間の間は皆が色々と気をもんでいたが、ついに中継点構築の部隊が王都からやって来た。大型駆逐艦2隻とタナトス級の輸送艦2隻が200tカーゴ10台に資材を満載させてやってきた。
マンガン団塊を乗せた300tパージは、洞窟の外に置いてあるからとりあえずは邪魔にならない。2隻の輸送船が帰る時に曳いていって貰うつもりだ。
早速、騎士団長達と軍の工兵部隊長、それに王都からの中継地点の管理官達が集まって作業工程の調整を始めたようだ。
それはドミニク達騎士団の幹部連中にに任せておけば問題は無いだろうと、のんびり舷窓から大型駆逐艦を眺めていた時、ドミニクからの緊急連絡が入った。
「やはり、王女達の目的は戦機の偵察ね。早めに案内してあげて。どうせ分るんだから早い方が良いわ」
「で、どうすれば?」
「第1会議室に来て頂戴。ここにいるけれど、私達の話は退屈みたいなのよ」
「了解。直ぐに向かうよ」
お守りって訳だな。
確かに14歳では、中継点の建設スケジュールを聞くのは退屈に違いない。早めに行ってあげた方が良さそうだ。まだ、子供だからなぁ……。
直ぐに部屋を出てブリッジに向かう。
少し速足気味に通路を歩いたから、途中で何人かとぶつかりそうになりながらも、エレベーターに乗り込んだ。
第1会議室の扉を叩くと、直ぐに扉が開く。部屋の中には十数人の男女がテーブルを囲んでいた。
ドミニクが立ち上がって、俺を手招く。
ゆっくりと彼女の少し後ろに歩いて行くと、ドミニクの紹介が始まった。
「ローデンヌ王女が一番会いたかった者です。たぶん驚くでしょうけれど、ここで一緒に暮す以上いずれ知ることになります。我等がヴィオラ騎士団の最高機密にご案内します。案内は騎士リオが務めます」
「リオです。よろしく」
一歩前に出てドミニクに肩を並べたところで、軽く頭を下げた。
騎士は戦機を操る間は、貴族に並ぶ地位を持つ。王権に近い者達ならば、事前にそれなりの礼儀作法を教えてくれるだろうが、何も言わないところを見るとこれで良いのだろう。
「ローデンヌじゃ。ローザで構わぬぞ。同じ戦機を駆る仲間じゃからの。じゃが、我が駆るのは戦機ではなく戦姫じゃ。そこは覚えておくが良い」
そう言うと席を立った。
金色の巻き毛が可愛い女の子だな。口は少し悪いけどね。
「グレイ、リンダ! 早速ヴィオラの戦鬼を見に行こうではないか。どうやら騎士もまいったようじゃ」
後ろの席に控えていた男女が立ち上がって王女に続く。こちらはフレイヤと同じ年頃に見えるな。
どちらも自信満々の笑みを浮かべて扉近くまで歩いて行った。
「ローデンヌ様、決して驚きにならぬよう。そして、自信を失わぬよう……」
カテリナさんの言葉をローザ王女は聞き逃してるな。警護の機士の表情が一瞬鋭くなったが、直ぐに元に戻った。
「さて、カーゴにご案内します」
「うむ、ごくろう。さて、どちらじゃ?」
ともすれば、俺の前を歩こうとするのが困ったところだな。
それでも、知らない艦内を歩くのが嬉しそうだ。
お転婆そうだから、深窓の令嬢って感じで暮らしていた訳では無さそうだけど、あまり他の場所には行った事が無いんじゃないかな。
エレベーターに乗ってカーゴ区画に降りると船首に向かって歩き出す。
両側の獣機を見上げてふんふんと俺の説明を聞いている。護衛の騎士2人は、俺が敵意を持っていない事に安心したのか少し後を歩いているようだ。
「これがヴィオラの戦機です。4体あります」
「戦機あっての騎士団じゃからのう。で、戦鬼はあれじゃな。なるほど大きいのう。手持ちも75mm砲とは、すごいものじゃ。戦鬼1機は戦機3体に勝るとは聞く話じゃが、実物を見ないと納得は出来ぬ。じゃが、戦鬼1機に戦機4機ではトリケラを20体倒すのは困難、どうやったのじゃ?」
この王女、かなり切れるぞ。てっきり、王族の差し金だと思っていたが、ひょっとして、それが知りたくて名乗り出た可能性があるな。
「分りますか……。これが、あればこその戦果です」
そう言って近くの照明スイッチを操作した。
少し離れたハンガーに白い小柄な戦姫アリスが浮かび上がった。
「……まさか! ……そんな」
王女の顔が驚愕に歪む。まるで泣き顔そのものだ。
後ろの騎士が異変を知って駆けつけたが、ライトに浮かんだ戦姫を見て立止まった。
「動かせるのじゃな?」
「自分の手足のように……」
王女はフラフラとアリスの足元に歩いて行くと、ペタペタと足を触っている。
「この戦姫は綺麗じゃのう。我のデイジーは無数に擦り傷が入っておるから塗装で誤魔化しておる。それに動かせるのは王族で我1人じゃ。その動きさえぎごちない。それでも動かせるだけマシに思える。他国ではそれすら敵わぬのじゃからな」
今度はアリスを見上げている。下を向いたら涙がこぼれそうなのかな?
「トリケラの死体の拡大像を見て、レールガンであることは分った。じゃが、レールガンの電力制御を正しく行なうのは現在の技術では大型化してしまう。我は戦姫用の武器を発掘してラウンドシップに備えたと思っておったのじゃが、まさか稼動する戦姫とその騎士を見るとは思わなんだ」
アリスを見上げながら呟いている。
「王国への報告は?」
リンダの鋭い問いに王女が俺達に振り返った。
「新しい中継点には戦姫が2機と送っておけ。ヴィオラの戦姫を王国が奪う訳にも行くまい。稼動する戦姫を前に如何に防ぐ手があるというのじゃ」
それ程のものかな?
先行偵察特化型だとアリスは言っていたけど、王女の話では戦争の最終殺戮兵器に思えてきた。




