236 彼女達の矜持
リバイアサンの外壁が待機との圧縮熱で灼熱に輝いているらしい。
それが地上に帰還する者に対する惑星ライデンの祝福だとカテリナさんが話してくれた。
ちょっと外を見たい気もするけど、灼熱化が治まるまでは展望ブリッジの装甲シャッターは開かないらしい。
仕方がないから仮想スクリーンを開いて、中継点へ至るコースのどの辺りを飛んでいるのかを確認したんだけど……。
「あれ? コースが違ってないかな」
「そんなはずないでしょう? ほら、ちゃんとヴィオランテに向かってるじゃない!」
俺の呟きを聞いたフレイヤが席を立つと、背中から覗き込むように仮想スクリーンを確認している。
「いつの間に?」
「あぁ! 相談した時には、リオ様は運行管理局に出掛けていたのです」
要するに欠席裁判ってことかな?
荷の受け渡しは終えているし、王都の宝石ギルドとも相談しなければならないから調度良いと言えば、良いんだけどね。
「それで休暇は?」
「5日間ということにしたの。何か?」
「2つあるな。いや、3つかな。1つ目は、宝石ギルドと打ち合わせだ。あの子原石を見て運行管理局が驚いてたよ。俺達が直接取引できるだろうけど、前回の原石オークションには協力して貰ったからね。彼等に仲介して貰おうと思ってる。
2つ目は運送ギルドとの調整が必要かもしれない。シリンダーでレアメタルを運行管理局に渡すことで、彼等の不利益が生じるかを遅ればせながらも確認しておきたい。
3つ目は3王国との調整になるかな? 原石の売買で巨万の富を築けそうだ。独り占めすると将来碌なことにはならないんじゃないかな」
途端に、ドミニクの周りに円陣を組んだフレイヤ達が何やら相談を始めた。
遊ぶ計画を邪魔されたと思ったのかな? 1日1件ずつ俺が処理するしかなさそうだな。
「……ということで、処理しましょう。いつもリオに任せているようでは、私達の存在意義が問われかねないわ」
「賛成です。となれば……」
何やら不穏な話が聞こえて来る。コーヒーが胃に沁みるようでは俺の健康にも良くない気がする。ここは、テーブルに移って中継点の様子を見ていようかな。
そっと去ファーから立ち上がると、マグカップを持ってテーブルに移動した。
仮想スクリーンを開いて、ドロシーにホール内の様子を映して貰う。
数隻のラウンドクルーザーが停泊しているのは何時ものことだ。
普段と異なるのは、6晩桟橋で多脚式走行装置の交換を行っているぐらいだ。ラウンドクルーザーの下部から課題がせり出して、分隊規模で獣機が作業をしている。
騎士団に入らなくとも獣機の操縦ができれば暮らしに困ることは無いってことかな。
待てよ。学園に設ける騎士団養成コースの卒業生には、最低限の技能として持たせることもできるんじゃないかな。
卒業生全員が騎士団に入れるとも限らないが、獣機の操縦なら引く手が多いに違いない。
「アリス。学園の騎士団養成コースのプログラムはできたのかい?」
『リバイアサンの出発前では、どのように構築するか迷っているようでした。信頼できる騎士団から講師を招くことも必要かと』
おれ達に余裕が無いからなぁ。講師を頼むにしても、下手に頼むと他の騎士団から文句を言われそうだ。
ヒルダ様に推薦してもらうのも、良いかもしれないな。
少なくとも、俺達に直接文句を言えなくなるはずだ。
『王族と調整するのもマスターなら問題ないかと』
「小さいけれど領主だからねぇ。だけど、宇宙を版図にすればかなり大きいんじゃないかな?」
『妨害行為が予想されます』
「あぁ、餌を撒いてきた。過激派が食いつくだろうな。それで俺達の領土は確定されると思ってる」
『ライデンへの攻撃も考えられますが?』
「それは無いだろう。ライデンからの鉱石輸送が停まってしまう。他の惑星からも受け取っているんだろうが、そもそも規模は小さいはずだ。このライデンが移民の入植地だからね。他の惑星での採掘は、運行管理局の直営に違いない」
とはいっても、過激派のやることを常識で考えるのは良くないな。
自助努力に期待したいところだが、それができないということもあり得る。その時に取りえる手段を考えておかねばなるまい。
「大型爆弾でも作ってみるか?」
『運行管理局の組織を破壊するのですか?』
「最後の手段かな。ライデンに無差別攻撃をするようなら、自助努力を期待できない。その時は、新たな運行管理局を作るしかなさそうだ」
直径2kmほどの衛星だ。表面で炸裂するのではなく、内部で炸裂するならさほど大きくなくとも構造体が破壊されるんじゃないかな。
衛星軌道上に10t爆弾を乗せておこうか……。
『西への進出に合わせて静止衛星を軌道上に乗せてはいかがでしょうか? 10t爆弾程度なら内蔵させることも出来そうです』
「設計だけでもしといてくれないか。地上の解像度も計算して欲しいな」
