024 中継点のメリット
ヴィオラの曳くバージ4台に、マンガン団塊を満載したところで、ヤードに向かう。
最初に訪れたヤードだから、このヤードはヴィオラ騎士団と良い関係にあるのだろう。2日間で採取したマンガン団塊を下ろして、バージにたくさんの資材を積み込んでいるから、あらかじめヤード側が俺達の必要な品を集めておいたに違いないな。
獣機の連中は、積み込みの手伝いをしているけど、俺達戦機組は暇になる。
アレクに連れられて、あの酒場に出かけて酒を飲む日が続いているけど、あまり無駄遣いはしたくないところだ。2日目はヴィオラの自室でのんびりと艦内放送を聞きながら過ごすことにした。
荷の積み込みが終わると同時にヴィオラは北を目指す。
航路をあまり変えずに真っ直ぐに拠点を目指すのは、すでに拠点として認可されたためだろう。
認可は絶対らしいから、貴族や他の騎士団の横やりがあっても無視できるそうだ。場合によっては戦闘行為に発展しる場合もあるが、その損害を相手に請求できるというからすごい認可だと思ってしまうな。
6日目に拠点に戻ってくると、かなりホールの工事が進んでいるのが分かる。
入口からホールに向かう洞窟の片隅が現在のダクト敷設用溝の掘削現場になっていた。それも、三分の一が終了しているようだから、次の航行から帰ってくる時には終了しているだろう。
新たな工事現場となったホールの中央では、山頂に向かって垂直の穴が掘られている。
直径2mの外気取り入れ用のダクトと送風機によって、この拠点の有害ガスを置換すれば防護具無しでホールを動き回れるようになるとのことだ。
防護服での作業は暑苦しくて過酷だからね。早く置換が済むことを誰もが願っているに違いない。
「現在は東側の桟橋工事で手一杯だけど、西に作るバージ用桟橋にも陸上船用の桟橋を併設するらしいわ」
「定期便用だろうな。こっちの居住区とは、モノレールで結べば移動に支障は無い。意外と、緊急時対応拠点として認定されるかも知れないぞ」
ヴィオラの待機所でいつものように酒を飲むアレク達だが、いろいろと情報を仕入れて俺やベラスコに教えてくれる。
この辺りには、12騎士団の大型拠点がない。彼らは大陸の東に拠点を持っているのだ。
西の低緯度に大きな鉱床が無かった事もあるのだが、中緯度や高緯度はあまり探査が行なわれていない。
そんな場所を俺達は探そうというのだが、他にもそんな騎士団はあるはずだ。
とはいえ、ラウンドシップが故障したら王都に戻るには遠すぎる。それに、巨獣に追われた時に逃げ込める場所すらないのでは問題だ。
そんなことから一定の距離をおいて、大型の騎士団の拠点を他の騎士団が利用できる方策を各王国が取っている。それが緊急時対応拠点と言う訳だ。
「その可能性が濃厚よ。定期便の利用料金が安すぎるわ」
「でも、それほど大きな拠点じゃないと思うんだけどな……」
「入口方向はエアロックを作るらしいから無理だけど、奥と左右に広げられるわ。東を私達の専用桟橋にして西に多目的桟橋を作ってタナトス級が2隻停泊できるようにすれば十分よ。バージ区画は並べれば問題無さそうだし」
サンドラが、緊急時対応拠点の利点を教えてくれた。
他の騎士団の緊急時利用と、場合によっては定期便への積荷の中継にも使える。
そんな拠点に対して、王国は援助を行なうらしい。拠点造りの3~6割を拠出してくれると同時に、定期便の就航それに税金の減額だ。
良い点ばかりかと言うとそうでもなく、拠点の維持管理に何人かの人間を派遣してくるようだ。
「王族や貴族の連中よ。知名度が欲しいんでしょうしね」
「好き放題って事はないの?」
「それは無理。この拠点はあくまでヴィオラ騎士団の物よ。もし、私達の機嫌を損ねたら他の貴族に足元をすくわれるわ。たぶん簡単で表面的な管理に加わるかも知れないけど、事務的な仕事をこなす人間を引き連れてくるからだいぶ助かる筈よ」
「この拠点は、この方面の緊急時対応拠点です。その維持管理に私は協力しています」と言いたいってことなのか?
たぶんそれだけではないのだろうが、貴族ってのは暇らしいからな。
王国の運営に寄与している、という事をアピールしたいのであれば、確かに都合がいい話だ。
俺達が拠点に戻ってから20日後にベラドンナがホールに入ってきた。
ガリナムと一緒にヤードに向かったから、バージには建設資材が山と積まれている。
大型桟橋を2つも作るんだから、まだまだ足りないだろう。しばらくは、鉱石と資材を交換するような日々が続くような気がするな。
今度は俺達が集めてマンガン団塊を王都に運ぶことになりそうだ。
ドミニク達が引き継ぎを兼ねた打ち合わせを行った翌日。俺達はヴィオラを王都に向けて出発することになった。
すでに形になりつつある拠点だが、俺達が帰ってくる頃にはまた違った光景を見せてくれるに違いない。
「王都での休暇は3日だそうだ。のんびりできるのは1日ということになるんじゃないかな?」
「それでも十分です。少しは親に給与を渡すことができます」
ベラスコは親思いのようだな。少年時代はだいぶ迷惑を掛けたに違いない。それでも、ちゃんと親の暮らしを考えているんだから、彼の両親の子育ては上手く行ったということなんだろう。
俺と同じ思いなのか、アレクもグラスを片手に苦笑いをしているぞ。
「確か王都の一角だったな。着いたらすぐに出掛ければ2泊はできるだろう。心配しないように伝えておくんだな」
「ええ、そうします。この間の巨獣との戦いを話してあげるつもりです」
そんな光景を展望室の窓からフレイヤと眺めていると、腰に下げた携帯が鳴り出した。
通話スイッチを押すと、ドミニクが小さなスクリーンに現れる。
「至急、ヴィオラの第1会議室に来て頂戴。休んでいるところを申し訳なく思うけど、2時間は掛からない筈よ」
「分りました。直ぐに行きます」
フレイヤに軽く手を上げて「行ってくる」と伝えると、直ぐに通路をブリッジに向かう。
第1会議室はブリッジの2階にある部屋だ。場合によっては作戦室にもなり得るんだけど、いったい何の用なんだろう?
エレベーターでブリッジの前に到着すると、ブリッジに入り直ぐに壁沿いの1室の扉を叩く。
小さな「どうぞ」の声を聞いて、部屋に入ると騎士団長達とカテリナさんがテーブルを囲んでいた。
小さなグラスで酒を飲んでいるみたいだ。
レイドラが俺をドミニクの隣の席に案内して、グラスと灰皿を用意してくれた。
「やってきましたけど、いったい何のお話ですか? 俺は騎士の1人ですから、このような場所はちょっと……」
「場合によっては関係があるという事なの。先ずは、概要を説明するわ」
ドミニクが俺に話を始めたが、それは今までの話し合いを再度確認するためのようでもある。2人の騎士団長が真剣な表情でドミニクを見ている。
「この拠点をウエリントン王国は重視しているわ。北西の鉱石採掘の要衝になると考えているようなの。それで、この拠点を緊急時対応拠点にしようとする案が出たのは、私達も理解出来る話ではあるのよ。けれど、王国はその上を考えたようね。西北方面の採掘に係わる中継点としたいらしいわ」
「この地は巨獣が避ける場所だから、2つの尾根に挟まれたこの場所に来れば安心してバージから鉱石を積みかえられるわ。中規模の騎士団にとってはありがたい場所になるわね」
全体的に見れば、問題は無さそうだ。
その後の話を聞いてみると、桟橋や居住区域の構築にかかわる資金は王国が負担してくれるらしい。更に、定期便のメリットもある。12騎士団でさえ中継点と認定された拠点はあまり無いようだ。
「聞く限りでは、良い事尽くめですが、問題はないんですか?」
「拠点の半分の権利が王国に渡ることになるわ。このホールに3つの桟橋が作られることになり。その内1つが、王国によって運用されることになるの。緊急時の拠点使用は諦めていたけど、さすがに王国が介入してくるとなるとね……」
要するに、自分達に都合よく使えないということなのだろうか?