『了解です』
名目があれば文句も言えないだろう。運行管理局の科学衛星は2時間おきに頭上を通るだけだ。巨獣の進路を確定するには間が空きすぎる。
「リオ! さっきの話だけど、私達で対応するから、ヴィオランテでのんびりしてなさい」
「ん? 結構面倒な話だよ」
「それぐらいできないと、私達がお飾りになりそうだわ。大丈夫、任せなさい」
フライヤの言葉に驚いている俺を、ドミニクが追撃してきた。
確かに助かる話だけど……、ここは、彼女達に任せてみるか。
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ヴィオランテに到着したんだが、さすがにリバイアサンを泊める場所がない。
仕方がないから海上すれすれに留まって、専用クルーザーで回収して貰った。
リバイアサンは成層圏まで上昇させて一時待機してもらう。この辺りは自動でどうにかできるみたいだな。
「リバイアサンに着水仕様を追加しないとねぇ」
「ゴムボートも必要ですよ」
ホテルのロビーでカテリナさんとビールを飲みながら仕様の追加を話し合う。
「でも以外ね。ドミニク達が交渉に出掛けるなんて」
「本来は団長の仕事じゃないですか? 俺は騎士団員で騎士名だけですよ」
「その前に領主でもあるのよ。小惑星帯とラグランジュ地点を押さえればウエリントン王国の版図を越えるんじゃなくて?」
小さな笑い声をカテリナさんが上げているけど、別にカテリナさんの領土にしても問題ないんじゃないかな?
「アリスが接触してきたわ。私も賛成よ。要は偽装の問題だけど、リバイアサンとの通信を兼ねるということで大型化できそうね」
「お任せしますが、使うことが無いようにすることを考えないといけませんよ」
試してみたくなるのが、この種の人種なんだよなぁ。セーフティはアリスに握って貰った方が良さそうだ。
「私の方が最初で良いわね。原石の1個を使わせてもらうわ」
「交渉にドミニク達が持って行くかもしれません。その売値を利用させてもらいましょう。ヴィオラ騎士団の金庫にはシリンダー10個分のレアメタルの代金で十分でしょうから」
「継続的な資金源になるなら好都合よ。リオ君の拠点はある程度の形を作って現地で組み上げることになるんでしょうけど」
1枚の5角形を作るために、何枚の板を組み合わせることになるんだろう?
大きさは貨客船で運べる大きさにしなければならないだろうし、かなり苦労しそうだな。
久しぶりにホテルの食堂で豪華な夕食を味わう。
ナイフとフォークを使うのは何日ぶりかな? 今までは先割れスプーンで足りてたからねぇ。それにワインにストローが付いてないのも良い。
それだけで、ワインの味が違ってくる。
ジャグジーだってのんびり入れるし、泡がゆっくりと落ちてくることも無い。
やはり地上に慣れた人類が宇宙で暮らすには長い時間が掛かるんじゃないかな。
翌日。朝食を終えたドミニク達は、何人かに分かれてヴィオランテから高速艇で出掛けて行った。
ヒルダ様のところにはエミー達王女が3人、宝石ギルドにはレイドラとフレイヤ。運送ギルドにはドミニクとクリスという顔合わせだ。
どんな結果になるのか楽しみだけど、場合によっては俺が出掛けないといけないのかもしれないな。
「出掛けたみたいね」
「上手く交渉してくると良いんですが」
「ダメでも、文句は言っちゃだめよ。元々が中規模騎士団なんだから、ダメ元で構わないわ」
それもそうだ。いつの間にか大きくなったけど、俺はいつでも俺を拾ってくれた当時の騎士団員として行動していたい。
荒野の掟と仲間意識、たまに現れる巨獣との闘いが俺達の団結を密にしてくれる。
「皆居ないんだから、リオ君を独占できるわけね」
笑みを浮かべて俺の腕を取る。
あの薬は止めることができないのかな? 何か密でも発情してる気がするんだけど……。
ジャグジーと寝室、それにリビングを裸で移動する。
ライムさん達は休暇で両親のところに向かったようだし、メープルさんはエリー達に付き添って行ったから、俺達が泊まったフロアにいるのは俺とカテリナさんだけだ。
昼食は専用のエレベータが運んでくれたから、人の目を気にすることも無い。
俺の膝に乗りながらカテリナさんがワインを飲んでいる。
落ちないように片手を添えているんだけど、全く歳を感じさせない体だ。
豊満に見えるドミニクが幼く感じてしまうんだよな。
「たまには2人も良いわねぇ。アリスのお願いは聞いてあげたけど、私も次の目標が出来たわ」
「その前の目標を達成してからにして頂けると助かるんですが」
「だいじょうぶ。今日はその実験でもあるの。上手く行けば良いんだけど……」
思わずカテリナさんの顔を覗き込んだ。
俺に顔を上げてキスを迫ってくる。まったく疲れ知らずなんだから……。
そのままカテリナさんを抱いてベッドに向かった。