だが、専用の桟橋が1つあるだけでも十分な気がするな。建設費用を王族が持ってくれるならば、少しは我慢が出来るんじゃないかと思うけどね。
「中継点となれば、防衛部隊の駐屯も視野に置かねばならないわ。近距離防衛だから、駆逐艦級、戦機が3機と言うところかしら?」
「そこが、問題なの。王国の提示してきた資料では、大型駆逐艦に戦機が2機、それに戦姫を出すそうなのよ」
アデルがそう言って俺を見た。
なるほど、俺が呼ばれた訳はそれが原因か……。
「ウエリントンの戦姫を動かせるのは、今年14歳の第3王女だけよね」
「そうです。ですが、リオのような動作は出来ません。どうにか歩く位の動きです」
そんな機体を、わざわざこの地に運ぶというのか? 場合によっては巨獣の良い目標になってしまいそうだ。
「鉱石採取の要衝ともなれば、王国としても護衛を出す他は無いでしょう。王国の戦姫をそれに当てるとなれば、この拠点の防衛が万全であるという印象を与えます。それに、他の王国に戦姫が稼動状態にある、という事も知らしめる事が出来るという訳です」
アデルが説明を付け足す。
少し飲み込めてきたぞ。要するに稼動状態であるという事を内外に知らしめたい、という事のようだ。
それには、このような場所は確かに最適ではある。たまに洞窟の外に出て手を振るだけでも、それを見た騎士団員は勝手に解釈してくれるという事だろう。
戦機2機は、その戦姫を守るという事になるな。
要するに、見掛けだけの護衛ってことに違いない。
「と言う事になっているんだけど、貴方の意見も聞かせて?」
「俺は、ヴィオラの騎士だと思っていますから、決定には従いますが……。俺の意見という事であれば、中継点としての拠点の改造は賛成します。何と言っても、王国が資金を出してくれるのですから、短時間に良い物が作れるでしょう。専用の東の桟橋があれば問題は無いでしょうし、バージの管理等は任せられるでしょうしね。問題は護衛部隊ですが、回廊を作る山並みに砲台を作れば少しは楽になるでしょう。たまに外に出て手を振る位のサービスをすれば、王国のメンツも立つんじゃないですか?」
俺の言葉を聞くと、直ぐに地図が壁に投影される。
レイドラがポインターで砲台に適した位置を指し示して、騎士団長達に俺の意見を補足してくれてるようだ。
そんな光景を眺めながらタバコに火を点けた。どうやら、3箇所に砲台を作って万が一に備えるようだな。
「……なるほどね。一考の価値はありそうだわ。となると、中継点造りを早めに連絡した方が良さそうね」
「もう1つは、私の方ね。私的なラボだから王国側ではなく、ヴィオラ騎士団側の桟橋に作るわよ。研究員達もやってきてるから、ここで研究が進められるわ」
カテリナさんは既に行動に移っていたようだ。
「そうなると忙しくなるわよ。既に購入した資材はリスト化して頂戴。建設費に計上して請求出来るわ。さすがにプールは無理かも知れないけど、厚生施設として認められれば大型化出来るわ」
「来るのは工兵達でしょうね。早めに図面を調整しておかねばならないわ。やってくるのは早くて20日後でしょうけど……」
「騎士団員への周知も必要ね。後は、近場で採掘して待っていようか?」
どうやら、中継点には賛同していたが、戦姫をどうやって守るかが思い付かなかった様だ。
2つの尾根に挟まれた回廊に、砲台を作ることで安全性を高めるという案は採決されたみたいだ。
それにしても、殆ど門外不出の戦姫を持ち出す、という事に疑念があるのだが……。
これはアレクに相談してみよう。
途端に活発になってきた会議室をドミニクに断わって退席する。
この拠点を利用する連中が一気に増えそうだな。そんな事を考えながら展望室へと歩いて行った。